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第四部 王都の新たな日々

第419話 天使の舞い降りるとき④

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 兄への報告を終え、竜舎へ向かうとなぜかアマルファの姿がどこにもなかった。
 竜舎を預かる者も、その時竜舎に詰めていた者もアマルファの不在に気づいておらず、アマルファの所在を訪ねるレセルファンの言葉にひどく驚いた顔をして、そろって首を横に振った。

 だが、それも仕方がないのかもしれない。
 第三王子の騎竜であり、特別に体の大きかったアマルファは、他の飛竜達と分けられて特別な房に入れられており、掃除や食事の世話以外で出入りするのはレセルファンのみ。
 そういう意味では、彼女の不在に気づかないのも仕方がないのかも知れなかった。

 しかし、問題はどうやって、という点だ。
 特別な房とはいえ、直接外へ出る方法は流石に無く、出入りする時は普通に人の目に触れる。
 アマルファの体躯は並外れて大きく、鱗も鮮やかなエメラルドで、他の飛竜の振りをするもの難しい。

 考えれば考えるほどアマルファが誰の目にも触れずに姿をくらませるのは不可能だと思うのだが、実際に彼女の姿は無く、どうにかして外へ出たのは確かだろう。
 竜舎の者達に、なんでもいいから普段と違ったことは無かったか聞いてみたが、その時、竜舎員の見習いの少年が妙なことを言った。

 赤い髪の女と、エメラルドの髪の女が連れ立って竜舎から出てくるのを見た、と。
 今まで見たことのない人物だったので、後を追ったが建物の角を曲がったところで見失ってしまったという。
 余りに鮮やかな消えっぷりだったので、幻でも見たのだろうと思っていた。
 見習いの少年はそう語った。

 赤い髪の女に覚えはない。
 だが、エメラルドの髪の女、と言われるとレセルファンの脳裏には浮かびあがる面影があった。
 いとこ達の別荘の湖で、1度だけ会った女性。
 名も名乗らずに去ってしまった彼女も、美しいエメラルドの髪をしていた。
 まるで、アマルファの鱗の色を、そのままうつしたように。

 アマルファの姿が無く、エメラルドの髪色の女性が目撃される。
 なんだか色々と出来すぎた状況のように感じられた。
 だが、流石にそう信じ込むことは難しく、


 (まさか、な。飛竜が人の形態をとるなんて聞いたことが無いものな)


 心の中で小さくつぶやいて苦笑した瞬間、


 「レセルファン様。シュリが合図を送ってくれた場所までもうすぐですが、敵に見つからないようにこの辺りで竜から降ります。よろしいですか?」


 竜に同乗させて貰っていたエルミナの声に、レセルファンははっとして思考の海の中から浮上した。


 「……ああ。そうしよう。部隊の皆に合図を頼む」

 「はっ。お任せ下さい」


 答えたエルミナは、他の竜騎士に降下の合図を送り、彼女の竜も主の指示のもとゆっくりと降下をはじめた。


 (ファラン、アズラン、待っていてくれ。すぐに助けに行く)


 近づいてくる地面を眺めながら、レセルファンは囚われのいとこ達に心の中で語りかけ、今はひとまずアマルファの事は考えないように己を戒めるのだった。

◆◇◆

 「よし。合図はこれでいいね。じゃあ、僕らは中に入ろうか」


 立ち上る煙を見上げ、シュリは軽い調子でそう言った。
 ちょっと近所まで買い物に行こうか、とでもいう感じに。


 「突入でありますね!!」

 「いや、でも、応援を待たなくてもいいのか? こうして合図も出したわけだし」

 「大人数で動くと中にいるアズランとファラン、ついでにイルルとアマルファが危険かもしれないし。待ってる時間も惜しいから少人数で突入して鎮圧しちゃおう。もし人手が必要になったら、僕の精霊達も呼んでもいいし」

 「確かに、それもそうだな。よし、じゃあ、いくか」

 「うん。行っちゃおう。恐らく1階にいるのは護衛の人達……」

 「雑魚だな」

 「雑魚でありますね」

 「ま、まあ、そうとも言えるかな。恐らく、1番大事な獲物のファランは2階にいるんじゃないかな。第二皇子も恐らくは。で、もし地下があるなら、アズランやついでのイルルとアマルファはそこに捕らえられてる可能性が高い気がする。だから、まずは1階を出来るだけ静かに制圧して、それから2階へ向かおう。地下は、まあ、最後でいっか。イルルにはもうしばらく反省しててもらおう」

 「わかった。異論は無い」

 「ポチも、了解であります」


 頷く2人に微笑みを返し、シュリは無造作に建物の出入り口へと向かう。
 当然の事ながらそこには見張りが2人ほど立っていて、彼らは近づいてくる幼児に不思議そうな顔を向けた。


