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第三部 学校へ行こう

第二百三話 ホームルームと自己紹介②

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 分かりやすく成績順で自己紹介をしていきましょうという、サシャ先生の提案に、名前の順とか、席の並び順の方が分かりやすいと思うんだけどなぁと思いつつ、シュリはしぶしぶ1番手として前に出る。
 1番最初に自己紹介をするとなると周りに紛れにくいし、何より1番手というだけで目立っている気がしてやりにくい。
 しかし、そんなことにへこたれてる場合じゃない。
 頑張れ! 僕!! 、と己を叱咤しながら、顔を上げて前を見た。

 大きく深呼吸して、とりあえずにっこり微笑む。
 そして、あんまり色々視界に入れると余計に緊張しそうなので、視線をたまたま視界に入ってきたリアに固定する。
 あ、リア、僕の後ろの席だったんだ、と思いながら。

 不機嫌そうなリアの眼差しに迎えられたが気にしない。
 どうせリアが不機嫌なのは今日に始まった事でもないし、後でちょっぴりいじめられるだけだし、ダイジョウブダヨ、タブン……と己に言い聞かせながら。

 じーっと見つめるうちにリアのほっぺたが少し赤くなってきたような気もするが、それも気にしない。
 なんだか、気にしたら負けのような気もするし。
 教室がちょっと暑いとか、初めての自己紹介を控えて緊張してるとか、そんな理由じゃないかな、多分。
 リアが聞いていたら激怒しそうな事を考えつつ、シュリは大きく息を吸い込む。
 そして思い切って第一声を発した。


 「ぼ、僕の名前はシュリナスカ・ルバーノです。えっと、僕は一応貴族だけど、身分とか関係なく色々な人と仲良くなりたいって思ってます。だから、僕のことは気軽にシュリって呼んでくれると嬉しいな」


 そして何とか無難な自己紹介をひねり出す事が出来、シュリはほっとしたように微笑む。
 その微笑みをみた生徒達の1部が、胸を押さえたり鼻を押さえたりして、バタバタと机に突っ伏した。
 しかし、シュリはそんな異常現象にまるで気づかない。
 なぜなら緊張しないようにリアの事しか見ていないからだ。
 ほかに視線を動かす事など考えもせずにじーっとシュリが見つめる中、リアは何かを堪えるような顔のままどんどん顔を赤くしていく。
 そんなリアを見ながらシュリは思う。


 (あんな赤い顔して。リアって、そんなに暑がりだったっけ?? あ、それともやっぱり自己紹介に緊張してるのかな?? リアってば結構な緊張屋さん???)


 見当違いにもそんな風に。
 勘違いしまくりのシュリにまじまじと見つめられ、リアはとうとう堪えきれなくなったようにシュリからすっと目をそらす。
 くっ、と悔しそうに唇をかんで。
 シュリにドキドキさせられるなんて屈辱だと、そう言わんばかりに。

 だが、シュリにそんなリアの複雑な思いが伝わるはずもなく、しかしきょとんと首を傾げるシュリは大層可愛らしかった。
 思いがけずそんなシュリにキュンとさせられてしまったのはサシャ先生で。
 あまりの可愛らしさに、思わず駆け寄って抱き上げて抱きしめて頬ずりをして更にはその唇を……と一瞬でそんな妄想をしてしまったことは秘密である。
 彼女は逞しい妄想力でほんのり乱れた息遣いをごまかすようにわざとらしく咳払いをして、


 「コ、コホン……で、ではシュリ君の自己紹介は終わり、ですね? じゃあ、次は……」

 「先生っ!! シュリ君に質問してもいいですかっ!?」


 そんな言葉と共にサシャ先生がクラス内を見回すと、中程の席の女生徒が勢いよく挙手をして発言した。
 サシャ先生はその内容を吟味するようにしばし考え込み、


 「質問、ですか? そう、ですね。時間には余裕がありますし。いいでしょう。シュリ君もいいですね? では、シュリ君に質問がある人は挙手して下さい」


 一応シュリに確認をしてからそう許可を与えた。
 その言葉を受け、教室のあちこちから歓声があがる。
 シュリはその様子をびっくりした顔で見つめた。


 (うん?? 僕って結構人気者???)


 そんなシュリの心の声を聞いたら、普段からシュリの側にいる人達、特にジュディス達愛の奴隷は、それこそ驚きの声を上げるだろう。
 シュリ様が人気者なんてことは、分かり切った事じゃないですか、と可愛らしいどや顔と共に。

 だが、すっかり同学年の人から敬遠されていると信じ切っていたシュリは新鮮な気持ちで同じクラスの同級生を見回す。
 目に映る顔のほとんどがなんとなく好意的なことにほっとしながら。
 相変わらず、シュリの左隣の席の男子は本に夢中だし、右隣の席の女の子は、シュリを瞬殺しそうな勢いで睨んでいたけれど。


 「さあ、シュリ君に質問がある人は挙手をお願いします」


 サシャ先生の再度の促しに、クラスメイトのほとんどの手が、勢いよく真上に上げられる。
 手を上げて無いのなんて、今更シュリに質問する理由のないリアと、未だ本に夢中の左隣の本の君くらいだろうか。

 右隣の、すごい形相でシュリを睨んでる女の子はちゃっかり手を上げている。
 いや、睨んでる相手に質問しちゃいけないなんて決まりはないし、別にいいんだけどね~と思いつつ、シュリは彼女の視線の圧力に負けてちょっぴり目を反らす。
 出来たら彼女の質問はなんか怖いから、他の子のがいいなぁと思いつつ。

 サシャ先生もそんなシュリの心の声を察した訳ではないだろうが、1番最初から難易度高そうなその女の子を指名する事はなく、中程の席に座る、さっきシュリに質問していいかと聞いてきた女の子を無難に指名した。
 指名された女の子は、嬉しそうに顔を上気させて立ち上がると、


 「シュリ君に質問です!! 今、つき合ってる相手はいますか!?」


 とても元気よくそう質問した。


 (なるほど~……。そうきたか……)


 シュリは軽くコメカミを揉みほぐし、なんと答えようかと心の中でシュミレートする。
 明確に言うならば、今現在のシュリに交際していると言える相手はいない。
 ちょっと婚約者候補が4人居て、愛の奴隷が3人ほど居るだけである。
 あとは、そう。シュリに惚れ抜いている人が数えるのが面倒になるくらい居るだけで……


 (……うん、おつきあいしてる人は、いないな。一応……)


 婚約者候補はいますか? とか、愛の奴隷はいますか? とか、シュリに惚れてる人はいますか? とかの質問なら、素直に答えよう。
 います、ごめんなさい、と。
 だが、質問はおつき合いしている人がいるかどうか。
 ならばシュリは堂々と答えられる。


 「えーと、おつき合いしている人は今のところ、いない……かな」

 「よっしゃあぁぁ!!!」


 堂々と答えたと言えるほどには堂々としていなかったが、一応いないと答えると、質問してきた女の子がなぜか思いっきりガッツポーズをしていた。
 加えて言うなら、クラスの半数以上の生徒が彼女と同じ仕草をし、なぜか獲物をねらう肉食獣の目をシュリに向けてくる。
 男も女も関係なく。


 (うん??? あれ???)


 そんな彼らの子供とは思えないがっついた視線を受け、シュリは微妙な表情で首を傾げた。
 もしかして、選択肢、間違えた? 、と。
 ここはさらっと、婚約者候補がもう4人もいるんだよね~、とどや顔で言い放ち、ひんしゅくを買っておくべきだったのか!?
 心の片隅ではそう思いつつも、シュリはむうぅっと唇を尖らせる。


 (でも、だって……。やっぱり友達は欲しいし……。婚約者の話とかしたらどん引きされそうだし……)


 ちょっとしょんぼりしつつ教室内を見回せば、もはや平常運転なのは、今更シュリの情報に目の色を変える必要の無いリアと、最初から安定の無関心さを保つ左隣の男子、それからこちらもある意味安定感のある怒りという名の闘志を瞳に燃やす右隣の女の子。
 最初から変わらないその3人の態度に、なんだか安心感を覚えつつ、もういいかなぁ~? 、とこっそり自分の席に戻ろうとした。

 だが、飢えた肉食獣の瞳のクラスメイトがそれを許してくれるはずもなく、さっきとは比べものにならないくらいの勢いでクラスメイト達の手があがる。
 そんな生徒達を、サシャ先生は困ったように眺め、


 「……全員は無理です。あと、数人だけですよ?」


 とため息混じりに釘を刺しつつ、次の生徒を指名した。
 指名され、勢いよく立ち上がった女の子が、きらきらした目でシュリを見つめる。
 いや、きらきらというより、ぎらぎらと表現した方が正しいかもしれないけど。


 「シュリ君の好みのタイプを教えて下さい!!」


 彼女は鼻息も荒く、そんな質問をぶつけてきた。
 その何とも答えにくい質問に、シュリは再びう~んと考え込む。
 そして自分の周りにいる女性陣の顔を順に思い浮かべていってみた。
 なんというか……なんともバラエティ豊かである。
 全員が全員、平均以上の美人と言うところは共通しているが。

 シュリはもちろんみんなのことが大好きだが、じゃあ誰が1番なんだと問われると困ってしまう。
 正直、彼女達のことを顔で好きになったわけではないし、なら中身で好きになったのかというと、そう言い切るには少々変わり者が多すぎるような気もする。

 じゃあ、どこを好きになったんだと問われれば、全部としか言いようもない気もするのだ。
 なんというか、気が付いたら好きになっていたと言うべきか。
 ちょっとほだされてしまった部分もあるかもしれないが。
 まあ、始まりはどうであれ、今はちゃんと好きだし可愛いと思ってるんだから、それでいいとは思うんだけど。

 しかし、それをバカ正直に答えるわけにもいかないだろう。
 ならなんと答えよう。
 シュリは最適な答えを探すように、一瞬目を閉じ、それからかっと目を見開き答えた。


 「好きになった人がタイプです!!」


 ばーんと胸を張って堂々と、超無難な答えを返す。どうだ、これなら文句あるまいとでも言うように。
 だが、その答えを受けた教室の空気がざわりと揺れた。


 「ちょ、それって誰でもいいって事よね? 例えば、私でも?」

 「す、好きにならせた者勝ちって事だよね。も、もしかしたら僕にもチャンスが……?」

 「だ、誰でもいいなんて無節操な!? ワ、ワタクシはダメですわよ!?」


 ざわり、ざわりと不穏なざわめきが占拠する教室を眺めながらシュリは冷や汗を流す。
 あれ? 僕、また答えを間違ったかな? 、と。
 だが、後悔してももう遅い。間違いはシュリの唇から放たれて、もうみんなの耳に飛び込んでしまったのだから。
 教室はしばらくざわざわしていた。
 しかし、それほど時間を置くことなく、次の生徒の声があがる。


 「おっぱいは!! おっぱいは大きい方が好きですか!?」


 小柄なその子は、顔を真っ赤にして叫んだ。
 幼いが故にまだ成長の足りない己の胸の前でぎゅっと両手を握りしめて。

 みんなの視線がシュリに集まった。
 なぜかサシャ先生も、勝手に質問をした生徒を咎めるでもなくシュリに視線を注いでいる。
 その目が、何かを期待するように潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか?
 きっと、気のせいに違いない。

 サシャ先生に限ってまさか、と妙に高い信頼を彼女に対して抱きつつ、シュリは投げかけられた質問を吟味する。
 だが、吟味するまでもなく、その質問に対する答えをシュリは己の中に持っていた。
 だからその答えを、シュリが迷うことは無かった。


 「僕は大きいのから小さいのまで、どんなおっぱいも素敵だと思います!!」


 清々しいほどにドキッパリとシュリは答える。
 その答えと、晴れやかなシュリの笑顔に再び教室内は騒然となり、


 「それはぺったんこでもいいって事ですか!?」

 「え、もちろん」

 「どんなおっぱいでも??」

 「当然だよ!! おっぱいに|貴賤(きせん)はない!!」


 クラスメイト達とのそんなやりとりの最中、その声はひっそりとシュリの耳に飛び込んできた。


 「……ということは、先生のおっぱいでもいいってことなのよね?」


 それは恐らく独り言だったのだろう。
 己に問うような、確認するようなそんな口調のそのつぶやきは、決してシュリに聞かせる為のものでは無かったのだろうけれど、偶然とは言え耳に届いてしまったのだから仕方がない。
 シュリは思わずびっくりした顔で、その声の主を見上げた。
 シュリから少し離れた場所に立つ、サシャ先生の顔を。

 その時、ちょうどサシャ先生もシュリの顔を見ていて、彼女はシュリの視線が自分へ向いたことに気づくと、はっとしたように表情を引き締めて、その顔はあっと言う間に先生の顔へと戻った。
 その直前に見せた、女の顔をまるで幻であったかのように消し去って。


 「……そろそろ、シュリ君への質問は終わりです。シュリ君、席に戻っていいですよ?」

 「なっ!? ちょおっ!! あんなどうでもいいような質問は受け付けて、ワタクシの崇高な質問は受け付けないと言うんですの!? 横暴ですわぁっ!!」


 シュリへの質問の打ち切りに、当然の事ながら文句の声も上がったが、サシャ先生が取り合うことはなく、シュリは無事に自分の席に戻る事が出来た。
 すぐ右隣から、


 「うう~。横暴ですわ……。えこひいきですわ……。納得できませんわぁ……」


 と怨念のこもった声がおどろおどろしく聞こえて、若干怖かったりもしたが。
 イスに座って、改めてサシャ先生を見上げた。
 シュリの視線を受けても、彼女は動揺を見せず涼しい顔だ。
 ……いや、ちょっぴりほっぺたが赤いかもしれない。でもそれも、気のせいと言える程度の赤さでしかない。


 (う~ん……まさかねぇ?)


 シュリはそんなことは無いだろうと思いつつも念の為と、ステータス画面をこっそり開いてのぞき込んだ。
 随分と長くなったシュリの能力的な部分をサクサクっとスルーして、[年上キラー]の項目の所で検索をかける。
 生まれてから6年程度の間に、このスキルの毒牙にかかった人の数は恐ろしいほど。
 もはや検索機能なしには、特定の人物を捜し出すのは難しいだろう。


 (ほんと、検索機能が付いてくれて良かった……)


 しみじみとそう思いつつ、シュリは検索欄に名前を打ち込んでいく。
 その名前はもちろん、サシャ先生の名前だ。
 検索してますよ~のグルグルマークが画面に浮かび、待つこと数秒。
 
 検索結果が表示された画面、そこにはお探しの名前はありませんでした、の表示。
 その結果にホッとしつつも、まだ油断は出来ないぞ、と己の意識を引き締める。
 サシャ先生とはこれからもそれなりに密接な付き合いが生じるだろうから、なるべくこまめなチェックは必要だろう。
 まあ、責任感が強そうな人だから、そうそう生徒にそういう感情を抱きそうにはないけれど。

 そんな事を思いつつ壇上を見上げれば、もうすでにリアが壇上に上がっていて、その自己紹介はもう終盤にさしかかっていた。

 さすがリアと言うべきか、如才ない美少女っぷりを振りまいている。
 シュリに見せるいじめっ子ぶりはどこへいったと言わんばかりの可愛らしさに、シュリの時ほどでは無いが、クラスの男子の視線をばっちり集めていた。

 さて、そんなリアの自己紹介も無事に終わり、さっさと席に戻ろうとしたリアを引き留めるように質問の声が上がる。
 これもまたシュリの時ほどではないが、男子を中心にぱらぱらと手があがり、初々しい無難な質問が飛び出していた。
 リアはシュリにしか気づきようが無いほどかすかに面倒くさいという感情を漂わせつつ、だが表面上は可愛らしくいくつかの質問に答えた。
 そして、無難に質問タイムを終わらせ、今度は引き留められることなく戻ってきて席へ着く。
 シュリの横を通り過ぎる瞬間の横顔が、ちょっぴり疲れているように見えて、


 (かわいこぶりっこも大変だよね~)


 と、自身も猫をかぶっている事が多い自覚のあるシュリは、うんうんと頷きながらそんな共感の思いを抱く。
 だが、そんなシュリの共感を知ったら、リアは怒ったはずだ。あんたと一緒にするな、と。
 シュリの天然と私の計算を同じにされたらたまらない、そんな風に。

 幸いに、と言うべきか、シュリが己のそんな共感の念をリアに直接告げることなく、壇上へは次の生徒が上がる。
 シュリ、リアに続き、成績が3番目のその生徒は、見事な金髪を綺麗な縦巻きにしたいかにもお嬢様な女の子。
 シュリの右隣の席の少女だった。

 意気揚々と壇上に上がった彼女は、己のクラスメイトを余裕たっぷりに見回し、それから最後にシュリをギロリと睨む。
 貴方にだけは負けませんわよ、と言わんばかりに。
 そんなライバル心丸出しの視線を受けて、シュリはぽりぽりと頬をかく。
 僕は一体どこでこの女の子に目をつけられちゃったんだろーかとぼんやりと考えながら。


 (やっぱりあれかな~。入学式の諸々が原因、かなぁ)


 色々と目立っちゃったしな、と諦め混じりに思いつつ、シュリはその女の子に注目する。


 (でもなんかこの子、どっかで見たことがあるような気がするんだよなぁ??)


 入学式の日、彼女がイルルの世話を焼いているところを遠目に見ているはずなのだが、その後の騒動ですっかりその事を忘れているシュリは、うーんと唸って何とも可愛らしく首を傾げ、周囲のにわかファン達を無意識に悶絶させる。
 その事が、縦巻きロールの少女の怒りを更に煽ることになるなどとは、夢にも思わずに。
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