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第三部 学校へ行こう

第二百話 入学式騒動記~最後はいよいよシュリのターン~

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 暴走した生徒総代のルーシェスがシュリからひっぺがされ、強制的に連行され。
 再び騒然となった会場が静まるまで、またしばしの時間がかかった。
 だが、少しずつ生徒達も落ち着きを取り戻し、何とか静寂を取り戻した中、疲れ果てたような進行担当の先生の声が弱々しく響く。
 次は新入生代表挨拶。新入生代表、シュリナスカ・ルバーノ、前へ……と。

 その言葉を受けたシュリも、もうすでに疲れ果てていた。
 しかし一度受けた役目を放り出す訳にもいかず、素直に立ち上がり、壇上へと向かった。
 とぼとぼと歩くシュリの姿を見た生徒達が、再びざわざわし始める。


 「アレって、生徒総代がチューしてた相手だよな?」


 とか、


 「うわ~、すっげぇ美少女!」


 とか、


 「違うわよ、ものすごい美少年よ!!」


 とか、


 「どうした、シュリ~!元気が足りないのじゃ!!もっと元気よく歩くのじゃ~」


 とか……。
 最後のはとりあえず、精神衛生の為に即座に頭から閉め出した。
 誰のせいで元気がないと思ってるんだよ、とか言いたいことは山ほどあったが、それはとりあえず、家に帰ってから言えばいいことだ。
 今はとにかく、新入生の代表としてきちんと挨拶をやり遂げることだけを考えよう……と能力は規格外なのに、中身は妙に真面目なシュリはきりりと表情を引き締めた。

 壇上へ上がり、中央に設置された拡声の魔道具の前に立つ。
 見た目は前世でもよく使われていたスタンドマイクと変わらない。
 シュリは落ち着いて魔道具の高さと角度を整えると、軽く一礼してから会場を見回した。

 緊張で顔がこわばっているのが分かる。
 昔から、というか前世から、人前に出て何かをするというのがとにかく苦手だった。
 そのせいで、会社のプレゼンではよく失敗をしたものだ。
 でもなぜか、女性社員が的確なフォローをしてくれて、決定的な失敗にはならなかったのだけれど。

 深呼吸を一つ。
 それから手元の原稿にこっそり目を落とす。
 基本的な草稿を学校側からもらい、それにシュリが言葉を付け加えて清書したものだ。
 今日の仕事はとりあえずこの原稿を間違えずにきちんと感情を込めて読み上げればいいだけ。プレゼンよりずっと簡単!そう自分に言い聞かせ、シュリは心を何とか落ち着ける。


 (えーと、まずは……アズベルグ小等学校のお兄さま、お姉さま方、そして先生の皆様、あたたかい歓迎の言葉をありがとうございます……だな。よし、頑張れ!僕!!)


 心の中で己に気合いを入れて、シュリはすぅっと息を吸い込んでから前を向く。
 自分に注目するたくさんの人の目についついひるみそうになるものの、アレはカボチャ、アレはカボチャと自分に言い聞かせ、努めてその口元に笑みを浮かべた。
 そして、満を持して唇を開く。


 「アズベルグ小等学校のお兄さま、お姉さま方、そして先生の皆様、あたたかい歓迎の言葉をありがとうございましゅ……」


 そこで言葉を切って一瞬沈黙。シュリは笑顔のまま固まった。
 そして、会場のそこかしこであがるひそひそ声。
 そんな小さな声すら拾える無駄に良い耳が今は恨めしい。


 「……かんだな」

 「……かんだわね」

 「だっ、大丈夫じゃぞ!まだ修復可能なのじゃ!!ファイトなのじゃ~~!!かみかみなシュリもかわゆいから、何の問題もないのじゃぞ~~!!」

 「あっ、こら!?だ、だめですわよ。大人しくするのですわ!!」


 ひそひそ声に混じって、場違いな声援とそれを制止する声も聞こえる。


 (……うん、ごめんね。見知らぬ縦巻きロールさん。イルルがご迷惑をおかけします……イルルは……うん。気持ちだけはもらっておくけど、隣の子にあんまり迷惑をかけないようにね……)


 後でイルルの面倒を見てくれたお礼を言わないと、そんなことを考えつつ、とりあえず笑っておく。
 とにかく、己の失敗を笑って誤魔化してしまおうという戦法だ。
 シュリの魅力全開の笑顔に、胸を打ち抜かれる者が多数発生したが、今のシュリにそれを構う余裕は無かった。
 とにかく、己の失敗のリカバリーで頭はいっぱいである。原稿の内容も頭から飛んだ。
 なのでとりあえず、


 「僕の名前はシュリナスカ・ルバーノといいます。貴族の身分は頂いていますが、身分に関わらずたくさんの友達を作りたいと思っているので、皆さん是非気軽に声をかけてくれると嬉しいです。今日、一緒に入学した同級生の皆さんも、先輩の皆さんも、どうぞ仲良くして下さいね」


 そう、とりあえず自己紹介をした。にこにこと愛想のいい笑顔を振りまきながら。
 そのあまりの愛らしさに、会場内の空気が明らかに弛緩する。
 それを敏感に察知したシュリは、このままうやむやの内に挨拶を終えてしまおうとした。

 そうできるはずだった。
 余計な闖入者さえ、乱入してこなければ。

 挨拶に……というか、自分の失敗のフォローにいっぱいいっぱいだったシュリは、その接近に気づくのが致命的に遅れた。


 「で、では、僕の挨拶はこれで……ふおっ!?」


 そそくさと挨拶をしめようとしたシュリだが、横合いから不意に頭をもぎゅっと抱きしめられ、変な声が思いっきり拡声の魔道具に拾われてしまった。
 言葉を噛むどころじゃない恥ずかしさだがそれを考える余裕はなく、頭をぎゅーっと抱きしめられたまま、シュリの頭の上にはてなマークが大量発生される。
 一体全体、何がどうなってるんだ?と。

 だが、その疑問はすぐに解明された。
 他ならぬ、シュリの頭を拘束しているその本人の言葉によって。


 「シュリってば、なんて可愛いのっ!!大丈夫よ!!私が来たからもう安心してっ」


 その声にはものすごく聞き覚えがあった。
 ルバーノ四姉妹の末娘、ミリシアの声である。

 ミリーはどうやら、孤立奮闘するシュリを見ていて、もうどうにもたまらなくなって飛び出してきてしまったようだ。
 過保護、ここに極まれり、といった感じである。
 シュリの頭を胸に抱えたまま、ミリーは拡声の魔道具の前に進む。
 そして……


 「こんにちは。ミリシア・ルバーノです。突然乱入してしまってごめんなさい?」


 と可愛らしくそう挨拶した。
 その瞬間、うおおお~と会場内が異様に沸く。
 恐らく、ミリーのファンなのだろう。その声の大きさから、ミリーの人気の高さが伺えた。声のほとんどは男の子のものだったが。
 そんな会場内を見回しながら彼女はシュリの頭を解放し、それから改めてシュリの腕に己の腕を絡めた。
 己とシュリの関係性を、会場内に見せびらかすように。
 そして、にっこり微笑んで、


 「この子はシュリナスカ・ルバーノ。私の年下の従兄弟で大事な男の子です。皆さん、仲良くして上げてね?」


 そんな風にシュリを皆に紹介する。
 その言葉に反応したミリーのファンから、


 「だ、大事な男の子……?どういうことなんだ!ミリーちゃん!!」


 とか、


 「そ、そいつ、ミリーちゃんの一体何なんだ!?」


 とか、様々な声が上がる。
 ミリーはあらあら、と騒がしくなった会場内を見回し、それから小悪魔っぽい笑みをその愛らしい面に浮かべた。


 「シュリが私の何なのか?そんなの簡単よ。シュリは、私の大切な婚約者……」

 「ちょっとまったぁぁぁぁ!!!」


 ミリーがさらりと落とそうとした爆弾発言を、激しく遮る者がいた。
 その声もまた、聞き覚えがありすぎるもの。
 これ以上は勘弁して、と言うように声がした方をみたシュリの目に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで壇上へ駆け上がってくる、ルバーノ四姉妹の三女、アリスの姿だった。

 そんな彼女の勇姿(?)に今度は会場内からきゃあ~っと黄色い声があがる。
 ミリーの時と同じくらいの歓声だが、違うのはその声のほとんどが女の子のものだと言うこと。
 アリスはどうやら、男の子よりも女の子の人気が高いようだ。


