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第四部 王都の新たな日々

第476話 お姫様の婚約者

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 王様は言った。
 シュリをフィフィアーナ姫の婚約者にする、と。


 「あ、あの。僕をフィフィアーナ姫の婚約者にする、って聞こえたんですけど……」


 これ、絶対に僕の聞き間違いですよね?
 まさかぁ、と思いながら、おずおずと王様に問いかける。
 しかし。


 「聞き間違いではないよ。今日から君は、我が愛娘の婚約者だ」


 王様はきっぱりと答えて下さった。
 どうやら、聞き間違いでは無かったらしい。
 でも、シュリとしても、そこでハイ、と素直に頷くわけにはいかなかった。


 「あの、僕にはもう、婚約者候補がいるんですが」

 「その辺りは調べてあるよ。君のいとこ達だね。だがあくまで候補。問題はないと理解しているよ」

 「えっと、普通はそうなんでしょうけど、みんな僕の事が大好き、でして。それはどれくらいか、っていうと、最終的に1人を選んでもみんなお嫁に来ちゃうんじゃないかなぁって思うくらいな感じでして」


 この国の最高権力者を前に、なにを言っているんだろうと思うが、でも本当の事だから仕方がない。
 彼女達のシュリへの愛情は、それほどまでに育ってしまっているのだから。


 「ふむ。約束の破棄は難しい、と?」

 「はい。僕以外との結婚は断固拒否だと思います」


 だから、お姫様との婚約は無理です、シュリはそう訴えたつもりだった。


 「そうか。でもそのくらいのことは想定内だから大丈夫だよ。君をフィフィの夫とするつもりだけど、この国の王とするつもりはない。あくまで国の後継者はフィフィとフィフィの産んだ子供のみ。それを周知し文書での契約も行った上であれば、他の女性との間に子供を作ることも、まあ、推奨はしないが認めはしよう。君は驚くほどモテる男のようだからね」

 「えっと、そこまでして、僕と姫を婚約させようとしなくても」

 「そこまでしても、成立させたい婚約なのだと理解して欲しい」

 「でも、フィフィアーナ姫は僕が嫌いですし、そんな僕との婚約は嫌だと思いますよ?」

 「フィフィは君を認めているよ。今回の婚約についても、既に彼女の同意は得ている」

 「ええ!!」


 そんな、嘘でしょ、とそんな気持ちを顔に張り付けたシュリを見て、王様は微笑ましそうに笑みを浮かべた。
 そして問いかける。


 「逆に問おう。君は、フィフィが嫌いかい?」

 「嫌いじゃないです」


 打てば響くように、シュリはすぐに答えを返した。
 フィフィアーナを嫌ってなどいない。
 どんなにきつく当たられようと、なぜか嫌いになれない、シュリにとって彼女はそんな女の子だった。


 「なら、なにも問題ないね。フィフィは婚約を望んでいるし、君はフィフィを嫌っていない」

 「問題は大ありですよ。僕には切り捨てられない女性が既に複数いて、フィフィアーナ姫だけ、と誓っても、それは嘘にしかならない。そんな不誠実な男は、姫にふさわしくないと思います」

 「まあ、その辺りは当人と相談してみて欲しい。フィフィがこの婚約はやっぱり嫌だ、と言うなら、私も考え直そう」


 王様は微笑みそう言って、謁見室の、王族の住む区画へつながる扉を示した。


 「フィフィは、部屋で君を待っているよ」


 そんな言葉とともに。
 シュリは困った顔で王様を見上げ、それからゆっくりと足を踏み出した。

◆◇◆

 謁見室を出るとそこにはメイドさんが待っていて、黙ってシュリを先導し、ある扉の前まで導いてくれた。
 その扉を見上げ、シュリはしばし呼吸を整えてから、意を決してノックして名乗りをあげる。

 やるべき事は決まっていた。
 女性関係についての話を正直にして、自分がどれだけ結婚相手として失格なのかを理解し、納得してもらう。
 そして、それを2人で王様に報告に行けば、無事、今回の突拍子もない婚約話はなくなるはずだ。
 そう考えながら中の返事を待つ。


