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薄曇りの隙間から、陽が差し始めた。
剣を腰に装備し、荷物を左肩にかけた驃は、久し振りの開放感に、身体をぐっと伸ばして深呼吸をする。
「まだ全快じゃないんだからな。無茶はするなよ」
見送りに出たカイドが、釘を刺した。
「分かってますよ」相変わらず、若干面倒くさそうな調子で、驃が答える。イルギネスが隣で苦笑した。
「言ってるそばから、休暇を短くしてくれなんて申し出てるんだから、信用できるわけないよな」
カイドが同意する。「全くだ」
本部からは、傷病二ヶ月が認められたものの、驃は一ヶ月でいいと断ったのだ。
「まだ、右腕も不自由だろう。大丈夫なのか?」
心配したイルギネスに、驃が答える。
「少し追い込んだ方が、リハビリも捗るのさ。左腕でも、だいぶ剣が操れるようになってきたし」
イルギネスは、辟易した。
「俺なら、休めるだけ休むのに。真面目すぎて、ついていけんな」
言われ慣れた評価に、驃が笑った。「どうした」イルギネスが訝しむ。
「褒められるより、呆れられる方がしっくりくるなんて、俺もどうかしている」
「お前、そんなマゾだったのか」
「そうじゃねえよ。普段から褒めないからだろうが。いつも褒めろよ」
驃が、左の拳をイルギネスに打ち込む真似をした。イルギネスが、受け止める振りをする。
「嫌なこった。好敵手をいい気にさせてどうする」
そう言いながらも、イルギネスの青い瞳は嬉々としている。一度は死をも覚悟する状況だった親友が、元気に退院の日を迎えられたことは、心から喜ばしい出来事だった。
「ひとまず、ここは俺が持ってやる」イルギネスは、驃の肩から荷物をもぎ取るように奪って、自分の肩にかけた。
「まだまだこれからが、大変だからな」
利き腕に大怪我を負ったあとで、元のように部隊に戻れるようになるには、どれほどの努力を要するかわからない。顔に付いた大きな傷痕も、慣れるまでは、少なからず周りの人間を驚かすであろう。
「いいさ。また、一からやり直すつもりで、乗り越えてやる」
意気揚々と言った時、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、驃は目を凝らした。
「驃せんぱーいっ!」
アディクだ。大きく手を振りながら、ゆるい坂道を駆け上がって来る。どうやら一人のようだ。
「今日退院だって、隊長に聞いて、ちょっと時間をもらって来ました」
アディクは、息を切らしながら話す。彼は呼吸を整えると、驃に満面の笑顔を向けた。
「驃先輩、退院おめでとうございます!」
ハキハキと大きな声で言われ、喜びを通り越して驃は慌てた。
「静かにしろ。ここは療養所なんだぞ」
注意された後輩は「すいません」と項垂れたが、イルギネスはアディクの肩を軽く叩き、大らかに笑う。
「いいじゃないか。慕われてて何よりだ」
「まあ、嫌われるよりはいいけどな」
澄ました驃を、イルギネスが茶化す。
「嬉しいくせに。素直じゃないな」
驃は黙ったまま、その言葉を肯定するように口の端を上げた。
ふと、左手が腰元の剣の柄に触れた。それをそっと握り、感触を確かめる。療養中も左手での鍛錬を欠かさなかった結果、早くも右と変わらぬほど、その握り心地は馴染んでいた。
<そうさ。俺にはかけがえのない仲間と、この剣がある>
今日もどこかで、魔物が人の世界を脅かしているのかも知れない。自分の状況を、憂う余裕などない。
驃は、カイドの方に向き直ると、深々と頭を下げた。
「お世話になりました」
「どういたしまして」
カイドは組んでいた腕を解き、腰に当てる。そして言った。
「まあ、しっかり己の道を行きたまえ。だが、怪我には気をつけてな」
「はい」素直に頷いた。
振り返ると、イルギネスとアディクは、もう歩き出している。
<さあ、帰るか>
その顔に、傷痕が霞むほどの清々しい笑顔を浮かべ、驃は一歩を踏み出した。
