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第四章 因縁の導き
野営 2
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今から街へ引き返そうとすれば、山道で日が落ちることになる。山道は明かりもない上に、足場も悪い。怪我をしている啼義を連れて通るには危険すぎた。もう少し先に、イルギネスと啼義がミルファへ来る時にも休憩した平地があるので、三人はそこで野営をすることにした。
イルギネスも驃も、野営をするには軽装だが、「火を起こしてマントに包まってれば、一晩くらいどうってことない」とあっけらかんとしている。返り血で猟奇的な状態の啼義は、ひとまず小川の水で身体だけでもさっぱりして我慢することになった。怪我の応急処置をするにも傷口を洗い流さねばならず、容赦なく水が染みて、どうしても悲痛な声が漏れる。
「いぎゃああっ! 無理っ! もう無理っ!」
「これくらいでヒーヒー言ってんじゃ、まだまだだな」
驃は手伝いながら面白がるように言ったが、啼義は本気で辟易していた。今日は朝から、痛い目に遭ってばかりだ。
やっと苦行が終わり、一応の処置を済ませた傷口に注意しながら服を着直すと、疲労感がどっと押し寄せた。息をついた啼義がふと隣を見上げると、イルギネスが辺りを見渡して、顎に手を当てて何か考えている。
「イルギネス?」啼義の呼びかけに、彼はぼやいた。
「腹が減ってるが、食べれそうな物はなさそうだな。川で魚を獲るにももう暗いし。今夜は仕方ないか」
「あっ、それなら」
啼義は横に置いていたザックに手をかける。
「俺、持ってるよ。街を出る前に買ったんだ」
「え?」
彼はザックを漁って乾物の袋を取り出し、二人に見せた。
「突発的な行動かと思いきや、そこまで頭が回っていたとはな」短時間にしては抜かりない準備をしていたことに、イルギネスは呆れながらも感心した。
「頭の回転の良さを発揮する場所は、間違っているがな」
「うん……」
褒められた行動でないことは間違いない。バツが悪くなって、啼義は肩をすくめた。イルギネスは半ば苦笑しながら、乾物の袋を手に取る。
「まあ、大したもんだ。酒がないのが残念だが」
驃も頷いた。「本当だな。こういう物は酒に合うのに」
「……」今度は、啼義が呆れ顔になった。
<こんなところでも、酒を飲む気なのかよ>
ほどなくして日が落ち、夜が訪れた。
三人は野営地とした地面を均し、起こした焚き火に小川の水を汲んだ携帯鍋をくべて、湯戻した乾物を分け合って食べた。腹一杯とはいかないが、明日街に帰るまでくらいなら、これで体力は持つだろう。
魔物に遭遇したばかりの夜だというのに、男ばかり三人での野宿は和やかなものだった。
イルギネスが茹ている乾物を木の枝で混ぜながら、
「しかし驃も、咄嗟にとは言え、まさか剣を投げるなんてな。槍投げかよ」
と愉快そうに言うと、驃は驃で、
「剣はサブもあるし、お前が斬り込めばいいと思ったのさ。あれで実際、やりやすくなっただろう」と得意げに返している。イルギネスは、にんまりと口の端を上げた。
「ああ。おかげで風の気を付与する余裕もできた」
二人のやりとりを聞きながら、啼義はふと疑問に思った。
「ああいう作戦は、いつ立てておくんだ?」
「作戦?」
二人は顔を見合わせ、揃って悪戯っぽく笑う。その笑顔の少年っぽさたるや。
「そんなもん立ててないさ。その場の判断ってだけだ」
「えっ?」驚いた啼義に、イルギネスが付け足す。
「そんな時間が、あったように見えるか? 予知できるものでもないしな」
言われてみれば確かにそうだが──申し合わせなくても、あんなにも阿吽の呼吸で動けるものなのか。
驃が立ち上がり、身体を伸ばしながら啼義に聞いた。
「そういや啼義。お前こそ、あの魔物はどうやって倒したんだ?」
イルギネスも、手にした煮干しを口の前で止め、興味深そうな視線を啼義に向ける。
「俺たちが来る前に、一体ぶっ倒れてただろう。ちょうど、魔石が埋まっている部分で一刀両断、しかも綺麗に灼き斬れていたぞ」
「え、そうだったのか」
「そうだったのかって……覚えていないのか?」
「なんかもう、すぐに次の奴が出て来たから……必死で」
啼義は今初めて、自分の倒した魔物がどういう状況なのか知ったのだった。何せ、ホッとしたのも一瞬で、もう一体が現れたあとは、絶体絶命すぎて記憶が飛んでいる。それでも少し頑張って、記憶を掘り起こしてみた。
「アディーヌの言葉を思い出して……心臓に意識を集中したような……気がする」
「それで?」
「うーん……鼓動の音だけが、すげえでっかく感じた。そしたら体の内側から、熱っていうか、熱くなって……全部がゆっくりに見えたんだ」
その時のことを、ゆっくりと思い返す。
「で、自然にこう、腕が動いて──斬った時は火花が眩しくて、よく見えなかった」
とりとめのない説明に、驃が唸った。
「ただ剣で斬ったってわけじゃないことは、確かだな」
イルギネスが、考えを巡らしながら、口を開く。
「普通の剣では、あんなふうには斬れない。魔気の付与と似ているが──おそらく竜の加護の発動に、成功したと考えて良さそうだな」
すると、驃が嬉しそうに手を打った。
「それなら目出度い! 凄いじゃないか!」
「え?」
きょとんとした啼義の背を、イルギネスが軽快に叩く。
「そうだな。やったぞ啼義!」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……それにまだ、全然……」啼義は実感が湧かずにもごもごと答えたが、二人の耳には届いていないようだ。
「乾杯だ!」
「コップがないな。まあいい、拳で行こう」
啼義はまた呆れ顔で二人を見つめながら、それとは裏腹に急に瞼の裏側がじわっと熱くなって、慌てて感情を引っ込めた。
<なんだよ。二人とも、自分のことみたいに喜んで>
嬉しいじゃないか。
「ほら、啼義」
イルギネスと驃が、握った拳をコップに擬えて構え、啼義を促す。
「う、うん」
少し照れくさい気分になりながら、同じように拳を構えると、イルギネスが音頭をとった。
「乾杯!」
「乾杯っ!」
三人は一斉に、拳を高々と掲げた。
イルギネスも驃も、野営をするには軽装だが、「火を起こしてマントに包まってれば、一晩くらいどうってことない」とあっけらかんとしている。返り血で猟奇的な状態の啼義は、ひとまず小川の水で身体だけでもさっぱりして我慢することになった。怪我の応急処置をするにも傷口を洗い流さねばならず、容赦なく水が染みて、どうしても悲痛な声が漏れる。
「いぎゃああっ! 無理っ! もう無理っ!」
「これくらいでヒーヒー言ってんじゃ、まだまだだな」
驃は手伝いながら面白がるように言ったが、啼義は本気で辟易していた。今日は朝から、痛い目に遭ってばかりだ。
やっと苦行が終わり、一応の処置を済ませた傷口に注意しながら服を着直すと、疲労感がどっと押し寄せた。息をついた啼義がふと隣を見上げると、イルギネスが辺りを見渡して、顎に手を当てて何か考えている。
「イルギネス?」啼義の呼びかけに、彼はぼやいた。
「腹が減ってるが、食べれそうな物はなさそうだな。川で魚を獲るにももう暗いし。今夜は仕方ないか」
「あっ、それなら」
啼義は横に置いていたザックに手をかける。
「俺、持ってるよ。街を出る前に買ったんだ」
「え?」
彼はザックを漁って乾物の袋を取り出し、二人に見せた。
「突発的な行動かと思いきや、そこまで頭が回っていたとはな」短時間にしては抜かりない準備をしていたことに、イルギネスは呆れながらも感心した。
「頭の回転の良さを発揮する場所は、間違っているがな」
「うん……」
褒められた行動でないことは間違いない。バツが悪くなって、啼義は肩をすくめた。イルギネスは半ば苦笑しながら、乾物の袋を手に取る。
「まあ、大したもんだ。酒がないのが残念だが」
