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第三部 学校へ行こう

第百八十七話 入学式侵入阻止作戦!!⑤

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 「さてと……ミフィーも寝ちゃったし、ちょっと真面目にお話ししようか?上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンさん?」


 ミフィーをベッドに寝かしつけ戻ってきたヴィオラは、まだもっちゃもっちゃと口を動かすイルルの正面に立ち、そう話しかけた。
 イルルはそんなヴィオラを座ったまま見上げ、機嫌よく頷く。


 「んん?お主、妾が何者か、心得ておるようじゃの。よい心がけじゃぞ?じゃが、まあ、お主はシュリの身内じゃからの~。特別にイルル様と、名前で呼ばせてやってもよいぞ?」


 まあ、座るとよいのじゃ、とソファーをすすめられ、


 (ここ、一応私のへやなんだけどね~)


 と思いつつ、素直に腰を下ろす。
 その頃になってようやくイルルはお菓子を食べ終わったようで、後ろに立つ狼耳のフェンリルが、


 「イルル様、お口の周りが汚いでありますよ?もう~、ちゃんとしてもらわないと、シュリ様が恥ずかしい思いをするであります!」


 と口を尖らせながら、せっせとイルルの口元を拭いていた。
 なんとも世話焼きなフェンリルである。
 ちなみに、フェンリルの隣にいる九尾の狐の方は、もはやあくびどころの話ではなく、こっくりこっくりと居眠りをしている始末だった。


 (個体としては優秀なのに、中身はポンコツって……シュリってば、こんなのが眷属で大丈夫なのかしら?)


 個性的な眷属を持ってしまった、この場にいない可愛い孫のことを心配しつつ、ヴィオラはさりげなく自分の部屋周辺の気配を探る。


 (ん~、精霊の気配ってよく分かんないんだけど、この部屋の周辺にはこの子たち以外はいなそうね~)


 ってことは、私の担当はこの子達ってことかぁ、そんな風に思いつつ、ヴィオラは目の前の規格外な存在達を観察した。
 その身に内包された力は相当なもの。
 一般人には分からないだろうが、歴戦の冒険者であるヴィオラにはそれがひしひしと感じられた。
 だが、それでも、精霊達に張り付かれるよりはましだと思った。
 ヴィオラは彼女達があえて姿を見せてくれないと、その姿を視認することが出来ないし、見えない相手と交渉することは難しい。
 それに、シュリの周囲に居る以上、精霊達もきっと強烈な個性を持っているのだろうが……


 (まあ、上位古龍アレ以上のポンコツさは中々無いでしょうしね~)


 とまあ、イルルが聞いたらむき~っと怒り出しそうな失礼なことを考えつつ、ヴィオラはさてどうしようかと考える。
 出来ないとは言わないが、力でねじ伏せるのは得策ではない。
 正直なところ、ヴィオラと彼女達が本気で戦ったら、この屋敷どころかこの街全体が吹っ飛んでしまってもおかしくはないだろう。
 そうなってしまったら、それこそシュリの入学式どころの話ではなくなってしまう。
 ならば、どうするか。
 能力はともかく相手の中身は中々にチョロそうだし、言葉巧みに籠絡するのが吉であろう。


 (私もそこまで賢くないけど、あの子達が相手なら、何とかなりそうな気もするし。まあ、とりあえずやってみようかしら)


 ふむ、と一つ頷いて、ヴィオラは努めてにこやかな表情を演出しつつ、ソファーに腰掛けるとイルルに向かって身を乗り出した。 


 「じゃあ、お言葉に甘えて、イルルって呼ばせてもらうわね」

 「む?呼び捨てか。ま、よいじゃろ。妾は寛大な女なのじゃ……そこの所を、後でシュリにちゃーんと伝えておくのじゃぞ?」

 「ありがとう。もちろん、ちゃんとシュリにも伝えておくわ。イルルは寛大で優しい子だってね」

 「よい心がけじゃの。さすがはシュリの祖母君なのじゃ」


 あからさまに機嫌をとるようなヴィオラの言葉に、イルルは上機嫌でむふ~っと笑う。
 その背後に立つフェンリルの方は、ちょっと疑わしげにヴィオラを見てきたが、この際そっちは放っておくことにする。九尾の狐の方も明らかに居眠りをしているので放置しておくことにした。
 己の勘に従うとすれば、この場で一番の要はイルルで、加えて一番の弱点であるのもイルル。
 後ろの二人は放置しても、イルルさえ攻略してしまえば何とかなるはずだ。
 ヴィオラはフレンドリーすぎるほどにフレンドリーな笑みを顔に張り付けたまま、イルルに向かって更なる攻撃を放つ。


