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第二章 未知なる大地
南へ 3
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翌朝──
目を覚ましても、ダリュスカインの頭の中からは昨晩の啓示が離れなかった。
思えばなんの確信も持てない、ただの予感のようなものだ。それが本当だとして、どうやって啼義はあの山脈を越えたと言うのだ。確かに、自分が意識を取り戻した時、啼義の姿はなかった。とりあえず止血を、とぎりぎりの状態で自らに術を施すのが精一杯で、何処へ行ったのかなど考える余裕もなかった。そして彼の意識はそのまま限界を越え、再び闇へ吸い込まれていったのだ。次に目覚めたのが、この小屋の中だった。しかし、啼義もあれだけの怪我を負って、普通には移動が可能なはずがない。だが彼は──竜の加護の継承者なのだ。
<有り得ないこともない、か>
食事の時も何処か上の空なダリュスカインを、隣にいる結迦は不安げな眼差しで見ていたが、気づくはずもない。心を探るように見つめていると、匙を置いて器の位置を入れ替えようとする彼とようやく目が合った。結迦が察して替えてやると、初めて彼は口を開いた。
「南へは……」
言ってから、少しばかり視線を彷徨わせる。
「もう山は冬の気候だから、超えられたものではなかろうな」
結迦は少し驚き、困ったように、宗埜へ視線を流した。
「探しものは、南にあるのかね?」
どこかのんびりした口調で、宗埜が尋ねる。
「そんな気が、するのです」
「──ほう」
結迦は、心の奥がざわめくのを感じながら、その横顔を見つめた。落ち着いてはいるが、張り詰めた空気が辺りにうっすらと漂っている。それに、南とは──
「まあ、山を越えるのは、今のお前さんには一層無理だろうし、船に乗るにも港が遠すぎるな」
「……」
分かりきった答えだ。ダリュスカインは、片手でも食べやすいようにと、結迦が作った握り飯を口に運びながら、また自身の考えの中に戻った。どちらにしろ、この身体状況ではまだ静養が必要だ。片腕での生活にも、もう少し慣れなければ。宗埜は、険しい表情になった彼を汁物を啜りながら眺めていたが、やがて口を開いた。
「方法が、ないわけでもないがな」
突然の言葉に、ダリュスカインは顔を上げる。
「慈源の祠、というのを聞いたことがあるかね?」
「……いや」
初めて聞く名称だ。だが隣で、結迦の肩がピクリと、微かに震えたのにダリュスカインは気づいた。
「山脈を越えた南の"慈禊の祠"と結ばれているらしいが、大抵は通行に成功せずに飲まれて終わるゆえ、人喰いの祠とも言われている。もうかなり長いこと、向こうに着いた者も、こちらへ来た者もいない」
ダリュスカインは眉を顰めた。
「そんな現実味のない話を、なぜ?」
「お前さんが、一級の魔術師と見たからさ」
見返した宗埜の瞳は、呑気な雰囲気とは裏腹に鋭い光をちらつかせている。どういうことだろう。ダリュスカインは考えを巡らせた。
「──魔術師なら、渡れるとでも?」
「いいや。ただ、その祠を造ったのは、上級魔術師だったそうな。そして──どうやら同等の腕を持つ魔術師なら、磁場の変動に飲まれずに通り抜けられるそうな」
ダリュスカインの眉がわずかに動いた。自分は、それに相応しい力の魔術師と言えるだろうか。
「私と結迦がいた社は、その禁忌の祠を、人知れず守るべく建てられたのだよ」
「何──」
思わず身を乗り出した傍で、結迦が目を逸らし黙って俯いている。まるで、この会話から逃げるように。しかし、それを気に掛ける以上に、ダリュスカインは宗埜の話に興味を惹かれた。
「ここから、近いのですか」
「そうさね。二、三時間ほども歩けば──とりあえず、見に行ってみるかね?」
