232 / 545
第三部 学校へ行こう
第二百七話 留守番できないペットの巻
しおりを挟む
一人部屋をでたイルルは、その足で屋敷の外へと向かった。
シュリからは、一人で敷地の外に出てはいけないと厳しく言いつけられては居たが、屋敷を出ることは止められてはいない。
中庭かどこかで虫でも捕まえて遊ぼう、と屋敷の玄関の大きな扉を開けて外へ出れば、門の近くにルバーノ家の馬車が止まっているのが見えた。
そして、その馬車を鼻歌交じりに洗っている、最近なんだか妙に艶めかしいと噂の、中年のおじさん御者の姿もある。
退屈だったイルルは、深く考えもせず馬車へ近づいていく。
そして、
「馬車を洗っておるのか?関心じゃのう」
と、妙に偉そうに御者をねぎらった。
驚いたのはおじさんだ。
彼はいきなり背後からかけられた声に飛び上がり、慌てて振り向いてひざまづく。
このお屋敷の敷地内で、こんな風に偉そうに声をかけてくる相手は、彼と同じ使用人ではあり得ない。
となれば、相手は貴族様だ。
声に聞き覚えが無いから、恐らくルバーノの屋敷の方では無いだろうが。
そう思いつつ、御者のおじさんは頭を下げ続けた。
だが、一向に頭を上げていいという許可の言葉が聞こえない。
これはもしや、興味本位に声だけかけて、貴族様はもうどこかへ行ってしまったかと、そろそろと顔を上げてみると、彼の前に立ったままきょとんとこちらを見ている赤い髪の少女が視界に飛び込んできた。
それを認めた彼は、再び慌てて頭を下げる。
だが、
「ん?せっかく顔を上げたのに、何でまた頭をおろすのだ??もしや、体の具合が悪いのか??」
心配そうに問いかける。
尊大な口調ではあるが幼く屈託のない声に、おじさんは慌てて首を横に振る。
「い、いえいえ。滅相もない。私はいたって健康でございます」
「ぬ?じゃあ、なぜ顔を上げないのだ??ん~……はっ!もしやお主……」
「は、はい!!」
「妾が余りにかわゆいので、照れておるのだな!?」
「は!?」
「む、違うのか?」
「いえ、その、まあ、なんと言いますか……その、顔を上げてもよろしいのでしょうか??」
「お主が顔を上げて、何か問題でもあるのか??」
「……そう言うわけでもないのですが……では、問題が無いようですので、顔を上げさせて頂きますね……」
あまりに彼の知る貴族という生き物と違う反応に、おじさんはちょっと疲れたようにそう答え、恐る恐る体を起こした。
まあ、とはいえ、彼の仕えるルバーノ家の皆様は、比較的つき合いやすいお貴族様で、いつもこうやって平伏して過ごしている訳ではなかったが。
特に、ルバーノ家の跡継ぎと目される少年は、使用人達がそうやって過剰な礼を取ろうとすることをひどく嫌っていて、こんな風にひざまづいて平伏しようものならきっとひどく怒られてしまうだろう。
目の前の女の子もまた、シュリと近い人種のようで、彼が顔を上げても怒るでもなく、まじまじと彼の顔を見つめてきた。
彼女はとっても興味深そうに彼を見つめ、それからにまっと笑うと両手を伸ばしてぺちぺちと彼のほっぺたを叩いた。
それはそれは楽しそうに。
「おお~、いい年をした男のくせにお主のほっぺはすべすべじゃのう。髭も見あたらん」
「は、はあ。ひ、髭は数時間おきにこまめに剃るように気をつけております。す、すべすべなのは、その、知り合いのメイドさんに、肌の手入れ用の化粧品をわけて頂いておりまして」
「ふむふむ。なるほどのう。少々男らしさには欠ける気もするが、まあばっちいよりきれいな方がいいしの。妾は良いと思うぞ!」
「はあ……その、ありがとうございます??」
赤い髪の女の子……イルルのほめ言葉に、おじさんは微妙な顔で礼の言葉を述べる。
その言葉を受け、イルルは満足そうに頷いた。
「うむ!!それにしても、お主は職務に忠実な男じゃの?馬車は毎日洗うのか??」
「はい。この馬車は毎日シュリ様の送り迎えに使われる馬車ですので、出来るだけ気持ちよく乗っていただければ、と」
「……ほう。シュリの送り迎えに、のう」
イルルの目がきらーんと光った。
おじさんは、そんなイルルの様子には気付かずに、ただ彼女がシュリを呼ぶ捨てにしたことに驚いた。
「あ、あの、お嬢様はシュリ様のお知り合いで?」
「ぬ?妾のことはイルルで良いぞ?シュリは知り合いでもあるが、そうじゃの~、より正しくいうならば、シュリは妾の飼い主、じゃな!!」
