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第四部 王都の新たな日々

第386話 悪魔の下着屋さん③

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 まずはブランからだ、と白い美女に手を差し伸べる。
 すると、その手に引き寄せられるようにブランが近づいてきて、床にぺたんと座った。


 「じゃあ、まずはブランから悪魔契約をしよっか。僕のお願いは、そうだなぁ。じゃあ、オーギュストを手伝ってお仕事をがんばって、ってお願いにしようかな。ブランは?」


 シュリが問うと、なにを言われているのかわからない、という表情でブランが首を傾げる。


 「シュリとの契約はお互いに願いを伝えあう感じで行われる。因みに、俺の願いは1日最低1回の唇を通した魔力供給だ」


 ブランの疑問を察したオーギュストのアドバイスに、ブランが瞬きをする。
 その横から、


 「それって、キスで魔力供給を受けるって、そういうこと?」


 レッドが質問し、


 「そうだな。そういうことだ。俺は毎日濃厚なキスでシュリから魔力供給を受けて、非常に満足している」


 オーギュストが頷き、答えた。
 そこでようやく合点がいったというようにブランの顔が輝き、


 「シュリ、さまぁ」
 『ブランも、ノワール……いえ、オーギュストと同じでいいです!』


 そんな念話を届けてきた。


 「えっと、魂よこせ、とかじゃなくていいの?」


 言ってみたものの、ほんとによこせとか言われたら困るなぁ、と思いつつシュリが念のために確認すると、ブランはとんでもない、と言うようにぶんぶんと首を横に振った。


 「シュリ、さまっ!」
 『魂なんてとんでもない!! シュリ様の魂をねらうような悪魔がもしいるのなら、このブランが逆に魂を抜いてやります!! ブランはキスがいいです!!』


 ブランの熱烈な念話を受け止めつつ、シュリは、


 (僕の周りの悪魔は、温厚な悪魔さんが多いなぁ)


 なんて、ちょっぴり見当違いの事を考えつつブランの頬を撫でる。
 オーギュストもブランも。たぶんレッドも。
 別に悪魔的な残忍なところをまるで持たない訳じゃないし、悪魔の本能的に魂を求めるような部分もないわけではない。

 ただ、彼らは他の悪魔よりもちょっぴり長く存在する分、理性とか自制心とか呼ばれるモノをそれなりに持ち合わせていたし、それよりなにより。
 ただ単に、悪魔の本能よりもシュリに対する情欲が勝った、というだけの事なのである。
 そんな実に単純な話なのだが、そうとは気づいていないシュリの中では、人の魂を求めようとしない彼らは善良な悪魔というように位置づけられていた。


 「じゃあ、僕からのお願いは、オーギュストのお手伝いをお願い、で、ブランのお願いは毎日キスでの魔力供給、だね?」

 「こくっ」


 シュリの最終確認に、ブランが迷うことなく頷く。
 それを確認したシュリは、


 「わかった。じゃ、契約を終わらせちゃおう」


 そう言って、ブランとの契約を終わらせるため、彼女の頬に手を伸ばした。
 床に座り込んだブランの顔の位置は、流石にシュリよりは低い位置にあって。
 抱っこして貰わなくてもキスできそうな状況に、シュリはちょっとだけほっとする。

 これから先、シュリの身長が劇的な成長をみせるまでは、抱っこでキスの頻度が多くなるだろうが、最初のキスくらいはかっこよく決めたい。
 だって男の子だもん。

 そんなことを思いつつ、シュリは手の平でブランのなめらかな頬の感触を楽しみ、期待に震える唇を指でなぞり、その顎をすっと持ち上げた。
 シュリを見上げるように上向きになったブランの顔を見つめ、白銀の瞳をのぞき込み。
 シュリは優しく彼女の唇を奪った。
 ブランの頭の後ろをそっと支え、しっかりと逃げ道をふさいでから、シュリは自分の舌で彼女の唇を割る。


 「っ……っん」


 普段から無口な彼女は、こう言うときも静かなようで。
 でも、その代わりに念話をとおしてシュリとのキスの心地よさをしっかり伝えてくれた。
 脳内に直接響く彼女の甘い鳴き声に唇を微笑ませ、シュリは更に攻勢を強める。

 そしてそのままついつい、いつもの、愛の奴隷達やオーギュストにするようなキスに突入してしまい、ちょっとやりすぎたかも、と気づいた時には、手の平に柔らかな感触が押しつけられていた。
 キスをしながら、ん? と首を傾げる間も、シュリの手は誰かの手に導かれるままに柔らかなモノにぎゅうぎゅう押しつけられて、その正体に気がついたシュリははっと目を開いた。

