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第四部 王都の新たな日々

第411話 ゆっくり出来ない休暇のはじまり

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 幸い、別荘の使用人さん達に深刻な怪我はなく。
 簡単な応急処置をした後は仕事を免除して休んでもらう事にした。

 レセルファンとスリザールは、自分達がいたら使用人も休まらないだろうと言って帰って行き、その日は水遊びや湖畔の騒動での疲れもあり、簡単な夕食をとった後はそれぞれ早めに休むことになった。

 そして次の日。

 レセルファンは仕事で来れなかったが、スリザールが朝から遊びに来た。
 でも昨日の疲れがまだどこかに残っており、今日は別荘でのんびりすごそうと、みんなで話したり、お茶を飲んだり、軽食を摘んだりしてまったりしていた。
 しかし午後になって、突然ある一報が飛び込んできた。

 伝令としてやってきたのは竜騎士アーズイール。
 彼はスリザールの前にひざまづいて告げた。
 皇太子殿下危篤の報を。

 それを聞いたスリザールはアーズイールと共に、慌てて帰還し。
 残されたアズランとファランは不安な面もちで顔を見合わせ。
 シュリは何か考え込むように口を閉ざし。
 その後は落ち着かない気持ちのままそれぞれ過ごし、再び夜を迎えた。

 ◆◇◆

 与えられた部屋で深夜を待つ。
 ジェスにはこれからやることを伝えてあるが、1人で行動した方が動きやすいので、彼女は彼女の部屋でペット達と一緒に待機していてもらう。
 遅くなるから待ってなくていい、とは伝えたのだが、心配そうな顔をしていたので彼女達はきっと起きてシュリの帰りを待っている事だろう。
 イルルとタマはぐーすか寝てると思うけど。

 今回の協力者は1人だけ。
 どこかに忍び込むには最適な能力を持った黒い悪魔は、シュリをスマートにエスコートするために、帝都の帝城の下見に行っている。
 シュリはその帰りを待っているところだった。

 ではなぜ、お城に忍び込むのか。
 その理由はただ1つ。
 危篤状態に陥っている皇太子殿下を助けるため。

 直接は知らない相手だが、スリザールとはお母さんが一緒の兄弟だし、レセルファンも彼を慕っているらしい。
 それに、皇太子殿下はファランとアズランの味方だ。
 立場上、表だって肩入れを表明することは出来ないが。
 更に、彼が皇太子でいてくれるだけで、その存在は防波堤となる。
 オリアルドという、野心あふれる第二皇子の行動を抑えるための。

 もし、万が一。
 皇太子殿下がこのまま回復せずに儚くなってしまった場合、次の皇太子としての筆頭候補は第二皇子のオリアルドだろう。
 オリアルドがこれ以上の権力を握れば、ファランとアズランの危険は増すし、オリアルドの腰巾着はジェスに酷いことをした奴だ。
 そんな奴らを台頭させる訳にはいかない。
 それを防ぐ為にも、レセルやスリザを悲しませない為にも、皇太子殿下を死なせるわけにはいかなかった。

 とはいえ、これが皇太子殿下の寿命なのであれば、シュリにはどうしようもない。
 だが、今回の危篤騒動の裏にほかの要因があるのであれば。
 シュリのおかしな体液が効く可能性がある。
 逆に、シュリのおかしな体液の効果がないほどの状況だった場合、もうそれ以上の手がなくなってしまうのだが。
 そんなことを考えながら、シュリは指先をぶすっとやってにじみ出た血を、取り出しておいた回復薬の容器の中に数滴落とした。
 そして、


 「アクア? ちょっと手伝ってもらえる??」

 「もちろんですわ。シュリのためならいつでもどこでも喜んで」


 己の体の中にいる精霊達の1人、水の上位精霊のアクアを呼び出した。
 待ってましたとばかりに姿を現したアクアはシュリに抱きつき、キスをねだる。
 彼女の求めに快く応じたシュリが、唇を通して魔力を与えてあっさり離れようとすると、そう簡単に終わらせてなるものか、と更に深く唇をあわせてきた。
 内心苦笑しつつ、シュリもそれに応えて彼女とのキスに熱を注ぐ。

 そうなると、翻弄されるのはアクアの方だ。
 ちょっと長めのキスが終わる頃には、アクアはすっかりとろけきった表情になり、潤んだ瞳がもっと、と求めていたが、これ以上優遇してしまうと、他の4人がずるいと騒ぎ出しそうなので、シュリはあえて気がつかないふりをして、


