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第一章 遥かな記憶
亀裂 1
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疑念を抱いたダリュスカインは、ちょうど大陸の南からやって来ていた行商人を訪ね、今現在の"竜の加護"の継承者がどうなっているのかの情報を聞き出していた。行商人から得た情報は、思った以上に多かった。
「ああ、あそこは相変わらずですわ」恰幅の良い行商人は、少し呆れたような口調で答えた。継承者はやはり、二十年近く前から不在のままだそうだ。
「魔物を抑える役割の神殿だってのにねぇ。ここのところ道中も物騒になってきたし、どうなっちまうんでしょうなぁ」
不在の理由も聞き出すことができた。行方不明の継承者は当時二十歳ほどで、神殿で反対された結婚を押し切るべく、恋人と駆け落ちをしたらしい。不埒な事態に、神殿側は当初、その事実を押し隠していたのだが。ここ最近になってやっと、彼らが北へ向かっていたという情報があり、神殿の者たちがドラガーナ山脈付近を捜索しているが、続く手がかりは見つかっていない。しかしあの辺りは十七年前のドラグ・デルタ火山の噴火の際、広範囲で火砕流が起こり、場所によっては十キロ以上も離れたいくつかの村や集落を飲み込んだので、もしその辺りに住んでいたのなら、巻き込まれてしまったのではという噂もあるそうだ。
「黒髪、黒目で、まあまあ見目もいい若者だったようですぜ」行商人は美味そうに煙草の煙を吐きながら、やや下世話な表情で笑ったが、ダリュスカインはハッとした。
まさか、そんな簡単に一致するわけなどない。黒髪、黒目の人間など、珍しくはない。だが──
噴火は十七年前。啼義が山の麓で靂に拾われた年だ。彼が、その子である可能性はないのか?
遥かな昔、大陸を死の恐怖に陥れたといわれる淵黒の竜を退治した蒼空の竜。
長きに渡り大陸の安泰を保つために、蒼空の竜がその時の戦いを助けた神官に授けたとされる、"竜の加護"。その力がどんなものなのか、ダリュスカインは知らない。故郷にいる時には、そんなに気にしたことがなかった。それ故、今まで思いつきもしなかった。
だが、加護というからには当然、本人を護る力も働くのではないか。啼義は発見された時、すぐそばでまだ溶岩流が燻っているような場所だったにも関わらず、傍らにあった剣と共に無傷だったという。そして、普通より明らかに高い身体回復力。怪我をしてから傷が治るまでの期間が、ただ少し丈夫なだけ、というには些か早すぎると、医師はいつも驚くのだ。
一つ一つが点同士を結ぶように、繋がりが浮き上がって見えるような気がした。
確証はない。しかし、否定しようのない予感が頭の中で急速にまとまり、形を成していく。あれが蒼空の竜の意思を引き継ぐ力ならば、例え石像であっても、淵黒の竜に牙を剥くのは、あまりに当たり前のことだ。
それが本当なら、自分たちの目的を達成するのに、啼義の力は使えるどころか、もしかしたら全くの逆かも知れない。その可能性に、靂は気づいているのだろうか。蒼空の竜の力は、魔物を抑する。それはエディラドハルドの平穏には貢献するのだろうが、死者を蘇らせることは出来ない。今の自分たちに必要なのは、死を司り、魂を呼び戻せる淵黒の竜の力だ。どの道、目標を達した暁には、あらゆる魔術を駆使して、淵黒の竜の力を再度封じ込めるつもりはあるが、それまでに邪魔をされるわけにはいかない。
<このままではいけない>
万が一のことを考え、靂の耳に入れておかねば。
ダリュスカインは、はやる気持ちを抑えながら、社への道を急いだ。
「ああ、あそこは相変わらずですわ」恰幅の良い行商人は、少し呆れたような口調で答えた。継承者はやはり、二十年近く前から不在のままだそうだ。
「魔物を抑える役割の神殿だってのにねぇ。ここのところ道中も物騒になってきたし、どうなっちまうんでしょうなぁ」
不在の理由も聞き出すことができた。行方不明の継承者は当時二十歳ほどで、神殿で反対された結婚を押し切るべく、恋人と駆け落ちをしたらしい。不埒な事態に、神殿側は当初、その事実を押し隠していたのだが。ここ最近になってやっと、彼らが北へ向かっていたという情報があり、神殿の者たちがドラガーナ山脈付近を捜索しているが、続く手がかりは見つかっていない。しかしあの辺りは十七年前のドラグ・デルタ火山の噴火の際、広範囲で火砕流が起こり、場所によっては十キロ以上も離れたいくつかの村や集落を飲み込んだので、もしその辺りに住んでいたのなら、巻き込まれてしまったのではという噂もあるそうだ。
「黒髪、黒目で、まあまあ見目もいい若者だったようですぜ」行商人は美味そうに煙草の煙を吐きながら、やや下世話な表情で笑ったが、ダリュスカインはハッとした。
まさか、そんな簡単に一致するわけなどない。黒髪、黒目の人間など、珍しくはない。だが──
噴火は十七年前。啼義が山の麓で靂に拾われた年だ。彼が、その子である可能性はないのか?
遥かな昔、大陸を死の恐怖に陥れたといわれる淵黒の竜を退治した蒼空の竜。
長きに渡り大陸の安泰を保つために、蒼空の竜がその時の戦いを助けた神官に授けたとされる、"竜の加護"。その力がどんなものなのか、ダリュスカインは知らない。故郷にいる時には、そんなに気にしたことがなかった。それ故、今まで思いつきもしなかった。
だが、加護というからには当然、本人を護る力も働くのではないか。啼義は発見された時、すぐそばでまだ溶岩流が燻っているような場所だったにも関わらず、傍らにあった剣と共に無傷だったという。そして、普通より明らかに高い身体回復力。怪我をしてから傷が治るまでの期間が、ただ少し丈夫なだけ、というには些か早すぎると、医師はいつも驚くのだ。
一つ一つが点同士を結ぶように、繋がりが浮き上がって見えるような気がした。
確証はない。しかし、否定しようのない予感が頭の中で急速にまとまり、形を成していく。あれが蒼空の竜の意思を引き継ぐ力ならば、例え石像であっても、淵黒の竜に牙を剥くのは、あまりに当たり前のことだ。
それが本当なら、自分たちの目的を達成するのに、啼義の力は使えるどころか、もしかしたら全くの逆かも知れない。その可能性に、靂は気づいているのだろうか。蒼空の竜の力は、魔物を抑する。それはエディラドハルドの平穏には貢献するのだろうが、死者を蘇らせることは出来ない。今の自分たちに必要なのは、死を司り、魂を呼び戻せる淵黒の竜の力だ。どの道、目標を達した暁には、あらゆる魔術を駆使して、淵黒の竜の力を再度封じ込めるつもりはあるが、それまでに邪魔をされるわけにはいかない。
<このままではいけない>
万が一のことを考え、靂の耳に入れておかねば。
ダリュスカインは、はやる気持ちを抑えながら、社への道を急いだ。
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