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第2章 神様と死霊術師
第21話 錬菌術
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「というわけで、我が弟子アリスよ。
悲報です、お金が足りません」
「はぁ」
オッタビィアが冒険者を始めてから幾日か。
ようやく、オッタビィア嬢の聖痕も減少の兆しがみられ、見習い冒険者として殻が取れてきた今日この頃。
私はアリス相手相手に修行の成果を確認しながら、そう話を続けた。
「いや、でも、師匠。
師匠はこのところ、すごく沢山働いてますし……。
それなのに、お金が足りないっておかしくありませんか?」
「いいですか、我が弟子アリス。
一ついいことを教えましょう」
「はぁ」
「基本的に、開拓地の聖職者は真面目にやればやるほど……。
儲からなくなるのです」
そうなのだ。
少なくとも本来開拓地の聖職者とは、儲からないものなのだ。
なぜなら、聖職者の基本的な収入源は、寄付であるのは向こうの世界でもこっちの世界でも変わらない。
が、開拓地だとそもそも全員が貧困層ゆえに寄付を募ろうにも、そもそもの村人が金を持っていないのだ。
「それに最近私がメインにやっている仕事はミサと教会の建築指南。
本当に一銭にもならない作業だからね。
逆にミサなんて、準備とかで収支が毎回マイナスになるし」
「いや、それは師匠が遠足やら旬の小物づくりなんかの指南を始めるからでは?」
「それにオッタビィア嬢の装備品やらの準備費用もかかったし」
「流石にそれは、無駄遣いが過ぎると思いますよ。
師匠可哀そう、おのれ汚豚」
我が弟子とはいえオッタビィアの当たりが強すぎる。
「それにしては師匠、毎回毎回ミサのたびに大部散財しているように見えますが。
お金がないって本当ですか?」
「本当本当。
ただちょっと、ミサやらオッタビィア関連では村長から無担保無利子でお金を借りれたり、教会の建設費や運営費って名目で出してもらってるから」
「ああ……なるほどです」
「ねぇアリス?なんで、私の胸を見ながら納得するのカナ?」
アリスが気まずそうに眼をそらすが、我が弟子ながらゲスな勘繰りはやめてほしい。
そもそも自分は死霊術的にも聖職者的にも純潔は保っているし、元男の意識が強いため、男相手にそういうことをする気にはならない。
え?でも、必要性があれば色仕掛け程度はするんだろって?
それは、話が別。
「というわけで、アリスもそろそろ魔術の基礎である、魔力の放出と感知ができるようになったからね。
なればこそ、そろそろ私の金策の手伝い……ごほん。
次の呪術を覚えさせてもいいかなって」
「今金策って言いませんでしたか?」
「大丈夫大丈夫。
あくまで金策にもなる呪術だから。
ただちょっと練習がてらに、金策が絡んでくるだけだから」
アリスが胡散臭そうな顔でこちらを見る。
が、しかしそれでもアリスがそもそも死霊術を学びたいなら、自分に従うしかなく。
さらには、将来の金稼ぎにもつながると伝えれば、最終的アリスは師匠である自分の言う事をきっちり聞くのでしたとさ。
☆★☆★
そうして場所はかわって、元ゴブリンの洞窟、現ゴブリンゾンビの洞窟。
この太陽光が入らず、陽の魔力に枯渇し、陰の魔力溢れる魔の洞窟。
その一室にて、私はアリスに向かって、指導をしていた。
「我が弟子アリスよ。
そもそも魔力には極性があるのは覚えている?」
「えっと、確か……陽の魔力と陰の魔力でしたっけ?」
「そうだね、全ての魔力にはある程度極性があってね。
空気に熱い寒いがあるように、魔力にも陽の状態と陰の状態というものがあるんだ」
そして、それを実演するかのように私は手のひらから魔力を放出させる。
右手からは陽の魔力を、左手からは陰の魔力を放出させた。
