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第三部 学校へ行こう

第二百二十六話 そのお弁当、危険につき⑥

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 「……何様のつもりも何も、私は感じたままをいったまでよ」

 「見ても食べてもいないのに、どうしてそんなことが分かるのさ」

 「そんなことをしなくても分かるわよ。その包み……お弁当とかいう食べ物だって事は分かったけど、見るからに禍々しいオーラを巻き散らかしてるもの。臭いもちょっとアレだし、腐ってるんじゃないの?それ??」

 「く、腐ってるわけないだろ?これはボクが、今朝早起きして精魂込めて作ってきたんだから」


 さくらの歯に衣を着せぬ言いように、ルゥの怒りが煽られまくっているのが伝わってくる。
 ルゥの膝の上から脱出したものの、彼女の隣にお行儀良く座っている身としては、恐ろしくて仕方ないからこれ以上煽らないで欲しいと主張したいところだが、さくらも子連れの獣のようにシュリを守ろうとしているのだと分かるだけに、無闇にやめろとは言いにくい。

 にらみ合う二人の間でシュリはそっとため息をつき、目の前に置かれた弁当の包みへ、もう一度目を落とす。
 見た目からは、そんな危険な様子はない……といっても、まだ中身を見ていないから何とも言えないが。

 それはさくらとて同じはずなのに、なんでこれを危険と断じられるのだろうか?
 もしかして、精霊ならみんな同じ様に反応するのかと思い、紹介された後は満足して背後に控えている四人に訪ねてみると、みんな一様に首を横に振った。


 「いや、わかんねぇよ?アタシら、犬じゃねーし。こういうのはあのワンコロの方が得意なんじゃね?」


 とはイグニスの言葉。
 ワンコロとは、シュリの眷属であるポチのことだろう。
 正確に表現するなら、ポチはワンコというより狼系で、より正しい名称で呼ぶとすれば、フェンリルという、無く子も黙る魔狼なのだが。

 そんな事を思いつつ、シュリはイグニスの言葉に首を傾げた。
 精霊だからわかるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 なら何でさくらには分かるのだろうか?
 そんな疑問を再び精霊達にぶつけてみると、四人は互いに顔を見合わせ、


 「そうですわね~。多分、さくらが光の精霊だからではないかしら?」


 代表して答えたのは水の精霊のアリア。


 「光の精霊だから??」

 「ええ。私達精霊は、それぞれの属性の性質に特化した能力を持っているものですけれど、さくらの属性は光。光というのは、聖なる力をも備えもつ属性ですから、邪悪なものに関する嗅覚は、私達より遙かに敏感なのかもしれませんわ」

 「邪悪なもの……」


 アリアの言葉を聞きつつ、シュリは何とも言えない顔で、ルゥの手作り弁当に目を落とした。
 さくらを疑う気持ちは毛頭ないが、まだ開けても食べてもいないものを、邪悪であると言い切るのは少々気が引ける。

 それに、これはルゥがシュリの為にわざわざ作ってきてくれたのだ。
 更に言うなら、手作りのお弁当の失敗作は、少々古いかもしれないが少女マンガでは鉄板ネタ。
 かつて幼少の頃、そんなベタな少女マンガに夢中になった経験のある身としては、ちょっと興味のある体験である。

 もちろん前世でも、手作りのお弁当はたくさん頂いたことはあるのだが、幸いにもというかみなさんお弁当の味見はしっかりする派だったようで、どのお弁当もそれなりに美味しく頂けた記憶しかない。
 まあ、中でも一番美味しかったお弁当はどれかと言われると、親友である桜がたまに差し入れてくれたお弁当だったりするのだが。

 そんなことをつらつら考えつつ、シュリはじっとルゥのお弁当を見つめる。
 その横では、ルゥとさくらの口論が白熱しているが、考え事をするシュリの耳にはそれすらも遠く聞こえた。

 けなげなヒロインの手作り弁当を、笑顔で開ける主人公。
 だが、その中身は悲惨な状態で。
 まあ、その悲惨さには色々なバージョン……たとえば、黒こげカリカリの香ばしさマックスのパターンとか、甘味と塩味が逆転してるパターン、どんな調理方法の賜物か全くの異物が出来上がっているパターンと、実に様々な状況があるわけだ。

 だが、それを目の前にした主人公は、臆することなくお弁当を口に運び、そして言うのだ。
 おいしい、ありがとう、と。

 当時の瑞希は、そんなストーリーを読む度に、ちょっぴりキュンとしつつも思ったものだ。
 ありがとう、はまだいい。
 だが、まずいものを美味しいと嘘をついて、それは果たしてヒロインの為になるのだろうか、と。

 しかし、それと同時に思いもした。
 これは様式美なのだ。そこにつっこんじゃいけない、と。
 もちろん、これは手作りお弁当王道パターンの一つで、当然の事ながら他のパターンももちろん存在するのだが。


 (まあ、美味しくても美味しくなくても、ルゥが一生懸命に作ってくれたことにはかわりないし。幸い、耐性系は極みを持ってるし)


 アレって確か、毒も大丈夫だったよね?……と、そこはかとなく失礼なことを思いながら、シュリは思い切ってルゥのお弁当の包みに手を伸ばした。
 リアル少女マンガを体験できるかもしれない貴重な機会だと、ちょっぴりワクワクしながら。

 唯一、その行為を咎めそうなさくらは、幸いルゥとの口論に夢中になっている。
 後ろに控えた四精霊は、特にこのお弁当に驚異を抱いていないので、シュリがお弁当を手にとっても特に何かを言ってくる気配は無かった。


 (よし。今がチャンスだ!!)


 正直、空腹感もかなり募っていて、とにかく何かを食べたい気持ちもあり、シュリは勢いよくルゥのお弁当の包みを開くと、その蓋をぱかりと開けた。
 その中身をのぞき込み、くん、と鼻をならすが、別にいやな匂いはしないような気がする。
 見た目も、ひどく焦げてるとかそういう感じは無く、なんというかごく普通。


 (ん~?特に問題がなさそうなお弁当だけどなぁ??)


 身構えていた分、ちょっぴり拍子抜けした気分になりつつも、シュリはフォークを手にして卵焼きの様に見える料理をそっと口に運んだ。
 口に含んだ瞬間、ほんのりと鼻の方へ抜けた刺激臭に、ちょっとイヤな予感はした。
 しかし、その予感を無視してもぎゅっと噛みしめた瞬間、名状し難い風味が口の中いっぱいに広がり、思わず口元を押さえたまま、シュリは静かに悶絶した。

 苦いようで酸っぱく、辛みもあるようで、どこか甘みも感じるような……そんな何とも言えない味もさることながら、口の中をぴりぴりと刺すような刺激が地味に辛い。
 その代物を、いつまでも口に入れておく方がキツいと判断したシュリは、えづきそうになるのを我慢しながら咀嚼し、どうにかこうにか飲み込んだ。


 (あ、あぶなかったぁぁ……うっかり口から出しちゃうところだった……)


 予想の上をいく刺激物を、涙目になりながらも胃に収め、そう思った瞬間、


・スキル[悪食の極み]を修得しました!


 脳裏に響く、お馴染みのアナウンス。


 (え~と……[悪食の極み]って……今食べたモノって、そんなに凶悪なモノだったのかな……いや、確かに何とも言えない味がしたけど)


 内心冷や汗を流しつつ、ステータスを開く。


[悪食の極み]
 泥水から魔物の踊り喰いまでなんでもござれ。どんなものでもお腹を壊さず消化して、栄養に変える事が出来る。稀に、対象のスキルをゲット出来る事も!?


 新しくゲットしたスキルの説明文を読んだシュリは、目頭をもぎゅっもぎゅっと可愛らしい指でもみ、それから遠い目をして空を見上げた。
 とうとう僕、魔物の踊り喰いまで出来るようになっちゃったよ、と。

 そして、ふぅ~と重々しいため息をついた後、半ばやけくそのように目の前のお弁当を片づけはじめた。
 どうせ、新しいスキルのおかげでお腹は壊さないし、お腹はすごく空いているのだ。

 正直、味はとっても刺激的だし一般的とは言い難かったが、お腹を満たすことは出来たと言っておく。
 この新たなスキル、残念な事に味覚補正の機能は備わっていないようだった。

 ふと気づくと、さっきまで騒がしかった周囲がシーンとしていて、はっと顔を上げると、青い顔をしたさくらの顔が目の前に。


 「た、食べちゃったの!?シュリ??」

 「う、うん。た、食べちゃった」


 てへっと笑うと、あああああ~っとさくらが頭を抱えて地面に突っ伏してしまった。


 「今日のシュリ当番は私なのに、シュリに得体の知れない食べ物を与えてしまうなんて……」


 シュリ当番ってなんなんだ!?と思うが、それに突っ込むまもなく、


 「だ、だいじょーぶだって、さくら。ほらっ、シュリの奴、ぴんぴんしてるし!!」

 「うんうん。シュリはきっとお腹も頑丈だから、あれくらいじゃびくともしないんだと思うな~」

 「そ、そうだぞ!!失敗は誰にでもある!!肝心なのは次に同じ失敗をしないことだ。それに、お前が努力していたことは、ちゃんと見ていたぞ、さくら!!!」


 くすんくすんと鼻をならすさくらを、火・風・土の三精霊が囲んで慰めはじめる。
 シュリはその様子を見つめながら、同じく彼女達を見守っている水の精霊のきれいな横顔を見上げた。


 「……ねえ、アリア。シュリ当番って、なんだろーね?」

 「シュリの様子を余すことなく見守る当番の事ですわ。一日交代でローテーションを組んでますの」

 「ふ、ふぅん。そうなんだ」


 僕、ずーっと見張られ……いや、見守られてるんだ、と何とも微妙な気持ちで頷くと、そんなシュリをちらりと見たアリアが、一言、


 「大丈夫。トイレの時は、見たいですけれどちゃんとみないようにしていますわ」


 私達にもちゃんとデリカシーと言うモノはあるんですのよ、そう付け加えた。
 トイレの瞬間をのぞかれ……いや、見守られていないことにはちょっと安心したが、逆に言えばそれ以外は全て見られていると言うことである。

