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第二部 少年期のはじまり

第百五十六話 さて、実力を見せよう

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 「んで?このちみっ子を冒険者にするって話は、本気なのか?」


 強面のギルド長は、自分の机に乗せられてちょこんと座っているシュリをまじまじと見つめながら、ヴィオラに問いかけた。
 本気かっていうよりも、正気かって聞くべきだったかもな、とそんな風に思いながら。


 「え?うん。もちろん。じゃないと、依頼を受けられないでしょ??」


 そんなギルド長の質問に、ヴィオラはなんの迷いもなく頷く。


 「依頼を受けるにしても、いきなり今回の依頼は無理だろ?冒険者のランクが足りねぇ」

 「まあ、そこは、ギルド長に骨を折ってもらうとして、ね?」

 「結局、俺頼みかよ……」

 「そういうそっちこそ、私頼みなんでしょ?でも、流石に今回の規模になると私だけで何とかするの、難しいと思うわよ?でも、シュリが一緒なら何とかなるわ。手分けも出来るし」

 「このチビが一緒なら……って、まだ五歳のガキだろ??」


 流石に無理じゃねぇのか、と言外に匂わせながら、ギルド長は不信感丸出しの眼差しをヴィオラとシュリへ向ける。
 そんな彼の視線を受けて、ヴィオラは笑った。


 「五歳だけど、私の孫よ?」

 「お前の孫ったってなぁ……」


 腕を組み、唸るギルド長を前に、ヴィオラもまた、この石頭めと呆れたような吐息を漏らす。


 「そう言う反応は予想してたし?でも、シュリの実力を見てもまだ、そんなこと言ってられるのかしら?」

 「チビ助の、実力?」


 反射的につぶやきながら、ギルド長は本当に心底疑わしげな眼差しをシュリへと注いだ。
 シュリは、まあ、その気持ちは分かるけどね?と肩をすくめ、そのシュリに向かってヴィオラが高らかに指示を出す。


 「さ、シュリ。思う存分やっておしまいなさい!!」

 (やっておしまいなさいって言われてもなぁ。本当にやっちゃう訳にもいかないし、とりあえずは……)


 ヴィオラの無責任な指示を半ば聞き流しつつ、シュリは自分の能力のどれを見せればインパクトがあり、かつ、無駄な被害を出さずにすむかを考える。

 魔法は……ダメだ。威力が読めなすぎる。
 どんなことになってしまうか未知数すぎて使えない。
 却下。

 じゃあ、剣とか体術とか?……悪くはないがいまいちインパクトが薄い気がする。
 ここで目の前の厳ついおじさんを倒したところで、すなわち亜竜に対処できる能力とは思ってもらえないだろう。
 却下。

 数ある変てこスキルを見せてみる?……ってか、どのスキルを見せたらいいのか、本気で悩むレベルだから、当然却下。


 (初対面の人にステータス見せるのもイヤだしなぁ。そうなると、残るのは、アレ、かなぁ)


 シュリは唇を尖らせて、うーんと唸り、だが最終的には一つ頷いて心を決めた。
 総合的に考えて、これが一番の選択のはずだ、と。


 「どうした?怖くなったなら、無理しないでいいんだぞ?お前のばーさんは規格外で非常識だからな。つき合う必要なんてないんだぞ~??」


 目の前の鬼瓦が、猫なで声で話しかけてくる。
 黙り込んだままのシュリを、気遣ってくれたらしい。見た目に似合わず、優しい人である。
 だが、シュリはふるふるっと首を横に振って、ギルド長を見上げながらにっこり微笑んだ。


 「ううん。大丈夫。えっと、じゃあ、僕の契約精霊を呼ぶね??」

 「は??契約精霊??」


 シュリの言葉に、理解が追いつかなかったのだろう。
 盛大にはてなマークを飛ばして首を傾げるギルド長は放置して、


 「アリア、イグニス、シェルファ、グラン。出ておいで?えっと、魔力はあげるから、みんなに見えるようにしてね」


 シュリは何とも気軽に、自分の精霊達を呼び出した。
 それを聞いた、ギルド長とミーナが何となく複雑な顔をしている。精霊の召喚ってそんななの!?とでも言いたげな感じで。

 きっと、通常の召喚方法は違うやり方があるのだろう。
 だが、シュリはそれを知らないので、自分の好きにするしかない。
 人は人、自分は自分、だ。

 シュリの声に応えるように、四肢に刻まれた刻印が光を放つ。
 そして、瞬き一つの間に、シュリの前へ四人の女性が現れていた。
 突然現れた四人を見たギルド長とミーナが目を見開く。
 一見したところ、ちょっと派手な見た目の、ただの女性のように見えた。
 だが出現の仕方からも、それぞれが放つ人とは桁違いの存在感からも、彼女達がただの人ではないことは明らかだった。
 歴戦の冒険者だったギルド長はもちろん、ギルドの受付け職員にすぎないミーナですら、彼女達が放つ凄みが痛いくらいに感じられて、二人は思わずゴクリと唾を飲み込む。