「そして、普通の人間はどちらかといえば陽の魔力によっており、そもそも地上にいる生き物の多く。どちらかといえば陽の魔力のほうと相性がいいのも覚えているよね?」
「はい!たしか、それは我々人間や全ての生き物は、全ての父である『善神』が作り上げたから、っでしたっけ?」
「まぁ、それに関してはあくまで聖典の教えではそうってだけだからね。
話半分に覚えておく程度でいいよ」
「いや、師匠も一応は聖職者で……
やっぱり何でもありません」
呆れた顔をするアリスを無視して話は進める。
「でも、この地上には陽の魔力でなく陰の魔力と相性のいい生き物がいる。
……それはなんだか、わかるか?」
「はい!それは魔物などの邪神の化身や、アンデッドなどの世界の理に反する物。
そして、一部の小動物や虫、植物……たしか、ネズミやハエ、後はナメクジにカビとかもでしたっけ?」
「はい!正解。
アリスちゃんは、相変わらず勉強熱心だねぇ」
「……!!ふふん!これぐらい当然です!」
嬉しそうに、胸をはるアリス。
いい子イイこと頭をなでると、口ではやめてと言いながらも強く抵抗しない姿が、実に微笑ましい。
「だが、実はアリスちゃんには教えていなかったけど……。
陰の魔力を運用するにあたって、多くの魔術師、いや呪術師は理解していないだろうけど、実は陰の魔力とすごく相性のいい生き物がいるのを知っているかい?」
そして私は、このにある生肉を一つ取り上げて陰の魔力とちょっとした呪術を発動させる。
すると、膨大な陰の魔力と呪術による生体活性により、手に持つ生肉は突然溶け出し、黒ずみ、そして、異臭を放つようになった。
「そう、それが【菌】。
人の眼には見えぬほど小さな生き物であり、生物ピラミッドの最下層。
そして、この術こそ、そんな小さな生き物である【菌】を活性化させる呪術。
それがこの【腐敗】だ」
手に持ったその元生肉を手放し、アリスの目の前に置く。
「これは……肉が、腐っている?
えっと、でもその呪術の腐敗って、たしか悪性の呪いの一種であって……。
その、菌?とはどういう関係が……」
「う~ん、まぁそこなんだよね。
そもそも、この呪術の【腐敗】自体が、陰の魔力で陽寄りの生物の細胞を自壊させながら、陰の魔力に耐性がある菌を活性化させる術ではあるんだけど……。
でも、腐敗の魔術自体は、別にそんなこと知らなくても割と簡単に発動させられるからなぁ」
もっとも、この世界において【菌】という概念はあまりメジャーではないし、なんなら魔導学園においても、【菌】の存在は割と懐疑的にみられていた。
なぜなら、この世界においては目に見えない病気や腐敗の原因存在として、菌だけではなく【精霊】やら【亡霊】もいるからだ。
それに、この世界の魔術は術式と魔力の量さえ正しければ、割と簡単に発動してしまうからだ。
例え実在が違ったとしても、だ。
そのせいで顕微鏡魔法つくっても、人によって見たいものが見えるため、人により見えるものが違うし。
この手の魔法のがばがば感マジでどうにかならんか。
「まぁ、そういうことはいいんだよ。
でも、今からアリスちゃんには、この【腐敗】の呪術を覚えてもらうけど……。
アリスちゃんにはただ漠然と物を【腐敗】させるんじゃなくて、きちんと【菌】という小さな生物が【対象を分解することで腐敗という現象を引き起こしている】そういうイメージをきっちり持ってもらうことが大事なんだ」
「は、はぁ」
アリスは困惑しながらも、こちらの意見をしっかりと飲み込んでくれた。
うむうむ、こういう時に疑問に持ちながらも、素直に言う事を聞いてくれるのはアリスちゃんの数多い美点の1つだ。
「し、しかし、師匠。一つだけ聞いていいでしょうか?
師匠の話を聞くに、腐敗の魔法はその【菌】について理解してなくても発動できるのでしょう?
ならなぜ、その【菌】について理解する必要がるのでしょうか?」
「うん!いい質問だね!
