風は遠き地に

香月 優希

文字の大きさ
上 下
1 / 96

プロローグ

しおりを挟む
 風は、まだくすぶる炎の煙たい空気を乗せて、微かな熱気を帯びていた。
 噴火の影響で、これより先に立ち入ることは不可能だった。無理矢理立ち入ったところで、ここから先は火砕流に埋もれて、何も残ってはいないだろう。
 だが。
 そこに、濃紫の羽織を纏い、背中にかかる白銀の髪をなびかせて佇む男──レキは、ふと気配を感じ、辺りを見回した。
 声がする。しかも、赤ん坊の泣くような声。そとは言えこんなところに生き物、ましてや赤ん坊などいるわけがない。
<猫でもいるのか?>
 しかし、どこか切迫した、激しい癇癪にも似たその声を無視することも出来ず、靂はその発信場所を探した。
「靂様、どうかしましたか?」不思議そうに尋ねた従者には答えず、慎重に気配を探る。
 果たして、振り返った斜め後方に、何かが光った。薄い雲の隙間から射した日の光を、こちらにキラリと反射したのは、突き立った棒──否、剣だ。
 怪訝に思いながらも、靂の足は、自然とそちらへ歩を進めていた。濃茶の柄が見える。緩やかに美しい曲線を象ったガード(鍔)は金。これが先程、光を反射したのだろう。剣は鞘に収まったまま、先の方が地面に埋まって自立している。
 そして──そのすぐ横に、赤ん坊はいた。包(くる)まっていたであろう、厚手のボロ布から、半ば這い出す様にして、うつ伏せに転がり、声を上げている。そのまま地面に這いつくばって進みそうな気配を感じ、反射的に、靂は赤ん坊を抱き上げていた。赤ん坊は泣き止み、靂を見つめた。あまりに無垢な、真っ黒い瞳。自分の封じた何かを見透かされた気がして、靂は言葉を失った。
<どうして……>
 こんなところに。
 首はしっかり据わっている。その顔には少し泥がついて汚れているものの、どうやら無傷のようだ。
 他に人の気配はない。赤ん坊は簡素な肌着を纏っているが、あるのは下敷きになっていたボロ布と、隣に突き立っている謎の剣だけ。
 靂は赤ん坊を片手に抱き、もう片方の手で剣の鞘を握って引き抜いた。程よい重さの中剣だ。鞘を抜いてみないと、中がどうなっているかは分からないが。不思議なことに、剣も目立った汚れや傷はなく、火山灰を被った気配すらなかった。これは、この赤ん坊と関係があるのだろうか。
 靂はしばし、剣と赤ん坊を見比べた。赤ん坊は、無邪気に剣に手を伸ばしている。
<結界でも張ってあったのか?>
 しかし魔術の気配もない。他には何一つ残っていないのに、どうして赤ん坊と剣だけが、こうして残されているのだろう。考えたところで、答えは出なかった。
桂城かつらぎ、帰るぞ」
 従者に声を掛けると、剣を右手に握ったまま身を翻し、靂は歩き出した。赤ん坊は、彼の左の肩にしっかりと小さな手を添えて、自らしがみついてきた。そしてまた、泣き出した。
「靂様、お待ちください! どうなさるおつもりですか」
 赤ん坊の泣き声にも、従者の狼狽えた声にも耳も貸さず、靂は黙って来た道を戻って行く。オロオロしながら、結局は桂城も後をついて来た。
 どうするつもりかなど、分かる筈もない。だが、流石の靂にも、この状況で赤ん坊を置き去りにすることは憚られた。やしろに戻れば、女たちがどうにかするだろう。
 赤ん坊はやがて泣き疲れて、靂の肩ですやすやと寝息を立て始めた。それは、靂が初めて感じる"温かな重み"だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売しています!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

処理中です...