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第2章 神様と死霊術師

第24話 イオ司祭のありがたい告解の儀

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――思ったよりも被害は少なかった。

襲われた当時、村にいた冒険者は初心者が一人だけだが、守衛は複数。
更には彼らは仮とはいえ実戦経験を積んだ守衛故、ある意味ではその被害の少なさは、当然の流れとは言えた。
しかし、その被害の少なさは、戦力面という言葉以上に、【教会】と【オッタビィア】、さらには【アリス】の努力のおかげであった。

『私の信仰する神ではありませんが、ここならば……はぁ!』

まず一つ目の教会については、文字通り神の家として、そして、村人の避難者場所として。
教会に刻まれた強力な結界は、陽の存在である人間を直接傷つける能力こそ持っていないが、それでもその効力は確かなものであった。
それゆえ、信仰心の熱い司祭や信徒が、この教会を中心に結界の奇跡を行えば、それだけで悪意ある人間の侵入や攻撃を防げるほどであった。

『師匠から預かった薬とスクロールはまだ予備があります!
 それに、援護ぐらいなら……はぁ!』

そして、イオの弟子であり、見習い呪術師であるアリス。
彼女もまた、このギャレン村防衛戦において大活躍をした人材であった。
幼いながらも、無数のマジックアイテムにより援護を受けた彼女は、すでに一人の戦闘呪術師に足るだけの実力を持っていた。

『うぐ、なんだこれは……うごごごごご!』

『目が鼻が、うわぁああああ!!』

特に、連日修業という名の金策で使わされていた『腐敗』いや『菌活性化』の呪術の効力は膨大。
例え遠方の相手でも、敵味方入り乱れての混戦であっても、相手の身のみを狙って耐えがたい腹痛や嘔吐に下痢を引き起こす。
さらにひどい場合は、全身の粘膜という粘膜から、突然カビやキノコが生えるという実にえげつない呪文になっていた。

『イタァイ!
 だが、こんな体とはいえ、娘はやらせんぞ?』

そして、そんなアリスに飛んでくる無数の飛び道具は、お守りとしてつけたアリスの父である守護霊入りの藁人形が気合で防いでくれた。
これ以外にも、陰ながら戦えるシルグレットや自ら前線に立った村長、新人の見習い聖職者など。
数々の村人の活躍により、ギャレン村は襲われた盗賊の規模に比べれば、ずっと軽い被害で済んだのであった。

――しかし、それでも被害が全くなかったわけではない。

例えば、ルドー村長。

「……くそ、ここまで腕を落としたつもりはなかったんだがなぁ」

彼は前線に立ったことで、足に賊からの一撃をもらってしまった。
神聖魔術による治療は済んでいるため、足そのものを失うことはなかったが、それでもしばらくは安静にしたほうがよさそうなほどの大怪我であったようだ。

「……おらの、おらのサラザーが……」

「くっそ、まだ直したばかりなのに……ひでぇこととしやがる」

例えば村そのもの。
村の多くの建物や家畜など。
戦闘や強盗により、その多くが破損し、あるいは盗られてしまった。

「……うげぇ、うえっっぷ……
 はぁ、はぁ……」

〈す、すまない、私が憑いていながら……。
 で、でも止められなかったんだ、許してくれとは言わないが、わかってくれ〉

例えば、最後まで全力まで頑張ったアリス。
彼女はいくら道具や魔法役の補助を使ったとはいえ、呪術という人間との相性がよろしくない呪文を、魔法薬を使い限界まで行使したのだ。
現在は彼女自身も、その腸内菌含む身体中の菌のバランスが乱れに乱れまくり、高熱や吐き気、何なら吐血まで起こしている。
他の村人や同郷の村の子供を助けるためとはいえ、やり過ぎと言わざる負えない。

「……俺たちはいい。
 それよりアイツを見てやってくれ」

「あいつは俺達や他の村の奴らを助けるために、びっくりするほど無茶をしたから……」

例えば村の守衛や若者たち。
彼らは、正面から盗賊と戦い、その多くが只ではすんでいなかった。
一応、彼らも五体こそ満足ではあるが、その傷は深く、奇跡を受けてなおその痛々しい傷跡が全身に残っていた。

「……あら、おかえりなさい。
 そして、すいませんでした。
 うまく守り切れませんでした……」

そして、この村に残った聖職者であり太陽神の司祭でもある、オッタヴィア。
彼女の痛々しさは、おそらくすべての村人の中で、最も悲惨であるのは間違いなかった。
元々全身が聖痕に侵されていた彼女であるが、今はその代りに無数の殴打痕や裂傷痕が全身を埋め尽くしている。
もちろんそれは、単純な傷というわけではなく、手足の付け根や指の隙間など動きを封じるためにやられたと思わしき、残虐性溢れる傷が数多くみられた。

