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第3章 吸血鬼と死霊術師

第33話 吸血姫との対話

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端的にいうのなら、会いたくないというのが本音であった。
邪悪の化身、邪神の眷属。
少なくとも好ましくない存在であるし、更に言えば今の自分は聖痕という神の見張り付き。
そんな状態で殴りにくい相手に会うのはめんどくさいの一言。
さらには、もし自分が神の命で即座に殴れと言われたら、連合軍の講和条約に泥を塗ることになるため、神と連合軍、どちらのメンツを取るのかという実にめんどくさい事態になるからだ。
一瞬いないふりをしようとした、腹痛で帰ると言おうともした。

「しかしながら、向こうは面会すれば、保有している捕虜を4分の1。
 更には条件によっては、半数以上返してもいいと言っている。
 だからせめて、面会だけでもしていただけると、この先の作戦がぐっと楽になるんですが……」

が、残念ながら、向こうもこちらのそんな行動を呼んでいたらしく。
話を聞かずに帰るだけでは、連合軍の面子を地味に潰してしまう形に誘導。
かくして、非常に不本意ながら、私は件の吸血鬼と面会することになった。

「おお!これがキノコ茶ですか~!
 マナの回復を確保しながら、最低限の味も持っているとか……。
 うんうん、これが最低限?ほんとうですか!?
 いやいや、普通においしいでしょう!」

かくして、現在私がいるのは、ストロング村でも前線基地でもない、その間に建てられた急造の天幕。
そこで、私は件の吸血鬼と屈辱の面談中というわけだ。
だが、今コイツが飲んでいるキノコ茶は、元をたどれば、私が持ってきたものだったりする。
件の中隊長が、隊付き聖職者の疲労を見かねて、私に頼んだものであったりしたのだ。
それなのに、そういう顔見知りではなくこの突然こちら面会の約束を横やりで入れてきたくせに、容赦なくそういう贈り物だけ持っていくとか、実に盗人猛々しい。
びっくりするほど卑しいといえるだろう。

「ねぇねぇ、これ以外にも確か辛茸やシイタケのスープもこの後つくる予定だったんでしょう!?
 そっちはどんな感じなんですか?」

「……で、用件は?」

「それにこのキノコは、いわゆる呪術系呪文で作ってるんでしょ?
 一部呪術師は、こういうキノコやらカビやらを呪術呪文で増やせる秘伝を持っているとは聞いた事があったけど……。
 噂に聞く、洞窟の工房が関係してるの?
 どんな呪術だか教えてよ!」

「で、用件は?」

「……ちょっとくらい、会話を楽しもうとか。
 そう言うのはないわけ?」

「今の私は、がついてますので」

「んんぅ~!いくら聖痕でも、吸血鬼と会話するくらいは問題ないでしょう!」

さて、自分の目の前でやけにテンションの高い吸血鬼。
見た目は若い女性、むしろ幼いといってもいいかもしれない見た目であった。
肌は色白で瞳は赤く、鋭い犬歯が目を引く。
しかしそれでも、その顔や表情に威圧感は薄く、高貴さよりも素朴さを感じる。
だからこそ、黒と白をベースにしたドレスは少々アンバランスさと言わざる得なかった。

「やっぱり意外だった?
 この地を騒がせ、民をむさぼる恐るべき吸血鬼がこんなかわいい女の子だったって事実は」

「……別に、可能性としては十分あり得るなと。
 それに吸血鬼にとっては、姿を変えるなんて、造作もないことでしょう」

「あら失礼ね!
 こう見えても、これは本物の私の姿よ!
 だからこそ、いもくさ~い顔も、あなたみたいな大きくない胸も。
 全部ぜ~んぶ、変化なしの、私の生まれついての体ってわけ!」

「50年間以上、その若さを保つために、多くの血を吸っているのに?」

「それはまぁ、私って吸血鬼だし?
 今の姿でも、それなりに抑えている方よ。
 本気なら、17や20歳くらいの見た目にしているもの」

件の吸血鬼は舌をぺろりと出して、こちらから視線を外しながらそういう。
おもわず、聖呪文の一発でもぶち込んでやろうかと思ったが、彼女の胸元にあるをみて、それをぐっと抑える。