 そんな二人をちらりと見て、それから改めて自分の精霊を紹介しようとしたシュリは、問答無用で抱きしめられて唇を奪われた。
 一番乗りはアリア、である。
 アリアは冷静そうに見えて、意外とこらえ性がない。
 そんなことを頭の隅で考えつつ、唇を通してアリアに魔力を与える。
 本当は後でこっそりしようと思っていたのだが、こうなってしまえば後の祭りである。


 (魔力、あげるとはいったけどさ……もうちょっと場の空気を読む事を教えないとなぁ)


 苦笑混じりに考える。
 視界の隅に、あんぐりと口を開けたギルド長とミーナの顔が映ったが、今はどうしようもないと、シュリは諦めて体の力を抜いた。
 そこから後はもうなし崩しである。
 二番目はイグニスで、三番目はシェルファ。最後はおずおずとグランが唇を求めてきた。
 シュリはそのすべてにきちんと応え、しっかりと魔力を与えてから、改めてギルド長に向き直った。


 「えっと、彼女達が僕の精霊です」


 そして何事もなかったかのように胸を張ってそう告げると、なんだか妙になま暖かい視線を向けられた。


 「あ~、そうか。うん……なんつーか、お前の身を心配して色々反対してたのがバカらしくなってきたな。おい、ミーナ」

 「あ~、ですね……で、なんですか?」

 「ちゃっちゃと坊主の冒険者登録して、冒険者証を発行してやれや。ランクはとりあえず、そうだなAからで良いだろ」

 「Aって、いいんですか?」

 「かまわねぇよ。流石に初心者のGランクを亜竜退治に送り出す訳にゃいかねぇしな。後始末は、まあ、俺がなんとかする」

 「私は手伝いませんよ??」

 「う……わぁってる。だから、さっさと用意してこい。下でやると騒ぎになるから、機材を持ってきてここでやりゃいいだろ」

 「はぁい。了解しましたぁ」


 ミーナはそれ以上突っ込まずに、ギルド長の部屋を足早に出て行った。
 その背中を見送りながら、ギルド長は疲れたようなため息をもらす。
 そして改めてシュリと、主を守るようにシュリを囲む四人の精霊を見た。


 「かなり力を持つ精霊だな。しかも四人も。職業は、精霊術師ってとこか?」

 「ん?僕の職業はビースト・テイマー、だけど??」

 「はああ??精霊を四人も使役してんのに、職業はビースト・テイマーって、そりゃなんの冗談だ?ってか、もしかして、テイムした魔物も、どっかに隠してやがんのか!?」


 シュリの意外な職業に驚きの声を上げたギルド長からの当然の疑問を受けたシュリは、気まずそうに目線をそらす。
 そこにはふれないで欲しかったと、心底そう思いながら。


 「えっと、テイム・モンスターはまだいないんだ……」

 「いない?ビースト・テイマーなのにか??」


 不思議そうに首を傾げたギルド長から顔を背けつつ、シュリは沈黙を守る。
 シュリだって、テイム・モンスターはのどから手が出るほど欲しい。ふわふわでもふもふの、可愛いペットに癒されたい。
 だが、その夢は永遠に叶わない。
 なぜなら、シュリの手に入れたスキルが[獣っ娘テイム]だから……
 シュリはしょんぼりと遠くを見つめる。
 そんなシュリにいち早く気づいたグランが、シュリをぎゅっと抱きしめてきっと熊男を睨んだ。


 「なぜだか知らんがシュリが悲しんでるだろうが。それ以上の変な質問は私が許さんぞ」

 「変な質問って、俺は別に……」

 「なんだ?地の底に埋まりたいのか?」

 「いや。すまねぇ。気をつける……」


 グランの視線に殺気が混じり、ギルド長はごくりと唾を飲み込んで素直に謝った。
 今まで数々の死線を越えてきた彼だが、流石に生きたまま地面に埋められるのはごめんである。


 「シュリ~?大丈夫??シュリだったら、すぐに私のランクまで追いつけるわよ。だから、ね?元気だして??」


 なにを思ったのか、ヴィオラはちょっぴり見当違いの慰めの言葉をかけてくる。
 シュリはなんとも微妙な表情でヴィオラを見上げた。


 (いや、ね?別にAランクだから落ち込んでる訳じゃないんだけど……)


 そう思いはするものの、シュリは基本的におばー様想いのいい子である。
 だから、ヴィオラの好意を無にするのも躊躇われ、素直に慰められとくかと微笑んで、


 「うん。早くおばー様に追いつけるように頑張るよ」


 素直にそう答えた。


 「そうだねぇ。頑張ろうね~。おばー様も、協力するからね!!」


 シュリのそんな言葉を受けて、ヴィオラもにこにこと嬉しそうに笑う。
 そんな二人を、精霊達は極めて微笑ましそうに見つめ、ギルド長だけが何とも微妙な眼差しを注いでいた。
 その微妙な空気は、ミーナが戻ってくるまでしばらく続いたのだった。
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