54 / 96
第四章 因縁の導き
解放 3
しおりを挟む
「全然わかんねぇ」
啼義はベッドに大の字に伸びると、大きなため息をついた。あれから何度か挑戦してみたが、結局一度も、それらしい力は発動しなかった。頭の中に、先ほどのアディーヌの話が回る。
『そこそこ自由に同調できるようになるまで、一年ほどかかります』
ダリュスカインと再び相見えるまで、どう見てもそんな時間が稼げるとは思えない。竜の加護が操れない自分は、彼に何で対抗できるのだろうか。
<イルギネスたちを、絶対に道連れには出来ない>
彼らは、自分を一人で行かせたりしないだろう。ついて来てもらうのは心強いが、自分がこんな状態では、仲間の命も危険に晒しかねない。
<でも>
啼義はふと思い当たった。ダリュスカインの標的は自分だ。だったら、自分だけが行けばいいのではないか。彼の居場所は、ほどなくして分かるだろうとアディーヌは言ったが、自分が出ていけば、ダリュスカインの方から見つけてくるのでは?
それに──先ほど術を施されている間に脳裏に甦った懐かしい光景を、啼義は思い返した。
『私も、独りです』
あの時の、ダリュスカインの横顔。
靂を葬ったことは許せるはずがない。さりとて、仇であり、自分の命を狙うからと言って、ただ戦って勝てば、それで全てが丸く収まるのか。
打ち解けた仲ではなかったが、十年も一緒にいたのだ。どこかで、同じ思いも抱いていたはずだ。
<ダリュスカインと、話がしたい>
それも、一対一で、対等に。
追撃を受けた日に自分に向けられた殺意は、生半可なものではなかった。実際、あんな恐ろしい呪念をも埋めこんだほどだ。今も彼は、自分を消し去りたいと思っていることだろう。
ダリュスカインは、今、自分のように誰かと一緒にいるだろうか。
社にいた人間は、全員が啼義の味方だったわけではない。出自不明の自分は、一部では気味悪がられてすらいた自覚もある。しかし、靂を弑した者について行くことも、有り得ないだろう。
<あいつは、恐らく一人だ>
ならば、自分も一人で向かわなければ、対等とは言えないのではないか。なんとかそこで収まれば、イルギネスたちを危険に晒す確率も減らせる。
啼義はしばらく、天井を見上げて考えた。今、イルギネスと驃は店の方にリナといる。アディーヌは自室に籠ったままだ。
<今しかない>
思いは、急に固まった。
啼義は起き上がり、紙がないかを探し、机の引き出しに見つけた用紙に、朝矢から借りた服を返しておいてくれとイルギネス宛に走り書きする。それから手早く荷物をまとめ、ザックに地図を突っ込んだ。
抜け出すのは、拍子抜けするほど簡単だった。
羅沙を出る時から身につけていた金袋には、入れたままの金がちゃんと残っていた。これまでの道のりで、いくら言っても、イルギネスが彼から金を受け取らなかったからだ。それで日持ちする乾物を適当に買いこみ、町から北へ出る道を黙々と進んだ。
外壁に面した門を前に、坂を上り切って振り返ると、街並みの向こうに海が見える。昨日、生まれて初めて見た遙かな海原の青は、今日も悠々とそこに広がっていた。
<イルギネス>
瞳にその色を宿した銀髪の青年の、優しい笑顔がよぎる。急に感情が迫り上がってくるのを、グッと堪えた。
<大丈夫。また会える>
この町で出会ったみんなの顔を思い浮かべ、啼義は誓った。
<必ず帰ってくるんだ>
門を通り過ぎようとした時、守衛が驚いて啼義に声をかけた。
「今から外に出るのかい? もう数時間もしないうちに、日が暮れ始めるぞ」
「ちょっと急いでるんだ。大丈夫」
「そうか。気をつけてな」心配そうな顔で見送る守衛に軽く会釈をし、啼義は門の外へと、足を踏み出した。
野宿の仕方は、イルギネスとの旅である程度覚えている。一人でどこまで出来るのか不安がないわけではないが、出て来てしまった以上、なんとかするしかない。みんなが気づいて自分を探すのは、時間の問題だろう。追いつかれては元も子もない。日が落ちるまでに、できるだけ進みたかった。
ミルファの敷地を出てしばらく行くと、少しばかり鬱蒼とした山道になる。来る時はイルギネスと二人、昼間だったので特になんとも思わなかったが、わずかに影が長くなって明るさを落としてきた今、たった一人では少々不気味だ。他に同じ道を行く人影もない。
<まだ少し時間がある。日が暮れるまでに抜けちまおう>
足早に進み、あと少しで山道を抜けられると安堵した時、前方の茂みに、妙な動きを捉えた。
<何かいる>
啼義が立ち止まって様子を伺っていると、それはのそりと身を起こした。白い毛を纏った四本足の猛獣は、離れていても自分の背丈ほどもあるのが分かる巨体で、その毛先は陽炎のように揺らめいている。動物ではない。魔物だ。
思わず息を呑んだ啼義の前で、魔物の金の瞳が、辺りを確認するようにぐるりと彷徨い、ピタリと彼に照準を合わせた。
啼義はベッドに大の字に伸びると、大きなため息をついた。あれから何度か挑戦してみたが、結局一度も、それらしい力は発動しなかった。頭の中に、先ほどのアディーヌの話が回る。
『そこそこ自由に同調できるようになるまで、一年ほどかかります』
ダリュスカインと再び相見えるまで、どう見てもそんな時間が稼げるとは思えない。竜の加護が操れない自分は、彼に何で対抗できるのだろうか。
<イルギネスたちを、絶対に道連れには出来ない>
彼らは、自分を一人で行かせたりしないだろう。ついて来てもらうのは心強いが、自分がこんな状態では、仲間の命も危険に晒しかねない。
<でも>
啼義はふと思い当たった。ダリュスカインの標的は自分だ。だったら、自分だけが行けばいいのではないか。彼の居場所は、ほどなくして分かるだろうとアディーヌは言ったが、自分が出ていけば、ダリュスカインの方から見つけてくるのでは?
