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第四部 王都の新たな日々

第437話 夏休み後半戦のはじまり

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2月11日、16年連れ添った愛猫が亡くなり、愛猫を見送って気持ちが落ち着いてきたなと思ったら今度は体調を崩し。
発熱が激しく、パソコンを開けませんでした。
間が開いてしまってすみません……。
お待たせしました。ようやく元気になりました(例のアレではありませんでした)

本当は2回に分けようと思っていたのですが、休んだ分、ボリューム多目でお届けします。

******************************

[神の気をまといし者]
 神の身に宿る神気を一定量以上体内に取り込んだ者に与えられる称号。
 神気の影響で成長が緩やかになり、老化が遅くなり、長い寿命を得る。
 神気の守りにより、即死レベルの攻撃を受けても即死せずにぎりぎり耐えられる。
 ダメージを受けても神気の影響で緩やかに回復する。


 ステータス画面に記載されたその説明を読んだシュリは、起きて早々にベッドに崩れ落ちた。
 世の中のほとんどの人は喜ぶであろう内容だったが、早く大きく男らしくなりたいシュリにとってはありがた迷惑な話に他ならない。
 ただでさえ他の同じ年の子達と比べて成長が遅いように感じるのに、これ以上その成長がゆっくりになったらどうすればいいのか……。


 (僕はいつまで子供でいたらいいんだろう……)


 ああ、早く大きくなりたい。
 そんなシュリの心からの嘆きから、その日ははじまった。

◆◇◆

 「しかし、フィフィは恥ずかしがり屋さんだねぇ」


 ある家族の朝食の時間、朝食を終えた娘を見送った父親は、苦笑しつつそうこぼした。
 それを聞いた母親が微笑み答える。


 「中々素直になれないお年頃ですもの。仕方ないんじゃないかしら?」

 「う~ん。そういうものかなぁ。でも、やはりシュリ君は早めに押さえておくべき物件だと思うんだよ。彼が現在の婚約者候補の中から1人選んで婚約発表してしまうと少々やっかいだしね。まあ、王家の強権を発揮できない訳ではないけど、できれば強引な手は使いたくないからなぁ」

 「そうですわねぇ」


 娘を愛する父と母は、顔を見合わせて思案する。
 娘を愛するが故に、娘により良き相手を見合わせてやりたいと思っているのだ。

 元来、王族の娘は国同士を結びつける為の政略結婚の手段として使われてしまう事が多いが、フィフィアーナは国王夫妻の唯一の子供だからその心配はない。
 とはいえ、女王として王家を継ぐ身ではあっても、次の後継を得るために配偶者を得る必要だけはある。

 国とのつながりを考えるなら、他国の継承順位の低い王子や有力貴族の子息を婿にもらう事も考えてもいいのだが、その場合、野心が強い相手だと面倒事が起きないとも限らない。

 そんな心労を娘に負わせるくらいなら、自国の貴族の中から選ぶ、という手もあり、国王夫妻もその選択肢に重きを置いているのだが、どうにもこうにも娘の反応が芳しくないのだ。

 国王夫妻が揃って気に入っているシュリは、貴族としての身分こそそれほど高くないが、祖母にSSランクのヴィオラ・シュナイダーを持ち、本人も、商都・帝都から立て続けに感謝の言葉が届けられるほどの能力を持っている。
 本人の性格も好ましく、フィフィアーナとの年齢の兼ね合いもちょうどいいし、かなりの優良物件だと思うのだが、当の本人であるフィフィアーナが頷かないのでは話の進めようもなかった。


 「なにかいい手がないものかなぁ」

 「そうですわねぇ……あ」

 「ん? 何かいい手が思いついたかい?」

 「いい手というか、いっそのこと、フィフィアーナにいくつか縁談を用意してみるのは? そうすれば、あの子もシュリ君がどれだけ理想的な相手か分かるんじゃないかと思うのだけど、どうかしら?」

 「ふむ。確かに一理あるね。まあ、もし、フィフィが別の相手を選ぶとしても、それはそれであの子が伴侶を得ると言うことには変わりないし。そうだね。やってみようか」

 「じゃあ、宰相とも相談しながら、あの子との縁談を望む相手を集めてのダンスパーティーを企画してみるわ。シュリ君は、そうね。商都と帝都で頑張ったご褒美という口実で呼ぶことにしましょう」