「ええ、少しでも逃げる人々を回収するために、村中を駆け回りましたからね。
 ……もっとも、未熟な私では、結界を張ってなおその上からいくらか攻撃されてしまいましたので……
 おのれの信心の浅さを恨むしかありませんね」

一応今回の功績か、善行からか、彼女の全身にあったはずの聖痕はその数をぐっと減らし、半分以下になっている。
聖痕の影響も薄れ、彼女に向けられる侮蔑の眼はぐっと減らすことになったが、その事実が彼女にとって救いになっているかどうかは、疑問なところだ。

「それに……なによりも、私はまだ
 あの人やあの子たちに比べれば……」

なによりも、ここまでしてなお、村人の中から死者は出てしまった。
それは、村はずれに住んでいる一家の大黒柱やその家の子、たまたま遠出していた老人など。
彼らは、不幸にも教会に避難する前に盗賊により殺されてしまった。
さらには、村にいた幾人かの女子供は盗賊襲撃後から姿が見えず、一部の村人の証言からは恐らく、彼らは盗賊によりであろうことが分かっていた。

「……ああ、ああ!
 もちろん、これは、絶対に許せんことだ」

故に、このギャレン村の村長であり代表者であるルドーは非常に怒り狂っていた。

「ピズ、あの爺さんは最近は冒険神のお守りのせいで、賭け事にドはまりした実にしょうもない爺さんだった。
 ナーク、あの人は息子が最近お前のおかげで、子供が神の信仰に目覚めたって喜んでいたんだよ。
 その子であるシャドは、神の教えよりは、俺と一緒に最強のお守りつくりにハマって、最強チャームバトルをしているってだけのオチだったんだけどな」

それは自分の怪我でもなく、プライドのためではなく。

「だが、どいつもこいつも、盗賊どもにみんなみんな殺された。
 俺の村の仲間を、友を、ごみに様に切り捨てやがった。
 それでなお、女子供の誘拐までしやがるとは……これが許せるわけがあるか?」

仲間のため、部下のため。

「だからこそ、このような悲劇が二度とないためにも。
 この盗賊どもの根城を、【根絶やし】にするぞ。
 それでいいな?」

かくして、この日をもって、ギャレン村による盗賊撲滅作戦が開始されたのであった。

☆★☆★

場所は変わって、村長の家。
村にあるほかの家に比べてもやや大きめにとっているこの家には、実はいくつかの秘密があり、その一つとして地下牢というものがある。

「……いや、どうしてこんなものが?」

「ああ、ここに家を建てるにあたって、実は基盤となる廃屋があってな。
 その廃屋をそのままリフォームしたら、地下牢付きだった。
 それだけの話だ」

村長に言われるがままに彼の後ろへとついていき、彼と一緒に村長の家の地下牢に。

「げっへっへ、このまま殺されるか、掘られるかと思ったぜ!
 どうやら、そっちの趣味ではなによりだ」

その牢のなかにはとうぞくであろう、複数の男達がいた。。
全身にいくらかの傷と、最低限の治療を施され、鎖や縄と使い、そこに拘束されていた。

「おい、お前ら……。
 いやダニ以下のごみである貴様らに聞く。
 あの手際の良さ、兵としての統率。
 貴様ら、おそらくかなりでかい盗賊団だな?
 後ろにいるのは誰だ?」

「はっはっは!何のことだかわからねぇなぁ?
 俺たちがでかい?そんなのお前らが弱すぎるだけだろ!」

「バルカン村の襲撃とこの村へのほぼ同時襲撃。
 さらには、先日の俺や守衛が村から抜けた瞬間にこの村を襲う手際の良さ。
 恐らく偶然ではない、この近くに根城があるのだろう。
 貴様らはどこに潜んでいる?」

「ばかだなぁ、そんなの偶然に決まっているだろ。
 おそらくお前らはよっぽど、日頃の行いが悪いんだろうな!」

「きっと、神様もさっさと死ねと言ってるんだろうよ!
 教会を建てても、その血と品性の低さはごまかせないんだろうな」

村長であるルドーが、その男に尋問をするも当然望んだ回答は得られず。
苛立ちを覚えたルドーが、その手に持つ剣で、鞘が付いたまま頭部を殴打するが、結果は変わらず。
むしろこちらに不敵な笑みを浮かべてしゃべる始末。

「ひっひっひ、やはり王国の騎士様は下賤な腕でいらっしゃる。
 無抵抗な下民をいたぶり、知らぬことを尋問するとは。
 生まれが知れるというものだ」

「……黙れ」

「それに、そっちで見ているねーちゃんはなんだ?
 聖職者がいるとは聞いていたが、ただの娼婦か愛人の間違いではないか?
 ああ、そうか、もしくは俺たちのために娼婦を呼んでくれたのか?
 それなら納得だ、もしその体を存分に味わわせてくれるのなら、思わず口の一つや二つ、滑らせてやるかもしれないからなぁ!」

