206 / 545
第三部 学校へ行こう
第百八十七話 入学式侵入阻止作戦!!⑤
しおりを挟む
「さてと……ミフィーも寝ちゃったし、ちょっと真面目にお話ししようか?上位古龍さん?」
ミフィーをベッドに寝かしつけ戻ってきたヴィオラは、まだもっちゃもっちゃと口を動かすイルルの正面に立ち、そう話しかけた。
イルルはそんなヴィオラを座ったまま見上げ、機嫌よく頷く。
「んん?お主、妾が何者か、心得ておるようじゃの。よい心がけじゃぞ?じゃが、まあ、お主はシュリの身内じゃからの~。特別にイルル様と、名前で呼ばせてやってもよいぞ?」
まあ、座るとよいのじゃ、とソファーをすすめられ、
(ここ、一応私のへやなんだけどね~)
と思いつつ、素直に腰を下ろす。
その頃になってようやくイルルはお菓子を食べ終わったようで、後ろに立つ狼耳のフェンリルが、
「イルル様、お口の周りが汚いでありますよ?もう~、ちゃんとしてもらわないと、シュリ様が恥ずかしい思いをするであります!」
と口を尖らせながら、せっせとイルルの口元を拭いていた。
なんとも世話焼きなフェンリルである。
ちなみに、フェンリルの隣にいる九尾の狐の方は、もはやあくびどころの話ではなく、こっくりこっくりと居眠りをしている始末だった。
(個体としては優秀なのに、中身はポンコツって……シュリってば、こんなのが眷属で大丈夫なのかしら?)
個性的な眷属を持ってしまった、この場にいない可愛い孫のことを心配しつつ、ヴィオラはさりげなく自分の部屋周辺の気配を探る。
(ん~、精霊の気配ってよく分かんないんだけど、この部屋の周辺にはこの子たち以外はいなそうね~)
ってことは、私の担当はこの子達ってことかぁ、そんな風に思いつつ、ヴィオラは目の前の規格外な存在達を観察した。
その身に内包された力は相当なもの。
一般人には分からないだろうが、歴戦の冒険者であるヴィオラにはそれがひしひしと感じられた。
だが、それでも、精霊達に張り付かれるよりはましだと思った。
ヴィオラは彼女達があえて姿を見せてくれないと、その姿を視認することが出来ないし、見えない相手と交渉することは難しい。
それに、シュリの周囲に居る以上、精霊達もきっと強烈な個性を持っているのだろうが……
(まあ、上位古龍以上のポンコツさは中々無いでしょうしね~)
とまあ、イルルが聞いたらむき~っと怒り出しそうな失礼なことを考えつつ、ヴィオラはさてどうしようかと考える。
出来ないとは言わないが、力でねじ伏せるのは得策ではない。
正直なところ、ヴィオラと彼女達が本気で戦ったら、この屋敷どころかこの街全体が吹っ飛んでしまってもおかしくはないだろう。
そうなってしまったら、それこそシュリの入学式どころの話ではなくなってしまう。
ならば、どうするか。
能力はともかく相手の中身は中々にチョロそうだし、言葉巧みに籠絡するのが吉であろう。
(私もそこまで賢くないけど、あの子達が相手なら、何とかなりそうな気もするし。まあ、とりあえずやってみようかしら)
ふむ、と一つ頷いて、ヴィオラは努めてにこやかな表情を演出しつつ、ソファーに腰掛けるとイルルに向かって身を乗り出した。
「じゃあ、お言葉に甘えて、イルルって呼ばせてもらうわね」
「む?呼び捨てか。ま、よいじゃろ。妾は寛大な女なのじゃ……そこの所を、後でシュリにちゃーんと伝えておくのじゃぞ?」
「ありがとう。もちろん、ちゃんとシュリにも伝えておくわ。イルルは寛大で優しい子だってね」
