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第五章 竜が啼く
対峙 5
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「俺に、行かせてくれ」
啼義は前方を見据えたまま、厳かに荷を下ろすと、イルギネスと驃に言った。
「話せる雰囲気ではなさそうだぞ」
啼義を背に立っているイルギネスも、荷を放り投げて振り返らずに答える。「いきなりこれで、応じられるわけがなかろう」
ダリュスカインと啼義たちの間には、まだ十数メートルの距離がある。
啼義はイルギネスの隣にゆっくりと進み出て、もう一度言った。
「これは俺のけじめだ。後ろに控えててくれ」
ちらりと投げた視線が、イルギネスの青い瞳とぶつかる。啼義の強い意思を受け、イルギネスは剣の柄に手を掛けたまま、驃と同じ位置まで下がった。驃はとっくに荷を下ろして抜剣出来る構えをとっており、リナはすでに、茂みの中に身を隠しているようだ。
啼義が一歩踏み出すと、ダリュスカインと思しき人物は一歩、また一歩と距離を詰めた。啼義も、また一歩踏み出す。赤紅の外套は薄汚れて端が擦り切れ、着ている服も無惨な有様だ。その顔は間違いなくダリュスカインのものだが、記憶のものより青白く、醸し出す凄みは尋常ではなかった。
「ダリュスカイン」
静かに呼びかけた啼義に向かい、ダリュスカインが無言でまた一歩近づく。足がすくみそうになるのを堪え、啼義はその場から再度、声を上げた。
「俺は、あんたと話がしたい」
すると、ダリュスカインは薄く笑った。その顔──
<違う>
直感的な警告が、頭の中に響いた。
しかし気づいた時には、繰り出された炎が目前に迫っていた。
「啼義っ!」
瞬間的に前に出たイルギネスが抜剣し、その剣身に炎を受けた。ブワッと分厚い音を立て、炎が吹き飛ぶ。熱気が顔を撫でた。
「油断するな。話す前にやられるぞ」
イルギネスは剣の熱を払い、今度は下がらず啼義の隣についた。見れば、一歩下がった位置で驃も抜剣している。
啼義も、鞘から剣を引き抜いた。ゆっくりと構え、そのままの姿勢でダリュスカインを見据える。
<この違和感はなんだ?>
戸惑う啼義の前で、ダリュスカインが悠然と、今度は右腕を振り上げた。それが目に入った途端、
「──え?」
啼義だけでなく、その場にいた全員が驚愕した。その前腕は黒く濡れたような鈍い艶を放ち、指先には悍ましい鉤爪がある。おおよそ人間の形状ではない。
信じられない光景に釘付けになっている啼義に、ダリュスカインは浮世離れした美しい笑みを浮かべながらその指先を向け、口を開いた。
「やっと来たか。啼義──蒼空の竜よ」
──蒼空の竜?
そう呼びかけるということは──
「あんた」
啼義は声が震えないよう、剣を握る手に力を込めた。
「ダリュスカインじゃねえな?」
ダリュスカインは答えず、笑みを浮かべたまま柔らかな口調で言った。
「そこの二人は邪魔だ。消えてもらおう」
僅かに鉤爪を動かしただけなのに、その小さな動きからは想像がつかない強烈な炎が起こった。炎は枝分かれし、避ける間もなく啼義の両側に同時に到達すると、辺りの木々まで焼き払った。焦げ臭い匂いがあたりに立ち込める。
「イルギネス! 驃!」
思わず瞑った目を開けた啼義の視界に映ったのは、ダリュスカインに向けて突撃するイルギネスと驃の背中だった。予想を裏切って炎をすり抜け斬り込んできた二人の速さに、ダリュスカインが怯む。
イルギネスの剣身が白い光を帯びた。風の刃だ。ダリュスカインは斜めに振り下ろされたその一撃をかろうじて交わしたものの、剣先が頬を掠め、風の気の余波が金の髪の一部を鋭く斬り捨てた。ダリュスカインの体勢が揺らぐ。驃が反対側から繰り出した次の一撃が外套の右肩部分を裂き、赤い血が飛んだ。
「くっ!」
思わず後退ったダリュスカインの脇腹を躊躇いなく貫いたのは、驃の剣だった。衝撃にダリュスカインの瞳が見開かれ、見事なほど軽々と切っ先が背に抜ける。
「ぐはっ!」
驃は勢いのまま、背後の木にダリュスカインごと突き刺し動きを封じた。ダリュスカインが苦しげに息をつく。「はぁ……うっ」
その首元に、すかさずイルギネスが剣先を当てた。剣身は未だ、うっすらと白い光を帯びている。
「啼義は、お前と話がしたいそうだ」