「黙れと言っている!!」

ルドーが怒りのあまり、もう一発鞘付きの剣で殴るが、結果は変わらず。
むしろ、挑発が成功したとばかりに嘲笑を浮かべる始末。
しかし、一通り怒りを吐き出し、すっきりとしたルドーは落ち着きを取り戻し、こちらにこう話しかけた。

「おい、イオ。
 貴様は確か、死霊術師でもある……それで間違いないか?」

「……はい」

「死者を操り、その亡霊を従え、冒涜することもできる。
 それで相違ないな」

「……一応は」

「ならば、今から俺はこいつらを殺す。
 村を襲い、そして、民を殺した罪をその身で償わせる。
 その後その死体を、この無法者の亡霊を操り、その身で償わせることはできるか?」

ルドーはその鞘から剣を抜き、周りに見せつるようにそう高らかに宣言する。
盗賊たちも死の気配を感じ取り、ごくりとつばを飲み込む。
そうだ、これは死霊術師を運用する上では一番よく考える戦法。
敵兵を殺し、その敵兵をアンデッドとして、自分の傀儡にする。
死霊術師が忌み嫌われ、多くの人々から忌避される理由の1つといえるだろう



「……ごめんなさい。村長。
 それは無理です」

しかし、だからこそ、それは私にとってはそれは無理なことであった。

「……その理由は?」

「それは、単純に私に死霊術師としての、いえ、冥府神によって認められた死霊術師の規則によるものです。
 私が冥府神によって死霊術師として認められているのは、あくまで私の使う死霊術は、【善ある霊との合意】によりなされるものなのです」

そうだ、確かに村長の言う死霊術の使い方はできないわけでもない。
しかしそれは、あくまで【神の眼が届いていな場合】にのみ許される邪法の一種なのだ。
冥府神曰く、【死んだ人々の魂を裁く】のはあくまで神の領域の御業であり。
死の神の信者である自分が、死んだ霊魂に対して死霊術を使うのが許されるのは、あくまで【無念を晴らす手伝い】や【その身にたまった罪をそぎ落とす】事のみなのだ。

「だからこそ、彼らは子殺しをした悪党とはいえ、それは人々同士の争い。
 神の定める法では、本人の意に反して、彼らを死霊の傀儡にすることはできないのです」

「……たとえそれは、この村の最高権力者である俺がやれと言っても、か?」

「すくなくとも、今は神の敬虔な信者故」

ルドーがこちらを強くにらみつけるが、それに対抗するかのように、こちらは顔に刻まれた聖痕を見せつける。
おそらく、神もうっすらと事態を把握しているのか、その聖痕はうっすらと輝き、主張しているのが分かる。
ルドーは苦々しく、こぶしを握り、盗賊は自らの死の危機が去ったのを悟ったのか、ほっと息をなでおろした。

「はぁはぁ!残念だったな!村長さんよぉ!
 神様はどうやらどっちが悪いかはしっかりと分かっているようだ!
 それじゃぁ、アンタはどうやって俺達から情報を聞き出すつもりだい?」

「……無論、神の許す方法で」

「ぎゃっはっは!!つまりは説法かぁ!?
 確かこの村ではアンタのありがた~いお話が聞けるんだったなぁ!
 それじゃぁ、その説法とやらを聞かせてもらおうかぁ?
 もちろん、その肉体をたっぷり使ってなぁ!」

そして、村長の策が失敗したと悟ると、再び活気を取り戻す盗賊一同。
彼らは声を上げてわめき、こちらを挑発してくる。
村長がさらに怒り、このままだと取り返しがつかないことになるのが眼に見えている。

「少し黙っていてくださいねっと」

「……んぴゅ!?」

「………って、おま!おま!おまぇええええええええ!!」

というわけで、このくっそ五月蠅い盗賊を静かにするためにも、無理やりその盗賊の頭を無理やり抱え込むことにした。
胸元にうずもれた盗賊が焦りながらも静かになる。
なお、村長が今度は別の意味で怒り始めたが、流石にそろそろ落ち着いてほしい。