 「フィフィに求愛したい相手には求愛の場を与え、フィフィには己の伴侶を直に見て選ぶ場を与える、という訳だね。いい考えだ」


 国王と王妃は、顔を見合わせてにっこり笑う。
 こうして、知らぬは娘ばかりの計画が、始動したのだった。

◆◇◆

 「またしてもシュリナスカ・ルバーノとルージュ……いえ、イルルに会えませんでしたね」


 とある宿屋の受付で蒼い色合いのよく似合う美女がひっそりとため息をつく。
 昼時の宿屋の受付は比較的暇である事が多く、その日も客の訪れない受付で彼女は1人ぽつんと座っていた。


 「しかし、思わぬところで人間の子育て事情を見てしまいました」


 その時のことを思い出し、蒼い美女……氷の上位古龍ハイエンシェントドラゴンであるシャナクサフィラは、熱のこもった吐息を漏らした。
 脳裏に浮かんでは消えるのは、ルバーノ家を訪ねた際に対応してくれたメイドとその息子の姿だ。

 息子は母親に抱かれて過ごすには少々成長しすぎに見えたが、メイドの母親はそれを甘えん坊の一言で終わらせた。
 そしてあろう事か、一応は客人である自分の目の前で息子にじゅ、じゅ、じゅにゅう……。
 つまり、乳を吸わせ始めたのである。

 といっても、授乳している姿は、子供を抱くためのものらしい妙なアイテムで覆い隠されていたが。
 でも、子供に乳を飲ませる彼女は非常に幸せそうで、なんだかとても。
 とても気持ちよさそうだった。


 「……子供に乳を吸わせるときの母親とは、あんなにも気持ちの良さそうな顔になるものなのでしょうか」


 1人、呟く。シュリがいたら、慌てて否定しそうな内容を。
 彼女自身は、その部分を吸われた経験がないので実のところよく分からない。
 子供を産んだ経験はもちろんないが、特定の雄と親しくつき合った経験もなかったから。


 「でも、まあ、気持ちよく子育てが出来るならそれに越したことはないのかもしれません」


 再び、シュリが聞いていたら青くなりそうなことを呟き、彼女はそっと頬杖をつく。
 そして、


 「私もいつか、子供を持つことがあるんでしょうか。ですが、そのためには相手を見つけないといけませんね。めぼしい相手が、いたでしょうか?」


 独り言をこぼしながら、知り合いの雄を脳裏に思い浮かべる。
 今期の上位古龍ハイエンシェントドラゴンに雄はおらず、それに次ぐ実力の持ち主と持ち上げられている雄達は傲慢な性格が鼻につく。
 かといって、弱い者ならいいかといえばそういうわけでもない。
 能力が不足している雄達は卑屈な性格の者が多くてうっとおしいことこの上ない。


 (幼くてもいいのです。強くても弱くてもどちらでも。ただ、己の力を奢らず卑屈にならずまっすぐ育つ、心根の清い者であれば)


 シャナクサフィラは己の理想の相手を夢想する。
 その脳裏に、少し前に知り合った銀色の髪の少年の顔がぽんと浮かび上がった。
 鮮明に浮かび上がったその映像を、慌てて首を振って振り払う。


 「流石に子供過ぎです。しかも彼は人間じゃないですか。種族が違います」


 かすかに頬を染め、己を戒めるように呟く。
 だが、それを打ち消すように心の声がささやいた。人の形態をとれる龍族は人と子をなすことが出来るはずでしょう、と。


 「そ、それは、確かにそうですが。で、でも、やはり、彼は幼すぎます」

 (幼くてもいい、と言っていたでしょう?)

 「た、確かに! いっ、いえ。幼くてもいいといっても、やはり限度が……」


 端から見ていると、己の心の声を相手に会話するあやしい人物だが、本人は至って真剣だ。
 彼女は心の声の誘惑を退けるように、激しく首を振る。
 そしてまた心の声と会話をし。
 昼時で客がいないことをいいことに、彼女のそんな1人芝居はしばらく続く事になるのだった。

◆◇◆

 ユズコはその日、朝から煮詰まっていた。
 ……いや、正確にはその日も、というべきか。
 とにかくここ数日、創作的なひらめきが全く訪れず、仕事面でも趣味の面でもかなり追いつめられていた。
 趣味はともかく、仕事には締め切りというものが付き物であり。迫る期限がユズコの精神を追いつめる。