「よい心がけじゃの。さすがはシュリの祖母君なのじゃ」
あからさまに機嫌をとるようなヴィオラの言葉に、イルルは上機嫌でむふ~っと笑う。
その背後に立つフェンリルの方は、ちょっと疑わしげにヴィオラを見てきたが、この際そっちは放っておくことにする。九尾の狐の方も明らかに居眠りをしているので放置しておくことにした。
己の勘に従うとすれば、この場で一番の要はイルルで、加えて一番の弱点であるのもイルル。
後ろの二人は放置しても、イルルさえ攻略してしまえば何とかなるはずだ。
ヴィオラはフレンドリーすぎるほどにフレンドリーな笑みを顔に張り付けたまま、イルルに向かって更なる攻撃を放つ。
「で、イルル。あなた達がここにいるって事は、私の担当はあなた達って事なのかしら?」
「なんじゃ、バレておったのか。流石歴戦の冒険者なだけある。鋭いのう。お主の言うとおりじゃ。妾達がお主達の見張り番じゃ。なんといってもお主が一番やっかいな相手じゃからのう。妾くらいの実力がないと、抑えきれんじゃろ?」
「確かにね~。あなた相手じゃ、抵抗するのも無駄って感じよね」
「そうじゃろ~?妾は強いんじゃぞ~?すっごくすっごく使える子なんじゃぞ~?そう思うじゃろ?」
ヴィオラが軽く持ち上げてあげれば、イルルは小鼻を膨らませて得意そうにふんぞり返る。
持ち上げたいだけ、どこまでも持ち上がっていきそうな勢いだった。
「うんうん。思う思う!私も他のメンバーが見張りだったら逃げようとか考えたかもしれないけど、イルルが相手じゃ無駄なあがきよねぇ。あ~、他の人が担当する奴らがうらやましいなぁ。いったい、誰が誰を担当してるのかしらねぇ~?」
持ち上げつつ、ちらっとイルルの方を見ると、彼女は更にふんぞり返って満足しきった顔をしている。
きっと、普段はあまり誉められ慣れてないに違いない。
「じゃろじゃろ?お主以外の者共は幸せ者なのじゃ。妾が見張り番じゃないと言うだけで、抜け道を見つける可能性も残っているからの~。まあ、妾も詳しいことはようわからんのじゃが、ここ以外の場所には、シュリの精霊が手分けして行っておる。あっちがすんだら戻ってくるんじゃ。んで、合流して、一番大変な相手をどうにか……」
「イ、イルル様!?だめでありますよ。それは秘密だって、アリアさんが口を酸っぱくして言ってたであります!!怒られるでありますよ!?」
「あ!!!!!」
得意げに話すイルルの言葉を背後からフェンリルが遮り、イルルはしまったという表情を浮かべて、伺うようにヴィオラの顔を見上げた。
「あ、あう~。しまったのじゃ、怒られるのじゃ。怒られるのはイヤなのじゃ~……の、のう、祖母君?」
「ヴィオラで良いわよ?イルル。なぁに?」
「じゃ、じゃあ、ヴィオラと呼ばせてもらうのじゃ。のう、ヴィオラ、ここは一つ、さっきの話は聞かなかったという事にするわけには……」
「なぁんだ、そんなこと?いいわよ、もちろん」
「おおおおお~~~!!いい奴じゃのう、ヴィオラは!!助かったのじゃ~~」
ヴィオラがニコニコして頷くと、イルルは大げさに胸をなで下ろして喜んだ。
それを見ながらヴィオラは内心ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
正直、情報を聞いちゃった後なので、聞かなかったことにしてあげたところで、ヴィオラに不都合は何一つ無い。
薄情なようだが、精霊達が先に片づけにいった他のメンツにわざわざ情報を教えに行くつもりも、助けるつもりも無かったし。
(ま、命がかかってるわけじゃないし、別にいいわよね?さすがの私も、全員を相手にするのはちょっとキツいしね~)
ミフィーを除く他のメンバーに、心の中でごめんね~、と軽く手を合わせ、それから頭を切り替えて現在の状況を整理する。
今現在、ヴィオラの見張りは、目の前の三人のみ。
最初に気配を探った情報の通り、精霊達はここには残っていないようだ。
ただ、ここでモタモタしていたら、戻ってきてしまう。
その前に、なんとしても行動を起こさなくてはならなかった。
ヴィオラは、頭の中で考えをまとめ、小さく頷いてから、再びイルルに向かって身を乗り出した。
さっきまでの会話で、イルルのヴィオラに対する好感度はかなり上がっているはずだ。
余程の失敗をしない限り、上手に丸め込めるに違いない。
その確信の元、ヴィオラはにこやかにイルルに話しかけた。
「そういえばさ、イルル。今日ってシュリの入学式なんだよね~?知ってた??」
「ふむ。確かそんなような話を聞いたのぅ。特別な日なんじゃろ?」
「そうなのよ~。一生に一度の晴れ姿だし、どうしても見に行かなきゃって思って。イルルも一緒に行かない?」
「んむ?妾もか?」
「そうそう。私とミフィーで行くつもりだったけど、イルルってばいい子だし、特別に仲間に入れてあげる。もちろん、後ろの二人もね?」
そう言って、ヴィオラは三人に向かってウィンクをした。
極上の美人のウィンクだ。
男だったらこれでイチコロなのだが、女であり、シュリという最上級に愛する相手を見つけてしまっているイルル達には当然の事ながら効果はない。
九尾の狐のタマの方はうつらうつらしているのみだが、フェンリルのポチは疑わしそうにヴィオラを見て、それからイルルに釘をさす。
「ダメでありますよ?ポチ達は、余計な人達がシュリ様の入学式を騒がせないように見張りをしているのでありますから!」
「う、うむぅ。そっ、そうじゃのう。ちょっと見てみたい気もするが、やっぱりダメじゃろうの~」
イルルが肩を落とし、言葉通り、ちょっと残念そうにヴィオラの方を見てくる。
ヴィオラは無理には押さずに、軽く肩をすくめてあっさりと身を引いた。
「そっかぁ。残念。まあ、でもしょうがないよね~、イルル達がそれでいいなら」
「う、うむ」
「けど、イルル達だけ損をしているような気がするんだけどなぁ」
「んむ!?損??何で妾達が損をしておるのじゃ??」
押してダメなら引いてみな作戦が見事に的中して、イルルががっつりと餌に食いついてくる。
ヴィオラは思わずにんまりしてしまいそうな表情筋を叱り飛ばしつつ、あえて渋い顔をして腕を組んだ。
「だって、よく考えてごらんなさいよ?精霊達は、いつもシュリの体の中にいるわけじゃない?ってことは、色々片づけたら悠々とシュリの所へ行って、他の人から見えないのを良いことに、シュリのかっこいい姿を舐めるように鑑賞出来るのよ?」
「なっ、なぬぅ!?シュリを舐めるように鑑賞じゃと!?そっ、そんなうらやましいことを!?」
「するに決まってるわよ~。そう考えるとさ、損をするのは誰なのかしら。私達と……」
「妾達、じゃの」
「そう、その通り!!そんなの不公平よね~?」
「うむ!ズルいのじゃ!!」
「イルルだって、シュリのかっこいい姿、見たいでしょ?一生に一回しか見れないんだよ?入学式のシュリ」
「うむ!見たい!見たいのじゃ!!」
イルルが力強く頷き、これで決まりだ、とヴィオラがぐっと拳を握ろうとした瞬間、イルルの後ろから横槍が入った。
真面目わんこのポチである。
「イルル様!!!ダメでありますよ!?」
「む、ポチ。しかしなぁ、お主だって見たいじゃろ?」
「そっ、そりゃあ、見たいか見たくないかと聞かれれば、ポチだって……でもでも!バレたら、シュリ様に怒られるでありますよ!?」
「う……そ、それは困るのじゃ」
「大丈夫よ、イルル」
やっぱりやめておいた方がいいかのぅ、と弱腰になりかけるイルルの肩をヴィオラががっしりとつかむ。
そして、間近からイルルの瞳をのぞき込み、
「こんな事もあろうかと、準備は万全よ?いい、イルル。要はバレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
「ば、ばれなきゃ……う、うむ。そうじゃの。その通りじゃ!」
有無を言わせない口調でイルルに迫った。
その言葉に簡単に丸め込まれたイルルは、顔を輝かせて大きく頷く。
「いっ、いるる様っ!!」
ポチが悲鳴のような声をあげるが、イルルはもうヴィオラの手のひらの上である。
にっこにっこと邪気のない顔で、ポチを振り返り、
「大丈夫じゃ、ポチ。要はばれなきゃいいのじゃ!ヴィオラが何とかしてくれるのじゃ!!シュリのかっこいいとこ、みんなで一緒に見るのじゃ~。なぁに、精霊たちとて、あとでどうせ見に来るのじゃ。妾達に文句なんか言わせんのじゃぞ?だから安心して付いて来い!!なのじゃ~」
力強くそう返す。
それを聞いたポチががっくりと肩を落とした。
長年イルルと一緒にいるポチには分かっていた。こうなったイルルは、もうなにを言っても人の言うことなど聞きはしないと言うことを。
「任せなさい、イルル。私があなた達をしっかり引率してあげる。よーし、そうと決まれば善は急げね!!準備をして早速出かけましょ?」
イルルの手を引き、ソファーから立ち上がり。
ヴィオラは満足そうに微笑んでから、急ぎ足で娘の眠る寝室へと向かう。思った以上に上手く転がったわね~、とほくほくしながら。
こうして、作戦参謀のジュディスも、作戦実行隊長のアリアも知らないところで、阻止作戦の一端が、見事なまでに破綻をきたしたのだった。
ミフィーをベッドに寝かしつけ戻ってきたヴィオラは、まだもっちゃもっちゃと口を動かすイルルの正面に立ち、そう話しかけた。
イルルはそんなヴィオラを座ったまま見上げ、機嫌よく頷く。
「んん?お主、妾が何者か、心得ておるようじゃの。よい心がけじゃぞ?じゃが、まあ、お主はシュリの身内じゃからの~。特別にイルル様と、名前で呼ばせてやってもよいぞ?」
まあ、座るとよいのじゃ、とソファーをすすめられ、
(ここ、一応私のへやなんだけどね~)
と思いつつ、素直に腰を下ろす。
その頃になってようやくイルルはお菓子を食べ終わったようで、後ろに立つ狼耳のフェンリルが、
「イルル様、お口の周りが汚いでありますよ?もう~、ちゃんとしてもらわないと、シュリ様が恥ずかしい思いをするであります!」
と口を尖らせながら、せっせとイルルの口元を拭いていた。
なんとも世話焼きなフェンリルである。
ちなみに、フェンリルの隣にいる九尾の狐の方は、もはやあくびどころの話ではなく、こっくりこっくりと居眠りをしている始末だった。
(個体としては優秀なのに、中身はポンコツって……シュリってば、こんなのが眷属で大丈夫なのかしら?)