 ということは、ジュディス達との過剰なスキンシップなんかも見られていると言うことなんだろうなぁと思いつつ、ちらりと横目でアリアを見上げれば、アリアもこっちを見ていてばっちり視線が絡み合った。
 彼女は色っぽい流し目を送りつつ、くすりと笑って付け加える。


 「もちろん、見てますわよ?あんまりに頻繁でうらやましいくらい。シュリはもっと、私達ともスキンシップを密にするべきだと思いますわ」


 まるでシュリの心の中を読んだかのような言葉に、


 「あ~……うん。えっと、ぜ、善処します?」


 そう答えるしかないのだった。
 その答えに満足したように、さくらの元へと向かうアリア。
 それを見送りつつ、きれいに食べ終わったお弁当箱を片づけていると、


 「……全部、食べてくれたんだね。嬉しい」


 ルゥの本当に嬉しそうな声が耳朶を打った。
 シュリは微笑み、きちんと元通りに包み直したお弁当箱をルゥに手渡した。
 どうか、余計な質問はしてくれるなよ、と切に願いつつ。
 が、大体において、そういう願いが聞き届けられた事など無く、


 「ね、シュー君。美味しかった??」


 ルゥの唇から、絶対にして欲しくなかった、だが当然といえば当然の質問が飛んできた。
 シュリは笑顔のまま、参ったなぁと考え込む。

 マンガの主人公なら、にっこり笑って美味しかったと答えるべき場面である。
 が、そう答えてしまったら、ルゥは今回のお弁当を正解だと思ってしまう。
 それは危険だ、と、シュリの本能が訴えていた。

 ここは心を鬼にして、きちんと真実を教えるべき場面だろう、とシュリは決意して、じっとルゥの顔を見上げた。
 妙にまじめなシュリの顔を見て、ルゥの形のいい眉毛がへにょんと情けない形になる。


 「もしかして、美味しくなかった……?」


 しょんぼりするルゥに、シュリは思わず、


 「そ、そんなことないよ!?」


 うっかりそう答えてしまった。しまった、と思うも、一度言ってしまったことは取り返しがつかず、どうリカバリーしようか必死で考えたあげく、シュリはこう答えた。
 美味しくないことは無かったけど、個性的な味だった、と。


 「個性的な、味?」


 それを聞いたルゥが首を傾げ、そんなルゥにシュリは更に質問をぶつけた。


 「ルゥは、お弁当の味見ってした??」


 ……と。
 その質問にルゥは首を横に振る。
 やっぱりなぁと思いつつ、でも味見をしていてあのお弁当の出来なら手の打ちようがないから助かった、とも思う。
 シュリは頷き、


 「じゃあ、今度は味見しながら作ったら、もっと美味しいお弁当が作れるね。楽しみだな」


 そう言って微笑んだ。
 その微笑みにあてられたように、ルゥの頬が桜色に染まり、それからおずおずと、


 「えと、楽しみって事は、またお弁当、食べてくれるの?」


 可憐な唇からこぼれたのはそんな問いかけ。
 もちろんだよ、とシュリは答えた。
 ただし、


 「でも、毎日だとルゥも大変だからたまにね?それに僕、この学校の学食も好きだしさ」


 そう釘を刺すことも忘れずに。
 そうしておかないと、毎日でもお弁当を作ってきてくれそうだし、そうするとシュリの楽しみの一つである学食通いが出来なくなってしまう。
 ルゥはシュリの言葉に考え込み、


 「あのさ、シュー君。今度、お弁当を作ってこない日は、ボクも一緒に学食に行っていいかな?シュー君の好きなメニュー、ボクも食べてみたい」


 真剣な顔でシュリに頼み込んだ。
 シュリは、なんだそんなこと?というような顔をしてすぐに頷いてくれた。

 愛しい少年に毎日お弁当を作れないのは残念だが、一緒に学食に行けば彼の好みをもっと的確に掴むことが出来る。
 彼の胃袋をがっちり捕まえるためには、もっと彼の好みを知る必要がある、そう考えながらルゥはにっこり微笑んだ。

 シュリの胃袋を掴んでいい奥さんになろう計画はまだ始まったばかり。
 焦りは禁物だと思いつつ、ルゥはシュリがきれいに食べてくれたお弁当箱をしまう。
 今日帰ったら早速お母さんに、お料理の特訓をしてもらおうと思いながら。

 ルゥの中で、そんな計画が進行していることなど夢にも思わず、シュリはそれなりに膨れたお腹をさすりながら空を見上げる。
 明日の学食のメニューは何だろうなぁと、そんな至ってのんきなことを考えながら。
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