 (BLが……良質なBL分が欲しい)


 本能が求めるままに、ふらふらと街に出たユズコの向かう先は1つ。
 少し前にオープンした「悪魔の下着屋さん」である。
 ユズコの推しであるシュリが経営するその店のデザイナーは3人が3人とも美男子であり、比較的店にいてくれることが多い為、ユズコの中ではかなり良質なBL分補給スポットとなっていた。
 しかし、今週は運に恵まれず、日参しては安い下着を購入しているというのに、まだ彼らの顔を拝めていなかった。


 (今日も彼らがいなかったらどうしよう……このままじゃパンツが貯まる一方に。他の場所へ行く? でも、やっぱりあそこが1番安定してて顔面偏差値も高いしなぁ)
 悩みつつも、足はまっすぐに「悪魔の下着屋さん」を目指す。
 ユズコの心は「悪魔の下着屋さん」一択なのだが、実は王都にはもう1カ所、男性同士がいちゃいちゃしている様子を安定して見られるスポットがあった。

 だがしかし、男性は男性でも漢女おとめと呼ばれる女装の男性が働く乙女チックなお店で、腐った乙女でおしゃれが苦手なユズコには少々敷居が高い。
 更に、そのお店の2人の従業員は、男らしい美貌のイケメンと言えるレベルの顔面偏差値ではあるのだが、かなりのマッチョさんなのである。
 ユズコは女装男子批判派ではなかった。むしろ、美少年の女装はむしろ大好物。だが残念な事にマッチョ男子が苦手、なのだ。
 故に、一部マニアな腐女子が通うその店にも、友人に誘われて数回行ったことがある程度だった。

 そんなことを考えながらのそのそ歩くうちに、正面にすっかり見慣れた華麗な建物が見えてきた。
 今、王都で1番の人気スポット、「悪魔の下着屋さん」である。
 よく教育された店員さん達に出迎えられつつ、ユズコはこそこそと店内へと侵入した。
 店に入った瞬間、


 「でもさぁ、腹がたつと思わない?」


 階上のカフェスペースの辺りからかすかに聞こえたその声に、アドレナリンがぶわっと吹き出した。


 (いる!! 今日はいるぅっ!!)


 それまでの動きとは見違えるような早さで、ユズコは一息に階段を駆け上り、カフェスペースへと入り込む。
 そして、優雅に紅茶のカップを傾けるイケメン3人を余すことなく視界に収められるベスポジに腰を落ち着けた。
 そして、メニューで顔を隠しつつ、彼らをちらちらと盗み見る。

 今日は3人勢揃いでのお出ましだ。
 ここ数日の不運を打ち消す幸運に、ユズコはメニューの陰でにんまり笑った。


 「腹が立つ? なにがだ??」


 落ち着いた口調でそう言ったのは、長男的ポジションのノワールだ。
 大人の男の色気たっぷりの美貌が、今日も目に突き刺さる。


 「あいつだよ。あいつぅ。あの生意気な門番見習い」


 唇を尖らせ、どこか甘えた舌足らずな口調で言うのは、末っ子的ポジションのレッド。
 癖のある赤毛が奔放にはね散らかしている髪型は、きっとレッドにしか似合わないであろうと言い切れるほどに、絶妙な可愛さを演出している。


 「??」


 最後に、無言でこてんと首を傾げたのは、無口が売りのクールビューティーと見せかけた天然青年。次男的ポジションのブランは、今日も見ているだけで幸福感がわき上がる美しさだった。


 (はぁ~。幸せ。枯渇してた心が潤うぅぅ)


 不足していたBL成分をせっせと吸収しつつ、ユズコは3人の会話に耳をすます。といっても、話しているのはほぼノワールとレッドなのだが。


 「生意気な門番見習い…・・・。ふむ。タントとかいう子供のことか?」

 「そう! それ!!」

 「やはり、門を通る度に挨拶してくれるあの少年のことか。礼儀正しい子供だと思うが、なにが不満なんだ?」

 「シュリへの態度に決まってるでしょ? シュリが優しくしてあげてるのをいいことに、あいつ、シュリに言いたい放題じゃん」

 「そうなのか?」

 「そうだよ!! 僕もまあ、たまたま見かけただけだけど、今度見たら容赦しないよ。お仕置きしてやるんだから」


 タント、という男の子についての会話を聞きながら、ユズコは心のメモ帳にその名を刻んでおく。
 レッドが口にした、お仕置き、と言う言葉にドキワクしながら。


 (シュリ君の美しさを前に素直になれない門番見習いの少年タント。それを見咎めたレッドにめくるめくお仕置きを受けた事をきっかけに恋の花が。でも、シュリ君への歪んだ恋心も捨てきれずに……。うん、この設定で何本か書けちゃいそう)