 ブランの唇を解放し、己の手の行く先をたどると、案の定、ブランの胸にむにゅん、と埋まり込んでいる自分の手を見つけた。そしてその手をつかんで自分の胸に導いているブランの手も。
 そんなシュリの様子に気づいたブランが、潤んだ瞳でシュリをロックオンする。


 「シュリ、さまぁ」
 『ブランは準備万端です。いつでも……今すぐにでも! シュリ様の好きにして下さい』


 念話で熱っぽくそう告げられるが、そっちの準備は万端でも、こちらのスタンバイはオーケーじゃない。
 そんな訳で。


 「ん。渡した魔力は十分だと思うから、ちょっと待ってて。今からレッドとも契約してくる。受肉は2人一緒にやってみよう」


 暴走する(欲情する?)ブランの頭をよしよしと撫で、シュリはさっさとレッドの前に移動した。
 お預けをくらったわんこのような気配を背後から感じるが、振り向いたら負けだと分かっている。
 シュリは心を鬼にして背後を無視し、


 「レッド、お待たせ。契約しようか」


 レッドににっこりと笑いかけた。


 「え、ええ。そっ、そうね」


 さ、ここに座って? と目の前の床を示すと、レッドは緊張した様子で目を泳がせながらシュリの前にぺたんと座った。
 床といっても、シュリの部屋の床はふかふかの絨毯を敷いてあるので、座り心地は悪くないはずだ。

 そんなことを考えながらレッドの頬を撫でる。
 途端にぴくんと震えたレッドの緊張が跳ね上がり、ぷるぷるし始めた彼女は覚悟を決めたようにぎゅっと目を閉じた。
 そのあまりの緊張ぶりに、キスは初めてなのかなぁ、と思いつつ、


 「レッド。キスは初めて?」


 思ったままその疑問を口に乗せる。
 だが、その瞬間、レッドがくわっと目を見開いた。


 「んなわけねぇだろ!? 一体アタシが何年生きてると思ってるんだよ!?」

 「……レッド。口調」


 乱れた口調のレッドに、オーギュストがぼそっと注意喚起する。


 「あら、いけない。ありがと、ノワール。あのねぇ。アタシはこう見えても気が遠くなるくらい長い年月生きてるのよ? キスくらいしたことあるわよ。ただ、最近はご無沙汰だったし、基本的にアタシからすることが多かったから、ちょっと受け身に慣れてないだけで……」


 別にそのままでも良かったのだが、レッドは即座に立て直してきた。
 久しぶりだし、受け身に慣れてないから緊張しただけ、と言う彼女を安心させるように、シュリはもう一度微笑んで、


 「そっか。久し振りな事って緊張するよね。でも大丈夫。優しくするよ」


 そう言うと、言葉の通り、優しくレッドの唇を奪った。
 緊張で固いレッドの唇を、自分の唇で甘噛みするように愛撫して、程良くゆるんでくるのを根気よく待ってから、深いキスへ突入する。

 シュリとのキスは、最初は確かに優しかった。
 だが、もどかしいくらいに優しいキスにじれたレッドが、もっと、とねだるように唇を押しつけた瞬間、紳士で優しい印象が一変した。

 少しだけ乱暴に激しく、でもどこまでも甘く。
 このままずっとキスを続けていたい、そう思っていたら不意に唇が解放された。

 ぽーっとシュリの顔を見上げると、それに気づいたレッドの小さなご主人様は、甘く微笑んで彼女の頬を撫でてくれた。
 まるで猫になった気分で小さなその手の平に更に頬を押しつけると、苦笑の気配を漂わせつつも、優しいご主人様はそのまましばらくレッドの頬や頭を優しく撫で、それから、


 「契約はこれで終わりだよ……って、あっ!! お願い事を言い合うのを忘れてた!! 僕のお願いはブランの時と同じだよ。オーギュストの店のお手伝いを頑張って欲しい、ってやつ。レッドのお願いは?」


 慌てたようにそう尋ねてきた。
 そんなシュリに、レッドは考えるまでもなく、即座に答えていた。


 「レッドも、ブランやノワールと一緒でいいわ」

 「一緒?」

 「その……キスで魔力補給、ってやつよ。もうっ。言わなくても分かるでしょ?」


 いや、言って貰わなくちゃわからない、と思ったが、シュリは賢く口を閉じて、くねくねするレッドを(生)暖かく見守った。
 そして、くねくねが一段落するのを待ってから、


 「よし、じゃあ、そろそろ男性体になってみようか! まずはブランからやってみて? 受肉するために必要なだけの魔力はあると思うけど、足りないようなら補充するし、コツが分からなければオーギュストに教えて貰うといいよ」


 そう言って後ろに下がり、オーギュストやシャイナと並んで見守る姿勢となった。
 ブランやレッドとシュリのキスを見ていて、自分もして欲しくなっちゃったらしいシャイナやオーギュストの物欲しそうな視線を断固無視したまま。


 「こくっ」

 「ほら、ブラン。何百年か前に男の姿になって遊んだじゃない。あのときの姿を思い出すといいわよ」

 「こくこく」


 まじめな顔で頷くブランに、レッドが助言をし。
 ブランはシュリから与えられた魔力を惜しみなく使って、己が入るための器を作っていく。

 その器は、オーギュスト程ではないにしろ、すらりとした長身で、オーギュストよりはやや細身。髪と瞳は白銀で、女性の時の顔立ちより少し凛々しい顔立ちは、白皙の美青年と呼ぶにふさわしい。

 できあがった器を眺めたブランは、これでどうだろう、という風にこちらを見てきた。
 シュリ的には問題なかったが、彼女達の男性ボディを熱望していたシャイナの意見はどうだろう、と隣の女性を見上げると、彼女は頬を紅潮させ、非常に満足そうに頷いていた。

 それを確認したシュリが、いいと思うよ、と頷くと、獣っ娘形態を解き、精神体に戻ったブランは作り上げた己の肉体にするりと滑り込み。
 次の瞬間、よくできた人形でしかなかったその肉体に、魂が宿った。


 「シュリ、様」


 オーギュストよりは少し高めだが、女性体の時よりは格段に低い艶のある声がシュリの名前を呼ぶ。
 シュリはそれに応えるように頷いて、|無限収納(アイテムボックス)から大きめの布を取り出してブランに渡した。


 「お疲れさま、ブラン。洋服や下着は後でオーギュストが用意してくれると思うから、それまではこの布で身体を覆っておくといいよ」


 ブランは頷き、受け取った布で己の身体を覆う。
 それを見届けたシュリは、今度はレッドの方へ顔を向けた。
 主の視線を受け、レッドが張り切ったように胸を張る。


 「今度はレッドの番ね! 張り切って可愛い男の子ボディを作るから見ててね」


 そう言って、レッドも己が入る為の器を作り始めた。
 シュリよりは背が高いが、オーギュストやブランよりはかなり低めの身長に、2人より更に細身の少年らしいほっそりとしたシルエットがまず出来上がり。
 次に炎のように燃える癖のある赤毛と、紅玉のように鮮やかな赤い瞳が出来上がる。
 その目はややつり目ながらもくりっとしていて、頬はまだふっくらとした柔らかさを残しており。
 その姿は可愛い美少年という表現がぴったりだった。

 レッドは出来上がった少年ボディを満足そうに見つめ、どうよ、とばかりにシュリ達の方を見る。
 その出来に全く文句のないシュリは、シャイナはどうかな? と再び傍らの愛の奴隷を見上げた。


 「……ふむ。黒髪に赤い瞳のダーティな雰囲気の美男子に、白銀の髪に瞳のクールな印象の美青年、更に赤い髪に瞳の、ちょっと小悪魔的な魅力の美少年。いい。いいですね。ここに最高級に愛らしくも凛々しいシュリ様が加われば怖いものなし、といった感じでしょうか。どんなカップリングも思いのままですよ。ただし、シュリ様を絡ませる場合はプラトニック限定で、との注釈は必要ですね。たとえ創作の話の中であろうとも、シュリ様のお尻の純潔は守られなければなりません。その辺りは厳しい周知が必要ですね」


 ……なにやら訳の分からない事を言っているが、まあ、満足しているようなのでいいだろう。
 と言うことで、シュリはレッドに向かって頷きを返す。


 「ま、とーぜんよね」


 満足そうにそう答えたレッドは、ブランと同じく精神体に戻ると、自分が作り上げた少年ボディの中へ入り込んだ。
 途端に、命を得た肉体がその機能を確かめるように動き始め、


 「ま、悪くないわね。男の子の身体は、女の子の時より筋肉が多いから、動きが力強いわよね」


 そんな感想を口にする。


 「レッド。口調が元のままだぞ?」

 「あ、そうね。いけない……女の姿が長かったから、つい女言葉がくせになっちゃってさ。気をつけないとな~」


 オーギュストの指摘に自分の口調をわずかに修正し。女性の時よりは低いものの、まだ少年らしい澄んだ声でレッドはそう言った。
 レッドも裸のままだったので、シュリは彼にも大きな布を手渡して。


 (悪魔って、召還されると裸で出てくるのかなぁ? 外で召還されたりしたらどうなるんだろう??)