 「シュリ? 早かったわね。入っていいわよ」


 それほど待たずに返ってきたのは、比較的朗らかな姫の声。
 ご機嫌は、それなりにいいらしい。
 ごくりと唾を飲み込んで扉を開け、お姫様の私室に入る、という初体験を果たした。


 「お、お邪魔しまーす……」


 おずおずとそう言いながら前に進む。
 フィフィアーナ姫はメイドさんの給仕で優雅にお茶を飲んでいた。
 アンジェやフィフィアーナお抱えの隠密・アズサの姿は見えない。ちょっとだけ、その姿を探すように目を泳がせれば、


 「アンジェもアズサも、広場の後処理に貸し出しているからいないわよ。結構、大変なことになってるみたいね。怪我はないの?」


 なぜか心配されてしまった。
 今日はなんだか優しいなぁ、と思いつつ、


 「あ、うん。僕は平気。心配してくれてありがとう」


 お礼の言葉を告げる。


 「別に、心配した訳じゃないけど。お父様から、話は聞いているのよね?」

 「うん。そのことで色々話さなきゃならないことがあって」


 照れくさかったのか、ちょっとツンとしたフィフィアーナからの問いかけに、シュリはまじめな顔でフィフィアーナの顔を見た。
 それを受けたフィフィアーナも表情を引き締め、シュリに向き直った。


 「婚約についての、話かしら?」

 「うん。フィフィは知らないかもしれないけど、僕にはもう婚約者候補が4人いるんだ」

 「そんなこと? 知ってるわよ、もちろん」

 「そ、そっか。それでね。みんな、他に婚約者が出来ちゃったから婚約できなくなっちゃった、って伝えてもたぶん納得してくれなくて」

 「でしょうね。それは想定してるわ。お父様からの提案、聞いてない?」

 「えっと、フィフィとその子供にだけ王位継承権を認める、って契約書に同意すれば他に女性がいても構わない、って」

 「私もそれで構わないわ。元々シュリは、ルバーノ男爵の後継で領地を継ぐ予定だったんでしょう? それを横からかすめ取るわけだから、それくらいの譲歩は必要だと思ってるわ。私との間に世継ぎの子供は作ってもらわないとだけど、ルバーノの四姉妹との間にも自由に子供を作ればいいと思うわよ? そうすれば、あちらの後継者問題も解消するでしょうし」


 フィフィアーナは淡々と、そう答えた。
 シュリは一瞬言葉を失い、フィフィアーナを見つめる。
 彼女はその視線を正面から受け止めて、何か問題でもあるかしら、と余裕の表情で首を傾げてみせた。


 「え、えーっと。多分、僕との子供を望む女性は、ルバーノの姉様達だけじゃすまないと思うんだよ。そんな不誠実な男は、フィフィにはふさわしくないんじゃないかなぁ、って思うんだけど」

 「子供は好きに作ればいいわ。どれだけ子供を作っても、私の産んだ子供以外に王位継承権は発生しないわけだし。愛人を公認するつもりはないけど、あなたが私費で勝手に囲うのは好きにすればいいと思うわよ?」

 「い、いいの?」

 「大丈夫。ヤキモチなんか焼かないわよ。その代わり、私にも恋愛の自由はもらうけど、問題ないわよね?」

 「恋愛の、自由?」

 「そうよ。結婚してもお互いの恋愛の自由を確約すること。これがあなたに求める結婚の条件よ。あなたにとっても悪くない条件でしょう?」

 「え~っと、そ、そうなのかな?」

 「そうに決まってるでしょ? 他の誰と結婚したって、こんな好条件の結婚はないわよ? あなたに惚れてる他の女と結婚したら、絶対に夫としての誠実さを求めるはずだもの。きっと私くらいよ? 不誠実なあなたを不誠実なまま夫と迎える変わった女は」


 言われてみれば、そんな気がしてくる。
 確かに、他のどんな女性と結婚したとしても、こんな豪快に他の女性との恋愛を認めてくれる事はないだろう。
 しかも、親である王様も公認だ。