それに──先ほど術を施されている間に脳裏に甦った懐かしい光景を、啼義は思い返した。
『私も、独りです』
あの時の、ダリュスカインの横顔。
靂を葬ったことは許せるはずがない。さりとて、仇であり、自分の命を狙うからと言って、ただ戦って勝てば、それで全てが丸く収まるのか。
打ち解けた仲ではなかったが、十年も一緒にいたのだ。どこかで、同じ思いも抱いていたはずだ。
<ダリュスカインと、話がしたい>
それも、一対一で、対等に。
追撃を受けた日に自分に向けられた殺意は、生半可なものではなかった。実際、あんな恐ろしい呪念をも埋めこんだほどだ。今も彼は、自分を消し去りたいと思っていることだろう。
ダリュスカインは、今、自分のように誰かと一緒にいるだろうか。
社にいた人間は、全員が啼義の味方だったわけではない。出自不明の自分は、一部では気味悪がられてすらいた自覚もある。しかし、靂を弑した者について行くことも、有り得ないだろう。
<あいつは、恐らく一人だ>
ならば、自分も一人で向かわなければ、対等とは言えないのではないか。なんとかそこで収まれば、イルギネスたちを危険に晒す確率も減らせる。
啼義はしばらく、天井を見上げて考えた。今、イルギネスと驃は店の方にリナといる。アディーヌは自室に籠ったままだ。
<今しかない>
思いは、急に固まった。
啼義は起き上がり、紙がないかを探し、机の引き出しに見つけた用紙に、朝矢から借りた服を返しておいてくれとイルギネス宛に走り書きする。それから手早く荷物をまとめ、ザックに地図を突っ込んだ。
抜け出すのは、拍子抜けするほど簡単だった。
羅沙を出る時から身につけていた金袋には、入れたままの金がちゃんと残っていた。これまでの道のりで、いくら言っても、イルギネスが彼から金を受け取らなかったからだ。それで日持ちする乾物を適当に買いこみ、町から北へ出る道を黙々と進んだ。
外壁に面した門を前に、坂を上り切って振り返ると、街並みの向こうに海が見える。昨日、生まれて初めて見た遙かな海原の青は、今日も悠々とそこに広がっていた。
<イルギネス>
瞳にその色を宿した銀髪の青年の、優しい笑顔がよぎる。急に感情が迫り上がってくるのを、グッと堪えた。
<大丈夫。また会える>
この町で出会ったみんなの顔を思い浮かべ、啼義は誓った。
<必ず帰ってくるんだ>
門を通り過ぎようとした時、守衛が驚いて啼義に声をかけた。
「今から外に出るのかい? もう数時間もしないうちに、日が暮れ始めるぞ」
「ちょっと急いでるんだ。大丈夫」
「そうか。気をつけてな」心配そうな顔で見送る守衛に軽く会釈をし、啼義は門の外へと、足を踏み出した。
野宿の仕方は、イルギネスとの旅である程度覚えている。一人でどこまで出来るのか不安がないわけではないが、出て来てしまった以上、なんとかするしかない。みんなが気づいて自分を探すのは、時間の問題だろう。追いつかれては元も子もない。日が落ちるまでに、できるだけ進みたかった。
ミルファの敷地を出てしばらく行くと、少しばかり鬱蒼とした山道になる。来る時はイルギネスと二人、昼間だったので特になんとも思わなかったが、わずかに影が長くなって明るさを落としてきた今、たった一人では少々不気味だ。他に同じ道を行く人影もない。
<まだ少し時間がある。日が暮れるまでに抜けちまおう>
足早に進み、あと少しで山道を抜けられると安堵した時、前方の茂みに、妙な動きを捉えた。
<何かいる>
啼義が立ち止まって様子を伺っていると、それはのそりと身を起こした。白い毛を纏った四本足の猛獣は、離れていても自分の背丈ほどもあるのが分かる巨体で、その毛先は陽炎のように揺らめいている。動物ではない。魔物だ。
思わず息を呑んだ啼義の前で、魔物の金の瞳が、辺りを確認するようにぐるりと彷徨い、ピタリと彼に照準を合わせた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる