星降る夜の、空の下

高嶺 蒼

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第5話 美女とトラブルと逃避行

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 会場を出て、周囲を見回す。
 当然のことながら、目に付く範囲に複数の男に美女が混ざりこんだ集団の姿はなく、涼介は大きなため息をこぼした。


 (会場を出て静かなロビーで、仲良く語らっていてくれたなら、話は簡単だったんだけどなぁ)


 男なら男らしく、1対1で口説けよなぁ、と経験もないくせにかつての同級生達に心の中でそんな難癖を付けつつ、涼介はちょうど通りかかった従業員を呼び止める。
 すっごい美人とそれを取り巻く男の集団を見なかったか、と聞くと、運のいいことに偶々彼らを見ていたその従業員は、


 「その方達でしたら、外の空気を吸おうと女性の方をお誘いになって、駐車場の方へ向かわれましたよ?」


 そう言って、駐車場へ繋がる裏口を指し示した。


 (やべっ! 奴ら、車に連れ込んで場所を移動するつもりかも!!)


 従業員のくれた情報に、涼介はさっと顔色を変え、それでも律儀に情報提供に礼を言ってから、慌しく裏口へと向かう。

 車で移動されたら、流石にこれ以上追いかける事は出来ない。
 どうにかその前に捕まえられれば、と祈るような気持ちで駐車場へと向かった。

 時刻はもう大分遅くなってきて。
 空には満点の星。
 そんなどこかロマンチックな状況のホテルの駐車場に、なにやら鈍い音やうめき声が響いている。


 (や、奴ら、言うことを聞かない女を痛めつけてるのか!? い、いやいや。さっき聞こえたうめき声はどう考えても男のだし……ってことは、女の取り合いでもはじめたか!?)


 もうすでに始まっているらしいバイオレンスな展開に、涼介はこれ以上青くなりようがないほど顔色を青くして、更に足を速める。

 そしてさっきの美女の顔を脳裏に描く。
 あのとてつもなく綺麗な顔が殴られたりなんてしていませんように、とどこかの誰かに祈りながらとにかく走った。


 暴行の物音は、大きなワゴン車の影から聞こえて来る。
 涼介はゴクリと唾を呑み込んで、バイオレンスな現場に飛び込む覚悟を決め、そして一気にワゴン車の側面に回りこんで、


 「おい、暴力は良くないぞ!! その人を解放して、喧嘩なら男だけでやれ!!」


 そう、叫んだ。
 叫んだ、のだが。
 思っていたのと全く違う状況が目に飛び込んできて、涼介はぽかんと口を開けて目をまんまるに見開いた。

 コンクリートの地面に、男達が死屍累々と転がっている。いや、もちろん死んではいないようだけれど。
 その犯人と思しき人物は、最後の1人の襟首をがっと掴んだまま、ちらりと涼介の方を見て、


 「あら、来てくれたのね?」


 そう言って、場にそぐわない艶やかな笑顔で涼介を迎えた。


 「あ~……も、もしかして、お取り込み中?」


 ひきっった顔で涼介が問うと、


 「大丈夫。もう終わるから」


 何気ない口調でそう答え、その言葉の通り、一息に男をコンクリートに叩きつけて沈めてしまった。
 恐らく、大怪我をさせないように、手加減した上で。

 そのあまりに鮮やかな手並みに、涼介は再び目を丸くする。
 一仕事を終えぱんぱんと手を払った彼女は、うめき声を上げる男達の間を悠然と通りぬけ、涼介の前に立って微笑んだ。

 そして、涼介の頬をするりと撫でると、


 「どうして来たの? 喧嘩、苦手なんじゃなかった??」


 そう言って悪戯っぽく涼介を見上げた。
 その言葉を聞いて、顔を見て、涼介はやっぱりなぁ、と思う。
 そして、目の前の美しい顔に向かって呼びかけた。


 「まさかとは思ってたけど、やっぱり美貴、か?」


 涼介の呼びかけに、目の前の美女の笑みが深くなり、切れ長の瞳が優しく細められる。


 「やぁねぇ。ヨシタカ、なんて無粋な呼び方はやめて? ミキって呼んでくれない?」


 彼女……いや、彼と呼ぶべきなのか?
 まあ、見た目は明らかに女性なのだから、彼女、が正解なのかもしれない。
 涼介は混乱した頭で、そんなどうでもいいことを考える。


 「いや、まあ、お前がそう呼んで欲しいなら、美貴(ミキ)って呼ぶけどさ」


 反射的にそう答えながら、改めてかつての親友を眺めた。
 昔も綺麗な顔をしているとは思ってた。でも、あの頃の奴は、いくら綺麗でも同性の友達でしかなかった。
 でも、今は……。

 涼介は、1人の美しい女性として目の前に立つかつての親友を、まぶしそうに見つめた。
 周囲は少々、殺伐とした様相を呈していたが。

 なんといっても、いい年をした男達がごろごろと地面に転がっている。
 腹を押さえたり、顔を抑えたり、腕を押さえたり、股間を押さえたりしながら……。

 自業自得だとは思いつつも、少々気の毒そうに彼らを見やった涼介は、


 「で、こいつらどうすんのよ?」


 率直に訊ねた。
 親友は、そうねぇと腹が立つくらい可愛らしく小首を傾げ、


 「昔の腹いせにちょっとからかってやったら、下心みえみえのお誘いをされて、断ったら無理やり車に連れ込まれそうになったものだから、ついつい叩きのめしちゃったんだけど……」

 「ついついって。ついついでこんだけやれるお前って、どんだけ強いんだよ……」

 「え~? 大した事ないわよ? 護身術程度よ。私なんて。ちょっと空手と合気道と柔道の黒帯持ってるくらいで。大会とか出るわけでもないし、こういう場合に身を守る程度にしか役にたたないけど、か弱い女性の身としては、まあ、結構助けられてはいるわね」

 「なにがか弱い、だよ。お前なんかより俺のほうが全然か弱いわ……ったく、こっちは骨折覚悟で助けに来たってのに、お姫様がそんなに強いんじゃ、俺なんか来る必要なかったじゃん」


 すねたようにそう言うと、男のモノとは思えないほど柔らかな手のひらが、再び涼介の頬を撫でた。


 「骨折の覚悟……相変わらず、喧嘩は苦手?」

 「……苦手だよ。悪かったな、大人になっても情けないまんまで」

 「悪いなんて言ってないじゃない。ね、喧嘩は苦手なのに、私を助ける為に来てくれたんでしょ? 骨折しても守ろうとしてくれたんだ?」

 「う……し、仕方ねぇだろ? 知らなきゃそれで良かったけど、見ちまったんだから。見て見ぬふりはできないたちなんだよ。昔から。お前だって、知ってるだろ?」

 「うん、知ってる。涼介って、そういう奴だよね? 涼介が、私の好きなままの涼介で居てくれてよかった」


 好き、その言葉に思わずドキッとする。だが、涼介は慌てて自分に言い聞かせた。
 今の言葉は友人としての言葉。彼女に他意はないはずで、勘違いなんかしたら痛い目を見るだけだぞ、と。
 己を落ち着かせるようにコホンと1つ、咳払い。
 そして、


 「で、どうするんだよ?こいつら」


 何事もなかったかのようにさっきの質問に立ち戻る。
 美貴は一瞬、むぅっと不満そうに唇を尖らせたが、すぐにその表情を隠して周囲を見回し、


 「ん~……面倒な事に巻き込まれる前に、逃げちゃいましょ? 一緒に」


 そう言ってにっこり笑うと、涼介の手を取って走り出した。
 思いの他、強い力で体を引かれ、つられて走り出してしまった涼介は、


 「面倒な事に巻き込まれる前に……って、お前が俺を巻き込んだんだろ!? 俺を、その面倒事に!」


 手を引かれるままに走りながらそう叫ぶ。
 美貴はそんな涼介を懐かしそうに、愛おしそうに見つめ、


 「巻き込んでなんかいないわよ、人聞きの悪い。いつだって涼介は、私の面倒事に自分から飛び込んできちゃうんだから」


 答えた彼女は本当に嬉しそうに微笑んで。
 涼介は、それが元男でかつての親友だとわかってはいても、その笑顔にどうしようもなく惹かれ、見とれてしまうのだった。
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