「あら、やっぱりこれが気になる?」

「いえ、別に」

「いやいや~、別に遠慮しなくていいのよ~?
 私だってわかるんだから!
 そう!私ももちろん聖職者よ!
 私の祭る神は、【月の女神】にして【魔導神】こと【ニーラ】様!」

「……」

「賛否両論はあるけど、一応王国的には、【善神】の一種でしょ?
 なら、同じ聖職者として、いや、呪術系聖職者として、仲良くできると思わない?」

「いや、まったく」

「ひどい!?」

自分の言葉に、落ち込む吸血鬼。
一応、魔導神ニーラは王国においては七大善神の一柱であるのは事実だし、彼女の聖印が偽物でない、本物。
しかも、教会から贈られるものではない、神から授かった本物の聖印だというのも、魔力で感知するだけで分かってしまった。
おそらくだが、自分がもしここで神聖呪文を放っても、彼女相手にはそこまで効果がなく、下手をすればいつぞやのオッタビィアみたいな事態になりかねないだろう。

「ふふふ、この聖印はね~。
 私が生前から、吸血鬼になった後も信仰を忘れなかったから、魔導神様から授かったものなのよ!
 今だって、定期的に奉納や祈りは毎日欠かしていないし、人間への吸血衝動も、抑えているのも、すべては信仰のためというわけよ。
 ある意味では、私とあなたは似た者同士ってわけ!」

小さな胸を張りつつ、ニコニコとこちらに聞きもしない信仰話について語る吸血鬼。
しかしながら、それでは一向に話が進まないし、このままでは交渉すらままならないため、話を先に進めるように催促することにした。

「えっと、あなたを呼んだ目的は、その……。
 よかったら、あなたも私と一緒に吸血鬼にならないか?
 そういう、お誘いなんだけど……だめ?」

「だめですね」

「べ、別にあなたを従者にするとか、傀儡にして村を壊滅させるとかそう言うのはしないから!
 それに吸血鬼になると、体力がつくし、魔力量も増大!
 今なら魔導神への紹介状まで書いてあげる!」

「お話になりません。
 お引き取りください」

「まだまだほかにもメリット一杯あるのよ!
 そ、そうだ!例えば、蚊やヒルにやられにくくなるとか!」

「いや、それは微妙過ぎませんか?」

かくして、吸血鬼側から提示されるさまざまな吸血鬼になることへのメリット。
しかしながら、基本それらはこちらにとってどうでもいいものであり、少なくとも知り合いの信頼を裏切り、人間を捨てるほどのものではなかったのは確かだ。

「それに、今なら、私の方から人間の領主様と吸血鬼の領主。
 どっちにも、紹介状を書いてあげるわよ。
 何なら最近は、私達の陣営の吸血鬼の爵位は結構空いているからねえ!
 入るなら、今しかないわよ!」

「いや、ちょっとまて」

しかし、それでもその中には少々聞き流すにはおかしいメリットがあったのは確かだ。
だからこそ、私は吸血鬼になることに対して興味はないが、少しその話についてくわ良く聞くことにした。

「別におかしなことではないでしょう?
 そもそもこの地において、吸血鬼と人間は古くから、ある種の盟約関係にあるのよ。
 まぁ、最近は魔王騒ぎやら王国と帝国の騒ぎで多少中は悪くなっているけど……。
 それも、すぐによくなるでしょう」

彼女はそういいながら、改めてキノコ茶を一口飲む。

「この地はそれこそ私が生まれる前から、非常に陰の魔力がたまりやすい土地であった。
 だからこそ、人間という餌がいないと生きていけない吸血鬼と力の弱い人間が、この地で双方が生きるのには双方の協力が必要であったというわけよ」

「協力?家畜と牧場の関係では?」

「それを言ったら国家と民、いや、神と人の関係も一緒でしょ?
 ようは加減よ加減」

魔導神の信徒としてどうなのかと思ったが、彼女が熱心な信者であり、それと同時に本気でそう思っているから問題ないのだろう。
いろんな意味で。

「あと、吸血鬼は別に、人間の血を吸わなくても生きてはいけるだろ。
 肉体構造的に」

「何馬鹿なこと言ってるの。
 あなたは、人が冷水と粥だけで生きていけると思う?
 少なくとも、吸血鬼として生きていたら、人間の血なしで命をつなぐことは、本能的に無理なことよ。
 神の加護を受けてなお、吸血衝動が完全にはなくならない程度には」

彼女は首にかけられた聖印をこちらに見せつけながらそういった。
彼女曰く、だからこそこの地に住まう吸血鬼の貴族は少なくとも、無駄に人を殺すことは少ないそうだ。
それは自分の貴重な餌を守るため、あるいはこの地に住む吸血貴族としてのプライド、あるいは吸血主の命令的にそうなっているそうだ。

「なら、うちの街に襲い掛かったあの盗賊団と、今いる村についてはどう説明するつもりだ?
 ストロング村の生き残りいわく、盗賊と協力して一方的に襲ったと聞いたんだが」

「それに関してはねぇ……。
 そもそもあなた達の言う盗賊って、彼女たちのほうが先にこの地に住んでいたのよ?
 だからこそ彼女から見れば、あなた達のほうが侵略者であり、彼女たちがまだ村人である時代から契約していた私としては、ある程度彼女たちを守る義務があったのよ。
 それこそ、直接あなた達を殺すことは厳しいけど、あの娘たちを守るという言い訳で、略奪や村占拠の手伝いができちゃう程度には」

「だからこそ、事前にあなた達王国の開拓団が、もっと私達と密約してくれれば……。
 なんなら、今あなた達が言う盗賊団とも和解する道も……。
 いや、それは無理ね、あの娘たちは復讐と血の味に酔っていたし。
 それこそ、殺戮を楽しむ程度には」

実にひどい話である。

「ところで、領主云々は……」

「それに関してはそのままの意味よ。
 あなた達は確か王国からの民でしょ?
 なら、私達の同胞の一人が、あなた達の言う領主様の客将をやっているわね。
 まぁある意味では当然の流れよね。
 この地をまともに開拓及び生存するなら、私達吸血鬼の協力は絶対に必要だもの」

「……本当に必要か?
 単にお前たちが妨害して協力せざる負えなくしているんじゃ?」

「もちろん、それも否定しないわ。
 同盟者でもない見知らぬ人間が自分の庭に入ったら攻撃を仕掛ける。
 それはあなたたち人間も一緒でしょう?」

まぁそれは道理ではある。
要するに彼女たちが言うには、そもそもこの地に住む吸血鬼や先日返り討ちにした彼盗賊団は、王国開拓前からこの地に住む人たちだったそうだ。
だからこそ、それを侵略しに来た王国はある意味では敵ではあるが、同時に将来の同盟相手候補でもある。
それに実際、今この地を治めている王国からの開拓団の代表はすでに吸血貴族と盟約済み。
それゆえに、件の領主はこの地でそれなりの大都市を築くことに成功しているし、なんならいくつかの伝手も持っているそうだ。

「だからこそ、貴女が吸血鬼になっても、完全に王国というコミュニティから外れることはないと思うわよ?
 むしろ、地位だけ見ればより高く、重役に!
 なんなら、貴族代理として、開拓地の1つでも貰ってみる?
 実際私たちの同胞でも、開拓村を経営している仲間もいるらしいわよ!」

「そんな事実、知りとうなかった」

いろんな意味で頭が痛くなる事実のオンパレードではあるが……。
それでも結局自分の返答はかわらず。

「そもそも、冥府神は吸血鬼の存在をそこまで認めていないので。
 冒険神も、同様……いや、それ以上にアンデッドの存在は許していないからな」

「でも、あなたレベルで神に好かれていたら、問題ないと思うんだけど……。
 あなたなら、吸血に狂うほど理性を失わないでしょうし、信心も深い。
 なんなら、吸血鬼としての才能はかなり高いと思うわよ?
 陰と陽の魔力、どちらにも高い適性を持つことが、吸血鬼として優れた才を持つのには必須だからね!」

「……とにかく、お断りさせていただきます」

「永遠の命とか、美貌、いらない?」

「どっちも自力で習得しますので。
 少なくとも、太陽光で焼かれる程度の仮初の永遠は嫌なので」

「うぐ、それを言われちゃうとねぇ。
 しかも村の農家の娘の私と違って、それぐらいできそうだし。
 ……はぁ、ほんと太陽神嫌い。
 早く魔導神が天下を取ってくれないかしら」