 「アクア、この回復薬にアクアの水も混ぜてくれる? ほら、前に胃薬にも入れてもらったことあったでしょ? アクアの水って、癒しの効果があるんだよね??」


 そうお願いする。
 ちょっぴり不満そうに唇を尖らせたものの、アクアはシュリの求めに応じて指先から回復薬に水を垂らした。


 「もうっ。シュリってばいけずですわ。久々なんですから、もっとゆっくりねっとりキスしてもいいと思いますのよ?」

 「え~? でも、僕当番の時はキスしてるよね?」

 「あれはあれ! これはこれですわ!!」


 精霊達が交代に行っているシュリ当番。
 毎日寝る前には、当番お疲れさまのちゅーをしている事を指摘したら、そんなの関係ねぇ、とばかりに反論されてしまった。
 ご機嫌斜めです、といわんばかりのアクアをなだめるように、そのほっぺにキスをする。
 するとあら不思議。
 あっという間にご機嫌を回復したアクアは、


 「もう。仕方ないですわね。シュリは本当に甘え上手なんですから。今度、私が当番の時は夜も眠れないくらいのキスを。それで許してあげますわ」


 そう言って、もうやることがないか確認した後、大人しくシュリの体の中へ帰って行った。


 (夜も眠れないくらいのキスかぁ。最近なにかが目覚めつつあるみたいで、そういうの、ちょっとキケンなんだよなぁ)


 本当に眠れなくなったらどうしよう、なぁんて思いつつ、シュリは出来上がったとんでもない回復薬をそっとしまい込む。
 後はオーギュストの帰りを待つだけだった。
 だが、それほど待つことなく、


 「シュリ、待たせたな」


 オーギュストが黒い空間から姿を現した。
 今日の彼女は女性体。恐らく隙をみてシュリといちゃいちゃしたいが為だろう。


 「オーギュスト! 大丈夫? 人に見つからなかった?」

 「大丈夫だ。暗闇に紛れるのは得意だからな。準備はできているか?」


 シュリが頷くと、オーギュストはさっとシュリを抱き上げた。
 シュリが文句を言う間もなく。


 「なら急ごう。あちらはかなりせっぱ詰まってたからな。早くしないとマズい気がする」


 そんな言葉と共に、オーギュストとシュリの体は、闇の空間に飲み込まれた。

◆◇◆

 闇を通り抜けた先も、また闇の中だった。


 (ここは?)


 人に聞かれないように念話で問うと、


 (皇太子の寝室の天井裏だ。あそこから下の様子をうかがえる)


 オーギュストは少し離れた場所を指で示した。
 その示す先を目で追うと、わずかな光が下から漏れている。
 音を立てないように慎重に這って進み、シュリは光の漏れている場所から、皇太子殿下の寝室を見下ろした。
 大きなベッドの上には1人の青年が力なく横たわっていた。彼がこの部屋の主、皇太子ヘリオールなのだろう。青白い顔をして、呼吸は今にも止まってしまいそうなほど弱い。
 シュリは眉を寄せ、黙って[レーダー]を起動した。
 部屋の中にはいくつかの光点があり、無人の部屋にこっそり進入という訳にはいかなそうだ。


 (ま、そりゃそうだよね。皇太子殿下が危篤なんだから、お医者さんとか付きっきりだろうし)


 そんなことを考えながら、ヘリオールを示す光点をタップする。
 すると、そこにはこう記されていた。


 [状態異常:竜毒(血液毒・毒腺毒)]


 と。
 竜毒ってなんだろう、と首を傾げつつ、きっと普通の毒ではないんだろうなぁ、と推測する。
 ちょっとした毒ならば、解毒する魔術が、確かあったはず。
 そう言った魔術は、皇太子が倒れた時点ですべて試されているに違いない。
 それで治っていないという事は、汎用的な手段では治癒しない毒、ということなのだろう。


 (そんな毒に僕の体液が効くかどうか、正直かけだよなぁ)


 でも、それしか手はないし試してみるしかない。
 少なくとも、害にはならないはずだから。


 (まあ、ゴブリンの種も駆逐できたくらいだから、どうにかなる、ような気もしないでもないけど)


 そう思いながら、下の部屋にいる人数を数える。
 続き部屋に控えている側仕えも含めると、その人数は10人近い。
 その全ての目をかいくぐって皇太子殿下に特製回復薬を飲ませるのは不可能に近いだろう。


 (どうしようかなぁ。全員気絶させる? でも人数が多いし、一瞬で全員気絶っていうのも難しいよねぇ)