 心に沸いた素朴な疑問に首を傾げる。
 そんなシュリの心の声を察したのか、


 「召還された直後の悪魔の姿は様々だが、まあ、身体を作るときに服も作る奴が多いな。だが、今回のように裸のまま受肉する奴もいるし、この間の悪魔のようにあえて受肉せずに他人の身体を奪って歩く奴もいる。ま、個人個人、人それぞれってことだな。因みに、俺の時は捧げられた魔力が少なく身体を作るだけの魔力でぎりぎりだったから、服は作らなかったがな」


 的確な回答をしてくれた。


 「ふぅん。そうなんだ。色々なんだねぇ」


 己の心が詳細に読みとられたことなど気にもせず、シュリは感心したように頷く。
 普通もっと驚いたり、怖がったりするところだろう、と一般の人は思うかもしれないが。
 シュリとしては、こんなの日常茶飯事過ぎて一々反応していられない、というのが正直な気持ちだ。

 愛の奴隷達のシュリに関する感覚は、最近とみに鋭くなっており。
 シュリがちょっとのどが渇いたな、と思った瞬間にお茶が目の前に用意されるなんて事は、もうすでに日常になりつつあった。
 だから、考えを口に出す前にオーギュストが答えを返してきたとしても、そういうこともあるよね、くらいの感覚でしかない。

 そんな訳で。
 シュリは特になにも気にすることなくオーギュストの言葉に頷いた後、タペストリーハウスの空き部屋の鍵を手の中に2つ用意すると、それをブランとレッドに手渡した。


 「はい、これ。2人の部屋の鍵だよ」

 「……?」

 「部屋の鍵? ってことは個室がもらえるわけ?」


 受け取ったブランは無言で首を傾げ、レッドはぱっと顔を明るくした。
 そんな2人にシュリは微笑みかけ、


 「そうだよ。使い方とか、部屋の場所とかはオーギュストが教えてくれるから、2人ともオーギュストのいうことをよく聞くようにね? オーギュスト、お願いできるかな?」


 よろしくね、とオーギュストの顔を見上げた。


 「もちろんだ。俺に任せろ。ご褒美はなくてもいいが、シュリがどうしてもくれるというなら、俺は喜んで受け取る。遠慮は、しない」


 オーギュストは重々しく頷き、遠回しにご褒美を求めてくる。
 かわいい眷属ペットのおねだりに、シュリはいいよ、と頷いて後で部屋を訪れる約束をした。


 「そうだ、あとさ。イルル達にも紹介してあげてくれる? 喧嘩しないで仲良くするように、って」

 「わかった。それも任せておけ。その代わり……」


 シュリの言葉に頷き返事を返しながら、オーギュストは素早く己の姿を変えた。
 男から女へと。
 そしてそのままシュリの唇を奪い、味わって。


 「……前払いを、貰っておくぞ?」


 赤い唇をぺろりとなめ、瞳を細めて甘く微笑んだ。
 そして、見慣れぬ女の姿に変わったオーギュストに驚いている白と赤の同胞を連れてタペストリーハウスへと帰って行った。


 「いい人材が集まりました。シュリ様の新事業はもう成功したも同然です」

 「え~? 成功間違いなしは言い過ぎじゃない?? 商売ってそんな簡単なものじゃないでしょ? まあ、2人ともオーギュストの昔なじみみたいだし、頑張ってくれると思うけどさ」

 「オーギュストの作る下着はデザインも性能も間違いなしですし、あの3人のルックスは良い広告塔になってくれる事でしょう。口コミ、というものは以外と侮れないものですから。3人の設定は……そうですね。腹違いの兄弟、と言うことでいいでしょう。プレオープンの日とオープンの日は、3人とも店に出て貰った方がいいですね。シナリオと詳細な設定は、これから他の4人とも相談して、きっちり作り上げておきます!」

 「しな、りお??」


 お店をオープンするのに、なぜシナリオが必要なのか分からない。
 分からないが、シャイナが必要だというのだからきっと必要なのだろう。


 (たぶん、接客マニュアルみたいなものかなぁ?)


 そう思いつつ、シャイナの提案が間違いだと思ったら他の4人が訂正してくれるだろう、とシュリは軽く考えて聞き流した。
 その結果、5人が5人とも暴走し、[悪魔の下着屋さん]のオープニングは恐ろしい事になるのだが、シュリはもちろんそんなこと知らない。

 ともあれ、オープンまではまだまだやることが山ほどあり。
 この後はまず、王都と商都の商業ギルドに登録して、店舗にふさわしい場所を決めるところから始めないといけないだろう。
 場所を決めたら店舗のデザインを決め、建築し、内装を整えて、そこに詰め込む商品の量産をして、店舗の販売員を雇って。
 忙しくなりそうだなぁ、と目を細めるシュリが恐ろしい事態に直面するのは、まだ随分先の事になりそうだった。
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