 「こんにちはぁ」

 「なんだ、坊主。この近くの子供か?」

 「帰れ帰れ。ここはお前みたいなガキが来ていい場所じゃねぇんだぞ」

 「でも、ここには皇子様がいるんでしょう? 僕、皇子様に会ってみたくて……」

 「ったく、そんな情報、どこから漏れたんだよ」

 「どうせ前金で飲みに出た下っ端がどこかでうっかり漏らしたんだろ? おい、ガキ。皇子様がお前みたいなガキに会ってくれる訳ねぇだろ。帰った、帰った」

 「そうだぞ? とっとと帰れ……ぐっ」

 「おい、どうし……うごっ」


 ガタイのいい男が2人、相次いで地面に崩れ落ちる。
 シュリが2人の気をひいている内にこっそり忍び寄ったジェスとポチが気絶させたからだ。

 シュリが頷きかけると2人も頷き返し、それぞれ1人ずつ男を引きずって左右に分かれて建物の側面へと消えていった。
 気を失った見張りを縛り上げて隠した後、2人はそのまま進入できる場所を探してこっそり建物内に進入する。
 そんな彼女達を見送ってから、シュリは目の前の扉をそっと開けて中へ入り込んだ。

 室内では、たくさんの男が思い思いに過ごしていた。
 その男達の目が一斉に侵入者へと集まり、シュリはあっという間に注目の的に。
 シュリはたじろぐことなく彼らの視線を受け止めて、無邪気ににこりと微笑んで見せた。


 「こんにちは。僕、ここに皇子様がいるって聞いて来ました」

 「おまえ……どうやって入ってきた? 見張りはどうした?」


 男達の1人が立ち上がり、近づいてくる。
 シュリは小首を傾げて彼を見上げた。


 「えっと、僕が来たときにはドアの前にいませんでしたよ? でも、声が聞こえた気がしました。上物だ。空き部屋にしけこもうぜ。どうせ見張ってても誰もこない、って。僕の聞き間違いかもしれないですけど」

 「ったく、奴ら、女を捕まえてさぼってやがるな。おい、てめぇら。手分けして空き部屋を探してこい。奴らにだけ、いい思いをさせてたまるかよ」


 男がそう言うと、暇を持て余していた男達が建物内に散っていった。
 その場に残ったのは、シュリとシュリに応対している男が1人。
 シュリは無邪気な子供の仮面を被ったまま、男の顔を見る。


 「お兄さんは行かないんですか?」

 「俺も行くさ。お前を追い出してからな」

 「でも、僕、皇子様に会いたいんです」

 「皇子様は忙しい方だから、お前みたいなガキに会ってる暇はねぇんだよ。とっとと出てけ」

 「だけど、どうしても皇子様に会いたくて。あっ、階段!! 皇子様は地下にいるんですか?」

 「ばぁか。偉い人を地下に押し込めるわけないだろ? 地下にいるのは捕虜とその見張りだけだよ。皇子は上だ」

 「お姫様もいるんですよね?」

 「ああ? どうしてそんなことまで知ってるんだよ? ったく、誰が情報を漏らしたんだか。バレたら面倒くせぇし、このガキも始末しちまうかな」

 「しまつ?」

 「悪く思うなよ? 坊主。恨むなら、のこのここんなところまで来ちまった自分自身を恨むんだな」


 そう言いながら男はナイフを抜き出してしっかりと握る。
 その様子を、シュリは冷静に眺めた。


 「せめてひと思いに殺して……うぐっ!!」
 「……誰がシュリを始末させるか。バカなのか? それにお前如きがシュリをどうこうできるわけないだろう? 身の程知らずな男だ」

 「シュリ様に手を出そうとするなんて、ふてぇ野郎、なのであります!!」


 ナイフを振りかぶったその手が振り下ろされる前に、男の首筋と腹に、手刀と拳がめり込む。


 「ふむ。なんだ。同時だったか。やるな、ポチ」

 「いえいえ、ジェス殿こそ、かなりの腕前でありますね!!」


 崩れ落ちる男を間に挟み、ジェスとポチが互いを賞賛しあう。
 そんな2人を微笑ましく見上げ、


 「2人とも、早かったね。けがはない?」


 そう問いかけると、2人はそろって首を縦に振った。


 「ああ。大丈夫だ。シュリが敵をばらけさせてくれたから、うまく各個撃破できた」

 「であります! みんな、見事なまでにバラバラの個人行動でしたでありますね~。1人1人お休み頂くには好都合でありました!!」

 「恐らく、主力の全部がここにいる訳じゃないんだろうな。というか、すべての戦力をこの別荘に押し込むには少々無理があるだろうしな」

 「だね。広々とした作りではあるけど、大量の兵士を収容できるようにはなってないし。まあ、別荘として作られた建物だろうから、それも仕方ないんだろうけど。余剰の戦力は、ここにはいないだろうね」

 「我々にとっては好都合な話ではあるな。流石に軍隊並みの戦力をまるまる相手にするとなると、少々骨が折れる」

 「確かに、3人じゃちょっときつかったよね。ま、その場合は、イルルを先に解放して暴れてもらうって手もあったけど、犠牲がハンパなく出そうだから、ちょっとね~」


 シュリは苦笑しつつ、倒れた男をてきぱきと縛り上げた。


 「じゃあ、地下は後回しだから2階に行こう……」


 そう言って、階上へと続く階段へ向かおうとしたが、その階段を誰かが降りてくる気配に足を止めた。


 「やけに静かだからおかしいと思って来てみれば、ネズミが3匹も入り込んでるとはな。しかも、雌が2匹にようやく乳離れしたばっかの子ネズミときたもんだ。俺達もなめられたもんだな。確かにここは兵隊を置いておくのに適さねぇし、大半の兵隊は公爵様のお屋敷に帰しちまったが、ここにいるのは一応少数精鋭、ってやつのはずなんだがな。それをこうもあっさりのしちまうとは、ネズミもあなどれない、ってことだな。といっても、俺も、俺直属の部下も、上にいたからまだピンピンしてるがな」


 ゆっくりと階段を降りてきた男は、シュリ達の顔ぶれを見回してそう言った。
 その男を見たジェスの唇から、


 「トゥード隊長……」


 そんな言葉がこぼれ落ちる。
 それを聞いたシュリは思う。アレがジェスをこの国から追いやった悪者のもう一人か、と。


 「あん? そこの仮面の女は俺の知り合いか? 隊長って呼ぶって事は、俺がまだ国に仕えていた頃の部下なんだろうが、さすがの俺も体つきだけで個人を特定するのは難しいな。何者だ、お前は」

 「……」

 「ま、誰だって問われて素直に答えるバカもいねぇわな。まあいいさ。子ネズミはともかく、雌ネズミは部下達をやる気にさせるいい餌になる。せいぜい元気に暴れてみせろよ。ただ、上に行かせてやるわけには行かないがな」


 彼の言葉を合図にしたように、階上からバタバタと複数の足音が聞こえてきた。
 それなりの人数の気配を察知したシュリは、さて、どうしようかな、と腕を組む。
 そんなシュリに、ジェスが後ろから声をかけてきた。


 「シュリ」

 「どうしたの? ジェス」

 「ここは私に任せてくれないか? あの男は多少の因縁のある相手でな。それに、シュリは少しでも早く階上へ行ってやった方がいい。きっと心細い思いをしているだろうからな」

 「ジェス殿だけでは心配であります。ポチも雑魚処理をお手伝いするでありますよ」

 「すまないな。だが、助かる」

 「……わかった。じゃあ、ここは2人に任せるよ。ジェスのもう1人の因縁の相手も見つけたら、捕まえてここに落としてあげるからね」

 「落とす……そうだな。落としてくれ。そうしてくれたら私がしっかり引導を渡してみせる」

 「うん。ただ、無理はしちゃダメだよ。困ったら絶対に僕を呼ぶこと。約束してくれるよね?」

 「ああ。必ず」

 「はいであります!!」


 力強く返した2人に、シュリは柔らかく微笑みかけ、


 「じゃあ、任せたよ?」


 そう言い置くと、己の身体能力を惜しまずに発揮し、目にも留まらぬ早さで悪者達の足下を駆け抜けた。
 ジェスは一瞬で消えたその姿を惜しむように見送り、


 「子ネズミが逃げやがったか。ったく、すばしっこいガキだな」


 目の前で悪態をつく男を改めて冷たく静かに見据えた。


 「待たせたな、トゥード。お前の相手はこの私だ。我が剣でお前を打ち据えて性根を叩き直してやるから覚悟するといい」

 「俺の元部下だかしらねぇが、てめぇみたいな小娘にやられるほど、なまっちゃいねぇんだよ」


 すらりと抜いた剣を突きつけて宣言すれば、トゥードはそれに応えるように歯をむいてジェスを威嚇する。
 その表情はいかにも恐ろしげだったが、そんな彼を怖いと思う気持ちはわいてこなかった。

 昔の自分だったら、怯えていたかもしれない。
 彼の元にいた頃の、騎士に成り立てでまだ若く、今よりもずっと経験に乏しかった頃の自分ならば。

 だが、国を飛び出し、己だけで生きる術を学び、仲間と出会い、傭兵団を立ち上げて傭兵として生きた日々の中、ジェスは己を磨き続けてきた。
 漏らすかと思うほどに恐ろしい思いをした事もあれば、死を覚悟したこともある。
 そんな日々の中で、ちょっと顔が怖い男に凄まれたくらいで萎縮するようなかわいげは、もうとっくに無くしてしまっていた。

 とはいえ、昔の彼は強い騎士だった。
 騎士らしい戦い方を遵守するタイプでは無かったが、どんな手を使っても勝つ、という生き汚さがあり、それが彼の強さにも繋がっていた。
 彼の強さは、堅苦しい枠組みの中では認められにくいものだったが、今の彼にはその強さを制限する枠組みはもう存在しない。
 解き放たれた彼の強さを、ジェスは確かに感じていた。


 (油断は、出来ないな)


 素直にそう思う。


 (でも、負けはしない)


 だが、同時にそうも思った。
 ジェスの心を、体を。静かな闘志が満たしていく。


 「ジェス殿。雑魚はポチが引き受けるであります」

 「ありがとう、ポチ。ともに頑張ろう。シュリにしっかりほめて貰うためにな」

 「でありますね!!」


 にっ、と笑うポチにジェスも笑顔を返し。


 「では、存分に戦おう!」


 己の内に満ちた闘志を解き放った。
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