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第四章 因縁の導き
野営 1
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<そんな……>
啼義は目を疑った。だが、これは紛れもない現実のようだ。
魔物は牙から唾を垂らしながら、啼義に視線を合わせたまま、太い四肢をゆっくりと運び、こちらへ進んで来る。このままではいけないと分かっているのに、今しがたの戦いで全てを出し切ってしまったようで、身体が動かない。
<立て>
啼義は己を叱咤した。
<何やってる。立てよ>
なんとか気力を奮い立たせ、剣を握り直した手が震える。こんなところで誰かが助けてくれるわけもない。自分しかいないのだ。
ありったけの力を振り絞ってふらふらと立ち上がったものの、もう先ほどのような力を発動できる余裕は微塵もない。
魔物が一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
<誰か>
知らず、心の中で助けを呼んだ。飛びかかって来たら防げる自信はない。恐怖でどうかなりそうだ。心臓がバクバクと、魔物にも伝わりそうなほど激しく鳴っている。
いきなり、魔物が助走もつけず──なのに、予想よりずっと身軽に、高く飛んだ。
剣を構える暇などなかった。仰向けに転がったところに乗り掛かられ、無我夢中になって剣を振り回す。一撃でも食らったら終わりだ。
「あっ!」
闇雲に振り回した剣身が、魔物の口にガッチリと収まった。次の瞬間、魔物は首を振るい、それを勢いよく遠くへ飛ばす。
<剣が──!>
次こそもう、牙を防ぐ術はない。
魔物の大きな口が目前に迫り、啼義は目を閉じた。
グワアァァァー!
耳を破りそうな咆哮。
しかし、痛みの衝撃は来なかった。
目を開けると、大きくのけぞった魔物の姿が映った。その額に、一本の剣が突き立っている。目の前の光景が信じられずに凝視した視界の端を、何かが風のように横切ると、音もなく魔物の首が胴体から離れ、後ろに転がり落ちて視界から消えた。
ドッ……! と、地面を揺るがすような振動を響かせ、魔物の巨体が倒れる。
<え?>
放心状態の耳に、背後から澄んだ声が届いた。
「間一髪だぜ。ったく、何やってんだ」
足音が近づいてきて、仰向けのままの視界に、見知った顔が現れた。驃だ。続いて覗いたのはイルギネス。
<──夢?>
「血だらけじゃないか、大丈夫かっ?」
瞼を閉じて再び開けてみても、二人の顔は確かにそこにあった。イルギネスがしゃがみこむ。
「怪我は? どこか痛むか?」
「う……うん。だい……じょ……」
啼義はホッとしすぎて言葉を失った。全身の力が一気に抜け、身体が地面と同化したように重みを増す。その途端、左足に鋭い痛みを感じて、啼義は呻いた。
「腿をやられてるな。引っ掻かれたか」
イルギネスが啼義の身体状態を確認し、彼らしくもなく眉間に皺を寄せている。驃も、魔物に突き立った自分の剣を引っこ抜いて、こちらへやって来た。
「なんで……こんな、すぐ……」
息も絶え絶えに二人を見上げる啼義に向けて、イルギネスが不機嫌そうに口を開いた。
「探されないように家出するなら、門を出る時にマントで顔を隠すぐらいして通れ。馬鹿が」
啼義は目を疑った。だが、これは紛れもない現実のようだ。
魔物は牙から唾を垂らしながら、啼義に視線を合わせたまま、太い四肢をゆっくりと運び、こちらへ進んで来る。このままではいけないと分かっているのに、今しがたの戦いで全てを出し切ってしまったようで、身体が動かない。
<立て>
啼義は己を叱咤した。
<何やってる。立てよ>
なんとか気力を奮い立たせ、剣を握り直した手が震える。こんなところで誰かが助けてくれるわけもない。自分しかいないのだ。
ありったけの力を振り絞ってふらふらと立ち上がったものの、もう先ほどのような力を発動できる余裕は微塵もない。
魔物が一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
<誰か>
知らず、心の中で助けを呼んだ。飛びかかって来たら防げる自信はない。恐怖でどうかなりそうだ。心臓がバクバクと、魔物にも伝わりそうなほど激しく鳴っている。
いきなり、魔物が助走もつけず──なのに、予想よりずっと身軽に、高く飛んだ。
剣を構える暇などなかった。仰向けに転がったところに乗り掛かられ、無我夢中になって剣を振り回す。一撃でも食らったら終わりだ。
「あっ!」
闇雲に振り回した剣身が、魔物の口にガッチリと収まった。次の瞬間、魔物は首を振るい、それを勢いよく遠くへ飛ばす。
<剣が──!>
次こそもう、牙を防ぐ術はない。
魔物の大きな口が目前に迫り、啼義は目を閉じた。
グワアァァァー!
耳を破りそうな咆哮。
しかし、痛みの衝撃は来なかった。
目を開けると、大きくのけぞった魔物の姿が映った。その額に、一本の剣が突き立っている。目の前の光景が信じられずに凝視した視界の端を、何かが風のように横切ると、音もなく魔物の首が胴体から離れ、後ろに転がり落ちて視界から消えた。
ドッ……! と、地面を揺るがすような振動を響かせ、魔物の巨体が倒れる。
<え?>
放心状態の耳に、背後から澄んだ声が届いた。
「間一髪だぜ。ったく、何やってんだ」
足音が近づいてきて、仰向けのままの視界に、見知った顔が現れた。驃だ。続いて覗いたのはイルギネス。
<──夢?>
「血だらけじゃないか、大丈夫かっ?」
瞼を閉じて再び開けてみても、二人の顔は確かにそこにあった。イルギネスがしゃがみこむ。
「怪我は? どこか痛むか?」
「う……うん。だい……じょ……」
啼義はホッとしすぎて言葉を失った。全身の力が一気に抜け、身体が地面と同化したように重みを増す。その途端、左足に鋭い痛みを感じて、啼義は呻いた。
「腿をやられてるな。引っ掻かれたか」
イルギネスが啼義の身体状態を確認し、彼らしくもなく眉間に皺を寄せている。驃も、魔物に突き立った自分の剣を引っこ抜いて、こちらへやって来た。
「なんで……こんな、すぐ……」
息も絶え絶えに二人を見上げる啼義に向けて、イルギネスが不機嫌そうに口を開いた。
「探されないように家出するなら、門を出る時にマントで顔を隠すぐらいして通れ。馬鹿が」
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