「かっ、飼い主!?」
「そうじゃ。まあ、妾の主であるということじゃの~」
「主……イルル様は、シュリ様のご婚約者様かなにかで??」
「婚約はまだしておらぬな。じゃが、まあ、シュリが妾の魅力に参ってしまうのも時間の問題じゃ。そう言う意味では、婚約者といっても過言はないかもしれんのう」
「そ、そうですか。イルル様はシュリ様のご婚約者様なのですね……」
「まあ、好きなように思ってくれて構わんぞ?」
イルルはそんな、シュリが聞いていたら、なに適当なこと言っちゃってくれてんのさ!?と目をむくような事を平然と口にし、御者の反応を鷹揚に認めた。
「所で、お主はいつシュリを迎えに行くのじゃ?」
「え?ああ、馬車を洗い終わったら向かおうと思っていたのですが……おや、そろそろ向かいませんと。ではイルル様、馬車を引く馬を連れて来ますので、私はそろそろ失礼させて頂きます」
「うむうむ。職務ご苦労!ではの!!」
イルルに頭を下げ、急ぎ足で厩舎へと向かう御者の後ろ姿を見送る。
そしてその後ろ姿が見えなくなった瞬間、イルルは大急ぎで馬車の中へ入り込んで、御者台から見えないように座席の足下へ小さく丸くなった。
そうして小さくなったまま、くふふと笑う。
このままここにいれば、シュリのいる学校へ自動的に案内してもらえるという寸法だ。
イルルはこのまま馬車に隠れ、学校までシュリを迎えにいこうと思いついたのだ。
いい事を考えついたとほくそ笑みながら、イルルは小さくなったまま馬車が動き出すのを待つ。
それから程なく。
仕事熱心な御者のおじさんが連れてきた馬に引かれ、馬車は動きだした。
がたんごとんと動き始めた馬車の中で、イルルは再び、くふっと笑うのだった。
シュリからは、一人で敷地の外に出てはいけないと厳しく言いつけられては居たが、屋敷を出ることは止められてはいない。
中庭かどこかで虫でも捕まえて遊ぼう、と屋敷の玄関の大きな扉を開けて外へ出れば、門の近くにルバーノ家の馬車が止まっているのが見えた。
そして、その馬車を鼻歌交じりに洗っている、最近なんだか妙に艶めかしいと噂の、中年のおじさん御者の姿もある。
退屈だったイルルは、深く考えもせず馬車へ近づいていく。
そして、
「馬車を洗っておるのか?関心じゃのう」
と、妙に偉そうに御者をねぎらった。
驚いたのはおじさんだ。
彼はいきなり背後からかけられた声に飛び上がり、慌てて振り向いてひざまづく。
このお屋敷の敷地内で、こんな風に偉そうに声をかけてくる相手は、彼と同じ使用人ではあり得ない。
となれば、相手は貴族様だ。
声に聞き覚えが無いから、恐らくルバーノの屋敷の方では無いだろうが。
そう思いつつ、御者のおじさんは頭を下げ続けた。
だが、一向に頭を上げていいという許可の言葉が聞こえない。
これはもしや、興味本位に声だけかけて、貴族様はもうどこかへ行ってしまったかと、そろそろと顔を上げてみると、彼の前に立ったままきょとんとこちらを見ている赤い髪の少女が視界に飛び込んできた。
それを認めた彼は、再び慌てて頭を下げる。
だが、
「ん?せっかく顔を上げたのに、何でまた頭をおろすのだ??もしや、体の具合が悪いのか??」
心配そうに問いかける。
尊大な口調ではあるが幼く屈託のない声に、おじさんは慌てて首を横に振る。
「い、いえいえ。滅相もない。私はいたって健康でございます」
「ぬ?じゃあ、なぜ顔を上げないのだ??ん~……はっ!もしやお主……」
「は、はい!!」
「妾が余りにかわゆいので、照れておるのだな!?」
「は!?」
「む、違うのか?」
「いえ、その、まあ、なんと言いますか……その、顔を上げてもよろしいのでしょうか??」
「お主が顔を上げて、何か問題でもあるのか??」
「……そう言うわけでもないのですが……では、問題が無いようですので、顔を上げさせて頂きますね……」
あまりに彼の知る貴族という生き物と違う反応に、おじさんはちょっと疲れたようにそう答え、恐る恐る体を起こした。
まあ、とはいえ、彼の仕えるルバーノ家の皆様は、比較的つき合いやすいお貴族様で、いつもこうやって平伏して過ごしている訳ではなかったが。
特に、ルバーノ家の跡継ぎと目される少年は、使用人達がそうやって過剰な礼を取ろうとすることをひどく嫌っていて、こんな風にひざまづいて平伏しようものならきっとひどく怒られてしまうだろう。
目の前の女の子もまた、シュリと近い人種のようで、彼が顔を上げても怒るでもなく、まじまじと彼の顔を見つめてきた。
彼女はとっても興味深そうに彼を見つめ、それからにまっと笑うと両手を伸ばしてぺちぺちと彼のほっぺたを叩いた。
それはそれは楽しそうに。
「おお~、いい年をした男のくせにお主のほっぺはすべすべじゃのう。髭も見あたらん」
「は、はあ。ひ、髭は数時間おきにこまめに剃るように気をつけております。す、すべすべなのは、その、知り合いのメイドさんに、肌の手入れ用の化粧品をわけて頂いておりまして」
「ふむふむ。なるほどのう。少々男らしさには欠ける気もするが、まあばっちいよりきれいな方がいいしの。妾は良いと思うぞ!」
「はあ……その、ありがとうございます??」
赤い髪の女の子……イルルのほめ言葉に、おじさんは微妙な顔で礼の言葉を述べる。
その言葉を受け、イルルは満足そうに頷いた。
「うむ!!それにしても、お主は職務に忠実な男じゃの?馬車は毎日洗うのか??」
「はい。この馬車は毎日シュリ様の送り迎えに使われる馬車ですので、出来るだけ気持ちよく乗っていただければ、と」
「……ほう。シュリの送り迎えに、のう」
イルルの目がきらーんと光った。
おじさんは、そんなイルルの様子には気付かずに、ただ彼女がシュリを呼ぶ捨てにしたことに驚いた。
「あ、あの、お嬢様はシュリ様のお知り合いで?」
「ぬ?妾のことはイルルで良いぞ?シュリは知り合いでもあるが、そうじゃの~、より正しくいうならば、シュリは妾の飼い主、じゃな!!」
「かっ、飼い主!?」
「そうじゃ。まあ、妾の主であるということじゃの~」
「主……イルル様は、シュリ様のご婚約者様かなにかで??」
「婚約はまだしておらぬな。じゃが、まあ、シュリが妾の魅力に参ってしまうのも時間の問題じゃ。そう言う意味では、婚約者といっても過言はないかもしれんのう」
「そ、そうですか。イルル様はシュリ様のご婚約者様なのですね……」
「まあ、好きなように思ってくれて構わんぞ?」
イルルはそんな、シュリが聞いていたら、なに適当なこと言っちゃってくれてんのさ!?と目をむくような事を平然と口にし、御者の反応を鷹揚に認めた。
「所で、お主はいつシュリを迎えに行くのじゃ?」
「え?ああ、馬車を洗い終わったら向かおうと思っていたのですが……おや、そろそろ向かいませんと。ではイルル様、馬車を引く馬を連れて来ますので、私はそろそろ失礼させて頂きます」
「うむうむ。職務ご苦労!ではの!!」
イルルに頭を下げ、急ぎ足で厩舎へと向かう御者の後ろ姿を見送る。
そしてその後ろ姿が見えなくなった瞬間、イルルは大急ぎで馬車の中へ入り込んで、御者台から見えないように座席の足下へ小さく丸くなった。
そうして小さくなったまま、くふふと笑う。
このままここにいれば、シュリのいる学校へ自動的に案内してもらえるという寸法だ。
イルルはこのまま馬車に隠れ、学校までシュリを迎えにいこうと思いついたのだ。
いい事を考えついたとほくそ笑みながら、イルルは小さくなったまま馬車が動き出すのを待つ。
それから程なく。
仕事熱心な御者のおじさんが連れてきた馬に引かれ、馬車は動きだした。
がたんごとんと動き始めた馬車の中で、イルルは再び、くふっと笑うのだった。
0
お気に入りに追加
2,134
あなたにおすすめの小説
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
俺、貞操逆転世界へイケメン転生
やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。
勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。
――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。
――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。
これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。
########
この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる