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第一章 遥かな記憶
亀裂 3
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啼義は、木の上にいた。
社から東へ十分ほども歩くと、小高い丘に抜ける。そこにある一本の大樹の上が、幼い頃からの彼の"居場所"だった。社を囲む森、連なる山々の雄大な姿と、その向こうへ吸い込まれていくかのような空。その景色をぼんやりと眺めながら、木々のざわめきや、遠くに聞こえる鳥の声に耳を傾ける。少し冷えた風が頬を撫でるのを感じながら、そっと目を閉じた。こうして、自分があたかも世界に溶けてしまったかのような感覚が、今は心地よかった。
だが、本当に溶けこめはしない。やがて、啼義は目を開けた。
その視線の先──目の前に隆々と横たわるのは、竜の背と呼ばれる、ドラガーナ山脈。少し奥まった向こうには、ひときわ高く、猛々しい姿の山がある。ドラグ・デルタ火山だ。
十七年前、そのドラグ・デルタの大噴火が起こった年に、自分は拾われた。噴火は幸い数日で収まったものの、辺り数キロ四方、場所によって十キロ以上も流れ出た火砕流と、火山灰や噴石による被害。噴煙に日照も遮られがちになり、しばらくは度々余震に見舞われ、降灰による作物の不良も多々発生するなど、様々な影響が続いたという。靂は周辺の被害の調査を兼ねて、その噴火と淵黒の竜との関連を探りに来ていたところで、地面に転がってたった一人で泣いていた、生後半年ほどの赤ん坊──啼義を見つけたのだった。
どうしてそんな場所にいたのか。いつからいたのか。赤ん坊の自分が、よくもそんな状況で靂に見つかるまで一人で生き延びていたと、我ながら不思議に思うばかりだ。
<噴火が起こった時、俺はどうしていたんだろう>
自分はその瞬間、誰といて、どんな状況だったのだろう。そんなことに思いを馳せた時、脳裏に"ある記憶"が蘇った。
「あの夢──」
思わず声に出た。
今朝見た、おかしな夢。あんなに感覚が現実的な夢は、見たことがなかった。そして、そうだ。あたり一面が闇のようだったのは、視界を遮られていたからだ。それは──煙ではなかったか。
突然の理解に、啼義は戸惑った。
覚えている。
夢ではない。あれは紛れもなく、記憶だ。阿鼻叫喚の混乱の最中から、何かが自分を連れ出したのだ。
『頼む』
掻き消そうな願いの声。自分に似た黒い瞳。熱風。灼けつく空気。ふわりと身体が浮く。
──逃げ出した俺には、その資格はない。"竜の加護"は、次の継承者に。
頭の奥に、刻まれたように言葉が響いた。それは自分の声のようで、自分の声ではない。"何か"が、潜在意識の底に封じられた"記憶"の鍵を緩め、強引に啼義の中に入って来ようとする。
「やめろ……!」
無意識に抵抗した。駄目だ。これ以上目覚めてはいけない。
「──嫌だ」声が漏れた。
この力は、鍛錬などしてはいけなかったのだ。啼義は悟った。だがもう、それは今、自ら啼義に歩み寄ろうとしていた。まるで、彼がその存在に気づくのを待っていたかのように。
社から東へ十分ほども歩くと、小高い丘に抜ける。そこにある一本の大樹の上が、幼い頃からの彼の"居場所"だった。社を囲む森、連なる山々の雄大な姿と、その向こうへ吸い込まれていくかのような空。その景色をぼんやりと眺めながら、木々のざわめきや、遠くに聞こえる鳥の声に耳を傾ける。少し冷えた風が頬を撫でるのを感じながら、そっと目を閉じた。こうして、自分があたかも世界に溶けてしまったかのような感覚が、今は心地よかった。
だが、本当に溶けこめはしない。やがて、啼義は目を開けた。
その視線の先──目の前に隆々と横たわるのは、竜の背と呼ばれる、ドラガーナ山脈。少し奥まった向こうには、ひときわ高く、猛々しい姿の山がある。ドラグ・デルタ火山だ。
十七年前、そのドラグ・デルタの大噴火が起こった年に、自分は拾われた。噴火は幸い数日で収まったものの、辺り数キロ四方、場所によって十キロ以上も流れ出た火砕流と、火山灰や噴石による被害。噴煙に日照も遮られがちになり、しばらくは度々余震に見舞われ、降灰による作物の不良も多々発生するなど、様々な影響が続いたという。靂は周辺の被害の調査を兼ねて、その噴火と淵黒の竜との関連を探りに来ていたところで、地面に転がってたった一人で泣いていた、生後半年ほどの赤ん坊──啼義を見つけたのだった。
どうしてそんな場所にいたのか。いつからいたのか。赤ん坊の自分が、よくもそんな状況で靂に見つかるまで一人で生き延びていたと、我ながら不思議に思うばかりだ。
<噴火が起こった時、俺はどうしていたんだろう>
自分はその瞬間、誰といて、どんな状況だったのだろう。そんなことに思いを馳せた時、脳裏に"ある記憶"が蘇った。
「あの夢──」
思わず声に出た。
今朝見た、おかしな夢。あんなに感覚が現実的な夢は、見たことがなかった。そして、そうだ。あたり一面が闇のようだったのは、視界を遮られていたからだ。それは──煙ではなかったか。
突然の理解に、啼義は戸惑った。
覚えている。
夢ではない。あれは紛れもなく、記憶だ。阿鼻叫喚の混乱の最中から、何かが自分を連れ出したのだ。
『頼む』
掻き消そうな願いの声。自分に似た黒い瞳。熱風。灼けつく空気。ふわりと身体が浮く。
──逃げ出した俺には、その資格はない。"竜の加護"は、次の継承者に。
頭の奥に、刻まれたように言葉が響いた。それは自分の声のようで、自分の声ではない。"何か"が、潜在意識の底に封じられた"記憶"の鍵を緩め、強引に啼義の中に入って来ようとする。
「やめろ……!」
無意識に抵抗した。駄目だ。これ以上目覚めてはいけない。
「──嫌だ」声が漏れた。
この力は、鍛錬などしてはいけなかったのだ。啼義は悟った。だがもう、それは今、自ら啼義に歩み寄ろうとしていた。まるで、彼がその存在に気づくのを待っていたかのように。
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