個性的な眷属を持ってしまった、この場にいない可愛い孫のことを心配しつつ、ヴィオラはさりげなく自分の部屋周辺の気配を探る。
(ん~、精霊の気配ってよく分かんないんだけど、この部屋の周辺にはこの子たち以外はいなそうね~)
ってことは、私の担当はこの子達ってことかぁ、そんな風に思いつつ、ヴィオラは目の前の規格外な存在達を観察した。
その身に内包された力は相当なもの。
一般人には分からないだろうが、歴戦の冒険者であるヴィオラにはそれがひしひしと感じられた。
だが、それでも、精霊達に張り付かれるよりはましだと思った。
ヴィオラは彼女達があえて姿を見せてくれないと、その姿を視認することが出来ないし、見えない相手と交渉することは難しい。
それに、シュリの周囲に居る以上、精霊達もきっと強烈な個性を持っているのだろうが……
(まあ、上位古龍以上のポンコツさは中々無いでしょうしね~)
とまあ、イルルが聞いたらむき~っと怒り出しそうな失礼なことを考えつつ、ヴィオラはさてどうしようかと考える。
出来ないとは言わないが、力でねじ伏せるのは得策ではない。
正直なところ、ヴィオラと彼女達が本気で戦ったら、この屋敷どころかこの街全体が吹っ飛んでしまってもおかしくはないだろう。
そうなってしまったら、それこそシュリの入学式どころの話ではなくなってしまう。
ならば、どうするか。
能力はともかく相手の中身は中々にチョロそうだし、言葉巧みに籠絡するのが吉であろう。
(私もそこまで賢くないけど、あの子達が相手なら、何とかなりそうな気もするし。まあ、とりあえずやってみようかしら)
ふむ、と一つ頷いて、ヴィオラは努めてにこやかな表情を演出しつつ、ソファーに腰掛けるとイルルに向かって身を乗り出した。
「じゃあ、お言葉に甘えて、イルルって呼ばせてもらうわね」
「む?呼び捨てか。ま、よいじゃろ。妾は寛大な女なのじゃ……そこの所を、後でシュリにちゃーんと伝えておくのじゃぞ?」
「ありがとう。もちろん、ちゃんとシュリにも伝えておくわ。イルルは寛大で優しい子だってね」
「よい心がけじゃの。さすがはシュリの祖母君なのじゃ」
あからさまに機嫌をとるようなヴィオラの言葉に、イルルは上機嫌でむふ~っと笑う。
その背後に立つフェンリルの方は、ちょっと疑わしげにヴィオラを見てきたが、この際そっちは放っておくことにする。九尾の狐の方も明らかに居眠りをしているので放置しておくことにした。
己の勘に従うとすれば、この場で一番の要はイルルで、加えて一番の弱点であるのもイルル。
後ろの二人は放置しても、イルルさえ攻略してしまえば何とかなるはずだ。
ヴィオラはフレンドリーすぎるほどにフレンドリーな笑みを顔に張り付けたまま、イルルに向かって更なる攻撃を放つ。
「で、イルル。あなた達がここにいるって事は、私の担当はあなた達って事なのかしら?」
「なんじゃ、バレておったのか。流石歴戦の冒険者なだけある。鋭いのう。お主の言うとおりじゃ。妾達がお主達の見張り番じゃ。なんといってもお主が一番やっかいな相手じゃからのう。妾くらいの実力がないと、抑えきれんじゃろ?」
「確かにね~。あなた相手じゃ、抵抗するのも無駄って感じよね」
「そうじゃろ~?妾は強いんじゃぞ~?すっごくすっごく使える子なんじゃぞ~?そう思うじゃろ?」
ヴィオラが軽く持ち上げてあげれば、イルルは小鼻を膨らませて得意そうにふんぞり返る。
持ち上げたいだけ、どこまでも持ち上がっていきそうな勢いだった。
「うんうん。思う思う!私も他のメンバーが見張りだったら逃げようとか考えたかもしれないけど、イルルが相手じゃ無駄なあがきよねぇ。あ~、他の人が担当する奴らがうらやましいなぁ。いったい、誰が誰を担当してるのかしらねぇ~?」
持ち上げつつ、ちらっとイルルの方を見ると、彼女は更にふんぞり返って満足しきった顔をしている。
