4 / 6
4
しおりを挟む
翌日は非番だったが、昨晩のイルギネスは飲みに行かなかった。朝、一瞬だけ、驃が朝練をしている稽古場に顔を出そうかとも思ったが、サブの剣しか手元になく、あの言われようの後では気が引けた。ひと通りの雑用が終わると、特にやることも浮かばず、なんとなく武器屋に足が向かっていた。ちょうどディアが表に出てきて、扉にかけた札を『昼休み中』に掛け替えるところだった。
「あら」
「ちょっと早く来てしまったんだが……出直した方がいいか?」
札を見てイルギネスが尋ねると、「ううん。大丈夫」とディアは答えた。
「でも父が、ちょうどさっき商談に出かけてしまって──剣はちゃんと、補修してあるけど」
「なら、問題ない。入っても?」
「どうぞ」
札を『昼休み中』に掛け替えたまま、ディアは彼を中に通した。
彼女はイルギネスを待たせて、店の奥に一度消え、すぐに彼の愛剣を抱えて出てきた。机の上に乗せられた剣を見て、彼は目を見張った。見るからに昨日と雰囲気が違っている。
「父が剣身を補修したあと、手入れさせてもらったの。余計なことかもと思ったんだけど、放っておけなくて……」
「君が?」聞くと、ディアは頷いた。
イルギネスは、急に胸が詰まるのを感じた。こんなに違って見えるほど、消耗して汚れていたのか。
「抜いてみても、いいか?」
「もちろん」
厳かに剣を取り、右手で鞘から引き抜く。
眩い剣身が、キラリと光を反射した。
「──綺麗だ」
それしか言葉が出なかった。そこにあったのは、テオディアスが憧れていた剣の、あの輝きだった。思えばだいぶ長いこと、この輝きを見ていなかった気がする。その瞬間──
『やっぱり、兄貴はかっこいいな』
弟の嬉しそうな顔が、はっきりと脳裏に浮かんだ。目に熱いものがこみ上げてきて、イルギネスは慌てて目を拭った。昨日、墓の前で泣かせてくれとは言ったが、こんなところで泣くわけにはいかない。
「大丈夫?」ディアが気づいて、少し心配そうに声をかけた。
「大丈夫だ」
強がったが、少しだけ泣き笑いのような顔になった。必死に思いを引っ込めて、拳で顔を拭うと、あらためて柄から剣先まで眺めた。磨き抜かれて蘇った愛剣は美しく、あらためて見惚れた。
「やっぱり、かっこいい」
振り向くと、ディアが羨望の眼差しで、こちらを見ている。その明るい瞳に、彼は無意識に目を奪われた。
「ちゃんと面倒見てあげてよね。私も、この剣が好きだから」彼女は諭すように言った。
「なんだ。剣のことか」
「え?」
「いや、なんでもない──幾らだ?」
「二千リドよ」
「そんな安くていいのか。全部綺麗にしてもらったのに」
「刃の補修以外は、私の勝手だから。これで腑抜け野郎から、抜け出してちょうだい」
イルギネスは驚いた。自分の弱っていた心を、剣を通してすっかり見透かされていたようだ。どこか気恥ずかしくはあったが、嫌な気持ちにはならなかった。
「──そうか。ありがとう」
料金を払って、腰のベルトに元通り剣を装備する。馴染んだ重さが、心地よかった。
「あら」
「ちょっと早く来てしまったんだが……出直した方がいいか?」
札を見てイルギネスが尋ねると、「ううん。大丈夫」とディアは答えた。
「でも父が、ちょうどさっき商談に出かけてしまって──剣はちゃんと、補修してあるけど」
「なら、問題ない。入っても?」
「どうぞ」
札を『昼休み中』に掛け替えたまま、ディアは彼を中に通した。
彼女はイルギネスを待たせて、店の奥に一度消え、すぐに彼の愛剣を抱えて出てきた。机の上に乗せられた剣を見て、彼は目を見張った。見るからに昨日と雰囲気が違っている。
「父が剣身を補修したあと、手入れさせてもらったの。余計なことかもと思ったんだけど、放っておけなくて……」
「君が?」聞くと、ディアは頷いた。
イルギネスは、急に胸が詰まるのを感じた。こんなに違って見えるほど、消耗して汚れていたのか。
「抜いてみても、いいか?」
「もちろん」
厳かに剣を取り、右手で鞘から引き抜く。
眩い剣身が、キラリと光を反射した。
「──綺麗だ」
それしか言葉が出なかった。そこにあったのは、テオディアスが憧れていた剣の、あの輝きだった。思えばだいぶ長いこと、この輝きを見ていなかった気がする。その瞬間──