 腕を組んでうーん、と唸る。
 すると、そんなシュリの様子に気づいたオーギュストがシュリの横にやってきた。
 そして、


 「奴らが邪魔か?」

 「うん、ちょっとね」

 「なら、さくっと命をいただいて……」

 「そうだね。命を……って、命!?」

 「……冗談だ」


 目をむいたシュリの頬を撫で、オーギュストが小さく笑う。
 それを見て、シュリは唇を尖らせた。


 「オーギュストの冗談はわかりにくいよ」

 「そうか? それはすまなかったな」


 オーギュストはそんなシュリを楽しそうに見つめ、なだめるようにその唇を指で優しく撫でる。


 「怒らせたお詫びに、俺が道をひらこう」

 「別に怒ってはいないけど……命は残しておいてね?」

 「任せろ。……[スリープ・ミスト]」


 微笑んだオーギュストの指先から、細かい霧が発生し、それが下の部屋へと流れ込んでいく。
 その霧は、オーギュストの意のままに、下の部屋と続き部屋の人達を包み込み、そして、1人また1人と床に伏していった。
 みんなどうやら眠っているようである。


 「……全員眠ったようだ。下へ降りるぞ」


 オーギュストは再びシュリを抱き上げると、黒い空間をくぐり抜けた。
 天井の隙間は、下をのぞき見る為だけだったらしい。
 周囲の人が全て眠っている部屋に連れ出されたシュリは、オーギュストの腕の中から飛び降りるとベッドに駆け寄りよじ登った。
 皇太子殿下の枕元に座り、その顔をのぞき込む。
 目の下に濃いクマのある疲れ果てた青年の顔は、レセルファンやスリザールとどこか似ていた。


 「オーギュスト、ちょっとこの人の体を後ろで支えていてくれる? 回復薬を飲ませるから」

 「わかった」


 軽々と皇太子殿下の背中を起こしたオーギュストにそのまま後ろで支えてもらったまま、シュリは皇太子殿下の口元へ薬の瓶を近づけた。


 「なにを、する、つもり、だい?」


 うっすらと開いた青い瞳が、シュリを見ていた。


 「ど、く……でも、飲ませる、つもり、かな? そんなの、飲まなくても、どうせもうじき、私は死ぬよ? 君、みたいな子供が、手、を、汚すことは、ない」


 シュリを暗殺者かなにかと勘違いしているのだろうか。
 彼は諦めと哀れみのこもったまなざしをシュリへと向ける。
 優しい人だ、とシュリは微笑んで、彼の頭を撫でた。


 「心配はいりませんよ、レセルとスリザのお兄さん。僕はお兄さんを助けに来たんです」

 「レセル、と、スリザ、の、しり、あいかい?」

 「友達です。ファランやアズランとも。みんなの悲しむ顔は見たくないから、お兄さんを助けに来たんですよ」

 「ファラン、アズラン……。ああ、おば上のところの、我がいとこ殿達か。彼ら、とも、友達、なのか」

 「はい。だから、僕は怪しくないですよ? 怖くないんですよ~?」


 ヘリオールを安心させるために世間話をしつつ、彼の頭をゆっくりとなで続ける。
 そんなシュリの顔を見ていたヘリオールは、ようやくかすかな笑みをその口元に浮かべた。


 「おとう、と達や、いとこ、殿達、に……て、んしの、友人、がいたとは、しらな、かった」

 「天使じゃないですよ。ちゃんと人間です。さ、これを飲んで下さい」

 「これ、は?」

 「特製のお薬です。効果バツグンですよ?」

 「効果、ばつぐん、か。天使、のいう事、には、さから、え、ない、ね」

 「だから、天使じゃないですってば」


 シュリはちょっぴり唇を尖らせてそう返し、薬を飲む事を許諾した皇太子殿下の口元に薬の容器を当てると、慎重に傾けた。
 ごくり、と皇太子殿下ののどが動き、薬が彼の体の中へ入っていく。
 変化は顕著だった。
 死人のような色だった顔色が人らしい色に戻り、その頬に赤みがさし。
 一瞬で毒の苦しみから解放されたヘリオールが、驚いたようにシュリを見た。


 「くる、しくない。どういうことなんだ? これは」

 「はい、残りも全部飲んで。せっかく用意したんだから残さないで下さいね?」

 「あ、ああ。いただこう」


 押しつけられた容器を、狐に摘まれたような顔で受け取り、ヘリオールは一息にそれを飲み干した。
 そして改めて目の前の天使を見つめ、


 「それにしても、君は、いった……」


 質問をしようとしたが、シュリはそれを皆まで言わせずに、


 「オーギュスト、霧をお願い」


 皇太子殿下の背中を支える己の眷属に指示を出す。
 シュリの言葉に即座に反応し、手の中に[スリープ・ミスト]を作り出したオーギュストはその手を皇太子の顔にかざした。
 薄い霧に顔を包まれ、あらがいきれぬ眠気に襲われたヘリオールは、それでもどうにか眠るまい、と重い瞼を必死に持ち上げる。
 だが、それも徐々に落ちていき。
 瞼が落ちきる寸前、


 「それでは、ゆっくりお休み下さい、皇太子殿下」


 そう言って微笑む天使の顔を、見たような、気がした。
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