 「なに勝手な事をいってるんだよ、ミリー。シュリは、あたしの婚約者でもあるんだからなっ」


 一息に壇上へ駆け上がってきたアリスは、さくっと爆弾を落とす。
 その発言に、会場のざわざわは増すばかりだ。


 「うっさいわね、アリス姉は。シュリは、私の事が一番なんだから!!」

 「なんだとぉ~?んなわけあるか!シュリが一番好きなのはあたしだっ」

 「違うわよ、私よ!」

 「いーや、あたしだね!」


 言い合いをしながら、アリスはミリーとは逆のシュリの手を取る。
 そしてなぜかそのまま、シュリの引っ張り合いに突入した。
 正直、身体的にはそれほど辛くはない。
 女の子二人に引っ張られたくらいでダメージを受けるほど、シュリの肉体は普通ではないから。
 ダメージを受けているのは、主に心。


 (も、もうこれ以上、僕をさらし者にするのはやめにしてぇぇ)


 その中でもシュリの羞恥心の耐久値はもう限界に近かった。


 「やめて、お姉様達!!」


 更に、そこに新たな乱入者。
 会場内は、壇上に現れた黒髪の清楚系美少女に目を見張る。
 おいおい、学校内美少女ランキング上位のルバーノ姉妹に加え、まさかあの黒髪美少女も?と会場内のざわざわは更に増す。
 壇上に駆け上がった黒髪の美少女もといリアは、二人の美少女によって左右に引っ張られているシュリに正面から抱きつき、有無をいわさずにぐいっと二人から引き離した。
 そして、その体をがっしり抱きしめたまま、


 「シュリをいじめていいのは私だけなんだから!!いくら大好きなお姉様方でも、そこだけは譲れません!!!」


 と堂々と宣言した。


 「ちょ、リア!人聞きの悪いこと、言わないでくれる?私達、シュリをいじめてた訳じゃなくってね?」

 「そうだぞ、リア。あたし達はシュリをいじめてなんかいないぞ?だから、な?大人しくシュリを……」


 リアの言葉に、ちょっぴりうろたえるミリーとアリス。
 何とかリアの誤解を解こうとしつつ、二人はそろそろとシュリに向かって手を伸ばす。
 だが、その手がシュリに届く前に、シュリの体は風にさらわれた。

 風にふんわり運ばれたシュリは、壇上に新たに現れた人物の腕の中にちんまりとおさまる。
 見事にお姫様だっこされたまま見上げれば、そこにあったのは今朝、門のところで別れたはずのルバーノ四姉妹の次女の顔。


 「ふう……胸騒ぎがして駆けつけてみれば。好きな子に乱暴するなんて、みんな、まだまだ子供。そんな子供に、愛するシュリは任せておけない。すなわち、私がシュリの真の婚約者と言うことで」


 そんな自分勝手な論理を振りかざし、シュリの婚約者の地位を主張するリュミスの姿に、会場内のざわざわは最高潮だ。


 「お、おい。あれ、リュミス先輩じゃねーか?」

 「去年卒業したはずのミステリアス・クイーンが何でここに!?」

 「リュミスお姉さま……相変わらず、お美しい」

 「流石、魔法の腕も冴えていらっしゃるわ~」


 会場内のリュミスファンがさえずる中、シュリはじと目でリュミスを見上げた。


 「リュミ姉様?」

 「……なに?シュリ」

 「姉様の学校はここじゃないですよね?しかも、姉様も中等学校の入学式のはずでは?」

 「……そんな事実も、もしかしたらあるかもしれない」


 愛しいシュリからそそっと目線を外し、冷や汗を流すリュミス。
 だが、シュリは追及の手をゆるめるつもりはなく、むぅ~という顔でじっとリュミスの顔を見つめる。
 そして、リュミスがシュリの視線にいよいよ耐えきれなくなった頃、壇上には新たな闖入者の姿が突如として現れた。

 白髪に赤い瞳、麗しい美貌の生徒総代は、シュリをお姫様だっこするリュミスにつかつかと歩み寄り、大好きな少年の体を奪い返すとそのままぎゅっと抱きしめた。
 そして宣言する。


 「いくら尊敬する先輩といえど、ボクのシュー君はゆずれません!!」


 と。


 「それはこっちのセリフ。いくら可愛い後輩とはいえ、愛するシュリは私だけのもの。さ、大人しくこっちに渡して。婚約者である、私の手に」


 どうやらリュミスとルーシェスはそれなりに親しい間柄のようだが、今の二人の間にはシュリを巡ってバチバチと火花が飛び散っていた。
 そんな二人の対決に、会場もおおお~!と大いに盛り上がりを見せる。


 「婚約者?そんなのどうせ、親同士が決めたものでしょう?ですがっ!ボクとシュー君は違います!!ボク達は運命で結ばれている」

 「う、運命!?」


 びしりっと断言するルゥに何となく押されるリュミス。
 だが、肝心のシュリは、運命で結ばれるほどの何か、あったかなぁ?と納得いかない顔で首を捻っていた。
 だが、ルゥはそんなシュリの様子には気づかずに、ぐいっとシュリの顔をのぞき込んでくる。
 そして、シュリをまるで壊れ物を扱うようにそっと床におろすと、自身は片膝をついてシュリの手を取り、熱いまなざしでシュリを見つめた。
 まるで愛しい姫を見つめる騎士のようである。

 否が応でも盛り上がるシチュエーションに、会場内から黄色い声がほとばしる。
 しかし、自分の世界に入りきっているルゥには聞こえていないようで、彼女はシュリだけをその瞳に映し、


 「シュー君、どうかボクと結婚して下さい」


 真摯にそう、申し込んできた。
 余りに想定外の事が起きると、人は固まってしまうものらしい。
 そのときのシュリももちろんそうで、はい?と可愛らしく首を傾げた状態のまま、かちんと固まった。
 だが、そんな状況を壇上に集まった面々が許すはずもなく。


 「「「ちょっとまったぁぁぁぁ!!!」」」


 そんな制止の声が響きわたる。


 「なに、素っ頓狂な事をしてくれちゃってるのよ!?シュリのお嫁さんになるのは私なんだからね!!!」


 ミリーがほっぺたを真っ赤にして、だがはっきりと宣言し、


 「シュリをお婿さんにもらうのはあたしだっ!!他の奴に渡してたまるかっっ!!」


 アリスが目をぎらぎらさせて叫ぶ。
 そして最後に、


 「私の前でシュリにプロポーズとは良い度胸。よほど死に急ぎたいらしい……シュリの初めてをもらうのも、シュリの正妻も私に決まってる」


 絶対零度の声がどさくさに紛れてとんでもないことを宣言する。
 シュリを巡って四人の視線がバチバチと火花を散らす。
 どうしてこうなった、と思いつつも、シュリは何とかこの場をおさめなければ、と壇上で唯一この争いに参加していない存在を探した。
 幼なじみの、リアの姿を。
 幸いにもその姿はすぐに見つかった。
 しかし、シュリが見た彼女の姿は、面倒なことに巻き込まれてはたまらないとばかりにさっさと壇上を降りて自分の席に戻っていく彼女の後ろ姿だった。


 (り、りあぁぁぁぁ!!!!)


 見捨てられたシュリは、がっくりと肩を落とす。
 だが、そんなシュリの存在は無視して、四人の醜い争いは更にヒートアップしていく。


 (だ、誰かこの場を収集してくれる人はいないの!?)


 もういっそ、精霊をよびだしちゃう!?と混乱する頭の中で考えていると、誰かの手がふわりとシュリを抱き上げた。
 四人の猛獣から保護するように。
 そして、ぱちんと指を鳴らす音。


 「……回収班。四人を回収して、反省室へ」


 耳元で聞こえるのはそんな冷静な声だ。
 おそるおそる見上げると、さっき校長を華麗にノックアウトしたサシャ先生の怜悧な美貌が見えた。
 彼女の指示の元、ちゃっちゃと回収されていく四人の女生徒達。
 口々にシュリの名前を呼びながら引きずられていく様子が、ほんの少し哀れだった。
 だが、シュリには彼女達を心配している余裕はそれほど無く、


 (ぼ、僕も怒られるよね?た、たぶん……)


 どう考えても、あの騒動の原因は僕だしなぁ……と諦めの境地でしょんぼりしていると、それを慰めるように頭を優しく撫でられた。
 あれ?と再び先生の顔を見上げると、先生は同情の眼差しでシュリを見つめ、


 「災難でしたね、シュリ君。先生が来たから、もう、大丈夫ですよ」


 そう言って柔らかく微笑んでくれたのだった。
 その慈しむような、普段の先生からはあり得ない笑顔に、再び会場内が騒然としたのは言うまでもない。
 そんなこんなで、シュリの入学式は、なんとも訳の分からない状態のまま、うやむやに終わりを告げたのだった。
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