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第四部 王都の新たな日々
第418話 天使の舞い降りるとき③
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「アズランとファランがさらわれた?」
「は!」
「2人を乗せてここを出たのはアーズイールだったね。彼は?」
「その場に姿はありませんでした。ただ、お2人が連れ去られたのとは別の方向から漂う血の匂いにシュリの眷属が気づきました。アーズイール隊長は恐らく、敵の第一陣からアズラン様とファラン様を逃がすために、その場に残ったのではないか、と。そして、その場を動けないほどの負傷を負ったか、あるいは……」
「そうか。それで、シュリはどうしたんだい?」
「アズラン様とファラン様の追跡に己の眷属と護衛を割き、自身はもう1匹の眷属と血の匂いを負いました。私には帝城へ戻り報告と応援を呼ぶように、と」
「なるほど。応援の手配は?」
「手の空いていた竜騎士に衛生兵を運ばせました。それ以上は、レセルファン殿下の指示を仰いでから、と」
「分かった。報告、ご苦労だったね。竜騎士の……エルミナ、だったかな」
「はっ。ありがたきお言葉」
「君とは面識がないけれど、よく俺に報告を持ってきてくれたね。普通は上司に報告をあげて終わりだと思うけど」
「自分の直属の上司はアーズイール隊長なので。隊長がいない時点で、他の誰かに報告をあげねばと思っていました。ただ、常々アーズイール隊長からレセルファン殿下がどれほど頼りになる方か聞かされていましたし、シュリからもレセルファン殿下を頼って衛生兵や捕縛の為の兵を手配して貰うように、と言われましたので」
「シュリが。そうか。流石だな」
「ところで殿下」
「ん? なんだい??」
「ずっと気になっていたんですが、そこに転がっている男は一体?」
エルミナは、麗しい皇子様然としたレセルファンの足下に縛り上げられて転がされている男を指さし、問いかけた。
一応聞いておいた方がいいわよね、程度の問いではあったが、
「ああ、この男かい? 彼は、どうやら敵方の手先だったみたいでね。俺の部屋に怪しい小瓶を仕掛けようとしていたところを、手の者が捕らえたんだよ。皇太子殿下毒殺の容疑を俺に擦り付けようとしたんだろうけど、黙って罪人になってやるほどお人好しではないからね。それにしても。こんな状況なのになにも警戒しないほど、俺の頭が悪いとでも思っているのかな。それもなんだか腹立たしいね」
レセルファンは丁寧に答え、にこやかに微笑んだまま足下に転がる男の頭をぎゅむっと踏みつけた。
「これから兄上に報告に行くから君も一緒に来てくれ。救護班はすぐに手配するが、捕縛の為の応援部隊は俺が率いるつもりだ。君もそこへ加わって欲しい」
「はっ。もちろん、喜んで」
レセルファンの要請に、エルミナは迷うことなく応じた。
◆◇◆
「俺はアズランとファランを救うため、捕縛部隊を率いてシュリと合流するつもりです。あちらの事は俺にお任せください。ただ、こちらも安全とは言い難い状況です。この混乱を機に何かを仕掛けてくる可能性が高いでしょう。一応、守りの人員は周囲に置いておきますが……」
「大丈夫だよ、レセル。こっちのことは私に任せてお前はいとこ殿達の事だけを考えていなさい。こちらはこちらで上手くやってみせるから」
そんな会話を交わし、後ろ髪引かれる様子のレセルファンを送り出したのは少し前のこと。
まさか、その直後に敵方と思しき人物から見舞いの連絡が来るとは思わなかったが、それを好都合だとばかりに見舞いを受ける事にした。
そして今。
目の前にいる2人の人物にヘリオールはベッドの上から弱々しく微笑みかけた。
「こんな見苦しい姿ですまないね。本来なら、2人別々に見舞いを受けるべきなんだろうけど、体の調子がまだ本調子じゃないものだから。でも、2人は実の兄と妹だし、一緒でも許してもらえるかと思ってね。大丈夫だったかな?」
申し訳なさそうな様子を演じてそう告げれば、
「はっ。もちろんです。むしろ、まだ本調子ではないところへ押し掛けて申し訳ありません。しかし、こうして言葉を交わせる程に回復されたこと、喜ばしい限りですな」
「ええ。本当に。でも、まだ油断は禁物ですわ。兄も私も、滋養のあるものを見舞いに持参いたしましたので、良かったら召し上がって下さいな」
大狸と女狐は、心配そうな表情をしっかりと作り上げて、ヘリオールに見舞いの品を押しつける。
ヘリオールは少し困った表情を顔に張り付けてそれらの品を眺め、
「見舞いも気持ちもありがたいけれど、この通り、本調子ではないものだからこれだけの量を1人ではとてもね。良かったらお2人も一緒に食べていただけないかな? とっておきのお茶があるんだよ」
そう言って、再び弱々しく笑って見せた。
その言葉を受けた瞬間、2人の顔がぎょっとするのが分かった。
分厚い面の皮の下に巧妙に隠してはいたけれど。
「お、お気持ちはありがたいですが、皇太子殿下のお体の為に用意した食べ物ですからな。ぜひ、殿下ご自身だけで味わっていただきたい」
「そ、そうですわね!! 私達が頂いたのでは申し訳ないですわ」
慌てたように発言し、媚びるような笑みを浮かべる2人。
そんな2人の様子を見たヘリオールは確信する。
彼らの見舞いの品には十中八九毒が仕込まれているだろう事を。
さあさあ、と見舞いの品をどうにか食べさせようとする2人の悪者を、ヘリオールは複雑な心境で眺める。
彼らの目に映る自分はどれだけ愚かな人間なのだろうか、と。
いくら見舞いとはいえ、毒味もなく届けられた品をその場で口にするとでも思う程に愚かだと、彼らの目には見えているのだろうか。
気分は複雑だが、彼らがそう思ってくれているのなら、その通りに振る舞ってやろうではないか。
「遠慮はいらない。でも、遠慮する気持ちも分からないでもない、か。すまないが、誰か来てくれるか。手伝って欲しい事があるんだ」
にっこり笑い、ヘリオールは続き部屋に控えている側仕えの格好をさせた護衛の兵士を呼び込んだ。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。すまないね。お前達2人でスヴァル公爵の体を押さえてくれないか?」
「はっ」
「かしこまりました」
「こ、皇太子殿下!? な、なにを!?」
2人の屈強な人間に両脇をがっちりと固められ、身動きができなくなった公爵は狼狽した声を上げた。
そんな彼をまっすぐに見返し、
「遠慮して自分では食べられないんだろう? ならば、私自らが口へ運んでやろうと思ってね。ほら、遠慮せずに味わうといい。あなたと二妃様が選んでくれた品だ。さぞ高級な味がすることだろう」
にっこりと微笑んでみせる。
そして彼らが持ち込んだ見舞いの品を動けない公爵の口元へゆっくりと近づけていった。
その顔が恐怖の色に染まるのを見ながら。
必死に辞退の言葉を重ねる公爵の声を無視して、ヘリオールは公爵の唇に見舞いの品をぴたりと押しつけた。
それをなにが何でも口には入れまいときつく唇を閉じた公爵は、それ以上の言葉を発する事が出来ず、その場にしばしの沈黙が落ちる。
だが、その沈黙もすぐに破られた。
「ヘリオール様! おやめなさい!! 我が兄を殺しておしまいになるおつもりですか!?」
二妃の、そんな叫びによって。
それを聞いたヘリオールの唇に隠しきれない笑みが浮かび、公爵の目が驚愕に見開かれる。
「殺す、とは人聞きが悪い。私はただ、せっかくの高価な見舞いの品を公爵にも味わって頂こうと思っただけのこと」
それがなぜ殺すことになるんでしょう、ととぼけた様子で返すと、二妃はまなじりをつり上げた。
そんな彼女の様子に、公爵が必死に首を横に振ってどうにか彼女の言葉を止めようとするが、頭に血が上った様子の二妃がそれに気づいた様子もなく。
「おとぼけにならないで。どうせ気づかれてしまったんでしょう!? だからそんな意地悪をなさるんだわ」
「気づく、とはなにに? どうしてこれを公爵に食べていただいてはいけないのです?」
「そんなの、それを食べたらお兄様が死んでしまうからに決まってますわ!!」
「……ほう?」
二妃の口からその言葉を引きだしたヘリオールは満面に笑みを浮かべた。
「では、あなたと公爵は、この私に食べれば死んでしまうような見舞いの品を持参した。そういう事なのかな?」
確認するように問いかけると、二妃ははっとした表情を浮かべ、それからすぐに顔を青くした。
「え……あ、いえ。違いますの。そうではなくて」
「そうではない? なら、あなたが食べて見せてくれますか? この見舞いの品を。あなた自らが毒味をかって出て下さるなら、私も喜んで頂きますよ。せっかくの見舞いの品ですからね」
うろたえた様子で言葉を探す二妃を追いつめるようにヘリオールは更に言葉を重ね、公爵の口元にあったそれを、今度は二妃の口元へと突きつけた
ひっ、と小さな悲鳴を上げてのけぞる二妃の目をのぞき込み、ヘリオールは冷たく笑う。
「さあ、どうぞ? 毒が入っていないと言いはるのなら、その身で証明してみせろ!」
「ぜ、絶対にいやよ!! こんなところで死にたくないわ!!」
ヘリオールの恫喝に、二妃が悲鳴のような声で返し、それを聞いた公爵ががっくりと肩を落とした。
「・・・・・・2人を捕らえよ。城の一室に別々に幽閉し、決して逃げられぬよう見張りを厳重にな。後ほど皇帝陛下の前に引き出すまで、手足も拘束しておくように」
「はっ!!」
公爵を押さえつけていた、側仕えに扮していた兵士が短く答え、手早く公爵の両手を後ろ手に縛り上げた。
その間に、控えの間から更に兵士が現れ、二妃の手も縛り上げる。
「先に捕まえた調理場の料理人と毒味係の監視も厳重におこなって欲しい。皇帝陛下の前で証言をさせる前に死なれると面倒だからね」
2人を引き立てていく兵士にそう声をかけ、ヘリオールはまだ騒がしい自室の隅のイスにひっそりと腰を下ろし、大きく息をついた。
罪人2人とそれを引き立てていった兵士達は減ったものの、部屋の中ではまだ数人の兵士が、証拠品を回収したり、他に危険なものはないか確認したりと、忙しく動き回っている。
そんな彼らをぼんやりと眺めながら、
(以前の私なら、もう倒れているだろうな)
なんて考えて、その口元に小さな笑みを刻む。
私に健康な体を返してくれた天使には、本当に感謝しかないな、としみじみ思いながら。
自分への攻撃は、恐らくこれ以上ないだろう。
これから皇帝陛下に報告に行き、恐らくスヴァル公爵家へ兵を派兵する事にはなるだろうけれど。
とはいえ、頭はもう押さえてある。それほど大変な仕事にはならないはずだ。
大変なのはむしろ、囚われの姫君達の救出に向かったレセルファン達の方。
だが、心配はしていなかった。
なぜなら、ヘリオールは己自身よりもずっと、弟の事を信じていたから。
(後は任せたよ、レセル。お前なら大丈夫だと、信じてるから)
心の中でそっと、青空の下で愛竜の背に揺られているであろう弟に語りかける。
その弟が、己の竜の不在に心を痛めているなどとは知る由もなく。
「皇太子殿下。部屋の検分が終わりました」
「そうか。ではそろそろ皇帝陛下に報告にうかがおう。先触れを出しておくように」
「はっ」
兵士の報告を受け、ヘリオールはゆっくりと立ち上がる。
そして、以前の体では考えられなかった強い足取りで、皇帝陛下の元へと向かうのだった。
「は!」
「2人を乗せてここを出たのはアーズイールだったね。彼は?」
「その場に姿はありませんでした。ただ、お2人が連れ去られたのとは別の方向から漂う血の匂いにシュリの眷属が気づきました。アーズイール隊長は恐らく、敵の第一陣からアズラン様とファラン様を逃がすために、その場に残ったのではないか、と。そして、その場を動けないほどの負傷を負ったか、あるいは……」
「そうか。それで、シュリはどうしたんだい?」
「アズラン様とファラン様の追跡に己の眷属と護衛を割き、自身はもう1匹の眷属と血の匂いを負いました。私には帝城へ戻り報告と応援を呼ぶように、と」
「なるほど。応援の手配は?」
「手の空いていた竜騎士に衛生兵を運ばせました。それ以上は、レセルファン殿下の指示を仰いでから、と」
「分かった。報告、ご苦労だったね。竜騎士の……エルミナ、だったかな」
「はっ。ありがたきお言葉」
「君とは面識がないけれど、よく俺に報告を持ってきてくれたね。普通は上司に報告をあげて終わりだと思うけど」
「自分の直属の上司はアーズイール隊長なので。隊長がいない時点で、他の誰かに報告をあげねばと思っていました。ただ、常々アーズイール隊長からレセルファン殿下がどれほど頼りになる方か聞かされていましたし、シュリからもレセルファン殿下を頼って衛生兵や捕縛の為の兵を手配して貰うように、と言われましたので」
「シュリが。そうか。流石だな」
「ところで殿下」
「ん? なんだい??」
「ずっと気になっていたんですが、そこに転がっている男は一体?」
エルミナは、麗しい皇子様然としたレセルファンの足下に縛り上げられて転がされている男を指さし、問いかけた。
一応聞いておいた方がいいわよね、程度の問いではあったが、
「ああ、この男かい? 彼は、どうやら敵方の手先だったみたいでね。俺の部屋に怪しい小瓶を仕掛けようとしていたところを、手の者が捕らえたんだよ。皇太子殿下毒殺の容疑を俺に擦り付けようとしたんだろうけど、黙って罪人になってやるほどお人好しではないからね。それにしても。こんな状況なのになにも警戒しないほど、俺の頭が悪いとでも思っているのかな。それもなんだか腹立たしいね」
レセルファンは丁寧に答え、にこやかに微笑んだまま足下に転がる男の頭をぎゅむっと踏みつけた。
「これから兄上に報告に行くから君も一緒に来てくれ。救護班はすぐに手配するが、捕縛の為の応援部隊は俺が率いるつもりだ。君もそこへ加わって欲しい」
「はっ。もちろん、喜んで」
レセルファンの要請に、エルミナは迷うことなく応じた。
◆◇◆
「俺はアズランとファランを救うため、捕縛部隊を率いてシュリと合流するつもりです。あちらの事は俺にお任せください。ただ、こちらも安全とは言い難い状況です。この混乱を機に何かを仕掛けてくる可能性が高いでしょう。一応、守りの人員は周囲に置いておきますが……」
「大丈夫だよ、レセル。こっちのことは私に任せてお前はいとこ殿達の事だけを考えていなさい。こちらはこちらで上手くやってみせるから」
そんな会話を交わし、後ろ髪引かれる様子のレセルファンを送り出したのは少し前のこと。
まさか、その直後に敵方と思しき人物から見舞いの連絡が来るとは思わなかったが、それを好都合だとばかりに見舞いを受ける事にした。
そして今。
目の前にいる2人の人物にヘリオールはベッドの上から弱々しく微笑みかけた。
「こんな見苦しい姿ですまないね。本来なら、2人別々に見舞いを受けるべきなんだろうけど、体の調子がまだ本調子じゃないものだから。でも、2人は実の兄と妹だし、一緒でも許してもらえるかと思ってね。大丈夫だったかな?」