「うちの村に太陽神の教会あるんですけど」

「しってる。
 だから言ってるの」

そんなこんなで、この後思ったよりは会話は弾むことになる。
が、結局この交渉は決裂することになった。

「ですよね~。
 まぁ、残念だけどこうなるのはわかっていたわ」

「ともすれば、やっぱり件の人質解放はなしですか?」

「いえ、それなら、こちらのもうちょっと簡単な条件を飲んでくれたら、私の今持っている捕虜の半分、いや、それ以上を返還してもいいわよ?」

「……その条件は?」

「あなたの血、いえ、正確に言えば高い陰の魔力の適性を持ちながら、聖職者である者の血。
 それを一度でいいから飲んでみたいという願いね」

彼女の願いを聞き、思わずため息が出てしまう。
そして、その条件に少し思考を巡らせた後、私は彼女の言う条件を了承したのであった。

「あら、流石聖職者様……。
 と言いたいけど、先輩呪術師というけど、流石に少し不用心すぎない?
 血液は、呪術魔法の導線としてはかなり強力なのよ?
 それに私の吸血魔法を組み合わせれば……ふふふ、間違ってあなたを傀儡にしちゃうかもしれないわよ」

吸血鬼である彼女はわずかな笑みを浮かべながら、そう自分に忠告してくれた。
おそらくそれは、ある程度の良心から出た言葉なのだろう。
しかし、少なくともそれは私にとって不要なものであった。

「心配してくださり、ありがとうございます。
 が、残念ながら、では私の対吸血鬼呪術を突破できないと思いますよ。
 それより、あなたは私の血を入れることに対して用心するべきです。
 私の血を飲んでしまう、その危険性をきちんと理解すべきです」

その言葉と共に、ナイフで自分の指先をわずかに切る。
すると、指先から赤い滴が漏れ、辺りに血の匂が漂う。

「……っ!言うじゃない。
 ふふ、それならその生意気な小娘の血、しっかり味わわせてもらよ?」

彼女はわずかな笑みと喉を鳴らしながら、こちらへと近づく。

「ああ、それと先に言っておくと、吸血魔法の1つ、吸血による【快楽】を増加させる魔法があるの。
 もちろん、出血や吸血による痛みや悪寒を防ぐためだけど……せいぜい狂わないでね?」

「ええ、持ちろん承知の上です。
 そちらこそ、呪術師であり聖職者である私の血を飲む。
 その意味を十分に理解してから、お飲みください。
 ……もちろん、事前の契約分しか渡しませんので、お覚悟を」

かくして彼女は、私の指先をしゃぶり始めたのであった。

☆★☆★

「……」

「……え?」

「え、ちょ、まって、え、え?」

「……え、え?え?え?え?」

「……」

「はい、半分」

「え!!!!え、え、え?もう半分?まって、まって、まって!?」

「……おい」

「まって!まって!まだもうちょっと、もうちょっと味わいたいから!!」

「勝手に人に傷口に唾液を流し込んで、吸血量ごまかそうとするのやめてくれない?
 今すぐこの献血やめてもいいんだぞ?」

「んあぁ!い、いやそうじゃなくて、あの、ちょっと良く味わおうとしただけで……」

「……」

「ああ!ゆ、っ指ひっこめないで!
 傷口ふさがないで!!」

「契約違反だから、もう帰るね」

「ごめんなさいごめんなさい!
 ちょっと出来心だったんです!だからだからまって!」

「まってまって、帰る捕虜もっと増やすから!
 あ!お金、それとも財宝!?
 なんでも渡すから待って、待って!!」

「待っててぇえええ!!!
 うわぁああああああああああん!!!!」

☆★☆★

かくして献血後。

「というわけで、そっちの契約違反分含めて、捕虜は4分の3は今すぐに開放してね。
 それと今日はもう帰るから」

「え!あ、あの、その……。
 ね、ねぇ!やっぱり、私の捕虜、いや恋人でも奴隷でも、なんなら主人でもいいから、私のものになってくれない?
 あの、あなたと血を飲んだせいで、以降どんな血を飲んでも納得できなくなりそうなんだけど……」

「それはしらん。
 せいぜい、狂いすぎるなよ」

かくして、【聖職者】でありながら【陰魔力の親和性の高い】【魔力が多い】【純潔】という、いろんな意味で吸血鬼にとって役満過ぎる血を飲んだことで、無事この吸血鬼は暴走。
幸か不幸か、こちらを襲い掛かるほどの暴走はしなかったが、それでも存分にその理性を破壊しつくし、こちらの有利な条件で交渉を終えることに成功したのでしたとさ。

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