「そもそも私は、聖職者でもあり死霊術師です。
 つまりは、基本的に正当防衛以外での殺人は禁止されているのです」

「もちろん例外はいくつもありますし、その抜け穴をつくのは得意ですが……。
 それでも、このような場で死の司祭に、死者を侮辱するような真似を強要する」

「確かに村の仲間が殺され、さらわれた無念はわかります。
 しかし、それでも私にも困難なことがある、そのことはご理解いただけると助かります」

おそらく、ルドー村長もある程度頭が冷静になったのだろう。
彼も自身が手に持つ剣と、握りしめすぎて手のひらから滲んだ血に気が付いた。

「……ああ、すまなかったなイオ司祭。
 少々こちらも頭が昇り過ぎていたようだ」

ゆっくりと深呼吸をして、ルドーはこちらに向かってそう謝ってきた。

「ええ、大丈夫です。
 気にしていませんよ。
 あなたの怒りはよくわかりますので……」

こちらもルドーの落ち着きに賛同するかのように、ゆっくりと返事を返すのであった。





「それに、ルドー村長。
 あなたは誤解していますよ。
 なぜ、あなたは私が【使】。
 そう思ったのですか」

「え」

「……!!」

そして、その空気がさらに一変した。

「ええ、ええ、そうです。
 そもそも死霊術の極意は、【魂を操る術】。
 もちろんそれは、肉体を持たぬ魂のほうがたやすいですが……なぜ生きたままの人間には使えない、そんな風に思うのですか?」

胸の中で抑えていた盗賊が、自らの危機を悟ったのか、暴れ出そうとする。
しかし、すでに彼の頭はこちらの両腕ですっかり拘束済みだ。
逃げ場などない。

「それは……大丈夫なのか?」

「ええ、もちろん!
 死霊術で人を操ることは、王国や学園では、固く禁じられております。
 ……しかし、実はこの術を生きた人間相手に使うことは、冥府神からはそこまで強く禁じられていないんですよ。
 なぜならこれは、【生きてる人間同士のもめごと】故、冥府神の領域ではないからです」

自分の中の陰の魔力がバチバチと周囲に弾ける。
自分の怒りと無念、それと冷徹さが入り混じり。
周囲にいた他の盗賊たちも、恐怖の悲鳴を上げる。

「しかし、残念ながら【生きた人の体】に【魂操術】は非常に相性が悪い故……。
 情報1つ引き出すためにも、【ものすごい痛みが発生してしまう】のが欠点といえるでしょうね。
 しかたないですよね、入れ物を無視して、無理やり中身だけを操ろうとするんですもの。
 それはそれは、【死すら生ぬるい痛み】が発生するといいます」

「もちろん!私は慈悲深き、冥府の神の司祭。
 決してあなた達は殺しません。
 ええ、死にたくても死なせませんよ。
 【回復と癒しの祈祷】がありますので、死に逃げなんて決して許しませんよ」

自分の胸元にいたその盗賊が、拘束されてなお、こちらの拘束を脱しようと全力で暴れ始める。
おそらく、それは単純な恐怖だけではなく、自分の胸に抑えられていることによる【窒息】が発生してたのだろう。
いや、自分が彼を締め付けている時間を考えれば、肺の中から酸素がなくなっていてもおかしくはない。
しかし、それでも彼は死ぬことはないし、死なせはしない。
なぜなら、自分が彼に【回復の奇跡】を行使しているから。
彼は私の胸に抱かれている限り、決して酸欠で死ぬことはないだろう。
例え、彼がどんなに苦しくても、どんなに死にたくとも、だ。

「お、おい!おい!
 俺は情報をしゃべる全部言う!
 だから、だから、その術はやめてくれ!」

捕まっている囚人盗賊の一人が、こちらに向かって命乞いをし始める。
もっとも、殺しもしないのに命乞いとはおかしな話だが。

「いえ、それは結構です。
 嘘をつかれても困りますし、本音ならちゃんとあなたの【魂】から聞き出しますので」

そして、当然その嘆願はきっぱりと切り捨てる。
自分の発言に対し、捕まってる盗賊たちから無数の罵倒や助けを求める声がする。
しかしそれはきっぱりと無視して、こちらに驚きと困惑の表情を向ける村長に向かって声をかける。

「もっとも、この秘術は、この人の世では当然禁忌の類。
 ゆえに、ルドー様の許可と許しがなければ行うつもりがありませんが……。
 いかがしましょうか?」

自分の問いかけに関して、あっけにとられた表情をした後。
村長は笑顔で、こちらにこう返すのであった。

「もちろん、こいつらはこの村を荒らした無法者だ。
 俺も見て見ぬふりをするから、存分に聞き出してくれ」

「了解です、ルドー様」

かくして、この後しばらく、村長の家の地下から無数の悲鳴と命乞い。
さらには、この世のものとは思えない叫び声が村中に響き渡ったそうな。


……でも結論としては、やっぱり生きた人間相手に死霊術なんて使うもんじゃないね。
魔力も喰うし、後味悪いし、何よりも反動で腕が痛い。
禁術にされるのも、さもありなんというわけだ。
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