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第三部 学校へ行こう

特別短編 ふくろうカフェに行きたいとこぼしたら、ふくろうカフェもどきが出来た件②

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 そのお店は地下にあった。
 細い階段を下りていくと、ふくろうをはじめとする色々な猛禽類の写真があって、なんだかわくわくする。
 なんといっても、ふくろうと触れ合うのは今日が初めて。
 楽しみで仕方ない。


 「楽しそうね?」


 うきうきしながら階段を下りていたら、耳に届いた微笑み混じりのそんな言葉。
 あ、そう言えば、桜もいっしょだった、と彼女に聞かれたら激怒されそうな事を思いながら、まだ手をつないだままの友人の顔を横目でちらり。
 彼女は、なんだかとっても愛おしいものを見るような優しい眼差しでこちらを見ていて、少しいたたまれない。
 というか、いい年をして子供みたいにはしゃいでいた自分が恥ずかしい。
 っていうか、桜も桜だ。
 そういう愛情を込めた眼差しは、これから会うふくろうちゃん達に注げばいいものを。
 全く、我が親友ながら変わり者だ。
 そんなことを思いながら、気がつけば入り口の前までたどり着いていた。
 さて、中に入ろうと手を伸ばせば、桜がさっと扉を開けて瑞希の顔をちらり。


 「さ、どーぞ?」


 促され、こういうの、どちらかというと男っぽい見た目の私の役目だと思うんだけどなぁ、なんて思いつつも、あえて逆らうことはせずに店の中へと足を踏み入れる。
 そんな瑞希を見届けてから丁寧に扉を閉めると、瑞希が動く前にさっと受付へ向かう彼女の後ろ姿は何とも男前で。


 (なんというか、私の親友様は、いちいちジェントルマンだよね?)


 そんなことを考えながら、瑞希も友人の背中を追う。
 私も少しは見習わないとかなぁ、なんて思いながら。
 実際問題、瑞希が彼女の友人ばりのエスコート技術を身につけたりしようものなら、周囲の女狼達が色めき立って血の雨が降りそうだし、桜もそんなの望んでいないことだろう。

 だが、基本的にやや鈍くて天然の入っている瑞希にそんな事を察する技術など無く、彼女はこの後、友人譲りのレディファーストを様々な場面で発揮する事になるのだが、それはもう少し後の話。
 今は、ただただ親友のスマートなエスコートに感心しつつ、彼女の後をカルガモの雛のようについて行った。


 「予約していた横山です。もう入っても平気ですか?」

 「はい、お待ちしておりました。お席の準備は出来てますので、今ご案内しますね」

 「あ、電話でお願いした例の件は……?」

 「そちらも準備できてます」

 「そうですか。ありがとうございます」

 「いえいえ。では、こちらへどうぞ」


 桜と店員さんのそんなやりとりの後、二人はスムーズに席に着くことが出来た。
 ガラスを隔てた、ふくろう達の為のスペースに面したその席は、カウンター席に近い作りで、二人で横並びに座ってガラスの向こうのふくろうを思う存分眺めることが出来る様になっていた。
 自分達の為に作られた専用のスペースで、のびのびと過ごしているふくろう達に目を細めてから、まずは何か注文をしようと手元のメニューに目を落とす。
 すると、桜の手が伸びてきてそのメニューはあっさり取り上げられてしまった。
 なんで?と首を傾げて彼女を見れば、桜はぱたりと閉じたメニューを邪魔にならない所に片づけながら、


 「瑞希の好きそうなの、もう頼んであるから。それがきてから、もし足りないようなら追加注文すれば?」

 「あ、うん。ありがと……」


 そんな彼女の言葉。いつのまにそこまでの手配をしたのかと、びっくりしながら彼女の横顔を見る。
 彼女はちらりと瑞希の顔を横目で見て、小さく苦笑。
 優しく細められた瞳が、またしても愛おしそうに瑞希を見つめた。
 ちょっとどきっとして、


 (だから、そんな目で見るなら、私じゃなくてふくろうでしょうが!?)


 内心そんな呟きをこぼし、照れ隠しのように唇を尖らせた。


 「瑞希のことだから、私がいつこの店の予約をとったのか、とか、料理の注文をしたのか、とか、不思議に思ってるんでしょ?」

 「う、うん。思ってた。ここまでずっと手をつないでたのに、どうやって??」

 「そんなの簡単よ。いい?ここに来るまでの自分の行動をよーく思い出してごらんなさい?」

 「ここに来るまでの?えーっと、朝、桜が家まで迎えにきてくれたでしょ?で、どこに行くか決めて、電車に乗って、降りて、それから……あ」

 「わかった?」

 「もしかして、駅で、私がトイレに寄った時??」

 「正解。まあ、正確には、予約自体は店決めた時点で、ネットで済ませておいたんだけどね」

 「ふぁ~、エスコート能力はんぱないねぇ」

 「なによ、その、エスコート能力ってのは」

 「ん~?言葉通りの意味だよ。女の子をエスコートをする能力って事。ていっても、私は女の子ってガラじゃありませんけどね~」


 むむ~、と唸って微妙な顔をすると、桜がおかしそうに笑った。


 「自分で言ったくせに、なによ、その顔?」


 くすくすと楽しそうな笑みをこぼしつつ、それからその細い指先で瑞希の頬を軽くつまんだ。
 からかうように、愛おしむように。


 「大丈夫よ。私の中で、瑞希はちゃんと女の子の分類に入ってるから。だから、ちゃんと大事にしてるでしょう?」

 「そりゃ、まあ、確かに。大事にされてる感はある、かな?」


 瑞希の頬を摘んだ事でなんだか興が乗ってきたらしい桜の両手に、ほっぺたをうにうにされつつ頷く。


 「でしょ?」


 そんな友人を満足そうに見つめ、桜がにぃ、と笑う。
 ちょっといたずらっ子っぽい笑顔。
 瑞希は彼女のその笑い顔が結構好きだった。
 なんていうか、やんちゃな子供の様で可愛らしいと思うのだ。
 恥ずかしいので、本人に伝えるつもりは無かったが。


