不器用なカノジョ

高嶺 蒼

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帰宅、そして~悠木家の家庭事情 3~

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 悠木家の地下には、なんと音楽スタジオなんてものが設置されている。
 防音設備はばっちり完備されていて、ここでならどんな大音量で楽器を奏でても外に漏れることはまずない。

 基本的にはここを利用するのは、音楽を生業にしている透パパと美夜ママ、それから二人から教えを受けているソラの三人。
 後はたまに、透パパのバンド仲間が訪れたりもする。
 美夜ママのピアノや声楽のレッスンは1階にあるピアノ室で行われるので、生徒さん達がここへくることは無かった。

 夕食後、軽音部の事を相談したいと思ったソラは、透パパを誘って地下のスタジオに来ていた。
 なぜか傷ついた表情の武史パパも一緒だ。
 なにがそんなにショックだったのかはよく分からないが、大きな体の武史パパがしょぼんとしている様子は何とも可哀想に思えて、ソラはよしよしとその頭を優しく撫でてあげるのだった。


 「ソラは優しいな。タケ、ほら、もう吹っ切って元気出せよ。さっきのだって全部本当の事って言えば本当のことなんだから、今更落ち込んだってしょうがないだろ?今晩、俺が優しく慰めてやるから、な?」

 「くっそぉ……トオルにゃ、この俺の繊細な悩みなんてわかんねぇよ。なあ、ソラ。今日はとーちゃんと一緒に寝ようぜ?トオルと一緒に寝るのなんてお断りだかんなっ!!」

 「えっと、私はいいけど、でも……」


 すっかり拗ねきった武史の言葉に、ソラはちょっぴり言葉を濁す。
 ソラとしては、別に武史と一緒に寝るのは全然構わないのだが、それを良しとしない存在が少なくとも二人いる。
 それはもちろん、母親である美夜と有希の事だ。


 (ママ達がOKしてくれるかなぁ??)


 ソラは自分にすがりついてくる大型犬の様な父の頭を撫でながら、困ったように透の顔を見上げた。
 彼はそんな娘の眼差しと、相方の様子に苦笑を漏らし、


 「おいおい、ソラに添い寝をしてもらおうなんてしたら、お前、この家を追い出されかねないぞ?離婚されて、二度とソラと陸に会えなくてもいいのかよ?言っとくけど、俺は一緒に出てってやらないからな?父親の権利を放棄するつもりなんて全くないし」

 「う……それは、俺だって、いや、だけどよ」

 「お前さぁ、そろそろ諦めたら?あいつ等と住み始めて何年になるのよ?あいつ等はああいう生き物なんだって。お前がそうやっていちいち反応するからよけいからかってくるんだぞ?ソラだって困ってるだろ??娘を困らせんな!」


 そんなやりとり。
 ソラが困ってる、そのフレーズにさすがの武史もまずいと感じたのか、おずおずとソラの顔を伺うように見てきた。


 「ソ、ソラ?」

 「ソラ、遠慮せずに思ってること言えよ?甘やかせば甘やかしただけ、どんどんダメになってく男だからな、タケは」

 「ちょ、おい!そこまでいうかぁ??」

 「だって、嘘じゃないもん」


 何か反論できるものならしてみな、とさめた眼差しで透がじっと見つめれば、大きな体なのにヘタレな武史は反論できずにぐっと言葉に詰まる。
 そんな二人を見ながら、どうしようかなぁと首を傾げ、


 「えっと、ママ達とパパ達が仲良くないのはちょっとイヤだなぁ。ママ達も、悪気はないんだよ。許してあげて?」


 一応そんな風にお願いしてみる。
 武史はううっと小さく唸り、それから頭をガシガシかいて、はぁぁぁっと大きく息を吐き出した。


 「ソラがそう言うんなら仕方がねぇ。もううじうじすんの、やめる。離婚も困るしな!!」


 色々吹っ切ったようにキパッとそう言って、いつもの明るい笑顔で笑った。
 ソラもほっとしたように微笑んで、その笑顔が最高に可愛いと、武史がメロメロになる。


 「ほんっとーに、ソラは可愛いなぁ。あいつ等から生まれてきたなんて嘘みたいだよなぁ。いいかぁ?困ったことがあったら何でもとーちゃんに言えよ?すぐにとんでって助けてやるからな?」


 わっしゃわっしゃと頭を撫でられながら、ソラは嬉しそうにうん、と頷く。
 それを見ていた透も、愛おしそうに目を細め、


 「ほんと、うちの娘は素直ないい子に育ったね。普通だったらこの年頃になると、父親の事を毛嫌いして、パパの洗濯物は別に洗って、とか言い出すんだろうけど……」

 「うっわぁ。やべぇ。そんなことソラに言われたら、俺、泣いちゃう自信あるわ……」

 「えっと、大丈夫だよ?一緒でいいよ??」


 透の言葉に一瞬で青ざめた武史を見上げてそう言うと、今度は透の手が伸びてきて、武史の手でグシャグシャになった髪の毛を優しく整えてくれた。


 「そうだね。ソラならそんなこと、言わないよね。ソラがうちの子に生まれてきてくれて、ほんとーに俺達は幸せ者だよ」

 「それは俺も同感だけど、トオル、お前って本当にソラには優しいよなぁ。他の奴にはSっ気丸出しなのに」

 「Sっ気??」


 ソラがきょとんと首を傾げれば、優しげな笑顔をその面に張り付けたまま、透はがしっと武史の顔面を片手でつかんだ。
 いわゆる、アイアンクローみたいな感じである。
 因みに、楽器を扱う透の指は、細く長く繊細で、握力も中々のもの。
 その握力で細い指先が頭に食い込んでくるのだから、受けている方はたまらなかった。


 「いて!いててててっ!!おま、指力はんぱねーし!!脳が、脳がつぶれるからっ!?」

 「いいんだよ、ソラ。タケの戯言なんて気にしなくて。それより、何か相談したいことがあったんだろう?」


 武史の口から聞こえる悲鳴を完全に無視した優しげな問いかけに、ソラはちょっぴり戸惑いつつも、当初の目的を思い出して頷く。
 でもとりあえず、話の前に武史パパを放してもらってから、ソラは透パパに軽音部への入部を考えている事を伝えた。

 去年文化祭を見学したときから、あこがれている先輩が居ること。
 その先輩が所属する軽音部で一緒に音楽をやってみたいと思っていること。

 それを聞いた透パパは腕を組んで少しだけ考え込み、それからソラをまっすぐに見つめ、


 「うん。軽音部か。悪くはないとは思うけど、一つだけ質問、いいかい?」

 「う、うん」

 「ソラの憧れの人は男の人かな?その人に恋をしちゃった、とか??」

 「ううん。女の先輩だよ?恋とかは、その、まだ良く分からないけど。歌もギターも上手で、すごくかっこいいんだ」

 「そっか、女の子か。なら、セーフかな。男じゃないなら、美夜と有希のストップもかからない、よな」


 ソラの返事を聞いた透はぶつぶつと一人呟き、それから改めてソラに向き直ってにっこり微笑んだ。


 「なるほど。で、ソラは軽音部に入りたいと思ってるのに何で悩んでるんだい?何か、気になってることがあるんだろう??」

 「えっと、ともだ……クラスメイトの子から、軽音部は男の先輩が多いから心配だって、言われて」

 「うーん。そうだなぁ。確かに軽音部って男子生徒が多いイメージだよな。俺の時もそうだったしなぁ」

 「うん。透パパも高校生の時に軽音部だったって聞いてたから、アドバイスもらおうと思って」

 「でも、ソラは、男の先輩がいっぱい居ても、やっぱり軽音部に入りたいのかい?」

 「……うん」

 「今日、見学に行ったっていう弓道部は?あそこなら楓ちゃんもいるし、安心だろう?」

 「うん、でも……」

 「そっか。分かった。ソラがそこまで軽音部がいいって思うなら、俺は反対しないし、応援してあげる。ママ達にも賛成してもらえるように、ちゃんと話をしてあげるよ。ただし……」

 「ただし?」

 「明日、きちんと軽音部を見学して、その部員達をちゃんと自分の目で見てくること。見た目が派手でも悪い奴ばかりじゃないだろうし、自分がその中でちゃんとやれるか、きちんと確かめておいで?」

 「うん」

 「その上で、まずは仮入部をして、それから正式入部の前には、軽音部のみんなをうちのスタジオに連れてきて顔合わせをさせて欲しい。大事な娘を預けるんだから、そこは譲れないな。大丈夫。変に思われないように、対面は俺と美夜で行うことにするから」


 どう?できる??、とそう問われて、ソラはこくりと頷いた。
 少々過保護な感じはあるが、それも仕方がない。小学校、中学校と、親達には心配をさせ通しだったのだから。

 素直に頷く娘の頭をいい子だね、と優しく撫でながら、透は続けて男に関する注意事項を娘に伝える。
 なんといってもソラは壮絶に可愛い。
 それなのに素直ですれてないし、妙なところで天然だ。
 男達は群がって来るだろうし、注意しておかないで取り返しのつかないことになったら大変だ。
 透がニコニコしながら伝えた注意事項、それは。


 一つ、一緒に遊びに行こうと言われても、二人きりで出かけるのはよしましょう。

 一つ、二人きりじゃないとしても、男性ばっかりのグループと出かけるのもいけません。男性と出かけるときは、必ず女性の人数が多くなるように調整すること!

 一つ、男性に連絡先を教えるのは極力さけること。どうしても連絡を取り合わなきゃいけないなど、やむを得ず教えなきゃいけないときは、自宅の番号か、パパかママの携帯を教えるように。

 一つ、家に送っていくと言われても、素直に受け入れないこと。遅くなって一人で帰るのが怖いときは迎えに行くから必ず家に連絡するように。

 一つ、男は狼です。特に思春期の男は危険なので、警戒を怠らないように。

 一つ、軽音部の仮入部の際は、なるべく女性の先輩と一緒に行動するのが好ましい。男性の先輩が教えてあげようと猫なで声で寄ってきてもお断りするように。どうしても分からないときはパパが教えてあげます!


 そんな、結構な分量のものだった。


 「えっと、透パパ??」


 こんなに??とちょっと驚いた顔で見上げてくる娘に、透は重々しく頷いた。


 「いいかい、ソラ。こう言うことに、注意しすぎって事はないんだよ?何かあってからじゃ遅いからね。でも、どうしてもって時は、パパとママに相談してくれればいい。俺達も、鬼じゃないからね。きちんと面談した上で、線の引き方を緩くするかキツくするかちゃんと検討するから」

 「め、面談……」

 「あ、因みに女の子の友達とは大いに仲良く遊びに行っていいんだからね?ただ、できれば夜ご飯だけは今まで通りみんなで食べるように努力しような?」

 「うん。ちゃんと七時までには帰ってくるようにする」

 「よし、いい子だ。じゃあ、明日は軽音部の見学、楽しんでおいで。憧れの先輩と会うの、楽しみだな?」

 「うん!!」


 ソラは元気良く頷き、良くしつけられた大型犬のように大人しくなった武史は、そんなソラをちょっぴり心配そうに見つめている。
 だが、透が余計なことをいうなよ?と睨みをきかせていたので、口を挟んでくることは無かったが。


 「相談に乗ってくれてありがとう、パパ。おやすみなさい」


 そう言って、娘の背中がスタジオのドアの向こうに消えた途端、武史が大きく息を吐き出した。


 「心配だなぁ……男ばっかの軽音部」

 「ったく、美夜も有希もタケも、ちょっと過保護すぎるぞ?ちったぁソラを信じて見守ってやれよ」

 「でもさ、お前だってソラに手を出されたら怒るくせに」

 「そりゃそうだ。俺の大事な娘に変な真似しやがったら、半殺し程度ですましてやれる自信はないな」

 「ほら。トオルだって十分過保護じゃねーか」

 「でもな、心配だけど、それでもソラが俺達に助けて欲しいって言い出すまでは見守っててやらないとな。そうじゃないと、ソラはいつまでたっても、外の世界で羽ばたけない。よく考えろよ。どう考えても俺達の方がソラより先に死ぬんだぞ?いつまでも守ってやれる訳じゃない。だから、頑張ろうとしているソラを邪魔しちゃダメなんだ。手を出したくても、我慢して見守んないとな」

 「トオル……お前、たまにいい事いうよなぁ」

 「たまには余計だ、バーカ……うし、じゃあ、美夜と有希に話通してくんぞ。タケ、おまえも来い」

 「えええ~?俺もかよ」


 イヤだなぁと渋る武史の腕を取り、


 「何だよ?お前いつから俺に逆らえるようになった?可愛い恋人の頼みだろ?黙って付いて来いよ」

 「……へいへい。しょうがねぇなぁ。ま、一人であの二人の相手するのは大変だからな。ついてってやる!」

 「ふ……えらっそうに。お前が来ても大して役に立たないけど、仲間はずれにすんのも可哀想だかんな。つれてってやるよ」

 「言ってろよ。よし、じゃあ、行くか」


 武史がにかりと大らかに笑い、二人はそろってスタジオを後にした。
 美夜も有希も、この時間ならまだリビングでくつろいでいるはず。
 二人はまっすぐにリビングへと乗り込み、その夜はかなり遅い時間までリビングの明かりが消えることは無かった。
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