見たこともない冷徹な眼差しで魔術師を見据え、銀髪の魔術剣士は言った。
啼義は前方を見据えたまま、厳かに荷を下ろすと、イルギネスと驃に言った。
「話せる雰囲気ではなさそうだぞ」
啼義を背に立っているイルギネスも、荷を放り投げて振り返らずに答える。「いきなりこれで、応じられるわけがなかろう」
ダリュスカインと啼義たちの間には、まだ十数メートルの距離がある。
啼義はイルギネスの隣にゆっくりと進み出て、もう一度言った。
「これは俺のけじめだ。後ろに控えててくれ」
ちらりと投げた視線が、イルギネスの青い瞳とぶつかる。啼義の強い意思を受け、イルギネスは剣の柄に手を掛けたまま、驃と同じ位置まで下がった。驃はとっくに荷を下ろして抜剣出来る構えをとっており、リナはすでに、茂みの中に身を隠しているようだ。
啼義が一歩踏み出すと、ダリュスカインと思しき人物は一歩、また一歩と距離を詰めた。啼義も、また一歩踏み出す。赤紅の外套は薄汚れて端が擦り切れ、着ている服も無惨な有様だ。その顔は間違いなくダリュスカインのものだが、記憶のものより青白く、醸し出す凄みは尋常ではなかった。
「ダリュスカイン」
静かに呼びかけた啼義に向かい、ダリュスカインが無言でまた一歩近づく。足がすくみそうになるのを堪え、啼義はその場から再度、声を上げた。
「俺は、あんたと話がしたい」
すると、ダリュスカインは薄く笑った。その顔──
<違う>
直感的な警告が、頭の中に響いた。
しかし気づいた時には、繰り出された炎が目前に迫っていた。
「啼義っ!」
瞬間的に前に出たイルギネスが抜剣し、その剣身に炎を受けた。ブワッと分厚い音を立て、炎が吹き飛ぶ。熱気が顔を撫でた。
「油断するな。話す前にやられるぞ」
イルギネスは剣の熱を払い、今度は下がらず啼義の隣についた。見れば、一歩下がった位置で驃も抜剣している。
啼義も、鞘から剣を引き抜いた。ゆっくりと構え、そのままの姿勢でダリュスカインを見据える。
<この違和感はなんだ?>
戸惑う啼義の前で、ダリュスカインが悠然と、今度は右腕を振り上げた。それが目に入った途端、
「──え?」
啼義だけでなく、その場にいた全員が驚愕した。その前腕は黒く濡れたような鈍い艶を放ち、指先には悍ましい鉤爪がある。おおよそ人間の形状ではない。
信じられない光景に釘付けになっている啼義に、ダリュスカインは浮世離れした美しい笑みを浮かべながらその指先を向け、口を開いた。
「やっと来たか。啼義──蒼空の竜よ」
──蒼空の竜?
そう呼びかけるということは──
「あんた」
啼義は声が震えないよう、剣を握る手に力を込めた。
「ダリュスカインじゃねえな?」
ダリュスカインは答えず、笑みを浮かべたまま柔らかな口調で言った。
「そこの二人は邪魔だ。消えてもらおう」
僅かに鉤爪を動かしただけなのに、その小さな動きからは想像がつかない強烈な炎が起こった。炎は枝分かれし、避ける間もなく啼義の両側に同時に到達すると、辺りの木々まで焼き払った。焦げ臭い匂いがあたりに立ち込める。
「イルギネス! 驃!」
思わず瞑った目を開けた啼義の視界に映ったのは、ダリュスカインに向けて突撃するイルギネスと驃の背中だった。予想を裏切って炎をすり抜け斬り込んできた二人の速さに、ダリュスカインが怯む。
イルギネスの剣身が白い光を帯びた。風の刃だ。ダリュスカインは斜めに振り下ろされたその一撃をかろうじて交わしたものの、剣先が頬を掠め、風の気の余波が金の髪の一部を鋭く斬り捨てた。ダリュスカインの体勢が揺らぐ。驃が反対側から繰り出した次の一撃が外套の右肩部分を裂き、赤い血が飛んだ。
「くっ!」
思わず後退ったダリュスカインの脇腹を躊躇いなく貫いたのは、驃の剣だった。衝撃にダリュスカインの瞳が見開かれ、見事なほど軽々と切っ先が背に抜ける。
「ぐはっ!」
驃は勢いのまま、背後の木にダリュスカインごと突き刺し動きを封じた。ダリュスカインが苦しげに息をつく。「はぁ……うっ」
その首元に、すかさずイルギネスが剣先を当てた。剣身は未だ、うっすらと白い光を帯びている。
「啼義は、お前と話がしたいそうだ」
見たこともない冷徹な眼差しで魔術師を見据え、銀髪の魔術剣士は言った。
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