 くふくふ1人で笑っていると、また1人、カフェスペースに客が入ってきた。
 ちらりと視線を向けると、新たな客も若い男性のようだ。
 身分は平民ではなく恐らく貴族。平民が身につけるには豪華すぎる服が、その身分を物語っていた。
 彼はふらふらと歩いてきて、崩れ落ちるようにイスに座ると、テーブルにすがるように顔を伏せた。


 「今日も……今日もシュリたんに会えなかった。ここにくればシュリたんにあえるかもしれないという情報を各方面から必死の思いで探り出したというのにっっ」


 嘆く彼も、ユズコと同様、シュリ推しの人らしい。
 何となく親近感を覚えて注目していると、彼は身悶えるようにしてさらなる嘆きを表現した。


 「シュリたん、ああ、シュリたん。君はどうしてシュリたんなんだい」


 お前はジュリ○ッ○か、とつっこみたくなるようなセリフをはきつつ、彼は体をよじよじくねらせる。
 ちょっぴり気味が悪い。
 と、思ったのは周囲の人も同様だったらしく、カフェスペースにやってきたお客様が、彼の様子を見て引き返していく。
 それに気づいたのだろう。


 「シュリを慕ってくれる気持ちは嬉しいが、少々気味が悪いからあちらで少し休もう」


 渋々と言った様子で、ノワールが彼に声をかけた。
 オブラート!! 、と思わないでもないが、ノワールは悪くない。ただ事実を言っているだけなのだから。


 「そう言うあなたは?」

 「俺はこの店の商品のデザイナーだ。客の相手も仕事のうちだから気にするな」

 「この店の人、ということは、シュリたんとも?」

 「シュリは何よりも大切で愛おしい俺の主だが?」


 それを聞いた青年は、ノワールの腕をがっとつかんだ。


 「……しい」

 「なんだ??」

 「うらやましいぃぃ!! シュリたんを主と呼べるあなたがうらやましすぎるぅぅぅ!!」

 「そ、そうか。まあ、その気持ちも分かるぞ。シュリは素晴らしい主だからな」

 「そうそう。控えめに言っても最高な主だよね」

 「こくっ、こくっ」


 シュリを自慢する機会を逃したくなかったのか、青年の周りにはいつの間にか、黒・赤・白が勢揃いしていた。


 「どうかこの哀れな子羊に、シュリたんを主と呼ぶための秘訣を教えて下さいぃぃぃ」


 青年は恥も外聞もなく、3人のイケメンにすがりつく。


 「シュリを主と呼ぶ秘訣、か。長くなるぞ?」

 「教えてあげないでもないけど、覚悟して聞きなよね」

 「こくり」


 3人は、若干変態ちっくな青年を懐深く受け入れて、彼を連れてカフェスペースから出て行った。
 きっと店のバックヤードで、3人がかりであの青年に激しく甘く教育を与えるのだろう。
 青年の性格はともかく、見た目はまあ、ぎりぎり合格ラインと言えるから、有り無しで言えば有りな展開だ。
 甘く、の部分は完全にユズコの妄想に過ぎないが。

 彼らが去り、カフェスペースにはユズコ1人。
 BL成分の供給源がなくなってしまったので、ここにいる意味もなくなってしまった。


 「……さ。パンツ買って帰るか」


 1人呟き立ち上がったユズコは、カフェスペースの入り口から入ってきた小柄な人影に、何気なく目を向け、目を見開いた。
 艶やかな銀色の髪を揺らしてこちらを見上げる、奇跡のように美しくも愛らしいその顔は、ユズコが夢にまで見る最推しの少年のもの。

