上 下
162 / 545
第二部 少年期のはじまり

第百五十五話 冒険者ギルドでの再会

しおりを挟む
 今日も今日とて、ギルド長の部屋で今回の事件に関する仕事に追われていたミーナだが、冒険者ギルドの外の騒ぎにはすぐに気が付いた。
 そして、街の人々が口々に呼ぶ名前を聞いた瞬間、彼女はイスを蹴るようにして立ち上がり、ギルド長の部屋を飛び出していた。
 もつれそうになる足を叱り飛ばしながら、階段を駆け下りて冒険者達がごった返す受付フロアへと向かう。
 ミーナが一階フロアへ足を踏み下ろすのと、ギルドのドアが開くのはほぼ同時だった。

 開いた扉の向こうに見えたのはミーナが、いや、スベランサの街の誰もが待ち望んでいた人の顔。

 喜びに顔を輝かせて、彼女の元へと駆け寄ろうと一歩足を踏み出したミーナは、すぐに何とも言えない顔で彼女を見つめて足を止めた。
 彼女の様子がどうもおかしいのである。
 いや、いつもどちらかというと変わり者で通っている彼女だが、そんな彼女を知っていてもなお違和感を感じるその様子に、ミーナは疑わしそうな顔で首を傾げた。

 見た目はいつもの彼女そのもの。
 恐らく身につけている装備もそのままだろう。
 だが、その表情はいつもの彼女から想像できないくらい弛みきっていた。
 まあ、いつもりりしい表情をしているという訳ではもちろんないが、それにしても弛みすぎだと感じるくらいには弛んでいる。

 更に、彼女は腕の中に捕らえて(?)いる小さな子供に、執拗なまでに頬をすり付けたり、匂いを嗅いだり、ふっくらとしたその頬に吸いついたり……なんというか、執着の仕方が異様だ。
 別に限度をわきまえていれば、正常な愛情表現なのだろうが、なんというか、愛する我が子がいる身から見ても、変質的なほどの愛情表現だった。


 (えーっと、よく似てるけど、ヴィオラの偽物??)


 ミーナが疑いの眼差しでじーっと見つめていると、諦めきった表情でヴィオラの腕の中に納まっていた子供と目があった。
 そのこの年齢は、多分四~五歳くらい。
 きらめく銀色の髪に菫色の瞳の、驚くほどに顔立ちの整ったなんとも魅力的な少年だった。
 その子は、じーっとミーナを見返したあと、ヴィオラを見上げて何か話しかけている。
 それに反応したヴィオラが、やっとどうにかミーナの見覚えのある表情を取り戻して、それから顔を上げてミーナの方を見た。


 「あ、ミーナ。ただいまぁ」


 そういって笑うヴィオラは、腹が立つくらいいつもの彼女のままで、今までの様子はなんだったんだと内心つっこみはしたものの、ミーナはほっと肩の力を抜いた。


 「お帰り……っていうか、遅いわよ、ヴィオラ!」

 「あ~、ごめんごめん。でも、これでも急いで帰ってきたのよ?」


 頬を膨らませるミーナに、ヴィオラはへらりと笑いながら答え、


 「急いでたから、直接ギルドの前に降りちゃったんだけど、いいわよね?急いでたんだし」


 続いて出てきたのはそんな言葉。それを聞いたミーナは、口元をひくりとひきつらせた。


 (それは、門番への説明を私に押しつけると、そういうことよね?)


 疲れ切っていたミーナは、ちょっとばかりイラっとした表情を浮かべたが、鉄の意志でその感情と表情を押し込める。
 普段なら、ヴィオラを叱り飛ばして自分で行かせるところだが、今は一刻を争う。
 ヴィオラには少しでも早く亜竜の対策に動いて貰わなくてはならない。
 その為なら、彼女の代わりに門番に頭を下げることなど、どうということはなかった。イライラはするが、それは自分が我慢すればいいだけの話なのだから。
 そう自分に言い聞かせ、ミーナはにっこり笑う。


 「分かった。良いわよ。そっちは私が引き受ける」

 「み、みーな……怒ってる??」

 「……いやぁねぇ。怒ってないわよ?」

 「そ、そう……?」


 なぜか怯えるヴィオラに、笑顔がひきつってたかしらと、改めて顔を微笑ませたが、なお一層怯えられた。
 なんだか納得いかないと唇を尖らせつつ、


 「そっちは本当に私に任せて。ちゃんと処理しとくから。それより、緊急依頼が張り出されてるから、さっさと受けて、とっとと色々解決してきてくれない?」


 もう一度、しっかりと請け負ってから、彼女への要望を口にした。


 「ああ、うん。了解……っと、その前に」

 「ん?まだ何かあるの?」


 更に面倒ごとを押し付けるつもりかと、隠さずに嫌そうな顔を浮かべるミーナに、ヴィオラがけろりと答える。


 「ああ、うん。冒険者登録しとかないと」

 「はあ?なに寝ぼけてるのよ??必要ないでしょ?ヴィオラには」


 いきなり変なことを言い始めたヴィオラに、ミーナが眉をひそめた。


 「うん。必要ないよ、私にはね。必要なのはこの子」


 そんな彼女の表情にもへこたれず、ヴィオラはにこにこしながら、腕に抱えたままだった少年をミーナの方へと突き出してきた。
 反射的に、その子をまじまじと見つめてしまう。
 その子も、きょとんと可愛らしくミーナを見返してきた。
 その無垢な表情に思わずキュンとしてしまったミーナは、それをごまかすように目を泳がせて、それからヴィオラを見た。
 ものすごく、不審そうな眼差しで。頭がどうかしちゃったんじゃないの?と言うように。
 だが、ヴィオラはそんな眼差しにも負けず、にこにこしたまま、もちろんその子を掲げた手を下ろす様子もない。
 そんな彼女を見ながら、ミーナははぁ~っと大きな吐息を漏らした。


 「私の耳がおかしいんじゃなければ、その子を冒険者にって聞こえたんだけど、流石に冗談よね?大体、その子、いくつなのよ?」

 「やだなぁ。冗談なんか言わないわよ。シュリは、今年五歳になったのよ。ねぇ~?シュリ」


 なにいってんのよぅとヴィオラが笑い、ミーナの前に突き出されたままの少年ーシュリがこっくりと頷く。
 その様子を見て、なんだか頭の痛くなってきたミーナは、指先でこめかみを揉みながら、


 「五歳の子を冒険者にって……流石に無理があるでしょうよ?」


 そんな正論を返す。
 だが、それを受けたヴィオラがあれぇと首を傾げた。


 「え~?だってミーナ、言ったじゃない。私に孫がいるって言ったら、冒険者登録は絶対にここで、って」

 「は?」


 ヴィオラの言葉を受けたミーナの目が点になる。
 そして、大慌てで記憶の海の中に沈んだ記憶を探し始めた。


 (えーっと、確か、ヴィオラの孫がいるって聞いたときに、冗談混じりにそんなことを言ったような、言わないような……)


 うん。言ったかもしれない。
 だが、そんなのはあくまで冗談だ。
 五歳の子供を冒険者にしろなどと、まともな神経で言えるわけがない。


 「や、あのね?もしかしたらそんな感じの事を言ったかもしれないけど、流石に冗談よ??だって、無理に決まってるでしょ??五歳の子が、冒険者なんて……」


 しどろもどろにそう返せば、ヴィオラは一瞬きょとんとした顔をしてから、


 「え?大丈夫だよ??だってシュリだし」


 と、なんだか訳の分からない根拠を押し出してきた。
 シュリだし、って何だよ!?と内心盛大に突っ込みつつ、ミーナはその顔をひきつらせる。
 やばい、常識が通じない、と。


 「シュリだしぃ……って言われても、だって五歳でしょ?」


 とにかく、年齢の低さを押し出してもう一度反論する。


 「五歳でも問題ないよ。私の孫だもん」


 だが、ヴィオラの心には全く響いてないようだった。


 (私の孫だもん、ってどんだけ孫バカなのよ!?ってか、五歳の孫を冒険者にして戦場に送り込もうなんて、自分の孫が可愛くないわけ!?)


 ミーナはあんぐりと口を開けて、ヴィオラを見つめた。
 もちろん内心、盛大に反論しつつも。
 そんな彼女の顔を大人しく見上げていたシュリの瞳が、同情的に見えたのは決して気のせいではないだろう。
 シュリは、ミーナを見つめ、それからヴィオラの顔を見上げた。


 「おばー様?」

 「ん~??なぁに?シュリ」

 「流石に僕の実力を見て貰わないと、冒険者になるのは無理だと思う」

 「え~~??そう???」

 「うん。だから、どこかの部屋を借りて、僕の実力をチェックしてもらお?ミーナさんと、あともう少し偉い人にも立ち会ってもらって」

 「ん~、まあ、シュリがそういうなら、それでもいっか。偉い人、ねぇ。じゃあ、ギルド長を呼びつけよう」


 シュリの提案にヴィオラはうんうんと頷いて、そんな二人の様子を、なに言ってんだ、この二人とでも言いたげな眼差しで見つめるミーナ。
 そんなミーナに視線を転じたヴィオラが、


 「ミーナ、どっか空き部屋に案内してくれる??んで、ギルド長も呼んできて?大至急ね!!」


 そんな事を言い出した。
 ミーナは天を仰ぎ、大きく息を吐き出す。
 もともと突拍子のないところはあったが、今日はいつもより酷い。
 だがすぐに、ギルド長を呼べと言われたのはある意味好機かもと考え直した。


 (私が言っても聞きそうにないし、ここはギルド長に一発ガツンと言ってもらおう)


 そう考え、大きく頷くと、


 「分かったわ。二階のギルド長の部屋に行きましょ?あそこならギルド長もいるし、そこそこ広いから」


 そう言って有無を言わせず、二人を先導するようにスタスタと歩き出す。
 そして、肩越しに二人がついてくるのを確認しつつ、こっそりと、だが大きなため息を漏らすのだった。
しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...