 「ん~、桜は男前だねぇ」

 「は?それ、ほめてんの?けなしてんの?」


 なぜかちょっと不機嫌そうに半眼で問われ、瑞希はあれぇ?と首を傾げた。


 「普通にほめ言葉じゃない?」


 ほめたつもりなのに何で桜は怒ってるんだろう、おかしいなぁ、と思いながら、素直な気持ちを言葉にして返す。
 それを受けた桜は、ふんっと不満そうに鼻を鳴らした。


 「こんな美人に向かって男前って表現はどうかと思うわけよ、私は」

 「自分で自分のことを美人って。まあ、実際、美人だとは思うけどさ。でも、まあ、桜が気に入らないなら表現を変えるか……ん~……桜が男子だったら女の子にモテモテだね?」

 「……どうして、いちいち男子に例えるかな?」


 桜の目が、ますます剣呑に細くなる。
 ほめてるのに何で怒るんだ??と再び思いつつ、彼女の疑問に答えるために口を開く。


 「だって、女の子が好きになるのは男の子、でしょ?」

 「……ま、普通はそうよね」


 瑞希は、至極まっとうな正論を唇に乗せた。
 その瞬間、ふっと桜の表情がかげる。
 ほんの少し俯かせた顔がなんだか悲しそうに見えて、自分の言葉のなにが悪かったのか分からないまま瑞希は少し慌てた。
 慌てたまま、続けて言葉を放つ。深く考えず、己の想いのままに。


 「私、桜が男の子だったら、好きになっちゃう自信はあるし!!」

 「は?好きって……え?」


 その言葉の効力はてきめんだった。
 ぱっと顔を上げた桜の頬がほんのり赤く色づいていて色っぽい。
 そう言う顔は意中の相手に見せろと言ってあげたいが、つい最近も好きな男はいないときっぱり言い切っていたから、言うだけ無駄だろう。


 (ほかに見る人がいないなら仕方ない。せいぜい私が堪能させてもらおう。役得、役得っと)


 そんなことを思いながら、瑞希はニコニコと言葉を続ける。


 「あ、たとえばの話だよ?実際問題、私は桜の事すごく好きだけど、女同士だから恋にはならないでしょ?だけど、もし桜が男の子だったら、理想の恋人な気がするわけよ」

 「……男だったら、ね」


 またちょっと、桜の気持ちが沈んだのが分かった。
 どうも「男」というキーワードがいけないらしい。


 (もしかして、桜、男嫌いなのかなぁ?こんなに美人さんなのにもったいない)


 なんて、桜に聞かせたらさらに機嫌を損ねてしまいそうな事を考えつつ、瑞希は再度言葉を紡ぐ。
 今度は、「男」というNGワードを使わない様に気をつけながら。


 「ん~、でもまあ、それ以前に、桜は私にとって最高の親友なんだけどさ」

 「ふぅん?親友、ねぇ。それって、私のことを大好きだと、そういいたいわけ?」


 探るように見つめてくる桜の瞳。その瞳をまっすぐに見つめて、瑞希は頷く。


 「うん。大好きで、大切で、一緒にいるといつだって楽しい大親友だと、私は思ってるんだけど……」


 そう言って、瑞希の目がそろ~っと伺うように桜を見た。
 桜はどうなのかな?と問うように。

 まっすぐな愛情表現に気圧されたように、桜は一瞬目線をそらし、だがなんとか踏みとどまって再び瑞希の方を見た。
 その瞳の奥に、切ない光が見えたように感じたのは、気のせいだったろうか。
 それをしっかり確かめる間もなく、桜はほんのり苦く笑って、


 「そんな、分かり切ったこと、今更改めて言うまでもないでしょ。っていうか、察しなさいよね。ばぁ~か」


 優しい声音でそう言うと、瑞希の髪をわしゃわしゃとかき回した。


 「むぅ。分かった。察した。ふむふむ、桜は、私が大好き、と」

 「ってか、わざわざ口に出して言わんでいいから!!」


 くしゃくしゃになった頭でそう言うと、桜が恥ずかしそうな顔をして再び頭を襲撃してくれた。
 その結果、瑞希のヘアースタイルはとっても前衛的なものとなり果てる。
 今日は私の誕生日なのに、と唇を尖らせて訴えると、悪かったわよ、とばつが悪そうな顔の桜が手ぐしで髪を整えてくれたので、まあ、良しとすることにした。

 そんな風に騒いでいるうちに、どうやら桜が頼んでくれていたメニューが完成していたようで。
 こちらの様子をうかがうようにしながら近づいてくる店員さんに気付いて笑顔で手招きをしたら、なぜかその子の顔が真っ赤になってしまった。
 不思議な現象だ。
 首を傾げていたら、桜にぺしんと後頭部を叩かれた。
 痛い、と文句を言ったら、誰にでも愛想を振りまくのはやめなさい、と逆にしかられ、世の理不尽さをかみしめる結果となったのは誠に遺憾な事であった。
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