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第四部 王都の新たな日々

第466話 キス、キス、キス③

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 「シュリ、遊びに来たぞ」

 「シュリ、元気にしてた?」


 そんなキスブームの最中、ナーザとジャズが連れだって遊びに来た。


 「いらっしゃい。2人で、珍しいね? お店は?」

 「サギリとシャナに任せてきた」

 「シャナ??」

 「ん? シュリも会ったことがあるだろう? ほら、うちの受付の」

 「ああ、あの人か。シャナっていうんだね」

 「ああ。なにやらもっと長い名前だったが覚えきれないからシャナと呼ばせてもらってる。最近は受付だけじゃなく接客もしてもらってるんだ。最初は、ちょっとアレだったが、近頃はずいぶん良くなってきたぞ。あとは、ジャズの知り合いの冒険者を臨時で雇うこともあるしな。近頃は私がいなくても何とかなる体制が整ってきた。だからいつでも何でも手伝うから言ってくれ」

 「ふぅん。そうなんだね。ナーザの手が必要になるようなことはそうそうないだろうけど、もしもの時はお願いするね?」

 「ああ。任せてくれ。私は役にたつ女だぞ」


 満足そうに頷くナーザを見ながら、シュリは印象的な蒼い髪の美人さんの姿を脳裏に思い描く。
 今頃忙しく働いているであろう、ウサギ耳に黒髪のサギリの姿も。


 (ナーザとジャズを長く借りちゃったし、今度美味しいお菓子でも持ってお礼に行こう)


 恐らく、絶対に、シュリがナーザやジャズを借りたことで割をくっているだろう2人に申し訳なく思いながら、シュリは2人に持って行くお菓子の手配を念話でシャイナに伝える。
 了承の念話を受け取りながら、シュリは改めてナーザとジャズの顔を交互に見つめ、


 「で、今日は何か用事でも?」


 可愛らしく小首を傾げた。
 そんなシュリを見ながら、ナーザがにんまり笑う。油断のならない、肉食獣の目をして。


 「遊びに来たといっただろう? ほら、なに。なにやら楽しいブームが来ている、という噂を聞いてな。私達もご相伴……いや、仲間に入れてもらおうと思ったんだ。なあ、ジャズ」

 (なにやら楽しいブーム……ってアレだよね。ジュディス達の間で流行ってる)

 「う、うん。押し掛けてまでどうかなぁ、って思ったんだけど、お母さんが女は積極性だ、って」

 (女は積極性……ナーザが言いそうな事だなぁ)


 母と娘、それぞれの主張にこっそり苦笑しつつ、2人の顔を見る。
 ナーザは舌なめずりでもしそうな顔をしているし、ジャズは恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしてる。
 見事なまでに対照的な表情だ、と思いながら、2人をお茶の席へお誘いする。

 2人が来たと聞いた時点で、シャイナとルビスに準備をお願いしておいたから、もう場は整っていることだろう。
 今日は天気がいいから、シュリが良くお茶をするお気に入りの庭の一角でお茶をすることに決めていた。

 そんな訳で2人を案内して庭に向かった訳だが、そこには完璧にお茶の準備が整えられたテーブルと、なぜか勢ぞろいの愛の奴隷達の姿があった。


 (ん~? シャイナとルビスがいてくれればそれで十分なんだけど、まあ、いいか)

 「ナーザもジャズもどうぞ? お菓子はシャイナが今日焼いてくれたんだ。美味しいよ?」


 そのことを疑問に思いつつも軽く流し、シュリはナーザとジャズに席をすすめる。


 「そうか。それは楽しみだな。いただこう。ほら、ジャズ、お前が先でいいぞ?」

 「え!? そ、そう? う、うん。わ、わかった」


 すすめられるままにナーザは席についたが、ジャスは立ったまま。


 「ジャズ?」


 小首を傾げて見上げると、ジャズは赤い顔をして緊張した様子でシュリに近づいてきた。


 「あの……あのね、シュリ」

 「うん?」

 「わ、私、その……」

 「うん。どうしたの?」


 色々いっぱいいっぱいなのか、泣き出しそうな顔のジャズを励ますように、シュリは優しく問いかける。
 そしてちょっとお行儀は悪いが、腰掛けていたイスの上によいしょっと立ち上がり、ジャズの頭に手を伸ばした。
 さらさらの髪の毛を、彼女の気持ちを落ち着かせるように撫でながら、