申し訳なさそうな様子を演じてそう告げれば、
「はっ。もちろんです。むしろ、まだ本調子ではないところへ押し掛けて申し訳ありません。しかし、こうして言葉を交わせる程に回復されたこと、喜ばしい限りですな」
「ええ。本当に。でも、まだ油断は禁物ですわ。兄も私も、滋養のあるものを見舞いに持参いたしましたので、良かったら召し上がって下さいな」
大狸と女狐は、心配そうな表情をしっかりと作り上げて、ヘリオールに見舞いの品を押しつける。
ヘリオールは少し困った表情を顔に張り付けてそれらの品を眺め、
「見舞いも気持ちもありがたいけれど、この通り、本調子ではないものだからこれだけの量を1人ではとてもね。良かったらお2人も一緒に食べていただけないかな? とっておきのお茶があるんだよ」
そう言って、再び弱々しく笑って見せた。
その言葉を受けた瞬間、2人の顔がぎょっとするのが分かった。
分厚い面の皮の下に巧妙に隠してはいたけれど。
「お、お気持ちはありがたいですが、皇太子殿下のお体の為に用意した食べ物ですからな。ぜひ、殿下ご自身だけで味わっていただきたい」
「そ、そうですわね!! 私達が頂いたのでは申し訳ないですわ」
慌てたように発言し、媚びるような笑みを浮かべる2人。
そんな2人の様子を見たヘリオールは確信する。
彼らの見舞いの品には十中八九毒が仕込まれているだろう事を。
さあさあ、と見舞いの品をどうにか食べさせようとする2人の悪者を、ヘリオールは複雑な心境で眺める。
彼らの目に映る自分はどれだけ愚かな人間なのだろうか、と。
いくら見舞いとはいえ、毒味もなく届けられた品をその場で口にするとでも思う程に愚かだと、彼らの目には見えているのだろうか。
気分は複雑だが、彼らがそう思ってくれているのなら、その通りに振る舞ってやろうではないか。
「遠慮はいらない。でも、遠慮する気持ちも分からないでもない、か。すまないが、誰か来てくれるか。手伝って欲しい事があるんだ」
にっこり笑い、ヘリオールは続き部屋に控えている側仕えの格好をさせた護衛の兵士を呼び込んだ。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。すまないね。お前達2人でスヴァル公爵の体を押さえてくれないか?」
「はっ」
「かしこまりました」
「こ、皇太子殿下!? な、なにを!?」
2人の屈強な人間に両脇をがっちりと固められ、身動きができなくなった公爵は狼狽した声を上げた。
そんな彼をまっすぐに見返し、
「遠慮して自分では食べられないんだろう? ならば、私自らが口へ運んでやろうと思ってね。ほら、遠慮せずに味わうといい。あなたと二妃様が選んでくれた品だ。さぞ高級な味がすることだろう」
にっこりと微笑んでみせる。
そして彼らが持ち込んだ見舞いの品を動けない公爵の口元へゆっくりと近づけていった。
その顔が恐怖の色に染まるのを見ながら。
必死に辞退の言葉を重ねる公爵の声を無視して、ヘリオールは公爵の唇に見舞いの品をぴたりと押しつけた。
それをなにが何でも口には入れまいときつく唇を閉じた公爵は、それ以上の言葉を発する事が出来ず、その場にしばしの沈黙が落ちる。
だが、その沈黙もすぐに破られた。
「ヘリオール様! おやめなさい!! 我が兄を殺しておしまいになるおつもりですか!?」
二妃の、そんな叫びによって。
それを聞いたヘリオールの唇に隠しきれない笑みが浮かび、公爵の目が驚愕に見開かれる。
「殺す、とは人聞きが悪い。私はただ、せっかくの高価な見舞いの品を公爵にも味わって頂こうと思っただけのこと」
それがなぜ殺すことになるんでしょう、ととぼけた様子で返すと、二妃はまなじりをつり上げた。
そんな彼女の様子に、公爵が必死に首を横に振ってどうにか彼女の言葉を止めようとするが、頭に血が上った様子の二妃がそれに気づいた様子もなく。
「おとぼけにならないで。どうせ気づかれてしまったんでしょう!? だからそんな意地悪をなさるんだわ」
「気づく、とはなにに? どうしてこれを公爵に食べていただいてはいけないのです?」
「そんなの、それを食べたらお兄様が死んでしまうからに決まってますわ!!」
「……ほう?」
二妃の口からその言葉を引きだしたヘリオールは満面に笑みを浮かべた。
「では、あなたと公爵は、この私に食べれば死んでしまうような見舞いの品を持参した。そういう事なのかな?」
確認するように問いかけると、二妃ははっとした表情を浮かべ、それからすぐに顔を青くした。
「え……あ、いえ。違いますの。そうではなくて」
「そうではない? なら、あなたが食べて見せてくれますか? この見舞いの品を。あなた自らが毒味をかって出て下さるなら、私も喜んで頂きますよ。せっかくの見舞いの品ですからね」
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ひっ、と小さな悲鳴を上げてのけぞる二妃の目をのぞき込み、ヘリオールは冷たく笑う。
「さあ、どうぞ? 毒が入っていないと言いはるのなら、その身で証明してみせろ!」
「ぜ、絶対にいやよ!! こんなところで死にたくないわ!!」
ヘリオールの恫喝に、二妃が悲鳴のような声で返し、それを聞いた公爵ががっくりと肩を落とした。
「・・・・・・2人を捕らえよ。城の一室に別々に幽閉し、決して逃げられぬよう見張りを厳重にな。後ほど皇帝陛下の前に引き出すまで、手足も拘束しておくように」
「はっ!!」
公爵を押さえつけていた、側仕えに扮していた兵士が短く答え、手早く公爵の両手を後ろ手に縛り上げた。
その間に、控えの間から更に兵士が現れ、二妃の手も縛り上げる。
「先に捕まえた調理場の料理人と毒味係の監視も厳重におこなって欲しい。皇帝陛下の前で証言をさせる前に死なれると面倒だからね」
2人を引き立てていく兵士にそう声をかけ、ヘリオールはまだ騒がしい自室の隅のイスにひっそりと腰を下ろし、大きく息をついた。
罪人2人とそれを引き立てていった兵士達は減ったものの、部屋の中ではまだ数人の兵士が、証拠品を回収したり、他に危険なものはないか確認したりと、忙しく動き回っている。
そんな彼らをぼんやりと眺めながら、
(以前の私なら、もう倒れているだろうな)
なんて考えて、その口元に小さな笑みを刻む。
私に健康な体を返してくれた天使には、本当に感謝しかないな、としみじみ思いながら。
自分への攻撃は、恐らくこれ以上ないだろう。
これから皇帝陛下に報告に行き、恐らくスヴァル公爵家へ兵を派兵する事にはなるだろうけれど。
とはいえ、頭はもう押さえてある。それほど大変な仕事にはならないはずだ。
大変なのはむしろ、囚われの姫君達の救出に向かったレセルファン達の方。
だが、心配はしていなかった。
なぜなら、ヘリオールは己自身よりもずっと、弟の事を信じていたから。
(後は任せたよ、レセル。お前なら大丈夫だと、信じてるから)
心の中でそっと、青空の下で愛竜の背に揺られているであろう弟に語りかける。
その弟が、己の竜の不在に心を痛めているなどとは知る由もなく。
「皇太子殿下。部屋の検分が終わりました」
「そうか。ではそろそろ皇帝陛下に報告にうかがおう。先触れを出しておくように」
「はっ」
兵士の報告を受け、ヘリオールはゆっくりと立ち上がる。
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