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第四部 王都の新たな日々

第445話 シルバのいない学院②

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 そんな訳で。
 傷ついた白い獣を伴った2人の帰還を、シュリはまんまるなおめめで出迎えた。


 「お、おかえり? もう情報収集、終わったの??」

 「いえ。潜入しての情報収集はまだですが、貴重な情報源を思いがけず手に入れたようなので、急ぎ戻って参りました」


 シュリの出迎えの言葉に答えつつ、シャイナは腕の中の獣をそっと床に横たえた。
 獣の意識はまだない。
 呼吸は安定しているし、命に別状はなさそうだが、細かい傷があちこちに出来ていて痛々しい。
 シュリはいざというときのためにいくつか用意してある、シュリの血を混ぜ込んだ回復薬を、獣の体にそっと振りかけた。

 すると、その体に出来た無数の傷はあっという間に癒され。
 傷一つない姿になった獣を見て、シュリはほっと安堵の息をつく。
 そしてその頭を優しく撫でながら、シャイナとオーギュストの報告を聞いた。
 2人は、いよいよ獣王国へ潜入しよう、としたまさにその時、たまたま偶然、川辺に倒れるこの子を見つけたらしい。


 (獣王国に潜入寸前で、かぁ。なるほど。だから2人とも猫耳を装備してるのか)


 オーギュストの作った猫耳の付け心地が良すぎるせいか、2人とも自分が猫耳をつけたままだと言うことをすっかり忘れてしまっているらしい。
 そんなコスプレ状態で真面目に報告をする2人が、何とも言えずに可愛らしかった。
 だが、にやにやしてるわけにもいかないので、表情を引き締めて2人の話を聞く。

 最初はただの獣と思って介抱したらしいが、介抱される中、その子は人の言葉を口にしたらしい。
 その内容が内容だったため、2人はその子をシュリの元へ連れ帰る決断をして、今に至る、そう言うことのようだ。


 「シルバと僕の名前を、かぁ。確かにそれは気になるね。ドリスティアへ行こうとしてたってことは、ここへ来て僕に助けを求めるつもりだったってことだよね」

 「恐らくは」

 「そうだろうな」


 シュリの発言に、シャイナとオーギュストが揃って頷く。


 「そっか。じゃあ、助けにいかなきゃね。シャイナ、オーギュスト。ジュディスに僕にしたのと同じ報告を。で、いつでも獣王国に行けるように準備をよろしくって伝えておいて。僕はこの子が目を覚ますのを待って話を聞いてから合流する」

 「はい、シュリ様」

 「了解した」

 「頑張ってくれたご褒美はちゃんと出発前にあげるから」

 「はいっっっ!!!」

 「っ!! 了解だ」


 うきうきと部屋から出ていく2人の背中を見送ってから、シュリは再び床に横たわる白い獣に目を移した。
 まだ目を覚ましそうにないその子は、傷は綺麗に治ったはずなのになんだかまだ辛そうだ。


 (床に直接だと可哀想かな。毛布でくるんであげようかな。あ、あとクッションも持ってこよう)


 シュリはどうしたらその子の体が楽になるか考えながら、せっせとかいがいしく世話をする。
 柔らかな毛布で体を包み、頭の下にはクッションをいれ。
 やれることをやりきったシュリは、それでもまだ目をさまさないその子の頭を優しく撫でる。


 「ん~。完全な獣の体を持ってるってことは、この子も王族なのかな? シルバの妹とか?? でも、婚約者の話は聞いたことあるけど、妹の話は聞いたことないなぁ。あ、もしかして、アンドレアの隠し子とか!?」

 「……婚約、者です」


 1人でぶつぶつ呟いていると、小さな可愛らしい声が返ってきた。
 いつのまにか目を開けていたその子の青い目が、シュリをじっと見上げている。
 白いもふもふの毛皮につぶらな青い瞳。
 その可愛らしさに、シュリの理性は一気に上限を振り切った。


 「うわぁ。可愛いなぁ。毛皮の色はシルバと似てるけど、犬科じゃないよね? 猫科??」

 「は、はい。雪豹です」

 「雪豹かぁ。可愛いなぁ。毛皮ももふもふだし」


 まるで大きなわんこを愛でるようにわしゃわしゃなで回しながらシュリはにこにこ顔だ。
 可愛くてもふもふなのにもテンションが上がったが、なによりぐったりしていたその子が起きあがってくれたのが嬉しかった。


 「あ、あの? 私、なんでここに?? というか、あの、あなたは、その、シュリ様、ですか? シルバのお友達の」

 「うん。僕がシュリです。シルバの友達の。君がここにいるのは怪我してた君を僕の従者達が見つけて連れ帰ったから。君はシルバの婚約者、なの?」


 シュリの問いかけに彼女は頷いた。
 そして毛布にくるまったまま、その身を少女のものに変える。


 「目の前で転身する失礼をお許し下さい。でも、あの姿のままでも失礼かと思いましたので。リューセリカと申します。シュリ様のお話はシルバ様からお聞きしていました。大層頼れる方、と聞いていたのですが、その……失礼ですが、本当にシュリ様ですか?」


 流れるような白銀の髪にアイスブルーの瞳の愛らしい少女は、目の前のシュリをまじまじと見つめながら問いかけた。
 その気持ちも分からないでもないけど、と苦笑しつつ、シュリは彼女に問い返す。


 「そうだよ。シルバから僕の見た目の特長とか聞いてない?」

 「え、と。銀色の髪に菫色の瞳の可愛らしい方、だと」

 「可愛らしい、は別にして、ほら、僕の色、でしょ?」

 「いえ、可愛らしいというのも、ぴったりな特徴だとは思いますが。でも、本当に失礼ですが、お兄様がいらっしゃるとかは?」

 「残念だけど一人っ子。なぁに? 僕じゃ不満??」

 「そ、そういう訳じゃないんですが、その、シュリ様が思ってたより、その……」

 「チビだって言いたい?」

 「そんな!? チビ、だなんて思いませんけど、思ってたよりずっと幼い方なので驚いてしまって。あなたに助けを求めてしまって本当にいいんでしょうか? よろしければ、あなたのご両親や保護者の方に許可を……」


 困ったような表情の彼女に、シュリは笑いかける。
 彼女を安心させるように。


 「大丈夫。安心して。僕に助けを求めたシルバは正しい。僕の見た目が幼いことで、リューセリカは不安に思ってるかもしれないけど、僕は君が思っているよりずっと強い。頼りになる知り合いもたくさんいる。シルバは僕の大切な友人だから必ず助けるよ」


 シュリはまっすぐに、友人の婚約者を見つめた。


 「僕みたいな子供の言うことを信じるのは難しいかもしれないけど、でも信じてほしい。信じる神のいない僕には神にかけて誓う、とはいえないけど。でも、僕の大切なもの全てにかけて約束する。リューセリカ、君の大切な人を必ず取り戻してみせるって」


 心を込めて、語りかけてくるその言葉に、白銀の少女は真摯に耳を傾ける。
 目の前の幼い少年の真剣な眼差しをまっすぐに見つめながら。


 「……リューシュ、と」

 「え?」

 「リューシュ、と呼んで下さい。友人も大切な人も、私をそう呼びます」

 「リューシュ、だね。分かった」

 「あなたを信じます。シルバの友人で、私の友人でもあるあなたを。聞いて下さいますか? 今、獣王国で何が起きているのか」

 「……ありがとう、リューシュ。聞かせて。獣王国とシルバに、何が起きたのか」


 目を見交わし、友人として微笑みあった後、リューシュは表情を引き締めて、ゆっくりと語り始めた。
 獣王国で起きた、政変について。

◆◇◆

 恐らく原因は私なんです、リューシュはそう語った。
 獣王国の世継ぎ・シルバリオンの婚約者であるリューセリカは平民の出だった。
 先祖返りで、王族と同じく完全な獣身を持つ彼女は、身寄りが無く孤児であったため、幼いうちに王家に引き取られたのだという。

 そこでシルバと兄弟のように仲良く育ち、年頃になった2人はお互いに恋心を抱くようになった。
 女王であるアンドレアは2人の想いを祝福し、彼女の後押しを受けて2人は婚約することになったのだという。
 アンドレア曰く、世継ぎが婚約者のいないままぶらぶらしていると、面倒なことしか起こらない、からだとか。
 なんというか、彼女らしい言い分だな、と思う。

 早すぎる婚約だと当事者の2人は思ったらしい。
 でも、早すぎるということは全くなく、それでも間に合わずに面倒事の種はもう芽吹いていた。
 シルバとリューシュ、アンドレアですら気づかない、日常の裏側で。

 謀反を起こしたのは、獣王国で1番力を持つ大臣だった。
 権力欲が強く、野心的なその大臣をアンドレアは嫌っていたらしいが、資産家であり政治的な支持者も多く、獣王国でも有数の名家の出でもある彼を排除することは難しく、手を焼いていたらしい。
 彼の方もアンドレアを侮り、嫌っていたらしいが、表だって反抗する様子は見せなかった。