 「大丈夫だからゆっくり話してごらん? 僕は待ってるから」


 柔らかな声音で声をかける。
 その声に励まされたように、ジャズは潤んだ瞳でさっきよりも近くなったシュリの顔を見つめた。


 「シュリ」

 「ん?」

 「シュリ……私ね? 私、シュリが好き」

 「うん」


 ジャズの気持ちは知っている。
 でも余計な事は言わずに、シュリはただ頷く。


 「だ、だから、あの、ね?」

 「うん」

 「キス、してもいい?」

 「だめ」

 「えっ!?」


 シュリの拒絶の言葉でジャズの顔に悲しみの表情が浮かぶより早く、シュリはジャズとの距離を縮めて彼女の唇にキスをした。
 甘くて優しいキスはほんの一瞬。
 次の瞬間には再び離れ、シュリは真っ赤になったジャズの顔を見上げた。


 「僕からしたかったんだ。だめ、だった?」

 「う、ううん!! だめじゃないよ!! 全然、だめ、じゃない」


 真っ赤な顔でぶんぶんと勢いよく首を横に振るジャズが可愛かった。
 その頬に手を添え、


 「もっと、してもいい?」


 ささやくように問いかける。


 「も、も、もちろん」


 こくこく、とせわしなくジャズの顔が上下に動く。
 そんな様子が妙に愛しくて。
 シュリはジャズの頬をなで、彼女の目をじっと見つめた。


 「ジャズ?」

 「な、なに?」

 「好きだよ」

 「っっ!? わ、私もす……んっ」


 彼女の言葉を待たずにキスをする。触れるだけの、甘いキスを。
 深いキスをしたい気持ちをぐっとこらえながら。
 じれるような気持ちを回数に変えて、シュリは角度を変えて何度もキスを繰り返し。
 結果ジャズの血を限界まで沸騰させることになるのだった。
 そんな2人を遠巻きに眺めながら、


 「……アレが本当の初々しさってヤツなのかしら。さすがにかなわないわね」

 「やはり演技では補えないものが、天然物にはありますね。うらやましい」

 「あ、あ、甘酸っぱい。こ、これが本物ってヤツ、なんですね」

 「あの領域に立つには、記憶を失うしかないかしら。ねぇ、アビス。ここは一つ、私の頭を思いっきり殴ってみてくれない?」

 「大事なお姉様にそんなこと出来るわけないでしょう? でも、確かに、記憶を失ってまっさらな自分になるしか、アレに太刀打ちは出来ない気も……。ですが、シュリ様とのこれまでの記憶をなくす事には抵抗があります。むぅ」


 愛の奴隷達は思い思いの意見を述べる。
 だがそれは、本当の初々しさのキスに夢中な2人の耳に、届くことは無かった。

◆◇◆ 
 
 「ジャズ。中々いいキスだったな! さて、次は私の番か」

 「いや、別に、順番制って訳じゃ」

 「作法は確か、愛を告げてからキスをする、だったな」


 何となく今回のブームの決まり事を漏れ聞いているらしいナーザの様子に、誰から漏れたんだろう、と愛の奴隷達の顔をちら見するが、みんなポーカーフェイスが完璧で分からない。
 むむぅ、と唇を尖らせていると、くいっと顎を持ち上げられ、なぜかナーザを見上げるように上を向かされていた。
 ん? 、と思う間もなく、


 「シュリ、愛してるぞ」


 ナーザから男らしく(?)愛の告白をされ、電光石火の早さで唇を奪われた。
 2人の唇は初手から深く繋がり、ぬるりと入り込んできた舌が、最近の甘々なぬるいキスに慣れきっていたシュリを翻弄する。

 むさぼり食われている、という表現がぴったりくるような、ガツガツ肉食系のキスは結構な時間続き。
 周囲からは息をのむような気配が伝わってきたが、それを確かめる余裕など全くないままに、シュリは散々味わい尽くされた。

 ようやくナーザの唇が離れていって、シュリは魂を抜かれたような顔でぼんやりと彼女の顔を見上げる。
 非常に満足そうな顔の彼女は、濡れた唇をぺろりと舐め、


 「美味しかったぞ、シュリ。シュリも、気持ちよかったか?」


 にんまりと笑うその表情は、正しく肉食獣そのものだった。
 気持ちよかったのはその通りだが、それを素直に答えるのもなんだか気恥ずかしく、むぅ、と唇を尖らせナーザの顔を見る。
 そんなシュリを面白そうに見つめ、ナーザは指先でシュリの頬をなぞり、唇に触れ、そして。
 「ん? なんだ? 可愛い顔をして。さてはもっとして欲しい、というおねだりだな?」

 「ちが……んぅ」


 そう断じた彼女は、シュリの返事を待つことなく、再びその唇を己の唇でふさいでしまう。
 そうして始まった第2ラウンド。
 2連敗は避けたいと奮闘するも、最近の甘っちょろいキスでなまったシュリでは歯が立たず。
 結局はナーザの大人なキスに身を任せ、その気持ちよさを堪能したのだった。
 そんなアダルトなキスを間近で見せつけられ、ジャズは素直に顔を赤くし、


 「……純愛がテーマのキスも良かったけれど、やっぱり濃厚なキスが一番ね」

 「確かに。甘いキスで心は充足しましたが、もっと深い繋がりを求める気持ちは否めませんでした」

 「シュリ君、気持ちよさそうですね。私もシュリ君と気持ちよくなりたいです」

 「もう、あんな気持ちよさそうな顔しちゃって。シュリ様にはこのルビスとのキスが一番気持ちいいって教えてあげないとね」

 「翻弄されるシュリ様が可愛すぎてもう……。私のキスでどれだけ乱れて下さるのか、改めて確かめてみたくなりますね」


 2人のキスを食い入るように見ていた愛の奴隷達も思い思いに呟く。
 こうして、甘々純愛キスブームは、ナーザの乱入により終わりを迎えたのだった。

◆◇◆

(お・ま・け①)

 甘々純愛キスブームが終わりを迎えた日の夜。
 シュリは夢の中で、もの凄く何かを期待している女神様達の前にちょこんと座らされていた。


 「さ、ボクらにも頼んだよ、シュリ」


 夢の中で顔を合わせた瞬間、フェイトがそう言った。
 そう言われても、なんのこっちゃ、なシュリはこてん、と首を傾げる。
 そんなシュリに胸をきゅんとさせながら、


 「今日、みなにやっていただろう? 我らはあれを楽しみにしていたのだ」


 そう説明してくれるのはブリュンヒルデ。
 それを聞いてやっと、合点のいったシュリは、なるほどと頷いた。


 「ラブラブな感じでよろしくぅ~」


 にんまり好色に笑うヴィーナのその言葉を合図に、昼間でブームが終わったはずの純情キスを演じる事になったシュリは、ちょっと苦笑しつつも女神様達の前に立った。


 「好きだよ、フェイト」

 「ボクも好きだよ、シュリ」

 「好きだよ。ヴィーナ」

 「あぁん。私も好きよぅ。シュリ」

 「好きだよ。ブリュンヒルデ」

 「わ、私も好きだぞ。シュリ」


 言葉遊びのようなロールプレイ。
 でも込めた気持ちも、込められた気持ちもきっと本物で。


 (たまには、好きって気持ちをちゃんと伝えることも、大事なんだろうな)


 そんなことを思いながら、ライトで甘いキスを、三度繰り返す。
 だが、それぞれ1回ずつで満足するはずもなく。
 もっともっとと求められ、最初こそはおとなしく応じたシュリも、軽く10回を数えた頃には流石に疲れ、最後は本気のキスで3人を撃沈させ。
 あとはゆっくり誰にも邪魔されない眠りにつくのだった。

◆◇◆

(お・ま・け②)

 「なあ、キルーシャ」

 「どうした? ジェス。遠い目をしているな?」

 「この間、シュリがどこかに出かけて帰ってきただろう?」

 「ああ。数日、出かけていたみたいだな。少し前に訓練場に顔を出してくれたぞ? カレン殿と一緒に」

 「なにぃ!!」


 自分のところには来てくれなかった、と目をむくジェスに言い訳するように、


 「いや、たまたまうちが訓練しているときに当たっただけだと思うぞ。[月の乙女]はちょうど傭兵ギルドに出かけていたしな」


 キルーシャはそう続けた。


 「そ、そうか」


 それを聞いてひとまず落ち着いたジェスは、小さく頷きキルーシャの顔を伺うように見る。
 正しくは、その唇の辺りを。


 「ち、ちなみに、だな。つかぬ事を聞くが」

 「ん? なんだ? 共に協力してシュリ様を守る我らの仲だ。遠慮はいらないぞ?」

 「キ、キスはしたのか?」

 「は?」


 遠慮はいらないとは言ったものの、想定していなかった問いかけに、キルーシャは目を丸くしてジェスを見た。
 その視線に居心地が悪そうな顔をしつつも、


 「い、いや。他意はないが、屋敷でキスがブームだという話を漏れ聞いてな。もしやキルーシャも、と思って」


 ジェスは退かずに更に言葉を重ねる。
 だが、キルーシャはそんなことは初耳だ、とばかりに首を傾げた。


 「キスがブーム? そうなのか??」

 「ああ。ナーザ殿とジャズもそのブームの恩恵を受けたらしい」


 ジェスはそういって重々しく頷く。
 キルーシャはどこか聞き覚えのある名前にしばし首を傾げ、すぐにその人物に思い当たり、こちらも頷いた。


 「ナーザ殿とジャズ……ああ。シュリ様がよく行く宿のお2人か。なるほど」

 「で、キ、キスは……?」

 「いや、特にそういうことは無かった。事前に知っていれば、願い出てみたかったが。ん? となると、アレはそういうことだったのか??」

 「アレ? そういうこと?? 何のことだ??」

 「いや、ほら、先ほど言っただろう? シュリ様はカレン殿と一緒に来た、と」

 「そういえば言っていたな? それがどうしたんだ??」

 「大したことじゃないんだが、2人で訪れた後、人払いをされてな。シュリ様とカレン殿だけが訓練場へ残ったんだ。共に訓練をさせて欲しいと申し出るものもいたが、それも断って。それは、つまり、そういうことだろう?」

 「そういうこと? なにがそういうことなんだ??」

 「人払いした、ということは、シュリ様とカレン殿は2人きりになりたかったんだ。訓練もされたのだろうが、良い仲の男女が2人きりでする事といったら……」

 「ああ! なるほど!!」

 「キスがブームなのだろう? きっとお2人は訓練場を使ったシチュエーションを楽しまれたんじゃないか、と」

 「そうだな! きっとそうに違いないな!! うん」


 正解にたどり着いたジェスはぱっと顔を輝かせたが、その後、なんだか妙にしょんぼりしてしまった。
 そんなジェスに、キルーシャは首を傾げる。


 「どうした、ジェス?」

 「いや、大したことじゃないんだが、なんだかうらやましいな、と思ってな」

 「うらやましい?」

 「カレン殿もだが、ジュディス殿やシャイナ殿、ルビス殿もアビス殿も、シュリの専属の5人とシュリとの関係は一際濃い気がしてな」

 「キキも一応シュリ様の専属だが、キキはどうなんだ?」

 「キキ……ああ、まだ年若いあのメイドの子だな? そういえば、あの子もシュリの専属だったか。だが、あの子とシュリの間には他の5人ほどの親密さは感じられないな。初々しくて微笑ましくは思うが。他の5人とシュリの間に漂う空気の濃密さはない、と思う」

 「空気が濃密、か。分かる気がするな」

 「キルーシャ、お前も分かるか」

 「ああ。あそこに割り込むには、もう一段階シュリ様の懐に入り込む必要があるんだろうな」

 「もっとシュリの懐に、か。でも、今でも十分仲良くしてもらってると思うのに、これ以上どうすればいいかな」

 「そんなの、更にグイグイ行くしかないだろう?」

 「ぐ、ぐいぐい?」

 「ああ。グイグイ、だ」

 「た、たとえばどーんと押し掛けて、キスをおねだりする、とか?」

 「ああ。キスをおねだりは有効に違いない」


 ドキドキしながらのジェスの発言に、キルーシャが重々しく頷く。
 そしてそのまま、2人はしばし見つめ合い。


 「……いってみるか。ダメもとで」

 「ああ、行こう。戦友ともよ」


 心を決めたように言葉を交わし、大きく頷きあう。
 そして2人は戦に向かうような覇気を漂わせてシュリの元へと向かうのだった。
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