試すような眼差しを向け、宗埜が言った。
目を覚ましても、ダリュスカインの頭の中からは昨晩の啓示が離れなかった。
思えばなんの確信も持てない、ただの予感のようなものだ。それが本当だとして、どうやって啼義はあの山脈を越えたと言うのだ。確かに、自分が意識を取り戻した時、啼義の姿はなかった。とりあえず止血を、とぎりぎりの状態で自らに術を施すのが精一杯で、何処へ行ったのかなど考える余裕もなかった。そして彼の意識はそのまま限界を越え、再び闇へ吸い込まれていったのだ。次に目覚めたのが、この小屋の中だった。しかし、啼義もあれだけの怪我を負って、普通には移動が可能なはずがない。だが彼は──竜の加護の継承者なのだ。
<有り得ないこともない、か>
食事の時も何処か上の空なダリュスカインを、隣にいる結迦は不安げな眼差しで見ていたが、気づくはずもない。心を探るように見つめていると、匙を置いて器の位置を入れ替えようとする彼とようやく目が合った。結迦が察して替えてやると、初めて彼は口を開いた。
「南へは……」
言ってから、少しばかり視線を彷徨わせる。
「もう山は冬の気候だから、超えられたものではなかろうな」
結迦は少し驚き、困ったように、宗埜へ視線を流した。
「探しものは、南にあるのかね?」
どこかのんびりした口調で、宗埜が尋ねる。
「そんな気が、するのです」
「──ほう」
結迦は、心の奥がざわめくのを感じながら、その横顔を見つめた。落ち着いてはいるが、張り詰めた空気が辺りにうっすらと漂っている。それに、南とは──
「まあ、山を越えるのは、今のお前さんには一層無理だろうし、船に乗るにも港が遠すぎるな」
「……」
分かりきった答えだ。ダリュスカインは、片手でも食べやすいようにと、結迦が作った握り飯を口に運びながら、また自身の考えの中に戻った。どちらにしろ、この身体状況ではまだ静養が必要だ。片腕での生活にも、もう少し慣れなければ。宗埜は、険しい表情になった彼を汁物を啜りながら眺めていたが、やがて口を開いた。
「方法が、ないわけでもないがな」
突然の言葉に、ダリュスカインは顔を上げる。
「慈源の祠、というのを聞いたことがあるかね?」
「……いや」
初めて聞く名称だ。だが隣で、結迦の肩がピクリと、微かに震えたのにダリュスカインは気づいた。
「山脈を越えた南の"慈禊の祠"と結ばれているらしいが、大抵は通行に成功せずに飲まれて終わるゆえ、人喰いの祠とも言われている。もうかなり長いこと、向こうに着いた者も、こちらへ来た者もいない」
ダリュスカインは眉を顰めた。
「そんな現実味のない話を、なぜ?」
「お前さんが、一級の魔術師と見たからさ」
見返した宗埜の瞳は、呑気な雰囲気とは裏腹に鋭い光をちらつかせている。どういうことだろう。ダリュスカインは考えを巡らせた。
「──魔術師なら、渡れるとでも?」
「いいや。ただ、その祠を造ったのは、上級魔術師だったそうな。そして──どうやら同等の腕を持つ魔術師なら、磁場の変動に飲まれずに通り抜けられるそうな」
ダリュスカインの眉がわずかに動いた。自分は、それに相応しい力の魔術師と言えるだろうか。
「私と結迦がいた社は、その禁忌の祠を、人知れず守るべく建てられたのだよ」
「何──」
思わず身を乗り出した傍で、結迦が目を逸らし黙って俯いている。まるで、この会話から逃げるように。しかし、それを気に掛ける以上に、ダリュスカインは宗埜の話に興味を惹かれた。
「ここから、近いのですか」
「そうさね。二、三時間ほども歩けば──とりあえず、見に行ってみるかね?」
試すような眼差しを向け、宗埜が言った。
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