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第三部 学校へ行こう
第百九十二話 学校へ到着したはいいけれど
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みんなと談笑しながら、随分と長いこと馬車に揺られていた気がした。
だが、ルバーノの屋敷も学校も、同じアズベルグの中にあるわけだから、それほど長く乗っていた訳ではもちろん無く、有能な御者っぷりを見せつけるように静かに馬車を止めたシャイナの、
「皆様、到着しましたよ?」
との声を合図に、全員でぞろぞろと馬車を降りる。
シャイナは馬車を預けに行き、カレンも乗ってきた馬を預かってもらうために厩舎へと向かった。
残った面々は、二人が戻るのを何となく待ちながら、ひとまとまりになって馬車の中での会話の続きに花を咲かせるのだった。
「シュリ~、入学式楽しみだな~?」
「ん~、そうだね。アリス姉様……」
「今日のお洋服、とっても素敵よ?シュリのキラキラの髪の毛にとってもよく合ってるわ」
「ん~、そうだね。ミー姉様……」
アリスもミリシアも、にこにこと嬉しそうにシュリに話しかけるが、シュリは何か気になっていることがあるのか、どこか上の空。
だが、アリスもミリシアもそんなこと全く気にせずに、自動人形の様に返ってくるシュリの返事を求めて、競うように話しかけている。
なんというか、非常に微笑ましい光景である。
そんな光景を、じーっと眺めていたもう一人の姉・リュミスは、シュリの様子に気づいたようだった。
だが、それを特に指摘するでもなく、そそっとシュリの側に進み出るとその耳元に艶やかな唇を寄せた。
「シュリ。学校に入学するとなれば、シュリももう立派な大人。そろそろ私の初めてを奪って欲しい……」
その唇が紡いだのはそんな爆弾発言。
だが、シュリはやっぱり上の空で、
「ん~、そうだね。リュミ姉様……」
流れ作業のごとく、肯定の返事を返す。
とたんにリュミスの顔が、無表情のまま器用にもぱああっと輝いた。
じゃあ誓いのキスを、と、公衆の面前にも関わらずシュリに口づけを迫ろうとしたので、優秀な秘書であるジュディスが丁重に排除する。
不満顔のリュミスに、初体験のお約束はまだ時期尚早です、と忘れずに釘をさしながら。
む~と唇を尖らせて撤退するリュミスを見送って、最後の刺客がシュリに近づく。リアである。
彼女は無造作にシュリに歩み寄ると、
「シュリ、長い髪かわいいね。編み込み、してもいい?」
そんな、嫌がらせとしか思えないことをこそっと告げる。
だが、上の空のシュリの反応は右に同じ。
「ん~、そうだね。リア……」
それを聞いたリアが、にんまりと笑う。
即座に、ぼーっとしているシュリの頭に伸ばしたリアの手を、横からぱしっと掴む人がいた。
リュミスの対応を終えて神速でシュリの隣に戻っていたジュディスである。
リアは忌々しそうに彼女の顔を見上げ、その口元からこぼれるのは、淑女らしからぬ舌打ち。
そんな彼女に、ジュディスは大人の余裕でにっこり微笑みかける。
「リア。流石にそれは、やめてあげて?」
言いながら、ジュディスはまるで手品のようにその手元にリアの好物のおやつを取り出した。
それを見たリアの目が輝き、口元に涎が光る。
「さ、これで我慢してくれるわね??」
「……仕方ない。取引成立よ。べっ、別に物欲に負けたわけじゃないから!!ジュディスさんに免じて、仕方なくだから!!」
リアは、きりっとそう返し、ジュディスの手からお菓子を奪い取ると、つんと顎をそらしてシュリから離れていった。
(よかった……シュリ様を無事守り抜くことが出来た)
ささやかな達成感にジーンとしつつ、ジュディスは様子のおかしいシュリを横目で眺めた。
明らかに心ここにあらずといった状態のシュリに、そっと念話で話しかける。
『シュリ様、どうかしましたか?何か気にかかることがあるとお見受けしますが?』
『ん~、ああ、ジュディス。ちょっとさ、なんだか胸騒ぎがね』
『胸騒ぎ、と申しますと??』
『アリア達、大丈夫かなぁって』
『水の精霊様なら大丈夫だと思いますよ?抜かりのない方だと、私は確信しておりますが』
『うん。実を言えば、僕もアリアに関しては何の心配もしてない。精霊のみんなは、なんだかんだいって、与えられた仕事はきっちりこなしてくれると思うんだ』
『……では、なにが気にかかると?』
『や~……やっぱりイルルがね?』
『あ~……確かに、あの方は読めませんね』
『でしょ?最初は、アリアが仕切るんだし、大丈夫と思って安心してたんだけど、時間がたてばたつほどなんだか心配になってきちゃって。ほら、イルルって人の話をよく聞かないし、理解力は切ないほどだし……』
『そう、ですね。そう言われると、なんだか私も心配になってきました』
『まあ、もうなるようにしかならないとは分かってるんだけどね。うん、もう考えるのやめる。アリアに任せたんだから、アリアを信じて連絡を待つよ』
『……シュリ様。ご立派です』
色々と吹っ切るように頷いたシュリを、誇らしそうに目を細めて見つめ、その頭をそっと撫でる。彼の決断を称えるように。
そんな彼女を、シュリは横目でそっと見上げ、
「……もう、いつまでたっても子供扱いなんだから」
とちょっぴりすねたように唇を尖らせるシュリ。
その表情が、それはもう悶絶しそうなくらいに愛らしくて、ジュディスはシュリの頭を撫でる傍ら、もう片方の手でそっと己の鼻を押さえるのだった。
それからしばらくして。
相次いで戻ってきたシャイナとカレンが合流し、みんなでまとまって学校の門へと向かう。
初等学校の門をくぐる手前で一度足を止めたシュリは、自分の傍らを楚々と歩く姉を断固とした表情で見上げた。
「リュミ姉様?」
「なに?シュリ??愛の告白???だったらいつでもウェルカム」
「……違うよ、もう~~。そうじゃなくて、リュミ姉様は、こっちじゃないでしょ?」
「……なんのこと??」
「とぼけてもだめだよ。リュミ姉様が通う中等学校の校門はあっち!」
シュリはきっぱりとそう言って、初等学校の校門と並ぶように口を開けているもう一つの門を、ビシリと指さした。
何食わぬ顔で一緒に初等学校の門をくぐろうとしていたリュミスは、しまった、バレた、とほんの一瞬動揺したように目を泳がせた。
だが、彼女はすぐに心を決める。ここは知らぬ存ぜぬで押し通そう、と。
「な、なにを言っているのか、理解できない」
「姉様~??」
「わ、私はまだ初等学校生。初等学校の門をくぐるのは当然!」
「なに?その明らかにバレバレな嘘の言い訳……」
「う、嘘じゃない」
ゴリゴリ押せ押せで言い張るリュミスを見上げ、シュリははぁっとため息を漏らす。
全くこの姉様は、と困ったようにしばし考え、それから再び彼女を見上げた。
「リュミ姉様?」
「な、なに?」
「僕は、分別のある、潔い女性が好きですよ?」
「うっ!!」
「リュミ姉様がそう言う女性なら、僕はもっと、リュミ姉様を好きになっちゃうかもしれないね?」
「うううう~~~」
シュリの入学式を見ることと、シュリの好感度をあげること、その二つの間で揺れ動くリュミス。
だが、結果が出るまでにそれほど時間はかからなかった。
「シュリ、私はもう行く。入学式、頑張って?」
彼女は、一時の快楽より、恒久的な愛情を取った。
きりりと表情を引き締め、中等学校の校門へ向かうリュミスを見送る。
その校門に吸い込まれる寸前、彼女はシュリがまだ見送っていることを確信しているかのように振り向いた。
そして。
「潔い私、かっこいい?惚れ直した??」
そう聞かずにはいられないリュミスなのだった。
その言葉を聞いて、がっくりと肩を落とすシュリ。
だが、きちんと持ち上げてあげないと、彼女は後で入学式に潜り込んでくるかもしれない。
そう考えたシュリは、にっこり笑い、答えた。
「分別があって、潔いリュミ姉様は、すごく素敵です」
もちろん惚れ直しました、と返してあげると、リュミスはそれはもう満足そうに頬を染めて、意気揚々と門をくぐって去っていった。
シュリは、その背中が見えなくなるまできっちり見送り、それから決して小さくはない吐息を漏らす。