 これまでは。
 しかし、世継ぎのシルバの婚約を発表したことで風向きが変わってきたのだという。

 彼には娘がいた。
 賢く聡明で、少し傲慢だが美しい彼女の年の頃はシルバにふさわしく、大臣は彼女をシルバの妃にする計画を着々と進めていた。
 だが。
 女王は己の息子の婚約を発表した。
 己の庇護化にあった平民の先祖返りを息子のつがいにすると。
 よりにもよってその娘を、獣王国で唯一、筆頭の大臣である彼に匹敵するだけの権力を有する宰相の養女にした上で。

 独り身の宰相では彼女の面倒を見るのは大変です。良ければ我が家で面倒をみましょう、と素早く方向転換した大臣は、親切顔を装って申し出た。
 しかし、女王はそんな彼の申し出をはねつけた。
 そなたには立派な娘が1人いる。それで十分だろう?
 そんな風に。

 かくして、大臣の野望は砕かれ。
 それによって生じた大きな不満は行き場の無いままに膨れ上がった。
 でも、それでも。
 それだけであったならば、大臣も女王に反旗を翻すような無謀は起こさなかっただろう。

 女王もそう考えていた。
 あの大臣に、そんな度胸はあるまい、と。
 しかし、女王の目にも見通せない要素が、彼女の予想を覆した。

 1つは彼の娘の想い。
 父親の大臣は己の権力を増すためだけの道具としか見ていなかったようだが、彼女は心からシルバを想っていたらしい。
 恋する男を手に入れるため、彼女は父親を操ろうとした。

 1つは大臣の行っていた不正が暴かれたこと。
 己の地位をいいことに私腹を肥やし、民を虐げていた事が発覚し窮地に立たされた。

 そして最後に。
 追いつめられた大臣に目を付けた者がいたこと。
 大臣に接触をしてきたその者は、かつて王位継承の資格を有していた。
 女王アンドレアの弟でシルバのおじである彼は、傍若無人で残虐な振る舞いを繰り返し、前国王から王位継承権を剥奪された上に辺境へ追放された……はずだった。

 だが、彼は密かに舞い戻り、己が得るはずだった地位にいる姉を恨み、己の血筋を高く評価して担ぎ上げてくれる標的を探し求めていた。
 そして彼は見つけたのだ。
 窮地に立たされた権力にしがみつく男を。 

 そんな3つの要素が絶妙に絡み合い、きしみながらも歯車は回り始めた。
 素行が悪く中央から遠ざけられた者達を大臣は見つけだし、言葉巧みに己の勢力に加え。
 女王の弟を御輿に担ぎ上げた反乱は、女王やその周囲の者の隙を見事について、それなりの成果を見せた。

 王城を占拠した上での女王とその後継の捕縛。主だった重臣も捕らえられた。
 宰相はどうにか彼らの手から逃れたようだが、多勢に無勢な上に女王と王子を押さえられている為、思ったように行動できないでいるらしい。

 リューシュはシュリに、そう語ってくれた。
 その内容のほとんどは、捕縛されて逃げ出すまでの間にアンドレアが語ってくれた事らしいが。

 虜囚となった身ですごい情報収集能力だなぁ、と思うが、あの女王ならありえそうだ、となんだか納得させられてしまう。


 「時間をかければ逃げられるし逆転も出来るが、早く助かるならそれに越したことはない。もし、ほかに外せない用事がないようなら、獣王国にきてみないか……そうあなたに伝えて欲しい。私が逃げ出す直前にアンドレア様から耳打ちされたお言葉です」

 「アンドレアらしい言葉だなぁ」

 「アンドレア様はそうおっしゃっていましたが、私が逃げ出したことで警備も更に厳重になったはずです。シルバもシュリにはシュリの生活があるから、無理があるようなら来なくていいと伝えてほしい、と言っていました。シュリ様に助けを求めろ、というのも、私を逃がすための口実だったのかもしれません。でも、もし、可能であれば……」

 「シュリ」

 「え?」

 「敬称はいらないよ。シュリ、って呼んで。友達はみんなそう呼ぶんだ」


 シュリはそう言って思い詰めた表情のリューシュに微笑みかける。


 「ねえ、リューシュ。リューシュは僕にどうしてほしい?」


 そして柔らかな声音で問いかけた。
 優しい優しいその声に促されるようにリューシュは口を開く。
 固く強ばっていた心がほぐれていくような感覚だった。


 「シルバとアンドレア様を助けて、下さい。あの2人は、身よりのない私に与えられた奇跡なんです。何よりも大切な人達なんです。お願い、します、シュリ」

 「分かった。僕に任せて。シルバもアンドレアも必ず助ける」


 シュリは笑い、リューシュの頭を撫でる。
 そしてキキを呼ぶと、彼女を休ませてほしい、とリューシュの世話を彼女に任せ、自身は獣王国問題の作戦本部と化しているであろう執務室へと向かうのだった。
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