 「で、イルル。あなた達がここにいるって事は、私の担当はあなた達って事なのかしら?」

 「なんじゃ、バレておったのか。流石歴戦の冒険者なだけある。鋭いのう。お主の言うとおりじゃ。妾達がお主達の見張り番じゃ。なんといってもお主が一番やっかいな相手じゃからのう。妾くらいの実力がないと、抑えきれんじゃろ?」

 「確かにね~。あなた相手じゃ、抵抗するのも無駄って感じよね」

 「そうじゃろ~?妾は強いんじゃぞ~?すっごくすっごく使える子なんじゃぞ~?そう思うじゃろ?」


 ヴィオラが軽く持ち上げてあげれば、イルルは小鼻を膨らませて得意そうにふんぞり返る。
 持ち上げたいだけ、どこまでも持ち上がっていきそうな勢いだった。


 「うんうん。思う思う!私も他のメンバーが見張りだったら逃げようとか考えたかもしれないけど、イルルが相手じゃ無駄なあがきよねぇ。あ~、他の人が担当する奴らがうらやましいなぁ。いったい、誰が誰を担当してるのかしらねぇ~?」


 持ち上げつつ、ちらっとイルルの方を見ると、彼女は更にふんぞり返って満足しきった顔をしている。
 きっと、普段はあまり誉められ慣れてないに違いない。


 「じゃろじゃろ?お主以外の者共は幸せ者なのじゃ。妾が見張り番じゃないと言うだけで、抜け道を見つける可能性も残っているからの~。まあ、妾も詳しいことはようわからんのじゃが、ここ以外の場所には、シュリの精霊が手分けして行っておる。あっちがすんだら戻ってくるんじゃ。んで、合流して、一番大変な相手をどうにか……」

 「イ、イルル様!?だめでありますよ。それは秘密だって、アリアさんが口を酸っぱくして言ってたであります!!怒られるでありますよ!?」

 「あ!!!!!」


 得意げに話すイルルの言葉を背後からフェンリルが遮り、イルルはしまったという表情を浮かべて、伺うようにヴィオラの顔を見上げた。


 「あ、あう~。しまったのじゃ、怒られるのじゃ。怒られるのはイヤなのじゃ~……の、のう、祖母君?」

 「ヴィオラで良いわよ?イルル。なぁに?」

 「じゃ、じゃあ、ヴィオラと呼ばせてもらうのじゃ。のう、ヴィオラ、ここは一つ、さっきの話は聞かなかったという事にするわけには……」

 「なぁんだ、そんなこと?いいわよ、もちろん」

 「おおおおお~~~!!いい奴じゃのう、ヴィオラは!!助かったのじゃ~~」


 ヴィオラがニコニコして頷くと、イルルは大げさに胸をなで下ろして喜んだ。
 それを見ながらヴィオラは内心ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
 正直、情報を聞いちゃった後なので、聞かなかったことにしてあげたところで、ヴィオラに不都合は何一つ無い。
 薄情なようだが、精霊達が先に片づけにいった他のメンツにわざわざ情報を教えに行くつもりも、助けるつもりも無かったし。


 (ま、命がかかってるわけじゃないし、別にいいわよね?さすがの私も、全員を相手にするのはちょっとキツいしね~)


 ミフィーを除く他のメンバーに、心の中でごめんね~、と軽く手を合わせ、それから頭を切り替えて現在の状況を整理する。

 今現在、ヴィオラの見張りは、目の前の三人のみ。
 最初に気配を探った情報の通り、精霊達はここには残っていないようだ。
 ただ、ここでモタモタしていたら、戻ってきてしまう。

 その前に、なんとしても行動を起こさなくてはならなかった。
 ヴィオラは、頭の中で考えをまとめ、小さく頷いてから、再びイルルに向かって身を乗り出した。
 さっきまでの会話で、イルルのヴィオラに対する好感度はかなり上がっているはずだ。
 余程の失敗をしない限り、上手に丸め込めるに違いない。
 その確信の元、ヴィオラはにこやかにイルルに話しかけた。


 「そういえばさ、イルル。今日ってシュリの入学式なんだよね~?知ってた??」

 「ふむ。確かそんなような話を聞いたのぅ。特別な日なんじゃろ?」

 「そうなのよ~。一生に一度の晴れ姿だし、どうしても見に行かなきゃって思って。イルルも一緒に行かない?」

 「んむ?妾もか?」

 「そうそう。私とミフィーで行くつもりだったけど、イルルってばいい子だし、特別に仲間に入れてあげる。もちろん、後ろの二人もね?」


 そう言って、ヴィオラは三人に向かってウィンクをした。
 極上の美人のウィンクだ。
 男だったらこれでイチコロなのだが、女であり、シュリという最上級に愛する相手を見つけてしまっているイルル達には当然の事ながら効果はない。
 九尾の狐のタマの方はうつらうつらしているのみだが、フェンリルのポチは疑わしそうにヴィオラを見て、それからイルルに釘をさす。