……でもまぁ、話が長くなるからその話は今度ね」
「えぇ~…」
自分の返事に不満そうな顔をするアリスちゃん。
いやでも仕方ないじゃん、流石にここでこれと神聖魔術や呪術による殺菌を組み合わせると、高速発酵できて高速酒造できるとか、それで醤油やら酢やらの調味料を量産しやすくなるとか。
便利っちゃ便利だが、あれは菌の概念が薄いアリスちゃんではただ水や豆を腐敗させるだけで終わってしまいそうなので、また今度だ。
「というわけで、はい。
今回のアリスちゃんが、腐敗の呪術をかけるのは練習をするのは……これ!」
そうして、アリスちゃんの前には一つの木片。
中が痛んで居たり、湿気過ぎていたりして、木材として使用できなかった巨大な木材の破片であったりする。
「えっとこれは……この木片に腐敗の魔術をかければいいんですか?」
「もちろんそうだけど、実はこの木片には、事前に少しだけ仕掛けをしていてね。
というわけで、さっそくこの木片に腐敗の呪術を使ってみて!
術式と、魔力は今渡した横で教えるから」
不思議な顔をしつつ、アリスは魔力感知を使用して、こちらの魔力の動きをまねつつ、彼女自身が練りこんだ陰の魔力をその木片に向かって、呪術としてはなった。
「……って、あ!
これは……きのこ?」
「そう!これはただの木片じゃない。
事前に茸の胞子と水をたっぷり振りかけた菌床なんだよ!」
自分の呪術によって、誕生したキノコを見ながら、キャッキャと喜ぶアリス。
なお、実はこのキノコもこの世界における陰の魔力と相性のいい生き物の1つであったりする。
まぁ、キノコは菌要素強いし、さらには太陽光という名の暴力的な陽の魔力がなくても育つから、さもありなんといった所か。
「というわけで、今からアリスにはこの事前に用意した無数の菌床、いや木片に順番に腐敗の呪術をかけて行ってもらう。
そして、このきのこはアリスの腐敗の魔術が上手であれば上手なほど、立派に育つから、頑張って大きなキノコを作れるように頑張れるように!」
「はい!!」
初めての実践的な呪術練習だからだろう、アリスは嬉しそうに返事をし、さっそくその無数の菌床に向かって、腐敗の呪術をかけ始めた。
こちらもそんなアリスの様子を尻目に、村長や村人たちと協力して集めた生魚と大量の塩を使い、さっそく作業に取り掛かる。
川魚で魚醤を作るのは、慣れている私でもそうとう難しいけど、最近家のレシピがワンパターンだからな。
ここでアミノ酸成分の多い調味料を作っておかねばならない。
そして、ふと、そんな腐敗の呪術の練習中なアリスがつぶやいた。
「ところで師匠、今私が育てているこのきのこ。
これって、辛子茸ではないですか?」
「そうだね」
「……たしか、辛子茸って、結構な辛味があって大人の男性に大人気で……。
場所によっては高く売れるとか、同じ高さの積み上げた金貨と同等の価値とか」
「そうだね」
「……これ以外にも、魔術師のお供のルマ茸や、薬にも毒にもなる笑茸。
キノコってどれも、結構なお高い珍味も多いですよね」
「そうだね」
「……もしかして、呪術師ってすごく儲かる!?」
「ははは、アリスちゃんは面白いこと言うなぁ」
「あ、ああ、やっぱりそんなわけないですよね。
そんな簡単に、お金が稼げるわけが……」
「呪術師なら、相手を呪い殺したほうがもっと効率よく稼げるからね。
それと、一部の闇市場では人間の体から生えたキノコほど、高値で取引されたりもするよ」
「ぴえっ」
思わず、顔を青くするアリスを尻目に、呪術の練習は続いていく。
かくして、その日はアリスが魔力不足で倒れるまで修業は続けられましたとさ。
そして、翌日。
「へ~、このソース、初めて食べるけどおいしいね!