『やっぱり、兄貴はかっこいいな』
弟の嬉しそうな顔が、はっきりと脳裏に浮かんだ。目に熱いものがこみ上げてきて、イルギネスは慌てて目を拭った。昨日、墓の前で泣かせてくれとは言ったが、こんなところで泣くわけにはいかない。
「大丈夫?」ディアが気づいて、少し心配そうに声をかけた。
「大丈夫だ」
強がったが、少しだけ泣き笑いのような顔になった。必死に思いを引っ込めて、拳で顔を拭うと、あらためて柄から剣先まで眺めた。磨き抜かれて蘇った愛剣は美しく、あらためて見惚れた。
「やっぱり、かっこいい」
振り向くと、ディアが羨望の眼差しで、こちらを見ている。その明るい瞳に、彼は無意識に目を奪われた。
「ちゃんと面倒見てあげてよね。私も、この剣が好きだから」彼女は諭すように言った。
「なんだ。剣のことか」
「え?」
「いや、なんでもない──幾らだ?」
「二千リドよ」
「そんな安くていいのか。全部綺麗にしてもらったのに」
「刃の補修以外は、私の勝手だから。これで腑抜け野郎から、抜け出してちょうだい」
イルギネスは驚いた。自分の弱っていた心を、剣を通してすっかり見透かされていたようだ。どこか気恥ずかしくはあったが、嫌な気持ちにはならなかった。
「──そうか。ありがとう」
料金を払って、腰のベルトに元通り剣を装備する。馴染んだ重さが、心地よかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
軌跡一路
香月 優希
ファンタジー
22歳の剣士、驃(しらかげ)は、魔物の討伐隊として存分に腕を振い、日々その剣技を磨きながら、ひたすら鍛錬に励んでいた。だがある日、後輩を庇って、左頬と右腕に大怪我を負ってしまう。
顔には消えぬ傷を刻まれ、利き腕が元に戻るのかの保証も得られず、失意の淵に立たされた驃が、剣士としての道をあらためて見出し、歩み始めるまでの再生物語。
<この作品は、小説家になろう/カクヨム/pixivでも公開しています>
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
竜焔の騎士
時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証……
これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語―――
田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。
会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ?
マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!?
この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー!
天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
風は遠き地に
香月 優希
ファンタジー
<竜の伝説が息づく大地で、十七歳の青年は己を翻弄する逆境を打破できるのか>
啼義(ナギ)は赤ん坊の頃、"竜の背"と呼ばれるドラガーナ山脈の火山噴火の際に、靂(レキ)に拾われ、彼が治める羅沙(ラージャ)の社(やしろ)で育つ。
だが17歳になった啼義に突き付けられたのは、彼の持つ力が、羅沙の社の信仰と相反するものであるという現実だった。そこから絡(もつ)れて行く運命に翻弄され、彼は遂に故郷を追われてしまう。
体ひとつで未知なる地へ放り出された啼義は、新たな仲間との絆を深めながら、自らの道を探し、切り開こうと奮闘する。
テーマは"逆境の打破"。試練を力に変えて、希望を紡ぐ冒険ファンタジー。
<この作品は、小説家になろう、カクヨム、pixivでも掲載しています>
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる