風は遠き地に

香月 優希

文字の大きさ
上 下
6 / 96
第一章 遥かな記憶

亀裂 1

しおりを挟む
 疑念を抱いたダリュスカインは、ちょうど大陸の南からやって来ていた行商人を訪ね、今現在の"竜の加護"の継承者がどうなっているのかの情報を聞き出していた。行商人から得た情報は、思った以上に多かった。
「ああ、あそこは相変わらずですわ」恰幅の良い行商人は、少し呆れたような口調で答えた。継承者はやはり、二十年近く前から不在のままだそうだ。
「魔物を抑える役割の神殿だってのにねぇ。ここのところ道中も物騒になってきたし、どうなっちまうんでしょうなぁ」
 不在の理由も聞き出すことができた。行方不明の継承者は当時二十歳はたちほどで、神殿で反対された結婚を押し切るべく、恋人と駆け落ちをしたらしい。不埒な事態に、神殿側は当初、その事実を押し隠していたのだが。ここ最近になってやっと、彼らが北へ向かっていたという情報があり、神殿の者たちがドラガーナ山脈竜の背付近を捜索しているが、続く手がかりは見つかっていない。しかしあの辺りは十七年前のドラグ・デルタ火山の噴火の際、広範囲で火砕流が起こり、場所によっては十キロ以上も離れたいくつかの村や集落を飲み込んだので、もしその辺りに住んでいたのなら、巻き込まれてしまったのではという噂もあるそうだ。
「黒髪、黒目で、まあまあ見目もいい若者だったようですぜ」行商人は美味そうに煙草の煙を吐きながら、やや下世話な表情で笑ったが、ダリュスカインはハッとした。
 まさか、そんな簡単に一致するわけなどない。黒髪、黒目の人間など、珍しくはない。だが──
 噴火は十七年前。啼義ナギが山の麓でレキに拾われた年だ。彼が、である可能性はないのか?
 遥かな昔、大陸を死の恐怖に陥れたといわれる淵黒えんこくの竜を退治した蒼空そうくうの竜。
 長きに渡り大陸の安泰を保つために、蒼空の竜がその時の戦いを助けた神官に授けたとされる、"竜の加護"。その力がどんなものなのか、ダリュスカインは知らない。故郷にいる時には、そんなに気にしたことがなかった。それ故、今まで思いつきもしなかった。
 だが、加護というからには当然、本人を護る力も働くのではないか。啼義は発見された時、すぐそばでまだ溶岩流がくすぶっているような場所だったにも関わらず、かたわらにあった剣と共に無傷だったという。そして、普通より明らかに高い身体回復力。怪我をしてから傷が治るまでの期間が、ただ少し丈夫なだけ、というにはいささか早すぎると、医師はいつも驚くのだ。
 一つ一つが点同士を結ぶように、繋がりが浮き上がって見えるような気がした。
 確証はない。しかし、否定しようのない予感が頭の中で急速にまとまり、形を成していく。が蒼空の竜の意思を引き継ぐ力ならば、例え石像であっても、淵黒の竜に牙を剥くのは、あまりに当たり前のことだ。
 それが本当なら、自分たちの目的を達成するのに、啼義の力は使えるどころか、もしかしたら全くの逆かも知れない。その可能性に、靂は気づいているのだろうか。蒼空の竜の力は、魔物を抑する。それはエディラドハルドの平穏には貢献するのだろうが、死者を蘇らせることは出来ない。今の自分たちに必要なのは、死を司り、魂を呼び戻せる淵黒の竜の力だ。どの道、目標を達した暁には、あらゆる魔術を駆使して、淵黒の竜の力を再度封じ込めるつもりはあるが、それまでに邪魔をされるわけにはいかない。
<このままではいけない>
 万が一のことを考え、靂の耳に入れておかねば。
 ダリュスカインは、はやる気持ちを抑えながら、やしろへの道を急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

東海敝国仙肉説伝―とうかいへいこくせんじくせつでん―

かさ よいち
歴史・時代
17世紀後半の東アジア、清国へ使節として赴いていたとある小国の若き士族・朝明(チョウメイ)と己煥(ジーファン)は、帰りの船のなかで怪しげな肉の切り身をみつけた。 その肉の異様な気配に圧され、ふたりはつい口に含んでしまい…… 帰国後、日常の些細な違和感から、彼らは己の身体の変化に気付く――― ただの一士族の子息でしなかった彼らが、国の繁栄と滅亡に巻き込まれながら、仙肉の謎を探す三百余年の物語。 気が向いたときに更新。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...