きっと、普段はあまり誉められ慣れてないに違いない。
「じゃろじゃろ?お主以外の者共は幸せ者なのじゃ。妾が見張り番じゃないと言うだけで、抜け道を見つける可能性も残っているからの~。まあ、妾も詳しいことはようわからんのじゃが、ここ以外の場所には、シュリの精霊が手分けして行っておる。あっちがすんだら戻ってくるんじゃ。んで、合流して、一番大変な相手をどうにか……」
「イ、イルル様!?だめでありますよ。それは秘密だって、アリアさんが口を酸っぱくして言ってたであります!!怒られるでありますよ!?」
「あ!!!!!」
得意げに話すイルルの言葉を背後からフェンリルが遮り、イルルはしまったという表情を浮かべて、伺うようにヴィオラの顔を見上げた。
「あ、あう~。しまったのじゃ、怒られるのじゃ。怒られるのはイヤなのじゃ~……の、のう、祖母君?」
「ヴィオラで良いわよ?イルル。なぁに?」
「じゃ、じゃあ、ヴィオラと呼ばせてもらうのじゃ。のう、ヴィオラ、ここは一つ、さっきの話は聞かなかったという事にするわけには……」
「なぁんだ、そんなこと?いいわよ、もちろん」
「おおおおお~~~!!いい奴じゃのう、ヴィオラは!!助かったのじゃ~~」
ヴィオラがニコニコして頷くと、イルルは大げさに胸をなで下ろして喜んだ。
それを見ながらヴィオラは内心ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
正直、情報を聞いちゃった後なので、聞かなかったことにしてあげたところで、ヴィオラに不都合は何一つ無い。
薄情なようだが、精霊達が先に片づけにいった他のメンツにわざわざ情報を教えに行くつもりも、助けるつもりも無かったし。
(ま、命がかかってるわけじゃないし、別にいいわよね?さすがの私も、全員を相手にするのはちょっとキツいしね~)
ミフィーを除く他のメンバーに、心の中でごめんね~、と軽く手を合わせ、それから頭を切り替えて現在の状況を整理する。
今現在、ヴィオラの見張りは、目の前の三人のみ。
最初に気配を探った情報の通り、精霊達はここには残っていないようだ。
ただ、ここでモタモタしていたら、戻ってきてしまう。
その前に、なんとしても行動を起こさなくてはならなかった。
ヴィオラは、頭の中で考えをまとめ、小さく頷いてから、再びイルルに向かって身を乗り出した。
さっきまでの会話で、イルルのヴィオラに対する好感度はかなり上がっているはずだ。
余程の失敗をしない限り、上手に丸め込めるに違いない。
その確信の元、ヴィオラはにこやかにイルルに話しかけた。
「そういえばさ、イルル。今日ってシュリの入学式なんだよね~?知ってた??」
「ふむ。確かそんなような話を聞いたのぅ。特別な日なんじゃろ?」
「そうなのよ~。一生に一度の晴れ姿だし、どうしても見に行かなきゃって思って。イルルも一緒に行かない?」
「んむ?妾もか?」
「そうそう。私とミフィーで行くつもりだったけど、イルルってばいい子だし、特別に仲間に入れてあげる。もちろん、後ろの二人もね?」
そう言って、ヴィオラは三人に向かってウィンクをした。
極上の美人のウィンクだ。
男だったらこれでイチコロなのだが、女であり、シュリという最上級に愛する相手を見つけてしまっているイルル達には当然の事ながら効果はない。
九尾の狐のタマの方はうつらうつらしているのみだが、フェンリルのポチは疑わしそうにヴィオラを見て、それからイルルに釘をさす。
「ダメでありますよ?ポチ達は、余計な人達がシュリ様の入学式を騒がせないように見張りをしているのでありますから!」
「う、うむぅ。そっ、そうじゃのう。ちょっと見てみたい気もするが、やっぱりダメじゃろうの~」
