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第二幕 こんなに大騒ぎしているのに…眠れる森の…いや違うだろうっ

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 ルドルディスは、重力を操る地の魔術で娘の身体を軽量化し、胸の前でしっかりと抱き抱えると、タルドスの村まで一気に進んだ。軽くなったとは言え魔術なので、魔力が尽きたら効果も切れるからだ。

 幸い、村はすぐそこで、一時間ほども進んだら外門が見えてきた。門番の姿を確認して向かっていくと、のんびりと葉巻をふかしているオヤジが顔を上げた。

「あれ?」
 オヤジの目は、ルドルディスよりも先に、彼が抱き抱えている娘の方に向き──

「えっ! うわあぁぁぁぁ~!」

 まるで化け物でも見たかのように目を見開くと、手にしていた煙草を放り投げて、声をかける間もなく村の中に駆け込んでいった。

「──へ?」

 娘を抱えたルドルディスだけが、ポツンと取り残される。


<なんだ?>


 まさかと思い一瞬後ろを振り返ったが、何か変な物を連れてきてしまった気配はもちろんない。
<よく分からんが、魔力が尽きる前にこの娘をどこかに下ろしたい。宿でも探すか>
 仕方なく、ルドルディスは案内もないまま門をくぐり、村の中へを歩を進めた。

 しかし。

 人がいない。

 いや、いないはずがないだろう。だって門番もいたし。
 ルドルディスは、辺りの質素な石積みの家々を見渡した。

 ──いる。
 窓から様子を伺う視線を感じる。住人はちゃんと存在しているようだが、出てくる気配がない。
 
 その時、腕にかかる重さがにわかに増した。重さ軽減の効果が切れ始めたのだ。
「おいおい、頼むぜ」
 ルドルディスは慌てて、村のメイン通りらしき道を突き進んだ。
 果たして、思ったよりすぐに宿屋の看板が見つかり、徐々に重さを増す娘を渾身の力で抱えて走る。

「すいませーん!」

 幸い、宿屋の扉は換気のためか開いていて、暖簾をくぐれば良かっただけだったので、ルドルディスはあわや娘を落としそうな勢いでエントランスに突っ込んだ。
 受付にいた恰幅の良い婦人が、カウンター越しに声をかけてくる。
「まあまあ、どうしたん──あっ!」
 またしても驚愕の反応。

 なんなんだっ!
 
 眉間に皺が寄ったルドルディスの感情を読み取ったように、婦人が口をあわあわさせながら言った。
「ファリシア……! そのは、生贄いけにえに捧げたはずだよ!」
「へっ?」
 ルドルディスの頭の中で、婦人の放った単語がぐるぐると回る。

 いけ…

 いけにえ?


 ──生贄っ!


「ああああんたっ、何者なんだい? 池の主じゃないだろうねっ!」
 娘を抱えたままへたれ込みんだルドルディスがただ困惑しているうちに、気づけば婦人の手には柄の太い箒が握られている。が、その構えは明らかに掃除をするそれではなく、今にもルドルディスに打ちかかろうという戦闘態勢だ。
 まずい。このままでは、あの箒でめった打ちにされる未来が見える。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
 ルドルディスは慌てて片手で婦人を制し、弁明した。
「俺は修行中の魔術師見習いです! 途中でこの子を拾って連れてきただけで、何も知らないんですっ! 本当にっ!」

 必死にまくし立てた甲斐あってか、婦人はきょとんとした顔でしげしげとルドルディスを見つめた。
「魔術師見習い?」
「……はい」
「池の主とも、関係ないのかい?」

 イケノヌシ?

「全然分かりません」
「……」
 ルドルディスの困り果てた気弱な微笑みに、婦人がどんな感情を抱いたのかは定かではないが、ひとまず、構えていた箒は床に下ろされた。
「つまり、あんたはただの通りすがりで、どういうわけか途中でその子……ファリシアを拾っちまったってわけだね?」
「そう……なりますね」
 婦人は力が抜けたように肩を落とすと、ため息をついた。
「……ああ、全く。生贄が戻ってきちまうなんて……どうなってんだい」

<俺の方が聞きたい……>

 ルドルディスも、大きく息をついた。どうやら身の危険は回避できたようだが、状況は全くもって理解できていない。
 ただ──これだけ大騒動しているというのに、彼の腕の中の娘──ファリシアは、どちらかというと至極平和そうに眠り続けていた。
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