 「ダメでありますよ?ポチ達は、余計な人達がシュリ様の入学式を騒がせないように見張りをしているのでありますから!」

 「う、うむぅ。そっ、そうじゃのう。ちょっと見てみたい気もするが、やっぱりダメじゃろうの~」


 イルルが肩を落とし、言葉通り、ちょっと残念そうにヴィオラの方を見てくる。
 ヴィオラは無理には押さずに、軽く肩をすくめてあっさりと身を引いた。


 「そっかぁ。残念。まあ、でもしょうがないよね~、イルル達がそれでいいなら」

 「う、うむ」

 「けど、イルル達だけ損をしているような気がするんだけどなぁ」

 「んむ!?損??何で妾達が損をしておるのじゃ??」


 押してダメなら引いてみな作戦が見事に的中して、イルルががっつりと餌に食いついてくる。
 ヴィオラは思わずにんまりしてしまいそうな表情筋を叱り飛ばしつつ、あえて渋い顔をして腕を組んだ。


 「だって、よく考えてごらんなさいよ?精霊達は、いつもシュリの体の中にいるわけじゃない?ってことは、色々片づけたら悠々とシュリの所へ行って、他の人から見えないのを良いことに、シュリのかっこいい姿を舐めるように鑑賞出来るのよ?」

 「なっ、なぬぅ!?シュリを舐めるように鑑賞じゃと!?そっ、そんなうらやましいことを!?」

 「するに決まってるわよ~。そう考えるとさ、損をするのは誰なのかしら。私達と……」

 「妾達、じゃの」

 「そう、その通り!!そんなの不公平よね~?」

 「うむ!ズルいのじゃ!!」

 「イルルだって、シュリのかっこいい姿、見たいでしょ?一生に一回しか見れないんだよ?入学式のシュリ」

 「うむ!見たい!見たいのじゃ!!」


 イルルが力強く頷き、これで決まりだ、とヴィオラがぐっと拳を握ろうとした瞬間、イルルの後ろから横槍が入った。
 真面目わんこのポチである。


 「イルル様!!!ダメでありますよ!?」

 「む、ポチ。しかしなぁ、お主だって見たいじゃろ?」

 「そっ、そりゃあ、見たいか見たくないかと聞かれれば、ポチだって……でもでも!バレたら、シュリ様に怒られるでありますよ!?」

 「う……そ、それは困るのじゃ」

 「大丈夫よ、イルル」


 やっぱりやめておいた方がいいかのぅ、と弱腰になりかけるイルルの肩をヴィオラががっしりとつかむ。
 そして、間近からイルルの瞳をのぞき込み、


 「こんな事もあろうかと、準備は万全よ?いい、イルル。要はバレなきゃいいのよ、バレなきゃ」

 「ば、ばれなきゃ……う、うむ。そうじゃの。その通りじゃ!」


 有無を言わせない口調でイルルに迫った。
 その言葉に簡単に丸め込まれたイルルは、顔を輝かせて大きく頷く。


 「いっ、いるる様っ!!」


 ポチが悲鳴のような声をあげるが、イルルはもうヴィオラの手のひらの上である。
 にっこにっこと邪気のない顔で、ポチを振り返り、


 「大丈夫じゃ、ポチ。要はばれなきゃいいのじゃ!ヴィオラが何とかしてくれるのじゃ!!シュリのかっこいいとこ、みんなで一緒に見るのじゃ~。なぁに、精霊たちとて、あとでどうせ見に来るのじゃ。妾達に文句なんか言わせんのじゃぞ?だから安心して付いて来い!!なのじゃ~」


 力強くそう返す。
 それを聞いたポチががっくりと肩を落とした。
 長年イルルと一緒にいるポチには分かっていた。こうなったイルルは、もうなにを言っても人の言うことなど聞きはしないと言うことを。


 「任せなさい、イルル。私があなた達をしっかり引率してあげる。よーし、そうと決まれば善は急げね!!準備をして早速出かけましょ?」


 イルルの手を引き、ソファーから立ち上がり。
 ヴィオラは満足そうに微笑んでから、急ぎ足で娘の眠る寝室へと向かう。思った以上に上手く転がったわね~、とほくほくしながら。

 こうして、作戦参謀のジュディスも、作戦実行隊長のアリアも知らないところで、阻止作戦の一端が、見事なまでに破綻をきたしたのだった。
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