イルルが肩を落とし、言葉通り、ちょっと残念そうにヴィオラの方を見てくる。
ヴィオラは無理には押さずに、軽く肩をすくめてあっさりと身を引いた。
「そっかぁ。残念。まあ、でもしょうがないよね~、イルル達がそれでいいなら」
「う、うむ」
「けど、イルル達だけ損をしているような気がするんだけどなぁ」
「んむ!?損??何で妾達が損をしておるのじゃ??」
押してダメなら引いてみな作戦が見事に的中して、イルルががっつりと餌に食いついてくる。
ヴィオラは思わずにんまりしてしまいそうな表情筋を叱り飛ばしつつ、あえて渋い顔をして腕を組んだ。
「だって、よく考えてごらんなさいよ?精霊達は、いつもシュリの体の中にいるわけじゃない?ってことは、色々片づけたら悠々とシュリの所へ行って、他の人から見えないのを良いことに、シュリのかっこいい姿を舐めるように鑑賞出来るのよ?」
「なっ、なぬぅ!?シュリを舐めるように鑑賞じゃと!?そっ、そんなうらやましいことを!?」
「するに決まってるわよ~。そう考えるとさ、損をするのは誰なのかしら。私達と……」
「妾達、じゃの」
「そう、その通り!!そんなの不公平よね~?」
「うむ!ズルいのじゃ!!」
「イルルだって、シュリのかっこいい姿、見たいでしょ?一生に一回しか見れないんだよ?入学式のシュリ」
「うむ!見たい!見たいのじゃ!!」
イルルが力強く頷き、これで決まりだ、とヴィオラがぐっと拳を握ろうとした瞬間、イルルの後ろから横槍が入った。
真面目わんこのポチである。
「イルル様!!!ダメでありますよ!?」
「む、ポチ。しかしなぁ、お主だって見たいじゃろ?」
「そっ、そりゃあ、見たいか見たくないかと聞かれれば、ポチだって……でもでも!バレたら、シュリ様に怒られるでありますよ!?」
「う……そ、それは困るのじゃ」
「大丈夫よ、イルル」
やっぱりやめておいた方がいいかのぅ、と弱腰になりかけるイルルの肩をヴィオラががっしりとつかむ。
そして、間近からイルルの瞳をのぞき込み、
「こんな事もあろうかと、準備は万全よ?いい、イルル。要はバレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
「ば、ばれなきゃ……う、うむ。そうじゃの。その通りじゃ!」
有無を言わせない口調でイルルに迫った。
その言葉に簡単に丸め込まれたイルルは、顔を輝かせて大きく頷く。
「いっ、いるる様っ!!」
ポチが悲鳴のような声をあげるが、イルルはもうヴィオラの手のひらの上である。
にっこにっこと邪気のない顔で、ポチを振り返り、
「大丈夫じゃ、ポチ。要はばれなきゃいいのじゃ!ヴィオラが何とかしてくれるのじゃ!!シュリのかっこいいとこ、みんなで一緒に見るのじゃ~。なぁに、精霊たちとて、あとでどうせ見に来るのじゃ。妾達に文句なんか言わせんのじゃぞ?だから安心して付いて来い!!なのじゃ~」
力強くそう返す。
それを聞いたポチががっくりと肩を落とした。
長年イルルと一緒にいるポチには分かっていた。こうなったイルルは、もうなにを言っても人の言うことなど聞きはしないと言うことを。
「任せなさい、イルル。私があなた達をしっかり引率してあげる。よーし、そうと決まれば善は急げね!!準備をして早速出かけましょ?」
イルルの手を引き、ソファーから立ち上がり。
ヴィオラは満足そうに微笑んでから、急ぎ足で娘の眠る寝室へと向かう。思った以上に上手く転がったわね~、とほくほくしながら。
こうして、作戦参謀のジュディスも、作戦実行隊長のアリアも知らないところで、阻止作戦の一端が、見事なまでに破綻をきたしたのだった。
0
お気に入りに追加
2,135
あなたにおすすめの小説
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる