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第四部 王都の新たな日々

第399話 皇帝の後継達

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 ドリスティア王国は、その3つの国との国境を有する国家である。
 西にあるのは自由貿易都市国家。
 商業が盛んなこの国は統治する人間も国王ではなく商人で、数年に1度選び出される国家主席が中心となり政治を行う。

 はるか北。
 険しい山間部に作られた街道と呼ぶには少々ワイルドな山道を越えた先にあるのは、獣人達の楽園・獣王国。
 まだ謎多き国ではあるが、ドリスティアとは友好関係を築き上げている。
 かの国の王子が、ドリスティアの王立学院に留学している事が、その事実を証明していると言ってもいいだろう。

 最後に、ドリスティアの北東に広大な領地を広げる国家がある。その国家こそ、今回シュリが招かれてお邪魔するカイザル帝国だ。
 領地は広大であるが、その4分の1から3分の1が山間部であり、寒い土地柄の上に起伏に富んだ大地は、作物を育てるのに最適とは言い難く。
 かつては肥沃で広大な農地を有するドリスティアを支配すべく戦争を仕掛けた歴史はあるものの、数代前にその歴史も終わりを告げ。
 現在は交易を通して平和な関係を築き上げている。
 交換留学も盛んに行われ、これからもこの両国の蜜月は続いていくのだろう。
 野心を持ち争乱を好む者が、それぞれの国の実権を握らぬ限りは。 

 現皇帝の子供は4人。
 すべて息子で、正妃の子供が2人、側妃の子供が1人、皇帝が側仕えの娘に手をつけて生ませた子供が1人。
 皇帝の後継と認められ、皇太子の位を得たのは、当然の話だが正妃の生んだ第一皇子。
 体が弱いが、穏やかで優しく公平な性格で、帝国民の人気もそれなりに高かった。

 続く第二皇子は、側妃の生んだ息子。
 若くして側妃となったせいか、いつまでたっても性格が幼く、我慢の足りない母親の影響もあるのか、第二皇子自身も少々我慢が足りず争いを好む苛烈な性格の持ち主だ。
 1度火かつくと中々消えず、執念深く残忍な性格は、周囲の者に恐れを抱かせた。
 争いの中であれば価値を見いだされたであろうその個性は、平和な時代では持て余され、この皇子が皇位につく可能性はないだろう、というのが世間の評価であった。

 第三皇子の母は身分が低く、普通に考えれば4人の皇子の中で最も皇位から遠い人間だろう。
 しかし、努力の人であるこの皇子は、知性も人間性も申し分なく、健康な体と戦闘能力も兼ね備えた、まさに人の上に立つべく生まれたような人物であった。
 ただ、本人にそのつもりはなく、早く亡くなった産みの母の代わりに、実の母のように己を育ててくれた正妃へ偽りのない敬愛を注ぎ、その息子である第一皇子と第四皇子を実の兄弟のように愛した。
 誰よりも皇帝にふさわしい資質を持つと言われる彼が望むこと、それは第一皇子の治世を第四皇子と共に支えていく事だった。

 年の離れて生まれた第四皇子は、帝位争いから最も遠いと言われている。同母の兄である第一皇子に似た優しい心根の聡明な少年だが、末っ子の為か少し怖がりで人見知りなところもあり、あまり積極的に人に交わろうとしないのが欠点と言えば欠点なのかもしれない。
 とはいえ、上に兄が3人いる時点で、彼に皇帝の位が与えられる可能性はゼロに近く、比較的自由にのびのびと育てられた。
 降嫁した皇帝の姉が産んだ双子達とは年も近く、彼らが隣国へ留学する前は共に時間を過ごすことも多かった。

 少々話は変わるが、カイザル帝国の初代皇帝は、龍の瞳を持っていたという。
 輝く黄金色の、人とは明らかに違う虹彩のその瞳を、人々は龍眼とよんで尊んだ。
 以来、龍眼を持つ者こそ初代皇帝の生まれ変わりと言われ、龍眼の皇帝は民に歓迎された。
 本当か嘘か、真偽は定かではないが、龍眼の皇帝の治世は安定し民を豊かにする、というまことしやかな噂があったからだ。

 しかしここ数代、龍眼の皇帝は出ておらず、今代の皇帝の瞳も龍眼ではない。
 では、後継と見なされる4人の皇子はどうなのか?
 第一皇子、第二皇子、第四皇子の瞳は皇帝と同じ空の輝きを閉じこめたような鮮やかな青。

 皮肉なことに、身分の低い母を持つ第三皇子だけが龍眼を持っていた。
 ただし片方だけ。
 もう片方の瞳は、他の兄弟と同様父親の色を受け継いでいた。

 とはいえ、龍眼は龍眼。
 その事実が公表されたとき、民は熱狂した。
 そして、第三皇子こそ、時代の皇帝にふさわしいという風潮が生まれた。

 しかし、第三皇子にそのつもりはなく、皇帝も体が弱くとも次期皇帝としての資質を十分に備えた第一皇子を後継とする決断を覆すことは無かった。
 皇帝も第三皇子も、そのことを帝国民に示し続け、帝国民がようやく納得しはじめたころ、新たな爆弾が投下された。

 帝国の姫が降嫁した公爵家で、双子の子供が産まれたのだ。そのどちらもが、完璧な龍眼を備えていた。
 もちろん公爵家はその事実を隠そうとした。
 力のある魔術師を招き、子供の瞳の色を魔術で変えようと試みた。
 しかし、龍の瞳が魔術を受け入れることはなく、公爵家は諦めと共に皇帝に子供の瞳の色を伝えた。

 皇帝はもちろん驚いた。
 驚きはしたが、それを疎みはしなかった。
 皇位継承に龍眼など関係ないと帝国民にしっかりと示し、第一皇子を皇太子として遇する事を決めた皇帝には、龍の瞳はただの個性にすぎなかったのである。

 しかし、そうでない者もいた。
 龍の瞳を何よりも尊いものと信じ、妄信する者達が。
 そんな勢力に目を付けたのが第二皇子だった。
 彼は考えた。龍の瞳の后を手に入れたなら、兄である第一皇子を追い落とし、己が皇帝となることも夢ではない、と。
 その瞬間から、彼は熱烈な龍の瞳の信奉者となった。

 ただし、必要なのは龍の瞳の女だけ。
 龍の瞳を持つ男など、彼にとっては邪魔なだけな存在だった。
 執念深い第二皇子に目を付けられたその瞬間から、公爵家の双子の受難は始まった。
 女であるファランはその身を狙われ、男であるアズランはその命を狙われた。

 それは2人が年を重ねるごとに激しさを増し、公爵夫妻は愛する双子を、国外に一時避難させることを決意した。
 2人が留学している数年の間に、第二皇子の問題をどうにかする。
 そうしなければ、自分達の愛しい子供に明るい未来はないと思うが故に。

 愛し子達を送り出した直後から、公爵家は秘密裏に動き出す。
 第二皇子の謀反の証拠を探し出し、かの皇子を皇位から最も遠いところに落とす為に。
 双子の境遇に同情する、龍の瞳の皇子の力を借りながら。
 双子が気づかぬうちに、彼らにこれ以上危険が迫らぬうちに事態をおさめる。
 そう固く決意を固めた双子の両親と味方の皇子は知らない。

 夏の休暇に帰ってくる守るべき子供達の連れてくる友人こそが、事態打開の為の最強の助っ人である、ということを。
 何も知らない彼らは準備を整える。
 愛しい子供達が平穏な休暇を過ごせるように。
 遠い地に送り出した子供達がつつがなく学校生活を満喫し、休暇を共に過ごす友人を得たことを、嬉しく思いながら。

◆◇◆

 「……そうか。帰ってくるのか。我が未来の花嫁殿が。なら、挨拶に行かないとなぁ」


 狂信的な輝きに瞳を染め上げ、第二皇子は笑みに口元をゆがめる。
 公爵家と第三皇子が秘匿していたはずの情報は、第二皇子の耳にしっかりと届いてしまっていた。


 「我が花嫁もそろそろいい頃合いだろう? 他の男の手が伸びる前に、俺の手で摘み取ってやらないとな。俺のことしか考えられないくらい、奪って奪って奪い尽くしてやらないと。彼女の大切な2人の龍眼持ちも、俺の手でうばってやろう。奴らの命を喰らい、龍の瞳をえぐりとってやる」

 「皇子。公爵家の小倅の命はともかく、第三皇子の命も狙うのは無謀では? かの皇子は、皇帝陛下や皇太子殿下の信任があつく……」

 「お前。奴をかばうのか? 奴の味方か?」

 「いえ、そうではなく。私はただ、かの者の命を狙えば我が君が危険にさらされると……」

 「俺は奴に劣ると、お前はそう言っているのか?」

 「ち、違います。私はただ……」

 「俺を疑う者は敵だ。死で購え」


 そう言うが早いか、皇子は引き抜いた己の剣で自分に意見した男の胸を刺し貫いていた。


 「俺に逆らう者はいらぬ。さっさと片づけろ。汚らわしい」


 返り血に染まった顔を拭うことなくそう命じる。
 物言わぬ死体は、無言のままに片づけられ、皇子は身支度を整える為に席を立った。
 己の離宮にしつらえられた浴場で返り血を落とし、清らかな湯に身を浸す。
 世話をする者達も追い出して、1人で湯を楽しんでいると、人の近づいてくる気配を感じた。
 人払いをしているこの場に来れるものなど1人しかいない。


 「母上。何かご用ですか?」


 第二皇子は目を閉じたまま呼びかけた。
 そんな彼の頬に柔らかな手のひらが触れる。


 「寝ているの? オリアルド。お風呂で寝たらいけないわ。私の可愛いオリー」


 耳朶を打つのは母親の声。
 名を呼ばれたオリアルドは普段の彼しか知らない者なら驚くほどに優しく甘い笑みをその口元に刻む。


 「起きていますよ、母上。何かご用ですか?」


 気だるげな声でそう問うと、


 「用事がなければ愛しい息子に会いに来ることも出来ないの?」


 少し拗ねたような声が返ってくる。
 若々しく、少し子供っぽくすら聞こえる母の声に、オリアルドは苦笑しつつ目を開けた。その目に飛び込んでくるのは狂気を秘めた美しい瞳。
 今年で21歳となるオリアルドを産んでいるとは思えないほどに若々しい母の顔は愛らしくも美しく、オリアルドは己を産んだ女性の顔にしばし見とれた。


 「ねえ、オリー。母様、いいものを手に入れたのよ」


 13の年に産んだ息子の頬を愛おしむように撫でながら、皇帝の側妃は歌うように語りかける。


 「いいもの?」

 「ええ。あなたを皇帝にしてあげるために役に立つ、すてきなお薬よ」


 ふふふ、と少女のように無邪気に笑いながら、彼女は液体の入った小瓶を取り出した。


 「このお薬を毎日少しずつ飲ませると、飲んだ人は少しずつ体調が悪くなる。この瓶の中身が終わる頃には、その人はお墓の住人の仲間入りをするわ」

 「それは便利な薬ですね。俺にくれるんですか?」


 受け取ろうと手を伸ばすと、彼女はそれをすっと引っ込めた。


 「このお薬は母様にまかせなさい。料理人の1人を抱き込んだの。あと1月もすれば、あの女の大事な息子の命は露と消える。そうすれば、あなたの邪魔をする者はいなくなるわ」

 「……もし兄上が亡くなっても、レセルがいますよ。民の人気者、第三皇子レセルファンが」

 「レセルファン? あんな馬の骨があなたに何を出来るというの。第一皇子で皇太子のヘリオールさえいなくなれば、あなたの敵などもういないわ」


 狂った夢見る瞳が、愛しい息子の顔をうっとりと見つめる。
 その瞳を見つめ返しながら、オリアルドは考える。
 母が第一皇子を殺しきる前に、こちらも切り札である龍の瞳を手に入れなければ。
 それと同時に、不要な龍の瞳は永遠に閉ざされなければならない、と。
 夏期休暇を利用して帰国するファランを己のものとして、その片割れのアズランを殺し、第三皇子のレセルファンの命も奪う。


 「……今年の夏は、忙しい夏になりそうだな」


 暗く嗤い、オリアルドは再び目を閉じる。
 優しい母の手を、己の頬に感じながら。

◆◇◆

 執務室に、苦しそうに咳こむ音が響く。
 ひとしきり咳こんで、その後に響くのは荒い呼吸だ。
 第三皇子レセルファンは、苦しそうに胸を押さえる長兄を、心配そうに見つめた。


 「兄上、大丈夫ですか? 最近、顔色がお悪いですよ?」

 「夏が近くなってきたせいかな? 最近少し、疲れやすくてね。でも、大丈夫だよ。いつも心配させてすまないね、レセル」

 「大事なお体なんですから、あまり無理なさらないで下さい。俺で代われる事はすべて俺が対処しますから」

 「本当にポンコツな体で困るな。私の体は。レセルが私の代わりに皇帝になってくれるなら、私は楽隠居して悠々自適に過ごせるんだけどなぁ」

 「バカなこと言わないで下さい。次期皇帝は兄上しか考えられません。俺は兄上を傍らで支える方が性にあってますよ」

 「お前は本当に欲がないなぁ、レセル」

 「欲ならありますよ。何が何でも兄上を皇帝にする、という欲が」


 おおらかに笑う兄の顔色は本当に良くない。
 レセルファンは不安と懸念を込めて兄を見つめる。
 そんな弟に微笑みかけ、第一皇子ヘリオールは呼吸を整えて書類に目を落とした。

 そうやって目線を動かすだけで、頭の芯が揺らぐようにめまいを感じる。
 おそらく、熱があるのだろう。
 だが、まだ寝込むほどの熱ではない事は、幼い頃からの経験で分かってはいた。

 弟の心配そうな眼差しを感じながら、彼に気づかれないように苦く笑う。
 体の弱い己の身を、恨んだこともある。
 だが、これが自分だ、と納得出来てからは、自分に出来ることを精一杯にやるしかない、そう思って生きてきた。


 (でも、それももう終わりが近いのかもしれないな)


 心の中で思い、兄思いの弟に気づかれないように、ほんの一瞬目を閉じる。
 ここ最近、本当に体調が良くない。
 少し動くだけで呼吸が乱れ、時々心臓が止まりそうに感じることもあった。
 願わくは、己が皇帝となり後継を指名してから命を終えたいものだが、人生とは思い通りにならないもの。

 しかし出来るものなら皇帝となる前に己の命が終わった時、自分の代わりに皇太子となる者は、第二皇子のオリアルドでなくここにいるレセルファンであってほしい。
 オリアルドは強くたくましい男だが残忍なところがあり、優しさと寛大さに欠ける。
 その点、レセルファンは強さも優しさも、その両方を兼ね備えていた。

 本当ならば。
 体の弱さを知識で補う小物な己より、レセルファンのほうが次代の帝国を担うにふさわしい、と思っている。
 しかし、レセルファンはそんな不甲斐ない兄を、心から信じ慕ってくれていた。
 だから。


 (弟に期待されたら、兄としては頑張るほかない、よなぁ)


 ほんのり苦く笑いながら、ヘリオールは思う。
 己の命を、最後まで生ききる覚悟と共に。


 「そう言えば、ファランとアズランが帰ってくるようですよ」

 「ん? ああ、ルキーニア公爵家の双子か」


 弟の言葉に、特徴的な黄金色の双眸を持つ双子の顔を思い出す。
 ヘリオール自身はそれほど交流がないが、末の弟のスリザールとは仲がいいようだし、レセルファンも2人を可愛がっていた。
 それと同時に、1番年の近い弟の第二皇子が、ぎらぎらした欲望と共に彼らを見ていたことも思い出した。

 古より伝えられる龍の瞳の為に、粘着質なあの弟の気を引いてしまったことは、彼らにとって不幸としか言いようがない。
 まだ大人とは言い切れない、幼い彼らの顔を思い浮かべたヘリオールは愁眉をくもらせた。


 「彼らは確か、隣国ドリスティアの王立学院へ留学したのだったね。夏期休業期で帰ってくるのかな」

 「ええ。向こうで出来た友人を1人、連れて帰ってくるそうです」

 「そうか。……そのことを、オリアルドは?」

 「情報が広がらないようにしてはいますが、恐らく」

 「そうだな。情報は得ているだろう。オリアルドは抜け目のない子だからね。まあ、客人が一緒だというし、他の国の者がいる前で、それほどの無茶はしないとは思うけど、絶対という言葉はないからね。レセル、彼らが滞在する間は気をつけていてあげなさい。スリザールにも、そう言っておこう」

 「兄上。スリザはまだ子供ですから」

 「子供、か。ねえ、レセル。我々のような身分の者は、子供でいられる時間が少ないものだ。スリザもそろそろ、いつまでも子供じゃいられないと理解してもいい頃だと思うよ」

 「そう、でしょうか。出来れば巻き込みたくなかったんですけどね」

 「スリザと双子は仲が良かっただろう? 友人と距離を置けというのも無理な話だ。いずれは巻き込まれてしまうよ」

 「そう、ですね」

 「ならば、事情を話して積極的に関わらせ、警戒させた方がまだ安心できると思わないか?」

 「……分かりました。では、スリザには俺から話をしておきます」

 「そう? じゃあ、頼んだよ」


 ヘリオールは頷き、再び手元の書類に目を落とした。
 弟達や年の離れたいとこ達が、いつもと変わりない夏を過ごせることを願いながら。
 心のどこかで、そうはならないであろうことを、感じつつ。

◆◇◆

 「なあ、ファラン?」

 「なに? アズラン?」

 「シュリを、巻き込むつもりなのか?」

 「巻き込む、って人聞きが悪いわね。シュリなら平気よ。きっと」

 「……どうしてそう言えるんだよ。あいつはまだ子供だ。僕達よりもずっと」


 そんな幼い者を、自分達の事情に巻き込んでいいのか。
 苦悩を浮かべるアズランの瞳をまっすぐに見返して、ファランは彼の不安を鼻で笑ってみせた。


 「私達がここに来る時、襲われたわよね。襲われることを予測して、護衛の人数を増やしていたにも関わらず、私達は負けそうになった。それを助けてくれたのは誰だったかしら?」

 「あれは……。でも、あれはシュリの周りの者が強かったから」

 「強い者を周囲に集められるのも才能よ? それにシュリは見た目から思うほど弱くないと思うわ」

 「どうしてそう思うんだよ?」

 「確かな根拠はないわよ? シュリは私達に、そういう部分は見せないし。まあ、女の勘、みたいなものかしら」

 「女の勘で、友達を巻き込むなよ」

 「あら、ちゃんとシュリのこと友達って思ってるのね?」

 「茶化すなよ。僕はまじめに話してるんだ」

 「私だって、ちゃんとまじめに考えてるし話しているわよ?」


 アズランの真剣な眼差しに、ファランは困ったような笑みを返した。
 そして言葉を続ける。


 「大丈夫よ。私達だけならともかく、他国の客人がいる前で何か事を起こすほどバカじゃないわ。きっと」

 「あいつの僕達への……いや、ファランへの執着は異常だぞ? あいつにそんな理性があると思うか?」

 「それならそれでいいじゃない。決定的な行動を起こしてそれが皇帝陛下の耳に入れば、さすがのあいつも無傷って訳にはいかないでしょう?」

 「……おとりになるつもりか? 奴を釣る餌に」

 「そうならないためにシュリを連れて行くのよ。それにまだ、あの男の餌になるには私はまだ子供だわ」

 「そうかな? ファランは可愛いし、特殊な趣味の奴は世の中に掃いて捨てるほどいるぞ」

 「アズランは心配性ね。大丈夫よ」

 「安全を第1に考えるなら、卒業まで帝国に戻らないのが1番いいと思うけど」

 「そうやって隠れて数年過ごして、その後はどうするの? 頑丈なあの男が勝手に死んでくれるはずもないし、結局私達はあの男に食い荒らされて終わる未来しかないわ。だからそうならないように準備しておかなきゃ」

 「準備?」

 「そうよ。あの男が私達を狙う限り、いつかは奴と対決しなきゃいけない時がくるわ。その時に勝利をつかむため、私達の味方をしてくれる人と協力して勝つための対策をしておくのよ」

 「僕達の、味方か。父様と母様と」

 「それに、レセルお兄さまとスリザ様。表だっては動けないでしょうけど、ヘリオール皇太子殿下だって、私達の味方のはずよ。恐らく皇帝陛下も」

 「そうだな。結構いるな。僕達の味方」

 「ええ。それに、いずれはシルバだって味方に引き入れてみせるわ。他国の王族の彼が味方についてくれれば心強いもの」

 「シュリは? 味方に引き入れないのか?」

 「シュリはもう味方でしょ?」

 「そうか。そうだな。もう味方だよな、シュリは」


 幼い頃から。憎むように蔑むように邪魔で不要なものを見るように自分を見てくる、あの男の目が苦手だった。
 第二皇子オリアルド。
 帝国の後継の地位を狙う野心的なあの獣は、己の地位を確固たるする道具として龍の瞳を持つファランに目を付けた。
 それと同時に己の道を邪魔するものとして、龍の瞳を持つ男子であるアズランと第三皇子レセルファンの排除を決めたのだろう。

 その日から。
 アズランはずっとあの男の獣の瞳に狙われている。
 それと同時に、ファランはあの男の醜い欲にまみれた瞳で汚され続けていた。

 そのことに気づいた両親は、2人を守るために隣国への留学を決め、強引に決行した。
 それを邪魔しようとした第二皇子を押さえてくれたのは皇太子や第三皇子のレセルファン。
 自分達は、たくさんの人に守られている、そのことを思い返し、落ち着かない心をなだめるように大きく息を吐き出した。

 自分達を狙う第二皇子と、いつかは対決しなければならないことは分かっている。
 でも怖いと思う気持ちだけはどうにもならない。
 獣に狙われた捕食動物のように、相手を恐れる気持ちだけは。

 だが、なぜだろう。
 シュリが一緒にいてくれる、そう思うと、あの獣への恐怖心が少しだけ薄まるような気がするのは。
 自分よりも年下の、自分よりもずっと儚げに見える少年の存在が、どうしてこれほどに頼もしく思えるのか分からない。


 (……きっとあいつがいつも脳天気に笑ってるせいだ。その脳天気さが、ちょっとだけ僕にうつった。そんな、ところだろ。僕があいつを頼りに思うなんてあり得ないからな)


 心の中でぶつぶつ呟きながら、アズランは子供っぽく唇を尖らせる。
 そんな彼の顔を、おもしろそうに眺めるファランの視線にも気づかないままに。
 夏休みまであと数日。
 2人の運命が動く時が近づいてきていた。
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