(了)
剣を腰に装備し、荷物を左肩にかけた驃は、久し振りの開放感に、身体をぐっと伸ばして深呼吸をする。
「まだ全快じゃないんだからな。無茶はするなよ」
見送りに出たカイドが、釘を刺した。
「分かってますよ」相変わらず、若干面倒くさそうな調子で、驃が答える。イルギネスが隣で苦笑した。
「言ってるそばから、休暇を短くしてくれなんて申し出てるんだから、信用できるわけないよな」
カイドが同意する。「全くだ」
本部からは、傷病二ヶ月が認められたものの、驃は一ヶ月でいいと断ったのだ。
「まだ、右腕も不自由だろう。大丈夫なのか?」
心配したイルギネスに、驃が答える。
「少し追い込んだ方が、リハビリも捗るのさ。左腕でも、だいぶ剣が操れるようになってきたし」
イルギネスは、辟易した。
「俺なら、休めるだけ休むのに。真面目すぎて、ついていけんな」
言われ慣れた評価に、驃が笑った。「どうした」イルギネスが訝しむ。
「褒められるより、呆れられる方がしっくりくるなんて、俺もどうかしている」
「お前、そんなマゾだったのか」
「そうじゃねえよ。普段から褒めないからだろうが。いつも褒めろよ」
驃が、左の拳をイルギネスに打ち込む真似をした。イルギネスが、受け止める振りをする。
「嫌なこった。好敵手をいい気にさせてどうする」
そう言いながらも、イルギネスの青い瞳は嬉々としている。一度は死をも覚悟する状況だった親友が、元気に退院の日を迎えられたことは、心から喜ばしい出来事だった。
「ひとまず、ここは俺が持ってやる」イルギネスは、驃の肩から荷物をもぎ取るように奪って、自分の肩にかけた。
「まだまだこれからが、大変だからな」
利き腕に大怪我を負ったあとで、元のように部隊に戻れるようになるには、どれほどの努力を要するかわからない。顔に付いた大きな傷痕も、慣れるまでは、少なからず周りの人間を驚かすであろう。
「いいさ。また、一からやり直すつもりで、乗り越えてやる」
意気揚々と言った時、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、驃は目を凝らした。
「驃せんぱーいっ!」
アディクだ。大きく手を振りながら、ゆるい坂道を駆け上がって来る。どうやら一人のようだ。
「今日退院だって、隊長に聞いて、ちょっと時間をもらって来ました」
アディクは、息を切らしながら話す。彼は呼吸を整えると、驃に満面の笑顔を向けた。
「驃先輩、退院おめでとうございます!」
ハキハキと大きな声で言われ、喜びを通り越して驃は慌てた。
「静かにしろ。ここは療養所なんだぞ」
注意された後輩は「すいません」と項垂れたが、イルギネスはアディクの肩を軽く叩き、大らかに笑う。
「いいじゃないか。慕われてて何よりだ」
「まあ、嫌われるよりはいいけどな」
澄ました驃を、イルギネスが茶化す。
「嬉しいくせに。素直じゃないな」
驃は黙ったまま、その言葉を肯定するように口の端を上げた。
ふと、左手が腰元の剣の柄に触れた。それをそっと握り、感触を確かめる。療養中も左手での鍛錬を欠かさなかった結果、早くも右と変わらぬほど、その握り心地は馴染んでいた。
<そうさ。俺にはかけがえのない仲間と、この剣がある>
今日もどこかで、魔物が人の世界を脅かしているのかも知れない。自分の状況を、憂う余裕などない。
驃は、カイドの方に向き直ると、深々と頭を下げた。
「お世話になりました」
「どういたしまして」
カイドは組んでいた腕を解き、腰に当てる。そして言った。
「まあ、しっかり己の道を行きたまえ。だが、怪我には気をつけてな」
「はい」素直に頷いた。
振り返ると、イルギネスとアディクは、もう歩き出している。
<さあ、帰るか>
その顔に、傷痕が霞むほどの清々しい笑顔を浮かべ、驃は一歩を踏み出した。
(了)
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