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第四部 王都の新たな日々

第468話 晩餐会のお誘い①

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 シュリが獣王国からひっそりもどってからしばらく。


 「シュリ様、招待状が届いております」


 そういいながらジュディスが差し出したのは、王城の晩餐会への招待状だった。
 晩餐会、とはいっても、それほど堅苦しいものではなく、参加者は王様と王妃様、それからフィフィアーナ姫。
 つまり国王一家の夕食の席に招かれた、ということだ。


 「気軽に平服でお越しください、かぁ」


 招待状に書かれていた文言を読み上げ、うーん、と唸る。
 そして傍らのジュディスの顔を見上げた。


 「これ、本気にしていいと思う?」

 「そうですね……本気にしていいとは思いますが、気を抜きすぎない方がいいとは思います。その辺りを加味して、セバスチャンと相談の上、準備しておきます。手みやげは、シャイナに頼んで何か甘味を用意させましょう」

 「ありがとう、ジュディス。助かるよ」


 シュリは微笑みそう言って、再び手の中の招待状に目を落とした。


 「フィフィアーナ姫は元気かなぁ」


 この間会ったのは、帝国から帰ってきた後の、舞踏会の時だった。
 一緒にダンスをしたときのことを思い出し、シュリは口元に思わず笑みを浮かべる。
 彼女から好かれてはいないけれど、シュリは彼女が好きだった。
 でも、彼女がシュリに見せる表情は圧倒的に不機嫌な顔が多く。


 (今回の夕食会で、最低でも1回はフィフィアーナ姫を笑わせるぞ)


 シュリはそんな決意も新たに、お城での晩餐会に挑むのだった。

◆◇◆

 「良く来てくれたねぇ、シュリ君」

 「いらっしゃい、シュリちゃん」


 王城について控え室で待つことしばらく、案内された晩餐会の会場は、こじんまり……というには少々広々としていたが、恐らく王様一家がいつも食事をとっているのであろう広間だった。
 ついて早々、比較的ラフな格好の国王夫妻にアットホームに出迎えられる。
 そんな2人にシュリはにっこり微笑んで、


 「今日はお招きありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げた。
 2人はそんなシュリに目尻を下げつつ、


 「すまないが、フィフィが来るまでもう少し待っててくれるかい? 準備に時間がかかっているようなんだ」

 「シュリちゃんの為にいつもより念入りにおめかししてるみたい。ごめんなさいねぇ?」


 娘の到着が遅れている事を謝罪する2人に、シュリは再び笑いかける。


 「お気になさらず。女の子の準備に時間がかかるのは当然の事ですから。それに、それが僕の為、というのなら、うれしい気持ちしかありません」


 そう言いながら。
 そんなシュリの返答に、王様と王妃様は、おやおや、まあまあ、と顔を見合わせる。
 王様はちょっぴり複雑そうな顔だが、王妃様はうふふ、と満面の笑みを浮かべ、シュリの前にしゃがんでシュリの手を両手で握り。


 「ねぇ~え、シュリちゃん。シュリちゃんは、うちのフィフィのこと、どう思う?」

 「フィフィ。フィフィアーナ姫の事ですね。そうですねぇ」

 「んもぅ。フィフィアーナ姫、だなんて他人行儀だわ。ここには身内だけでうるさい人はいないし、フィフィ、って呼んでいいのよ。さ、呼んでご覧なさい」

 「えっと、いや、でも、ですね?」

 「反論はききませぇん。ついでに敬語も禁止よ?」

 「ええぇぇ~?」

 「フィフィ、よ。さ、言ってみて」


 王妃様は引く気がないらしい。
 そのことを察したシュリは、長いものに巻かれる気持ちで諦めた。
 世の中、諦めが肝心なことも、あるのである。


 「え~っと、じゃあ、フィフィ?」

 「はぁい。よくできましたぁ。じゃあ、フィフィが来たらそう呼んであげてね? フィフィも喜ぶわ」

 「よ、喜ぶのかなぁ? 怒られそうな気も……」

 「怒ったとしても、そんなの照れ隠しよ。女の子は恥ずかしがり屋さんなのよ」

 「な、なるほどぉ」

 「で?」

 「で??」

 「さっきの質問よ。シュリちゃんは、フィフィのこと、どう思ってるの?」

 「ああ! そう、ですね。可愛いなって、思います」

 「可愛い!? フィフィの事よね!?」

 「もちろん、フィフィのことです。つんつんしてても可愛いですけど、笑ったらもっと可愛いだろうなって思います。僕といるときはあんまり笑ってくれませんけど」

 「それはもっとフィフィの笑顔が見たいってことね!?」

 「え? まあ、そう、だと思います」

 「ですってぇ。あなた、聞いた? これは脈ありよ!!」


 きゃ~、っと歓声を上げながら、王様を振り返る王妃様の微笑ましい様子を見ながら、シュリは首を傾げる。脈あり、ってなんのことだろう、と。
 だが、それを問う時間は無かった。なぜなら。


 「廊下の向こうまでお母様の声が聞こえたけど、なんの騒ぎなの?」


 扉を開けて、可愛らしいお姫様が登場したからだ。
 フィフィはちょっぴりの呆れを含んだ眼差しを母親に向け、それからシュリの方を見た。


 「待たせて悪かったわね。なぜかメイド達の気合いが入りまくってて。ただの食事会だっていうのに」

 「ううん。そんなに待ってないから平気。でも、髪の毛もドレスも、すごく可愛いね、フィフィ」

 「……フィフィ?」

 「あ、王妃様がそう呼ぶように、って。でも、人前ではちゃんと姫って呼ぶから大丈夫だよ」

 「……そう」


 言葉少なに頷くフィフィアーナの顔を伺う。


 (……そ、そんなに怒ってなさそう、かな)


 特に不機嫌そうな表情なわけでもなく、うれしそうにしている訳でもなく。
 読みにくい表情だが、少なくとも怒ってはいなそうな事にホッとしつつ、彼女をエスコートするために手を差し出す。
 フィフィアーナは、その手を見て一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに理解の色を浮かべて、素直に手を乗せてくれた。

 その手を引いてエスコートする様子を、王妃様が目を輝かせて見守っていることにも気づかずにエスコートし終えたシュリは、己も自分の為に用意された席へ座る。
 そして、穏やかな雰囲気で晩餐会、というか夕食会が始まった。

 食事中は言葉少なに無難な会話を挟みつつ時間は過ぎ、デザートタイムに突入すると少しだけにぎやかに。
 といっても、もっぱら話しているのは王妃様で、王様とシュリがそこに加わるような形が多く。
 フィフィアーナは、不機嫌なわけでは無いけど、何か考え事をするように黙り込んでいることが多かった。
 シュリは、そんな彼女のことがどうしても気になって。


 「ねえ、フィフィ」

 「……なに?」

 「おもしろい話、聞かせてあげるよ」


 昔々の鉄板ネタを、久々に披露する事にした。


 「おもしろい、話?」

 「そう、おもしろい話!」

 「あら、いいわねぇ。聞きたいわぁ」

 「ああ。ぜひ聞かせてほしいな」


 シュリの言葉を聞いて、フィフィアーナの目がほんの少し見開かれた。
 が、反応はそれくらいで、王妃様と王様の方が食いつきがいい。
 でもまあ、聞きたくないと言われた訳でもないし、シュリはとっておきのその話を披露することにした。


 「僕の友達が犬を飼っててね」

 「……いぬを?」

 「まあまあ、犬を? どこの魔犬かしら?」

 「魔犬を飼えるとは、その人物はかなりの実力者に違いない」


 ……こっちの世界では、犬と言ったら魔犬、というのが通常設定のようだ。
 でもいい。
 犬という単語が通じるならそれだけで十分なのだから。


 「ま、魔犬かどうかはともかくとして、とにかく僕の友達は犬を飼ってるんだ。でね、その毛皮の色は何色だと思う?」

 「う~む。魔犬と言えば濃い色の皮毛が特徴のはずだが」

 「あなた、そうとは限りませんわよ? 神狼フェンリルの眷属なら、白銀の毛皮もあり得ますわ」

 「まあ確かになぁ。だが神狼フェンリルといえば神の域にある神話の生き物だろう? その眷属だって、そう簡単には……」

 (い、いえないなぁ。その神の域の生き物、うちでごろごろのびのび暮らしてますよ、なんて)


 王様と王妃様の会話を聞きながら、家でのびのびゴロゴロしているであろうポチを思ってシュリはこっそり冷や汗を流す。
 そんなシュリの耳に、小さな小さな声が届いた。


 「……白、でしょ?」


 油断していたら聞き逃してしまいそうなほどに儚い声だったが、不思議とシュリの耳には鮮明に届いた。
 正解の回答にシュリはぱっと顔を輝かせ、


 「そう! 白!! フィフィ、正解だよ!! 友達の犬は白。きれいな真っ白い毛皮の、すっごく可愛い犬だったんだ」


 そう言ってにっこり笑う。


 「……そう。やっぱり白い、犬なのね」


 そんなシュリの笑顔を、フィフィアーナはどこか虚ろな瞳で見つめた。


 「そう、真っ白くて可愛いんだ」

 「ほほう。シュリ君の友人の犬は白い犬なんだな」

 「まあまあ、それはきっと可愛らしいでしょうね」

 「「で?」」


 王様と王妃様、そろっての問いかけに、シュリはにんまり笑う。
 それを待っていた、と。


 「なにしろ白い犬だからね。そのしっぽも真っ白でね」

 「ふむ。しっぽも白い、と」

 「全身真っ白なのねぇ」

 「「……で??」」


 仕込みかな、と思いたくなる2人の反応に笑みを深めつつ、


 「しっぽも白い。つまり、尾も白い。おも、しろい。ね? おもしろい話でしょ!!」


 シュリは声も高らかにオチをぶちこんだ。
 ぽかんと口を開けた王様と王妃様。
 そして、しばしの沈黙。
 これはすべったかな、とシュリが思い始めた頃、はじけるように王妃様が笑ってくれた。


 「白い犬のしっぽも白くて、尾も白い!! まあぁ、確かにおもしろいわね!! それに、それを一生懸命話してくれるシュリちゃんの可愛らしいこと!!」


 この反応は、前世での女性陣とほぼ同じ。
 彼女達はひとしきり笑った後、言ったものだ。
 そういうぽんこつな所がまた可愛くていい、と。
 ただ1人をのぞいて。


 『今時そんな話をそんなに真面目に話すのなんて、あんたくらいじゃない?』


 彼女はそんなダジャレ話を聞いて、いつも呆れ混じりにそう言った。
 でも、最後には、


 『ま、そんなバカなとこも、愛おしいと言えば愛おしいわよね』


 そう言って、笑ってくれたものだ。
 呆れたように、バカな友人を愛おしむように。
 シュリはほんの一瞬、昔を懐かしむように目を柔らかく細め、


 「なるほどな! よく考えられた話だ。たしかにおもしろい」


 愉快そうな王様の声に、現実に引き戻され、へらり、と笑う。
 そして、


 (さて、フィフィは楽しんでくれたかなぁ?)


 そう思いながら、首を巡らせたシュリは、思いがけない光景に目を見開いた。
 フィフィアーナは泣いていた。
 声も出さずに、ただ静かに、静かに涙を流して。


 (は、話がくだらなすぎて泣かせちゃった!?)


 シュリはあわあわしながらフィフィアーナの元へ駆け寄った。
 そして、恐る恐る自分とほぼ同じかやや高い位置にある彼女の頭をそっと撫で、


 「ごめんね、フィフィ」


 これ以上彼女を刺激しないように小さな声で謝る。
 そんなシュリを、フィフィアーナは不思議そうに見つめた。


 「どうして、謝るの?」

 「だって、フィフィが泣いてるから。僕の話がダメだったのかなぁ、って」


 そう告げると、彼女は驚いたように目を見開いて自分の頬に触れた。
 そしてぽつりとこぼす。私、泣いてたのね、と。


 「ごめん」

 「だから、どうして謝るのよ」


 繰り返し謝ったシュリに、フィフィアーナが問いかける。


 「いや、だって。僕の話がイヤで泣いちゃったのかなぁ、って」


 しょぼん、としながら告げるシュリに、


 「別に、嫌じゃなかったわ。ただなんだか……」


 フィフィアーナが答えた。
 なんだか、懐かしい気がしたのよ、と。


 「シュリの話を聞いてたら、胸があたたかくなって、だけど、妙に切なくて。泣いていることにすら、気づいてなかったわ。だから別に、あなたの話が嫌で泣いた訳じゃないの。謝らなくていいわ」


 フィフィアーナは淡々とそう告げ、複雑な色を浮かべた瞳でシュリを見つめた。
 じっと、魂の奥底まで見ようとするかのように。
 でも、同じようにシュリが見つめ返すと、それを避けるようにすっと目をそらし、


 「でも少し疲れたみたい。今日はもう失礼してもいいかしら?」


 シュリにそう断り、父親と母親にもそう告げて。
 彼女は1人、部屋から出ていった。
 シュリはただ、彼女を見送るしか出来ず、食事会は結局それからすぐにお開きとなった。

 ちょっとしょんぼりした様子のシュリの背中を見送った王様と王妃様は困ったように顔を見合わせる。
 今日は、食事の後に獣王国の揉め事の解決に関わったシュリへの褒美の話をする予定だったのだが、そんな話をする暇もなかった。

 獣王国から、貴国のシュリナスカ・ルバーノに危機を救われた事に感謝している。しかし、あまり大声で話したい事情でもないので大事にはしないで欲しい。
 ……そんな内容の私信が、かの国の女王陛下から届いたのがつい先日。

 それを受け、ならば内々に褒美を与えよう、と王家の夕食に招待した訳なのだが。
 まさか、褒美の事を切り出す間もなく主賓が帰ってしまったのは想定外だった。
 あわよくば、少し前から話題にあがり検討してきた娘とシュリの婚約についての話もしたいと、欲を出したのもいけなかった。

 空気とタイミングを読んでいるうちに、娘が早々に部屋に戻ってしまい、それにショックを受けたのか、シュリもしょんぼりした様子で帰って行ってしまった。
 空気など読まずに、強引に話を持ち出してしまえば良かったのだろうが、基本的に人のいい王様には少々ハードルが高すぎた。

 そんなわけで。
 取り残された2人に出来るのは、何とも言えない顔で顔を見合わせることだけ。


 「ま、まあ、シュリ君への褒美の話はまた今度にしよう」

 「そうね。フィフィとの婚約についての打診も、そのときに」

 「そうだな。それにしても、フィフィはどうしたんだろうなぁ」

 「今夜は最初から少し様子がおかしかったものね。シュリちゃんとの婚約について考えすぎて、ちょっと緊張しているのかと思っていたけれど」

 「まあ、何かあればアンジェリカからも報告が上がるだろう。少し様子を見てみよう」

 「ええ。それがいいわね」


 そんな言葉を交わし、頷きあい。
 そして2人は仲良く並んで、食事の広間を後にしたのだった。
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