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第四部 王都の新たな日々

第456話 それぞれの思惑⑤

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 「ったく。スラム担当なんてついてねぇよなぁ? 歓楽街や商人街に行ってる連中がうらやましいぜ。ここじゃ、女も金も手にはいらねぇし、薄汚ねぇガキとか、死にかけのクズみたいな人間しかいやしねぇ」

 「あぐっ」


 柄の悪い兵士は、文句を言いながら足下の子供の腹を蹴る。
 日頃の不平不満やスラムを割り当てられた己の不運を、その暴力行為ではらそうとするかのように。


 「まあいいや。多めに連れ込めば、後の褒美も色を付けて貰えるだろ。どうせ生きてるか死んでるかわからねぇゴミばっかなんだ。女王をおびき寄せる餌として死ねるんなら、その方が幸せだよな」


 残忍な笑みを口元に浮かべたその男は、逃げようとした子供を再び蹴り倒し、一カ所に集まって震えるスラムの子供達を見下ろす。
 薄汚れ、やせ細り、おびえきった子供達を。


 「ん~。それなりに数は集まったな。けど、逃げようとうろちょろされんのは面倒だな。そうだ。足の腱でも切っとくか。両足だと運ぶのが面倒だから片足だけ。それなら足引きずって動けるだろうしな! よし、そうすっか」


 己の発想に満足したように、男が笑う。
 その足下で子供達は震え上がった。


 「んじゃ、誰からいくかな~。よし、お前からいくか!」

 「いやっ! お兄ちゃん!!」

 「アーヤ!!」


 男が選んだのは一際身体の小さい少女。
 その身体に、傍らの少年がすがりつく。男から、少女の身体を取り戻そうとするように。


 「やめろ!! 妹に……アーヤに手を出すな!!」

 「ああ? うるせぇぞ?」


 勇気を振り絞った叫びに応えたのは、男の大きな拳だった。
 顔面を容赦なく殴られ、少年の鼻から血が吹き出す。
 それでも、少年は妹の身体から手を離さなかった。


 「ア、アーヤに手を出さないで。そ、その代わりに、お、俺の。俺の、あしを」

 「そっか、そっかぁ。お前が妹の代わりに足を切られてくれんのか。優しい兄ちゃんだなぁ」


 鼻から血を流しながらも妹をかばう少年の姿を眺める男の顔に笑みが広がる。
 だが、その笑みは決して優しいものではなかった。


 「優しい兄貴に免じて、妹は許してやってもいいや。だが、その代わりに……」


 何の前触れもなく、その刃は振り下ろされた。


 「お前の足、片っぽもらうな?」

 「ぐ……ああああぁぁぁぁ!!!」


 少年の苦痛の悲鳴が響き、その右足は足首から先を無くしていた。


 「さ、次はどいつだ? おとなしく足を出せば、ちょっと切るだけにしてやる。抵抗すればどうなるか、分かってるよな?」


 流れる血で地面が染まり、男がにやにやしながら告げる。
 そして、


 「お、おにいちゃぁぁん!!」

 「ひゃあぁぁ!! すごい血なのでありますよぉぉ!!」


 少年の妹と、その他1名の悲鳴が響いた。


 「こ、この出血はやばいであります。血を流しすぎて死んでしまうであります。こんな事なら、シュリ様から特製の治療薬をもらってくるべきでありましたぁぁ」


 バカバカ、ポチのバカ……と少年の足下に膝をついて大騒ぎをする突然現れた闖入者を、男はぽかんとした顔で眺める。
 そんな男の目の前で、その女は無防備に背中をさらしたまま、少年の足の出血を何とかしようとわたわたしていた。


 「し、止血。止血をしないとまずいのであります。でも、止血って、正直したことないでありますよ。イルル様も、ポチも、タマも、ちょっと血が出たくらいなら、止血の必要もないくらいあっという間に止まっちゃうでありますしね……ああぁぁぁ。こんな事なら止血の方法をシュリ様に聞いてくるべきだったでありますぅぅぅ」

 「ったく、うるせぇなぁ。とりあえず傷を焼いときゃ止まる」


 少年の足を前にしょぼんとしてしまった女の傍らに、更に燃えるような髪の人物が現れて、男の目がまんまるく見開かれる。
 その炎のような女が、どこから現れたか全く分からないほど唐突に、うなだれた女の傍らに現れたからだ。
 肉の焼けるにおいがしたから、現れた女は言葉の通り、少年の足の断面を焼いたのだろう。
 だが、どうやって? 火など、どこにも無かったはずなのに。


 「い、いきなり焼くなんて乱暴すぎるであります。ま、まあ、おかげで出血は止まったでありますが。それにしても、少年が痛みに意識を失っていてよかったでありますよ。生きながら足を焼かれるなんて、どんな拷問でありますか」

 「血ぃ止まったか。なら良かったな! オレの機転に感謝しろよ、ポチっこ」

 「ポチっこ……」

 「おう! よろしくな。ま、オレの事は気軽にイグニスって呼んでくれや」

 「……は、はぁ。よ、よろしくであります、イグニス殿」

 「んで? こいつらどうすんだ?? 放っておけば自分で巣に帰るかな?」

 「そうでありますねぇ。この怪我をしてる少年だけは回収してちゃんと治療しないとですが、他の子達は大丈夫でありましょう。さ、みんな、逃げていいでありますよ~? もうしばらく騒がしいと思うでありますから、しっかり隠れることをおすすめするであります」


