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「お袋が、来るらしい」
見舞いに現れたイルギネスに、驃は気の進まない表情で呟いた。
「そうか。会うの、何年ぶりだ?」
「三年は経っていないと思う……多分な」
思わずため息が漏れる。兄と姉がいる三兄弟の末っ子である自分は、故郷の街を出る時、母に猛反対されたのだ。
父は地元の警護隊の隊長を務め、兄がその補佐を務めている。二人の背を見て育った彼もまた、同じように強くなりたいと思うようになったが、どうせなら、もっと広く大陸を護る役割を担いたいと考えた末の選択だった。地元で充分じゃないかと言われたが、逆に言えば、すでに父や兄がしっかり護っているこの地では、自分の出番がないような気がしたことも理由の一つだ。その決意を、父は最終的に「試してみたらいい」と認めてくれたが、母は最後まで浮かぬ顔だった。
剣士としての称号を取り、現場を任されることも出てきて成果を上げ、やっと少し母の気持ちが緩和されたところで、こんな大怪我をして、元のように貢献できなくなるかも知れない状況で、帰郷を促されるであろうことは明白だ。
「会いたくない」
事情を把握している親友を前に、上長が母の来訪を告げた時には言えなかった本音が漏れた。
「心配して来てくれるんだ。そうはいかんだろう」
彼は驃を穏やかに見つめ、気持ちはわかるが、と付け足した。
「だから嫌なんだ」
右肩はともかく、顔に──まだ、包帯の下の状態を自分では見ていないが、眼球は無事だったとは言え、裂傷は三本ほど刻まれているらしい。二本は比較的浅かったので、半年もすれば消えるだろうと言われたが、真ん中の一本は深く抉られ、おそらく完全に消えることはないだろうと宣告を受けた。
反抗期とも言える十五歳で家を出て、二十二歳の今も、母に対してなんとなく素っ気ないままではあるが、こんな姿を見たら、卒倒しかねないことくらいは想像できた。それに──
<正直、俺も心が折れそうだ>
今後のことを思うと、すでにかなり気が滅入っていた。昨日、顔を見せたアディクは、先輩である驃が、自分を庇った結果、どれほどの怪我を負ったのかを目の当たりにして動揺し、見舞われた方の驃が逆に必死に宥めることとなった。アディクは茶色い髪に茶色い瞳、二十歳にしては華奢で、一見、物腰柔らかそうな印象の青年だが、決して軟弱な精神の持ち主ではない。そのアディクがあんなにも悲痛な反応を示したことで、自分がいかに酷い状態なのか、彼自身も痛感したのだ。おかげでいまだ、鏡を見る勇気が湧く気配はない。
「なあ」
彼は、イルギネスに尋ねた。
「俺の顔、いつまで包帯巻いていたらいいと思う?」
「うん?」
イルギネスは、驃の顔を真っ向から見つめた。不思議なことに、イルギネスの眼差しには、他の者が自分を見るような、哀れみとも畏れともつかない、複雑な感情が見えない。
「そうだな」彼は顎に手を当て、少し考えると、こう答えた。
「お前が、自分の顔を見られるようになるまでじゃないかな」
それは、いつになるのだろう。
医師やイルギネスの反応は淡々としているが、この二人は元々、ちょっと感覚がずれているようなところがある。アディクの反応こそが、恐らく一般的な感覚だろう。それだけ、今の自分は痛ましい状態に違いない。
「早く、剣が持ちたいな」
無心に剣を振るえば、こんな憂鬱も吹き飛ぶような気がした。そうだ、剣を振るえばいいのだ。右手が駄目でも、左手がある。彼はイルギネスに向き合った。
「イルギネス。俺の剣を、持って来てもらえないか?」
するとイルギネスは、まるで彼の気持ちを見透かしたように柔らかく微笑み、こう返した。
「医師の許可が下りたらな」
見舞いに現れたイルギネスに、驃は気の進まない表情で呟いた。
「そうか。会うの、何年ぶりだ?」
「三年は経っていないと思う……多分な」
思わずため息が漏れる。兄と姉がいる三兄弟の末っ子である自分は、故郷の街を出る時、母に猛反対されたのだ。
父は地元の警護隊の隊長を務め、兄がその補佐を務めている。二人の背を見て育った彼もまた、同じように強くなりたいと思うようになったが、どうせなら、もっと広く大陸を護る役割を担いたいと考えた末の選択だった。地元で充分じゃないかと言われたが、逆に言えば、すでに父や兄がしっかり護っているこの地では、自分の出番がないような気がしたことも理由の一つだ。その決意を、父は最終的に「試してみたらいい」と認めてくれたが、母は最後まで浮かぬ顔だった。
剣士としての称号を取り、現場を任されることも出てきて成果を上げ、やっと少し母の気持ちが緩和されたところで、こんな大怪我をして、元のように貢献できなくなるかも知れない状況で、帰郷を促されるであろうことは明白だ。
「会いたくない」
事情を把握している親友を前に、上長が母の来訪を告げた時には言えなかった本音が漏れた。
「心配して来てくれるんだ。そうはいかんだろう」
彼は驃を穏やかに見つめ、気持ちはわかるが、と付け足した。
「だから嫌なんだ」
右肩はともかく、顔に──まだ、包帯の下の状態を自分では見ていないが、眼球は無事だったとは言え、裂傷は三本ほど刻まれているらしい。二本は比較的浅かったので、半年もすれば消えるだろうと言われたが、真ん中の一本は深く抉られ、おそらく完全に消えることはないだろうと宣告を受けた。
反抗期とも言える十五歳で家を出て、二十二歳の今も、母に対してなんとなく素っ気ないままではあるが、こんな姿を見たら、卒倒しかねないことくらいは想像できた。それに──
<正直、俺も心が折れそうだ>
今後のことを思うと、すでにかなり気が滅入っていた。昨日、顔を見せたアディクは、先輩である驃が、自分を庇った結果、どれほどの怪我を負ったのかを目の当たりにして動揺し、見舞われた方の驃が逆に必死に宥めることとなった。アディクは茶色い髪に茶色い瞳、二十歳にしては華奢で、一見、物腰柔らかそうな印象の青年だが、決して軟弱な精神の持ち主ではない。そのアディクがあんなにも悲痛な反応を示したことで、自分がいかに酷い状態なのか、彼自身も痛感したのだ。おかげでいまだ、鏡を見る勇気が湧く気配はない。
「なあ」
彼は、イルギネスに尋ねた。
「俺の顔、いつまで包帯巻いていたらいいと思う?」
「うん?」
イルギネスは、驃の顔を真っ向から見つめた。不思議なことに、イルギネスの眼差しには、他の者が自分を見るような、哀れみとも畏れともつかない、複雑な感情が見えない。
「そうだな」彼は顎に手を当て、少し考えると、こう答えた。
「お前が、自分の顔を見られるようになるまでじゃないかな」
それは、いつになるのだろう。
医師やイルギネスの反応は淡々としているが、この二人は元々、ちょっと感覚がずれているようなところがある。アディクの反応こそが、恐らく一般的な感覚だろう。それだけ、今の自分は痛ましい状態に違いない。
「早く、剣が持ちたいな」
無心に剣を振るえば、こんな憂鬱も吹き飛ぶような気がした。そうだ、剣を振るえばいいのだ。右手が駄目でも、左手がある。彼はイルギネスに向き合った。
「イルギネス。俺の剣を、持って来てもらえないか?」
するとイルギネスは、まるで彼の気持ちを見透かしたように柔らかく微笑み、こう返した。
「医師の許可が下りたらな」
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