驃も頷いた。「本当だな。こういう物は酒に合うのに」
「……」今度は、啼義が呆れ顔になった。
<こんなところでも、酒を飲む気なのかよ>
ほどなくして日が落ち、夜が訪れた。
三人は野営地とした地面を均し、起こした焚き火に小川の水を汲んだ携帯鍋をくべて、湯戻した乾物を分け合って食べた。腹一杯とはいかないが、明日街に帰るまでくらいなら、これで体力は持つだろう。
魔物に遭遇したばかりの夜だというのに、男ばかり三人での野宿は和やかなものだった。
イルギネスが茹ている乾物を木の枝で混ぜながら、
「しかし驃も、咄嗟にとは言え、まさか剣を投げるなんてな。槍投げかよ」
と愉快そうに言うと、驃は驃で、
「剣はサブもあるし、お前が斬り込めばいいと思ったのさ。あれで実際、やりやすくなっただろう」と得意げに返している。イルギネスは、にんまりと口の端を上げた。
「ああ。おかげで風の気を付与する余裕もできた」
二人のやりとりを聞きながら、啼義はふと疑問に思った。
「ああいう作戦は、いつ立てておくんだ?」
「作戦?」
二人は顔を見合わせ、揃って悪戯っぽく笑う。その笑顔の少年っぽさたるや。
「そんなもん立ててないさ。その場の判断ってだけだ」
「えっ?」驚いた啼義に、イルギネスが付け足す。
「そんな時間が、あったように見えるか? 予知できるものでもないしな」
言われてみれば確かにそうだが──申し合わせなくても、あんなにも阿吽の呼吸で動けるものなのか。
驃が立ち上がり、身体を伸ばしながら啼義に聞いた。
「そういや啼義。お前こそ、あの魔物はどうやって倒したんだ?」
イルギネスも、手にした煮干しを口の前で止め、興味深そうな視線を啼義に向ける。
「俺たちが来る前に、一体ぶっ倒れてただろう。ちょうど、魔石が埋まっている部分で一刀両断、しかも綺麗に灼き斬れていたぞ」
「え、そうだったのか」
「そうだったのかって……覚えていないのか?」
「なんかもう、すぐに次の奴が出て来たから……必死で」
啼義は今初めて、自分の倒した魔物がどういう状況なのか知ったのだった。何せ、ホッとしたのも一瞬で、もう一体が現れたあとは、絶体絶命すぎて記憶が飛んでいる。それでも少し頑張って、記憶を掘り起こしてみた。
「アディーヌの言葉を思い出して……心臓に意識を集中したような……気がする」
「それで?」
「うーん……鼓動の音だけが、すげえでっかく感じた。そしたら体の内側から、熱っていうか、熱くなって……全部がゆっくりに見えたんだ」
その時のことを、ゆっくりと思い返す。
「で、自然にこう、腕が動いて──斬った時は火花が眩しくて、よく見えなかった」
とりとめのない説明に、驃が唸った。
「ただ剣で斬ったってわけじゃないことは、確かだな」
イルギネスが、考えを巡らしながら、口を開く。
「普通の剣では、あんなふうには斬れない。魔気の付与と似ているが──おそらく竜の加護の発動に、成功したと考えて良さそうだな」
すると、驃が嬉しそうに手を打った。
「それなら目出度い! 凄いじゃないか!」
「え?」
きょとんとした啼義の背を、イルギネスが軽快に叩く。
「そうだな。やったぞ啼義!」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……それにまだ、全然……」啼義は実感が湧かずにもごもごと答えたが、二人の耳には届いていないようだ。
「乾杯だ!」
「コップがないな。まあいい、拳で行こう」
啼義はまた呆れ顔で二人を見つめながら、それとは裏腹に急に瞼の裏側がじわっと熱くなって、慌てて感情を引っ込めた。
<なんだよ。二人とも、自分のことみたいに喜んで>
嬉しいじゃないか。
「ほら、啼義」
イルギネスと驃が、握った拳をコップに擬えて構え、啼義を促す。
「う、うん」
少し照れくさい気分になりながら、同じように拳を構えると、イルギネスが音頭をとった。
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