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彼は霊現象に遭遇したくない

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霊が視えるようになりたいと思う者も意外と多いらしい。しかし、視える側からすればありがた迷惑な話である。
しかも関わりやすい体質の彼はなおさらである。彼は霊現象に遭遇しないことを日々祈っていた。


伏見 颯人(ふしみ はやと)は夜の道を原付で走っていた。
仕事が長引いてしまい、帰るのが遅くなった。
あぁ、早く帰って録画した番組が見たい。お腹も減っている。それにここは幽霊が出ると噂の道だ。なおさら早くしたい。
しかし、そんな颯人の願いとは逆に、原付のライトが一人の女性を映し出した。
颯人はため息をつきながら女性の横に原付を止めた。
「どうかしました?」
颯人が尋ねると女性は俯いたまま、「街まで」と呟いた。
「…はぁ。そういうのは車相手にやりませんか?ただでさえ原付で二人乗りって厳しいのに」
颯人がそう言うと、女性は驚いたように顔を上げた。
「え?」
「だから、驚かすのは車でやったほうがいい。原付なんてまず乗れない」
「え?もしかして気づいてます?」
「あぁ、気づいてる。そしてあんたみたいなアホも初めて会った」
「あ、アホってなんですか!初対面の人に向かって!」
「…あんたもう人じゃないだろ?」
「あ、そうでした」
女性がそう答えると、颯人はもう一度ため息をついた。

颯人は昔から霊と関わりやすい体質だった。
ただ視えるだけならまだマシだったかもしれない。しかし颯人は関わりやすいのだ。つまり霊現象に遭遇しやすい。
子供の頃にあった神隠しに始まり(神隠しの時は自力で脱出した)、さまざまな霊現象に遭遇した颯人は霊に対する防衛術を身につけた。
友人の車に乗っている時に、乗せてあげた霊に車内で襲われるという経験は嫌という程あってきた。だから自分で免許を取ったのだ。しかし車では乗り込んできたりする。だから原付に変えた。原付にしてからはそういうこともなくなったのだが、まさか被害に遭うとは思ってもいなかった。
この女性、二十歳前後だろうか。結構可愛らしい顔をしている。
「まぁ、俺は無理だから。次来た車にしたほうがいい。まぁ、あんたのアホ加減じゃ無理だろうけど」
そう言い残すと颯人はその場から走り去った。

「ふぅ。やっと着いた。さて、録画みるかな。あ、その前に飯どうするか」
「あ、私作りますよ?何がいいですか?」
「じゃあ、適当に…って、何でいる!?」
振り返ったそこにいたのはさっき会った霊だった。
「ついて来ちゃいました。てへ」
「てへじゃない!いますぐ帰れ!」
「まぁ、そう言わずに。もうすぐ出来ますよ」
話している間、霊は台所で何かを作っていた。
「はぁ。…それ作ったら帰ってくれよ」
空腹に負けた颯人はそう言うと椅子に座った。
しばらくして料理が出てきた。こんがり焼けたハンバーグだった。
「出来ましたよ。さ、食べてください」
颯人はフォークとナイフを持ち、ハンバーグを切り、恐る恐る口に運んだ。
数回口を動かし、飲み込んだ颯人は霊に向かって言った。
「名前は?」
「及川 美乃梨です」
「…うちで毎日飯を作ってくれないか?」
「はい、喜んで」
一人暮らしで、滅多に料理をしない颯人はそれだけで胃袋を掴まれた。
こうして颯人の家に女性の霊、及川 美乃梨(おいかわ みのり)が住むことになった。 

「あの、起きてください。起きてくださいってば!朝ですよあなた!」
「…誰があなただ。起こすなら普通に起こしてくれ」
「でも、昨日のはそう取られても仕方ないですよ?毎日飯を作ってくれなんて」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」
颯人はベットから起き上がりながら言った。
「じゃあ、あなた。ご飯できてますから」
「だからあなたじゃない」
「だって、あなたの名前知らないんですもん」
「…あぁ、そうだったな。伏見 颯人だ」
颯人の名前を聞くと、美乃梨は嬉しそうに笑って言った。
「颯人さん。ご飯できてますから食べてくださいね」
「はいはい、わかりましたよ。でも、今日は日曜でバイトも休みだから急ぐ必要ないんだけど」
「あ!だったら外行きましょうよ!連れてってください!」
「嫌だ。せっかくの休みなのに」
「いいじゃないですか!行きましょうよ!行きたい行きたい行きたい行きたーい!」
「分かった分かった!行けばいいんだろ!」
颯人は渋々、出かける準備を始めた。

「いやー、風が気持ちいいですねー!」
颯人が運転する原付の後ろに座っている美乃梨が気持ちよさそうに言う。
運転する颯人はそうでもないようだ。
「颯人さん、ところでどこに向かってるんですか?」
「とりあえず双葉山まで行こうかと」
「それだけですか?なんだかつまらないですね。あ、アイス食べたいです!あそこ売ってますよ!」
「食べれるのかよ?まぁいい」
颯人は近くの駐車場に原付を止め、近くのお店でアイスを買ってきた。
「何で一つなんですか!」
「悪いが、俺は霊に奢る金は持ち合わせていない」
「そんなこと言う人にはこうしてやる!」
頬を膨らませてそう言った美乃梨はアイスにかぶりついた。
確かに美乃梨はアイスにかぶりついたはずだったが、アイスはどこも食べられた跡がなかった。
「ん?なんだったんだ今の」
颯人はそう言いながらアイスにかぶりついた。
その瞬間、それを吐き出した。
「なんだこれ!?チョコアイスのはずなのに味がしない!」
驚く颯人を見ながら美乃梨は笑っていた。
「いったい何をした!?」
「私はただアイスを食べただけですよ。まぁ、現世のものは食べれませんからね。私が食べたのはアイスの味です。分かりやすく言うとアイスの霊体ですね。だから霊体を抜かれたアイスは味がなくなったってわけで…痛い痛い!痛いですよ颯人さん!」
颯人は美乃梨の頭をグリグリしながら言った。
「なんてことしてくれるんだ?」
「ごめんなさい!謝りますからー!!」
「はぁ。まぁいい、次行くぞ」
原付にまたがった颯人を頭を押さえながら美乃梨は追った。
しばらくすると天気が怪しくなってきた。
「あー、天気悪くなっちゃいましたね。誰かさんがアイス買ってくれなかったからですよ。これは結構降りますかね」
「いや、食べたよね?俺、味なかったし」
原付で双葉山の山道を走る颯人はどこか雨をやり過ごせそうな場所を探していた。
その時、突然山から道路へ飛び出してきた人影があった。
「わぁ!あ、危ないですよー!」
慌てる美乃梨に対して、颯人は冷静だった。
舌打ちをするとブレーキをかけ、ハンドルをひねる。ドリフトのような形で一回転した原付は人影の手前で止まった。
「ふぅ。危なかった。いったい誰だ?」
颯人が人影に向けていう。人影は颯人の質問には答えず、駆け寄ってきた。
「お願い!助けて!」
どうやら霊ではなく、人間のようだ。
「颯人さん、何やら訳ありみたいですよ!服ボロボですし怪我もしてますよ!助けてあげないと」
「はぁ。何でこの山で会う奴らはこうなんだ?車じゃないから乗せるの難しいんだよ。とりあえずこの先の休憩所まで行こうか」
そう言うと颯人は彼女を足元の空間にしゃがんで乗らせ、原付を発進させた。

「ここまでくれば大丈夫だろう」
無人の休憩所に到着した颯人たちは雨に当たらないように屋根の下に避難した。すでに雨は降り始めている。颯人は駐車場に停めていた原付を屋根の下まで持ってきていた。
「私、海堂 桜と言います。さっきは助けていただいてありがとうございます」
そう言うと桜は頭を下げた。
「お礼は後で。それより何があったのか聞かせてくれ」
「あ、はい。実は肝試しで来てたんですけど、どこからか悲鳴が聞こえて、近くを探したら首を吊った少女の遺体とお面を付けた男がいたんです。慌てて逃げて、仲間とも逸れちゃって。道は目の前に見えるんですけど全然近づけなくて。しかも気づいたら何日も経っちゃってるし。さっきようやく道に出れたんです」
「はぁ。全く。なんでこうややこしいものばっかり来るんだ」
桜は驚いた顔をしていた。
「お面かぁ。はぁ、よりによってお面かぁ」
颯人は露骨に嫌そうな顔をした。そして何かに気づき、屋根の外を見た。
雨はいつの間にか強くなり、視界がぼやけている。そこにユラユラ揺れながら人影が近づいてくるのが分かった。
桜があからさまに怯えた表情をする。
はぁ。やっぱりこの体質はどうすることもできないようだな。
颯人は覚悟を決めて外の人影に言った。
「誰だお前」
人影は何も答えずゆっくり近づいてくる。顔のあたりにお面が見える。赤い三角形の模様がついている。
「はぁ、勘弁して。俺は普通の生活が送りたいんだ。悪霊、彼岸の面の相手なんてゴメンだ」
そう言うと原付にまたがろうとする颯人を美乃梨が止めた。
「俺は関わりたくない」
「このまま放っておくんですか?」
今にも泣きそうな顔で颯人を見上げる美乃梨。
颯人は再びため息をつくと、原付から離れた。
「霊のくせに怯えないでくれ。あぁ、分かったよ」
諦めた顔をして原付から降りた颯人は人影に向けて言った。
「これは全部お前のせいだ。怨むなら俺以外にしてくれ」
そう言うと颯人は屋根から出て人影と対峙した。
「人界からも霊界からも外れし者よ。両界を繋ぐ者としてお前を滅する」
颯人が発した言葉に人影が動きを止めた。
「伏見流霊術弐の型。水縛」
すると雨の粒一つ一つが繋がり、鎖のようになり、人影を縛った。
「参の型、風斬糸」
風が目に見えるほど集まり、細くなりながら人影の周りを囲っていく。さながら風の糸だ。
それは徐々に狭くなっていき、やがて人影を切り裂いた。
人影はお面を残して消えてしまった。
「あ、ジャストタイミングだな」
颯人が道の方へ視線を向ける。そこには雨の中、照らし出されたライトが2つ。
やがて黒いバンが休憩所に入ってきた。
降りてきたのは鉄道員のような制服に制帽をかぶった男が3人。
「彼岸の面を回収!」
そのうちの1人が叫ぶ。
他の男が彼岸の面を回収し、もう1人が何処かに連絡している。
「伏見 颯人さんですね?ご協力感謝します。更新いたしますのでカードの提示をお願いします」
颯人は嫌そうな顔をして答えた。
「はぁ。分かりました。はい」
颯人は財布から黒いカードを取り出して、男に渡した。
男はカードを受け取ると、車に戻り、何やら機械を操作して戻ってきた。
「ありがとうございます。カードお返しします。ポイントがいっぱいになりましたので一度、霊協か霊士組合でカードの更新をお願いします。それでは今後ともよろしくお願いします」
そう言うと、男はバンの運転席に乗り込み、発進させ、去って行った。
「あの、今のは?」
桜が恐る恐る颯人に尋ねる。
「心霊現象対策協会。通称『霊協』の職員だ。心霊現象への対処が主な仕事だな」
「へぇ。そんな組織があったんですね」
今度は美乃梨が尋ねる。
「霊協はいちを秘密組織だからな。知らなくて当然だ」
「なんであなたはあの人たちのことを知ってるんですか?」
桜が不思議そうに聞いてくる。その目は好奇心に満ち溢れていた。
「…とりあえず移動しようか風邪ひきそうだ」
いつの間にか雨は上がっていたが、依然空は分厚い雲に覆われている。
ずぶ濡れになった颯人は一度大きくくしゃみをすると鼻をすすり、原付に跨った。
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