 ポチの言葉を合図に、捕まっていた子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
 足を切られた少年と、その妹を除いて。
 それを見て怒ったのは、それなりの労力をさいて子供らを集めた兵士だ。
 彼はいきなり目の前に現れた2人に驚き固まっていたが、子供達が逃げ散っていくのを見て我に返った。


 「てめぇら、勝手になにしてやがる!!」


 男のそんな怒鳴り声で、ポチとイグニスはようやくその存在を思い出したらしい。
 2人はきょとんとした顔で男を見た。


 「あれ? まだいたでありますか?」

 「ばっかだなぁ。オレ達が忘れてる内にさっさと逃げれば良かったのによ~」

 「まあまあ、イグニス殿。子供の足を切り落とすという悪行を行った極悪人でありますから、逃げないでいてくれて手間が省けたでありますよ。悪者には相応の罰が必要でありますからね!」

 「ま、言われてみりゃそうだな。さぁて、どんな罰にする?」

 「どんな罰、でありますか。まあ、右足は必須でありましょうねぇ」

 「だよな~。やった分だけやられる、ってのは、まあ、妥当だよな!」

 「当然でありますよね~」


 目の前で男の存在も忘れたように和やかに言葉を交わし笑いあう2人に、男の堪忍袋の緒が切れる。


 「罰を受けんのはてめぇらの方だ。俺の獲物を勝手に逃がしやがって。ガキ2匹じゃ足んねぇぞ? どうしてくれんだよ!? ああ?」


 男は凄んで見せるが、目の前の女2人はひるむ様子を見せない。
 どこかおかしいと思いつつも、男は引かなかった。
 それを後で死ぬほど後悔する事になるとも知らずに。


 (良く見りゃ、2人とも中々のタマじゃねぇか。ガキの代わりにこいつらを連れてくのもありか。途中でちょいと楽しませてもらうのもいいなぁ。となりゃ、生け捕りだな、生け捕り)


 舌なめずりしつつ、男は右足を踏み出そうとした。
 しかし、バランスを崩して倒れてしまう。
 なぜなら。


 「右足はいただいたぜ? オレの炎で焼き尽くしたから血はでねぇ。血が足りなくて死ぬことはねぇから安心しな。オレって親切だなぁ」


 そう、右の足首から先が無くなっていたから。
 遅れてやってきた痛みに、男は悶絶した。
 なんで俺がこんな目に。
 男の心の声が聞こえたようにポチがにっこり笑う。


 「う~ん。反省が足りないようでありますねぇ」

 「そうか? んじゃ、全身永久脱毛の刑もいっとくか!!」


 ポチの意見を受けて、イグニスが楽しそうに言った。
 全身永久脱毛の刑? なんだそれ??
 ……と男が思ったかどうかは分からない。
 次の瞬間、地面に倒れている男の服が消えた、というか、燃えた。
 服だけではなく、髪の毛も眉毛も睫毛も、全身のありとあらゆる毛が……それこそ、産毛1本すら残さずに毛根までも、イグニスの炎は焼き尽くした。
 毛以外は一切傷つけることなく。


 「ぜ、全身永久脱毛の刑……お、恐ろしい技であります」


 うつ伏せに倒れたまま動かない男の、見事なまでの全身つるぴか状態を、ポチは驚愕のまなざしで見つめる。


 「でも、流石にこのままでは見苦しすぎて、スラム街のみなさまに迷惑でありますから」


 そう言いながら、ポチはその辺にあったぼろ布を男の腰から下にかけた。
 つるぴかだろうとなんだろうと、好きな男以外のお尻なんて、見苦しい以外のなにものでもないものなんである。


 「これでよし、であります!」

 「だな!」


 満足そうに頷くポチの横で、イグニスもうんうんと頷く。


 「さて、これからどうすっか?」

 「このままスラムを見回りたいところでありますが、その間、けが人を連れ歩く訳にもいかないでありますね」

 「だよな~。んじゃ、オレはまずこいつらをシュリのところに届けてくるわ」

 「よろしいのでありますか?」

 「おう! オレは空を飛べるしな。どう考えても、その方がお前より早く行ってこれるだろ? 戻ったらオレもスラムを見回るよ」

 「助かるであります! では、ここを起点として、ポチは右に行くのでイグニス殿は……」

 「左回りだな! 了解だ。んじゃ、オレはまず荷物を置いてくるわ」


 そう言って、イグニスは意識を失ったままの少年と、いつの間にか眠ってしまったその妹を小脇に抱え、飛び立とうとした。


 「あ! ちょっとお待ち下さいであります。 忘れものでありますよ?」

 「忘れ物??」

 「少年の足も持って行ってほしいであります。傷口焼いてるのでくっつくかは微妙かもでありますが」

 「ん~? ま、なんとかなっだろ。一応持ってってシュリに渡しとく。んじゃ、今度こそじゃあな~」


 そう言い置くと、子供達の意識がないのをいいことに、イグニスは結構な早さで飛び去った。  
 それを見送ったポチは、


 「はっやいでありますね~……。流石であります。さ、ポチもお仕事をしないとでありますね! 頑張ってシュリ様に褒めてもらうでありますよ~~」


 張り切った様子でむんっ、と気合いを入れ、イグニスとの取り決め通り、右の方へ向かって走っていったのだった。
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