 夢かな、と思って目をこすってみたが、目の前の少年の姿は消えない。
 流石に夢だよなぁ、と思ってほっぺたもつねってみたが、それでも少年は消えなかった。
 ならばこれは現実なのだろう、と腹をくくり、ユズコは目の前の奇跡をじいぃぃぃっと見つめた。
 挨拶をするという基本的な行為も、瞬きすらも忘れて。
 心の底からスケッチブックを切望しながら。

 そんなユズコを見て、シュリは目を輝かせた。(見間違い出なければ)
 彼はいそいそとなにやら本を取りだして、ユズコに向かってさっと差し出す。
 そして、悶絶級に愛らしく微笑んで、


 「ユズコ先生ですよね。僕、先生のファンなんです。サイン、下さい」


 そう言った。(聞き間違いでなければ)
 まじか、と思いつつ、ユズコは差し出された本に向かって震える手を伸ばす。
 受け取った本は、つい先日売り出した新刊だった。
 推しが自分の本を買って読んでくれたという幸せを噛みしめつつ、ユズコはサインをするために本を開く。
 手が震えないように気をつけながらサインを書き、どうぞ、と言葉少なに手渡した本を嬉しそうに受け取ったシュリの笑顔がまぶしすぎて。

 その後、何か言葉を交わしたんだろうけど、正直記憶に残っていない。
 もったいないと思うけど仕方がない。推しが可愛すぎて尊すぎるせいだ。
 こうして、十分すぎるほどにBL成分の供給を受けたユズコは、それから数日、寝食も忘れ創作に没頭することになるのだった。

◆◇◆

 「シュリ、元気かなぁ。寂しくて泣いてないかなぁ。まあ、頑張りやさんのシュリのことだから、きっとみんなと仲良く勉強も一生懸命に過ごしてるんだろうけど」


 1日の終わり。1人寂しくベッドに横になって、ミフィーは最愛の息子の事を思う。
 昼はまだいい。
 屋敷ではシュリの話に興じる相手に事欠かないし、親友と呼べるくらいに仲良くなったシュリの乳母のマチルダと話すのも楽しいから。

 でも、夜はダメだ。
 シュリの不在と孤独を、痛いくらいに感じて持て余してしまう。
 特にここ最近はその傾向が強かった。

 夏休みこそシュリに会いに行こうと計画していたのに、カイゼルにどうしても領地を離れられない用事が出来てしまって、計画は見事なまでに頓挫してしまったせいだ。
 会えると思っていたのに会えなくなった、というのはかなりのダメージだった。
 エミーユは、ミフィーだけで行ってもいいと言ってくれたのだが、居候の身で我が儘を言うのは気が引けた。


 (こんな事なら、冒険者ギルドとかで働いて、お金を稼いでおくんだったなぁ)


 ため息とともにミフィーは思う。
 別にお金はないわけではない。でも、それはルバーノ家から与えられたお金であって、ミフィー自身が稼いだものではなく。
 もらったお金で自分だけシュリに会いに行くのは気が引けて、旅行をすすめるエミーユに頷くことが出来なかった。

 せめて、自分で稼いだお金が王都に行くのに十分なくらいにあれば、ミフィーも無駄な我慢をせずに息子に会いに行った事だろう。


 (冬の長期休暇までにはお金を貯めて、絶対に会いに行くからね)


 ミフィーは遠く王都にいる息子に向かって心の中で話しかける。
 その時はマチルダも誘ってあげよう、と思いながら。


 「シュリぃ。会いたいよぅ」


 くすんと鼻をすすり、もう寝てしまおう、と頭から毛布をかぶってしばらく後、


 「母様? 寝ちゃった??」


 そんな声が聞こえてミフィーは飛び起きた。
 その勢いのまま声のした方を見れば、そこには会いたいと願っていた存在が、びっくりしたように目を丸くしてちょこんと鎮座していた。


 (い、いよいよ幻覚と幻聴が……)


 ごくんと唾を飲み込んで、ミフィーはそろそろと手を伸ばして息子のほっぺに触れる。そのほっぺたは、もちっとして温かく、とても幻覚とは思えなかった。


 「じゃあ、夢?」


 思わず呟くと、ふはっと笑った愛しい息子がぎゅうっと抱きついてきたので、年の割には小さなその体をミフィーもぎゅっと抱き返した。
 夢とは思えないくらいリアルな感触にこぼれた、満足の吐息と共に。