 でも、フィフィアーナはそれでいいのだろうか。
 好きでもない男と結婚して子供をつくるなど、嫌ではないのだろうか。
 シュリのその疑問が表情に現れていたのだろう。


 「その顔。どうせなら好きな男と結婚すればいいのに、とか思ってるんでしょ?」

 「え!? あ~……うん」


 内心を見事言い当てられて、ちょっぴり動揺はしたものの、シュリは素直に頷いた。


 「だと思ったわ。でも安心しなさい。私、あなたの他の男に恋したりはしないわ。といっても、シュリに恋しているわけでもないけど。婚約するわけだし伝えておくけど、私の恋愛対象は女性なのよ。だから、あなたも含め、男に恋愛感情を抱くことはないと思うわ」


 フィフィアーナは清々しいほどにきっぱりと言い切った。
 それを聞いて驚くと同時に、なるほどなぁ、とも思う。
 姫のアンジェへの気持ちはそれだったのか、と。


 (そりゃ、ヤキモチも焼くし、僕が嫌われるはずだ)


 シュリは心の中でこっそりと苦笑しつつ、新たに与えられた情報を加味して今回の婚約話を吟味する。
 フィフィアーナが何でシュリを選んだのか。
 その点については何となく納得できた。

 うっかりどこかの王子様と結婚でもしちゃったら、フィフィアーナは自分の気持ちをずっと隠して生きなくてはならない。
 でも、彼女に結婚をしないという選択肢は選べないのだろう。
 この国の唯一の世継ぎである彼女には。
 シュリには怖いけど、本当は優しい女の子である、彼女には。

 フィフィアーナはシュリを好きなわけではない。
 でも秘密をさらして契約を持ちかける程度には信用してくれている、という事なのだろう。
 だけど。


 「フィフィの言いたいことは分かった。でも本当にいいの? 結婚して子供を作るって事は、その為にしなきゃいけない事があるんだよ? フィフィは、僕のこと嫌いでしょ?」


 シュリは真剣な顔で問いかける。
 フィフィに辛い思いをさせるのは嫌だ、そう思うくらいには彼女の事が好きだったから。


 「まあ、その辺りをどうやるかは、ちょっと考えるわ。でも私、そんなにあなたの事、嫌いじゃないわよ? アンジェの事を別にすれば」

 「え? そうなの?」

 「アンジェがあなたを好きすぎて、見ていてイラっとすることは多いけど、でもよくよく考えたら、あなた事態はそんなに嫌いじゃないって最近気づいたのよ」

 「そ、そうなんだ?」

 「そうよ。だから……」


 フィフィアーナは、真剣な表情でシュリを見た。


 「諦めて私と婚約しなさい。これでも色々考えて悩んで決めたのよ。あなた以外と結婚をしたら、私は息がつまって窒息してしまうわ」

 「うーん。それは……困るね?」

 「困ると思うなら承諾の返事を。私はあなたに恋をしない。でも……」


 いったん言葉を切り、シュリをまじまじと見つめ、


 「家族にはなれる。そう思えるくらいには、あなたのことが好きだと思うわ」


 そう続けて、フィフィアーナは柔らかく微笑んだ。
 さあ、この手を取りなさい。
 そう言わんばかりに伸ばされた手。
 シュリはその手をしばし見つめ。
 それからゆっくりと己の手を、彼女の手に重ねてそっと握った。


 「家族にはなるけど、お互いの愛人に関しては関与しない。そういう契約、だね?」

 「ええ、そうよ」

 「1つだけ、約束してほしいんだ」

 「なに?」

 「辛い、と思ったら正直にそう言ってほしい。辛い気持ちを、秘密にしないで。僕は意外と鈍感だから、ちゃんと口に出してもらわないと、分かってあげられないかもしれない。僕のそんな鈍感さで、君を傷つけるのは嫌なんだ」

 「……わかったわ。辛いと思ったらちゃんとあなたに申告する。それでいい?」

 「うん」

 「じゃあ、契約は成立かしら」

 「うん。成立だ。契約、じゃなくて婚約、だけどね」

 「確かに、そうね」


 シュリは笑い、フィフィアーナも笑う。
 緩く握りあった手を、堅い握手に変えて。
 2人の婚約は、いまこのとき、正式に結ばれた。
 こうしてシュリは、この国のお姫様の婚約者となったのだった。
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