なんだか、入学式が始まってすらいないのに、妙に疲れてしまったシュリなのだった。
だが、ルバーノの屋敷も学校も、同じアズベルグの中にあるわけだから、それほど長く乗っていた訳ではもちろん無く、有能な御者っぷりを見せつけるように静かに馬車を止めたシャイナの、
「皆様、到着しましたよ?」
との声を合図に、全員でぞろぞろと馬車を降りる。
シャイナは馬車を預けに行き、カレンも乗ってきた馬を預かってもらうために厩舎へと向かった。
残った面々は、二人が戻るのを何となく待ちながら、ひとまとまりになって馬車の中での会話の続きに花を咲かせるのだった。
「シュリ~、入学式楽しみだな~?」
「ん~、そうだね。アリス姉様……」
「今日のお洋服、とっても素敵よ?シュリのキラキラの髪の毛にとってもよく合ってるわ」
「ん~、そうだね。ミー姉様……」
アリスもミリシアも、にこにこと嬉しそうにシュリに話しかけるが、シュリは何か気になっていることがあるのか、どこか上の空。
だが、アリスもミリシアもそんなこと全く気にせずに、自動人形の様に返ってくるシュリの返事を求めて、競うように話しかけている。
なんというか、非常に微笑ましい光景である。
そんな光景を、じーっと眺めていたもう一人の姉・リュミスは、シュリの様子に気づいたようだった。
だが、それを特に指摘するでもなく、そそっとシュリの側に進み出るとその耳元に艶やかな唇を寄せた。
「シュリ。学校に入学するとなれば、シュリももう立派な大人。そろそろ私の初めてを奪って欲しい……」
その唇が紡いだのはそんな爆弾発言。
だが、シュリはやっぱり上の空で、
「ん~、そうだね。リュミ姉様……」
流れ作業のごとく、肯定の返事を返す。
とたんにリュミスの顔が、無表情のまま器用にもぱああっと輝いた。
じゃあ誓いのキスを、と、公衆の面前にも関わらずシュリに口づけを迫ろうとしたので、優秀な秘書であるジュディスが丁重に排除する。
不満顔のリュミスに、初体験のお約束はまだ時期尚早です、と忘れずに釘をさしながら。
む~と唇を尖らせて撤退するリュミスを見送って、最後の刺客がシュリに近づく。リアである。
彼女は無造作にシュリに歩み寄ると、
「シュリ、長い髪かわいいね。編み込み、してもいい?」
そんな、嫌がらせとしか思えないことをこそっと告げる。
だが、上の空のシュリの反応は右に同じ。
「ん~、そうだね。リア……」
それを聞いたリアが、にんまりと笑う。
即座に、ぼーっとしているシュリの頭に伸ばしたリアの手を、横からぱしっと掴む人がいた。
リュミスの対応を終えて神速でシュリの隣に戻っていたジュディスである。
リアは忌々しそうに彼女の顔を見上げ、その口元からこぼれるのは、淑女らしからぬ舌打ち。
そんな彼女に、ジュディスは大人の余裕でにっこり微笑みかける。
「リア。流石にそれは、やめてあげて?」
言いながら、ジュディスはまるで手品のようにその手元にリアの好物のおやつを取り出した。
それを見たリアの目が輝き、口元に涎が光る。
「さ、これで我慢してくれるわね??」
「……仕方ない。取引成立よ。べっ、別に物欲に負けたわけじゃないから!!ジュディスさんに免じて、仕方なくだから!!」
リアは、きりっとそう返し、ジュディスの手からお菓子を奪い取ると、つんと顎をそらしてシュリから離れていった。
(よかった……シュリ様を無事守り抜くことが出来た)
ささやかな達成感にジーンとしつつ、ジュディスは様子のおかしいシュリを横目で眺めた。
明らかに心ここにあらずといった状態のシュリに、そっと念話で話しかける。
『シュリ様、どうかしましたか?何か気にかかることがあるとお見受けしますが?』
『ん~、ああ、ジュディス。ちょっとさ、なんだか胸騒ぎがね』
『胸騒ぎ、と申しますと??』
『アリア達、大丈夫かなぁって』
『水の精霊様なら大丈夫だと思いますよ?抜かりのない方だと、私は確信しておりますが』
『うん。実を言えば、僕もアリアに関しては何の心配もしてない。精霊のみんなは、なんだかんだいって、与えられた仕事はきっちりこなしてくれると思うんだ』
『……では、なにが気にかかると?』
『や~……やっぱりイルルがね?』
『あ~……確かに、あの方は読めませんね』
『でしょ?最初は、アリアが仕切るんだし、大丈夫と思って安心してたんだけど、時間がたてばたつほどなんだか心配になってきちゃって。ほら、イルルって人の話をよく聞かないし、理解力は切ないほどだし……』
『そう、ですね。そう言われると、なんだか私も心配になってきました』
『まあ、もうなるようにしかならないとは分かってるんだけどね。うん、もう考えるのやめる。アリアに任せたんだから、アリアを信じて連絡を待つよ』
『……シュリ様。ご立派です』
色々と吹っ切るように頷いたシュリを、誇らしそうに目を細めて見つめ、その頭をそっと撫でる。彼の決断を称えるように。
そんな彼女を、シュリは横目でそっと見上げ、
「……もう、いつまでたっても子供扱いなんだから」
とちょっぴりすねたように唇を尖らせるシュリ。
その表情が、それはもう悶絶しそうなくらいに愛らしくて、ジュディスはシュリの頭を撫でる傍ら、もう片方の手でそっと己の鼻を押さえるのだった。
それからしばらくして。
相次いで戻ってきたシャイナとカレンが合流し、みんなでまとまって学校の門へと向かう。
初等学校の門をくぐる手前で一度足を止めたシュリは、自分の傍らを楚々と歩く姉を断固とした表情で見上げた。
「リュミ姉様?」
「なに?シュリ??愛の告白???だったらいつでもウェルカム」
「……違うよ、もう~~。そうじゃなくて、リュミ姉様は、こっちじゃないでしょ?」
「……なんのこと??」
「とぼけてもだめだよ。リュミ姉様が通う中等学校の校門はあっち!」
シュリはきっぱりとそう言って、初等学校の校門と並ぶように口を開けているもう一つの門を、ビシリと指さした。
何食わぬ顔で一緒に初等学校の門をくぐろうとしていたリュミスは、しまった、バレた、とほんの一瞬動揺したように目を泳がせた。
だが、彼女はすぐに心を決める。ここは知らぬ存ぜぬで押し通そう、と。
「な、なにを言っているのか、理解できない」
「姉様~??」
「わ、私はまだ初等学校生。初等学校の門をくぐるのは当然!」
「なに?その明らかにバレバレな嘘の言い訳……」
「う、嘘じゃない」
ゴリゴリ押せ押せで言い張るリュミスを見上げ、シュリははぁっとため息を漏らす。
全くこの姉様は、と困ったようにしばし考え、それから再び彼女を見上げた。
「リュミ姉様?」
「な、なに?」
「僕は、分別のある、潔い女性が好きですよ?」
「うっ!!」
「リュミ姉様がそう言う女性なら、僕はもっと、リュミ姉様を好きになっちゃうかもしれないね?」
「うううう~~~」
シュリの入学式を見ることと、シュリの好感度をあげること、その二つの間で揺れ動くリュミス。
だが、結果が出るまでにそれほど時間はかからなかった。
「シュリ、私はもう行く。入学式、頑張って?」
彼女は、一時の快楽より、恒久的な愛情を取った。
きりりと表情を引き締め、中等学校の校門へ向かうリュミスを見送る。
その校門に吸い込まれる寸前、彼女はシュリがまだ見送っていることを確信しているかのように振り向いた。
そして。
「潔い私、かっこいい?惚れ直した??」
そう聞かずにはいられないリュミスなのだった。
その言葉を聞いて、がっくりと肩を落とすシュリ。
だが、きちんと持ち上げてあげないと、彼女は後で入学式に潜り込んでくるかもしれない。
そう考えたシュリは、にっこり笑い、答えた。
「分別があって、潔いリュミ姉様は、すごく素敵です」
もちろん惚れ直しました、と返してあげると、リュミスはそれはもう満足そうに頬を染めて、意気揚々と門をくぐって去っていった。
シュリは、その背中が見えなくなるまできっちり見送り、それから決して小さくはない吐息を漏らす。
なんだか、入学式が始まってすらいないのに、妙に疲れてしまったシュリなのだった。
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