 「夢じゃないよ。迎えにきたんだ」

 「お迎え? じゃあ、私ってば死んじゃうの? もしかして?」

 「も~。どうしてそうなるの。母様はまだまだ死なないよ。山ほどの孫や曾孫に囲まれて、もう十分って思うまで生きてもらう予定なんだから。それまでは、父様が寂しがって迎えにきても追い返すつもりだし」

 「えっと、じゃあ……なんで??」


 理解が追いついていないらしい母親の混乱した顔を愛おしそうに見つめて、シュリは柔らかく微笑んでその頬にちゅっと可愛いキスをした。
 そしてそのままミフィーの手をとって、


 「マチルダが手紙で、母様が寂しがってるって。だから迎えにきたんだよ。これから一緒に王都に行こう。それで、明日は1日僕とデートしよ」


 誘うようにその手を引いた。


 (マチルダってば。でも、本当にどっちなのかしら。夢? 現実?? でもシュリは王都にいるはずだし、王都は遠いし……)


 ぼんやり考えつつ、ミフィーは誘われるまま立ち上がり、シュリの導くままに部屋の中をすすむ。
 そして部屋の片隅に来たところで、シュリに言われた。目を閉じて、と。
 ミフィーはなにも疑うことなく、息子の言葉に従った。

 目を閉じたのはほんの数瞬。
 移動だって、息子の手に導かれるままに数歩前に進んだだけ。

 それなのに、目を開けて良いよ、という息子の言葉に目を開いたとき、もうそこは慣れ親しんだ自分の部屋ではなかった。
 驚いて目をぱちぱちしていると、


 「「「「「「いらっしゃいませ、ミフィー様」」」」」」


 きれいに唱和する出迎えの声に、ミフィーはようやく、この部屋にいるのは自分と息子だけじゃないと気がついた。


 「ジュディスとシャイナとカレン、は知ってるよね。こっちのルビスとアビスは王都に来てから僕専属として働いてくれてるんだ。それからキキも、僕付きで頑張ってくれてる。キキのことも覚えてるでしょ?」


 頭が混乱してて、でもかろうじて頷いたミフィーの手を引いて、彼女をベッドのふちに座らせた。
 そしてされるがままのミフィーを、寝かしつけるように横にすると、


 「母様。今日はもう寝たらいいよ。明日はきっとすごく楽しいから期待してて」


 柔らかな響きのシュリの言葉と優しい微笑みが眠気を誘う。
 ゆっくりと頭をなでてくれるシュリの手が気持ちよくて。
 ミフィーはゆっくりと眠りの中へと落ちていった。

◆◇◆

 「ん。寝たみたいだ」


 母親の寝息が穏やかになってからしばらく様子をみていたシュリは、微笑んで彼女のおでこから手を離した。
 それからおのれの専属(愛の奴隷+キキ)の方を振り向いて、


 「みんな、出迎えありがとう。後は僕が母様の面倒をみるから、今日の仕事は終わりにしてもう休んで?」


 ねぎらいの言葉をかけた。
 ミフィーがいるから、今日の添い寝当番の仕事はない。その辺りの調整は不満がでないようにジュディスがやってくれるはずだ。
 おやすみなさいませ、と口々に言ってみんな部屋から出ていく。最後にジュディスが残った。


 「シュリ様、置き手紙は置いてきて頂きましたか?」

 「うん。見つけやすいように、ベッドの上に」

 「ありがとうございます。手紙には、気晴らしに1日出かけてくる、と書いておいたので、明日1日不在でも捜索される事はないでしょう。これで気兼ねなく親子の時間を過ごすことが出来ますね」

 「うん。明日は母様に思いっきり楽しんでもらわなきゃ」

 「そうですね。シュリ様も、楽しんできて下さい。久しぶりの、お母様とのお時間ですから」

 「うん、ありがとう、ジュディス。さ、ジュディスももう休んで。僕ももう寝るよ」

 「はい。シュリ様、おやすみなさいませ」


 そう言って、ジュディスも部屋から出ていった。
 残されたシュリは、大きなあくびを1つ。
 急にやってきた眠気に目をこすりながら、もうすっかり眠っている母親の横に寄り添うように寝ころんだ。
 そして。


 「おやすみなさい、母様」


 ミフィーの背中にぎゅうっとくっついて、幸せそうに目を閉じた。

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