これは?」
「……多分しょっつるじゃなくて、ナンプラー」
私の作った魚醤は、残念ながら目的の味にならなかったのでしたとさ。
悲報です、お金が足りません」
「はぁ」
オッタビィアが冒険者を始めてから幾日か。
ようやく、オッタビィア嬢の聖痕も減少の兆しがみられ、見習い冒険者として殻が取れてきた今日この頃。
私はアリス相手相手に修行の成果を確認しながら、そう話を続けた。
「いや、でも、師匠。
師匠はこのところ、すごく沢山働いてますし……。
それなのに、お金が足りないっておかしくありませんか?」
「いいですか、我が弟子アリス。
一ついいことを教えましょう」
「はぁ」
「基本的に、開拓地の聖職者は真面目にやればやるほど……。
儲からなくなるのです」
そうなのだ。
少なくとも本来開拓地の聖職者とは、儲からないものなのだ。
なぜなら、聖職者の基本的な収入源は、寄付であるのは向こうの世界でもこっちの世界でも変わらない。
が、開拓地だとそもそも全員が貧困層ゆえに寄付を募ろうにも、そもそもの村人が金を持っていないのだ。
「それに最近私がメインにやっている仕事はミサと教会の建築指南。
本当に一銭にもならない作業だからね。
逆にミサなんて、準備とかで収支が毎回マイナスになるし」
「いや、それは師匠が遠足やら旬の小物づくりなんかの指南を始めるからでは?」
「それにオッタビィア嬢の装備品やらの準備費用もかかったし」
「流石にそれは、無駄遣いが過ぎると思いますよ。
師匠可哀そう、おのれ汚豚」
我が弟子とはいえオッタビィアの当たりが強すぎる。
「それにしては師匠、毎回毎回ミサのたびに大部散財しているように見えますが。
お金がないって本当ですか?」
「本当本当。
ただちょっと、ミサやらオッタビィア関連では村長から無担保無利子でお金を借りれたり、教会の建設費や運営費って名目で出してもらってるから」
「ああ……なるほどです」
「ねぇアリス?なんで、私の胸を見ながら納得するのカナ?」
アリスが気まずそうに眼をそらすが、我が弟子ながらゲスな勘繰りはやめてほしい。
そもそも自分は死霊術的にも聖職者的にも純潔は保っているし、元男の意識が強いため、男相手にそういうことをする気にはならない。
え?でも、必要性があれば色仕掛け程度はするんだろって?
それは、話が別。
「というわけで、アリスもそろそろ魔術の基礎である、魔力の放出と感知ができるようになったからね。
なればこそ、そろそろ私の金策の手伝い……ごほん。
次の呪術を覚えさせてもいいかなって」
「今金策って言いませんでしたか?」
「大丈夫大丈夫。
あくまで金策にもなる呪術だから。
ただちょっと練習がてらに、金策が絡んでくるだけだから」
アリスが胡散臭そうな顔でこちらを見る。
が、しかしそれでもアリスがそもそも死霊術を学びたいなら、自分に従うしかなく。
さらには、将来の金稼ぎにもつながると伝えれば、最終的アリスは師匠である自分の言う事をきっちり聞くのでしたとさ。
☆★☆★
そうして場所はかわって、元ゴブリンの洞窟、現ゴブリンゾンビの洞窟。
この太陽光が入らず、陽の魔力に枯渇し、陰の魔力溢れる魔の洞窟。
その一室にて、私はアリスに向かって、指導をしていた。
「我が弟子アリスよ。
そもそも魔力には極性があるのは覚えている?」
「えっと、確か……陽の魔力と陰の魔力でしたっけ?」
「そうだね、全ての魔力にはある程度極性があってね。
空気に熱い寒いがあるように、魔力にも陽の状態と陰の状態というものがあるんだ」
そして、それを実演するかのように私は手のひらから魔力を放出させる。
右手からは陽の魔力を、左手からは陰の魔力を放出させた。
「そして、普通の人間はどちらかといえば陽の魔力によっており、そもそも地上にいる生き物の多く。どちらかといえば陽の魔力のほうと相性がいいのも覚えているよね?」
「はい!たしか、それは我々人間や全ての生き物は、全ての父である『善神』が作り上げたから、っでしたっけ?」
「まぁ、それに関してはあくまで聖典の教えではそうってだけだからね。
話半分に覚えておく程度でいいよ」
「いや、師匠も一応は聖職者で……
やっぱり何でもありません」
呆れた顔をするアリスを無視して話は進める。
「でも、この地上には陽の魔力でなく陰の魔力と相性のいい生き物がいる。
……それはなんだか、わかるか?」
「はい!それは魔物などの邪神の化身や、アンデッドなどの世界の理に反する物。
そして、一部の小動物や虫、植物……たしか、ネズミやハエ、後はナメクジにカビとかもでしたっけ?」
「はい!正解。
アリスちゃんは、相変わらず勉強熱心だねぇ」
「……!!ふふん!これぐらい当然です!」
嬉しそうに、胸をはるアリス。
いい子イイこと頭をなでると、口ではやめてと言いながらも強く抵抗しない姿が、実に微笑ましい。
「だが、実はアリスちゃんには教えていなかったけど……。
陰の魔力を運用するにあたって、多くの魔術師、いや呪術師は理解していないだろうけど、実は陰の魔力とすごく相性のいい生き物がいるのを知っているかい?」
そして私は、このにある生肉を一つ取り上げて陰の魔力とちょっとした呪術を発動させる。
すると、膨大な陰の魔力と呪術による生体活性により、手に持つ生肉は突然溶け出し、黒ずみ、そして、異臭を放つようになった。
「そう、それが【菌】。
人の眼には見えぬほど小さな生き物であり、生物ピラミッドの最下層。
そして、この術こそ、そんな小さな生き物である【菌】を活性化させる呪術。
それがこの【腐敗】だ」
手に持ったその元生肉を手放し、アリスの目の前に置く。
「これは……肉が、腐っている?
えっと、でもその呪術の腐敗って、たしか悪性の呪いの一種であって……。
その、菌?とはどういう関係が……」
「う~ん、まぁそこなんだよね。
そもそも、この呪術の【腐敗】自体が、陰の魔力で陽寄りの生物の細胞を自壊させながら、陰の魔力に耐性がある菌を活性化させる術ではあるんだけど……。
でも、腐敗の魔術自体は、別にそんなこと知らなくても割と簡単に発動させられるからなぁ」
もっとも、この世界において【菌】という概念はあまりメジャーではないし、なんなら魔導学園においても、【菌】の存在は割と懐疑的にみられていた。
なぜなら、この世界においては目に見えない病気や腐敗の原因存在として、菌だけではなく【精霊】やら【亡霊】もいるからだ。
それに、この世界の魔術は術式と魔力の量さえ正しければ、割と簡単に発動してしまうからだ。
例え実在が違ったとしても、だ。
そのせいで顕微鏡魔法つくっても、人によって見たいものが見えるため、人により見えるものが違うし。
この手の魔法のがばがば感マジでどうにかならんか。
「まぁ、そういうことはいいんだよ。
でも、今からアリスちゃんには、この【腐敗】の呪術を覚えてもらうけど……。
アリスちゃんにはただ漠然と物を【腐敗】させるんじゃなくて、きちんと【菌】という小さな生物が【対象を分解することで腐敗という現象を引き起こしている】そういうイメージをきっちり持ってもらうことが大事なんだ」
「は、はぁ」
アリスは困惑しながらも、こちらの意見をしっかりと飲み込んでくれた。
うむうむ、こういう時に疑問に持ちながらも、素直に言う事を聞いてくれるのはアリスちゃんの数多い美点の1つだ。
「し、しかし、師匠。一つだけ聞いていいでしょうか?
師匠の話を聞くに、腐敗の魔法はその【菌】について理解してなくても発動できるのでしょう?
ならなぜ、その【菌】について理解する必要がるのでしょうか?」
「うん!いい質問だね!
……でもまぁ、話が長くなるからその話は今度ね」
「えぇ~…」
自分の返事に不満そうな顔をするアリスちゃん。
いやでも仕方ないじゃん、流石にここでこれと神聖魔術や呪術による殺菌を組み合わせると、高速発酵できて高速酒造できるとか、それで醤油やら酢やらの調味料を量産しやすくなるとか。
便利っちゃ便利だが、あれは菌の概念が薄いアリスちゃんではただ水や豆を腐敗させるだけで終わってしまいそうなので、また今度だ。
「というわけで、はい。
今回のアリスちゃんが、腐敗の呪術をかけるのは練習をするのは……これ!」
そうして、アリスちゃんの前には一つの木片。
中が痛んで居たり、湿気過ぎていたりして、木材として使用できなかった巨大な木材の破片であったりする。
「えっとこれは……この木片に腐敗の魔術をかければいいんですか?」
「もちろんそうだけど、実はこの木片には、事前に少しだけ仕掛けをしていてね。
というわけで、さっそくこの木片に腐敗の呪術を使ってみて!
術式と、魔力は今渡した横で教えるから」
不思議な顔をしつつ、アリスは魔力感知を使用して、こちらの魔力の動きをまねつつ、彼女自身が練りこんだ陰の魔力をその木片に向かって、呪術としてはなった。
「……って、あ!
これは……きのこ?」
「そう!これはただの木片じゃない。
事前に茸の胞子と水をたっぷり振りかけた菌床なんだよ!」
自分の呪術によって、誕生したキノコを見ながら、キャッキャと喜ぶアリス。
なお、実はこのキノコもこの世界における陰の魔力と相性のいい生き物の1つであったりする。
まぁ、キノコは菌要素強いし、さらには太陽光という名の暴力的な陽の魔力がなくても育つから、さもありなんといった所か。
「というわけで、今からアリスにはこの事前に用意した無数の菌床、いや木片に順番に腐敗の呪術をかけて行ってもらう。
そして、このきのこはアリスの腐敗の魔術が上手であれば上手なほど、立派に育つから、頑張って大きなキノコを作れるように頑張れるように!」
「はい!!」
初めての実践的な呪術練習だからだろう、アリスは嬉しそうに返事をし、さっそくその無数の菌床に向かって、腐敗の呪術をかけ始めた。
こちらもそんなアリスの様子を尻目に、村長や村人たちと協力して集めた生魚と大量の塩を使い、さっそく作業に取り掛かる。
川魚で魚醤を作るのは、慣れている私でもそうとう難しいけど、最近家のレシピがワンパターンだからな。
ここでアミノ酸成分の多い調味料を作っておかねばならない。
そして、ふと、そんな腐敗の呪術の練習中なアリスがつぶやいた。
「ところで師匠、今私が育てているこのきのこ。
これって、辛子茸ではないですか?」
「そうだね」
「……たしか、辛子茸って、結構な辛味があって大人の男性に大人気で……。
場所によっては高く売れるとか、同じ高さの積み上げた金貨と同等の価値とか」
「そうだね」
「……これ以外にも、魔術師のお供のルマ茸や、薬にも毒にもなる笑茸。
キノコってどれも、結構なお高い珍味も多いですよね」
「そうだね」
「……もしかして、呪術師ってすごく儲かる!?」
「ははは、アリスちゃんは面白いこと言うなぁ」
「あ、ああ、やっぱりそんなわけないですよね。
そんな簡単に、お金が稼げるわけが……」
「呪術師なら、相手を呪い殺したほうがもっと効率よく稼げるからね。
それと、一部の闇市場では人間の体から生えたキノコほど、高値で取引されたりもするよ」
「ぴえっ」
思わず、顔を青くするアリスを尻目に、呪術の練習は続いていく。
かくして、その日はアリスが魔力不足で倒れるまで修業は続けられましたとさ。
そして、翌日。
「へ~、このソース、初めて食べるけどおいしいね!
これは?」
「……多分しょっつるじゃなくて、ナンプラー」
私の作った魚醤は、残念ながら目的の味にならなかったのでしたとさ。
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