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第二部 少年期のはじまり
第百四十七話 エルフ娘と四精霊②
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とりあえずの初対面をすませて、まずはテーブルについて顔を見合わせる。
座り順は、シュリを挟んで左右に精霊が二人ずつ。
右が土と水、左が炎と風。
見事シュリの隣をゲットした精霊はほくほくと嬉しそうで、残念ながら離れてしまった方は可哀想なくらいしょんぼりしている。
その件に関しては一悶着あったのだが、30分毎に場所を入れ替えると言うことで、一応はその場を納め決着していた。
どうせ30分後には隣に座れるんだし、そんなにしょんぼりすること無いのになぁと思いつつ、ちょうど正面に座っているリリシュエーラを見れば、彼女は可哀想になるくらいガチガチに緊張していた。
シュリがちょっぴり苦笑して、さて、どうやってリリシュエーラと自分の精霊達の交流をはかろうかと考えていると、左隣に座ったイグニスが、目の前に放置されたお茶に気がついた。
「お、こんなところに茶があるじゃん」
目を輝かせてそう言うが早いか、シュリが止めるまもなくぐいっと飲み干してしまった。
そしてすぐ、顔をしかめて口元を押さえた。
「うわ、まっずぅ。なんだぁ?これ。オレに喧嘩でも売ってんのかぁ??」
そして、今度もシュリが止める間もなく、そんな声を上げた。
シュリは、まずったなぁと額を押さえるが後の祭り。
その声に反応したリリシュエーラが顔を上げる。
「え?で、でも、さっき、シュリはおいしいって……」
「なんだよ、この茶、てめーが入れたのかぁ???って、これをシュリに飲ませたのかよ!?」
「え、ええ。でも、シュリは美味しいって言ってくれたわ」
「んなの、てめーに気を使ったに決まってるだろ!?シュリは優しいかんな。おい、シュリ。大丈夫か??腹、壊してないか??」
「え、えっと、うん。へ、平気……」
色々と台無しだけどね、と思いつつ、シュリは乾いた笑いを浮かべる。
だが、イグニスは悪くない。彼女は良くも悪くも正直なだけなのだから。
そんなイグニスを見ながら、アリアがやれやれとため息をつく。
「まったく、相変わらずイグニスは脳筋なんですから。あなた、今、シュリの優しい気遣いを台無しにしましたのですわよ?」
「は?なんでそうなるんだよ??」
盛大にハテナマークをとばすイグニスを無視して再びため息をもらし、アリアは彼女の手からお茶の容器を取り上げると、
「ま、イグニスですから仕方ないですわね……」
そう言いながら、茶碗を魔法で洗浄し、その指先から新たなお茶をそそぎ込む。
そしてその器をシュリの方へと差し出した。
「さ、新しいお茶ですわ。口直しにどうぞ、ですの」
「う、うん。ありがと、アリア」
シュリは差し出されたその器を受け取って、その中をのぞき込み、すんと匂いを嗅いでから、恐る恐る器に口を付けた。
さっきのお茶の印象が余りに色濃くて、同じ器から新たなお茶を飲むのは勇気がいったが、飲んでみれば爽やかな飲み口の凄くおいしいお茶だった。
シュリは至福の表情でほうっと息をつき、それから自分の表情を観察するようにじーっと見つめているリリシュエーラに気がついてはっとした。
「……さっきとまるで表情が違うのね。やっぱり、まずかったの?」
「いや、その、ね?リリお姉さんの入れてくれたお茶はお茶で味わいがあったというか、個性的だったというか、なんというか……」
「いいのよ、シュリ。やっぱりまずかったんでしょ?」
「う……その……うん」
「やっぱり味見してから出すべきだったわ。ごめんね、シュリ」
「う、ううん。こっちこそ。ごめんね?」
「どうしてシュリが謝るのよ?悪いのは、まずいお茶を飲ませた私なのに」
「いや、うん。やっぱり、僕もごめん」
二人は、お互いに謝りあって、何となく揃って顔をうつむかせる。
暗ぁい雰囲気が漂って、それに苛立ったように、
「っだあぁぁっ!!んだよ!?このうっとおしい空気は!?」
イグニスが爆発した。
「この空気作ったのあんたじゃん!?ってつっこんでいい場面だと思うよ?ごめんねぇ、二人とも。イグちゃん、ただのバカだから許してあげて??」
叫んだイグニスの後頭部に容赦ない一撃をたたき込みながら、シェルファが申し訳なさそうにシュリとリリシュエーラに話しかける。
イグニスは容赦なくつっこまれた後頭部を両手で押さえてプルプルしながら、
「つっこんでいい場面だと思うよって言いながら、がっつりつっこんでんじゃねぇかよ!?」
涙目で叫んだ。
「うんうん。シェルファがぜーんぶ悪いね~、ごめんね~、痛かったね~」
イグニスの文句を受けたシェルファは、ぜんぜん心がこもっていない声で返して微笑む。
その目はちっとも笑ってなかった。
「……わ、わかりゃーいんだよ。わかりゃー」
それ以上の文句をぶつけるのは危険だと言うことが、おバカなイグニスにも察知出来たのだろう。
イグニスは不満そうに唇を尖らせつつも引き下がり、大人しくなった。
シュリの左に座るお子ちゃまチームが静かになったのを機に、その場を仕切り直そうと、責任感の強いグランがコホンと咳払いを響かせる。
「あ~、なんだ。その、リリシュエーラとやら。何か私達に聞きたいことがあるらしいが?」
「あの、いいんですか?」
「いいもなにも、どうせそのつもりでシュリを招いたんでしょう?まあ、なにを聞きたいかなんて、だいたい予想はつきますけれども。エルジャバーノの尻拭いをするのは腹立たしいですけれども、あれでも一応シュリのおじい様だから仕方ないですわね。私達で答えられることなら答えてあげますわ。さ、質問をどうぞ?」
「シュリ、あなたの精霊に質問しても?」
「いいよ。アリア達もいいっていってるしね」
「ありがとう。じゃあ……」
精霊達の主であるシュリからも許可をもらって、リリシュエーラは質問したいことを軽く頭の中で整理してから、その内容を精霊達にぶつけた。
「ここからあまり遠くない場所に、あなた達のような上級精霊のいる場所はありますか?」
リリシュエーラの質問に、アリアはしばし考え込む。
それからちらりとグランに目配せをして、それから改めて答えを返した。
「知りませんわ。私だけじゃなく、多分他の三人も」
「そ、うですか」
「でも、知らないだけで、探せないことも無いですわね。私達レベルの精霊になると、その存在感はかなりのものですから」
予想通りと言えば予想通りの答えを受け、いったんは肩を落としたリリシュエーラがぱっと顔を上げる。
「へえ~?そうなんだ??」
「そうですわよ。だからシュリも気をつけてくださいな。私達の気配を察知した良からぬ輩が近づいてくる事もあるでしょうから。まあ、そこの白長耳族の様に、精霊術師としてそこそこの才能さえあれば、私達の事は感じられるでしょうし」
アリアの冷たく青い眼差しが己に向けられたのを感じて、リリシュエーラはビクリとその身を固くした。
彼女もアリアが言うように、シュリの中の強大な気配を察知して近づいた者の一人だったからだ。
そして、あわよくばその力を手に入れたいとも思った。
主持ちの精霊であることが分かってからは、無理に奪ってやろうとまでは思わなかったが、それでもシュリを利用しようと思ったのは事実だから、何とも後ろめたい思いで目を泳がせた。
だが、シュリはそんなリリシュエーラの様子に全く気づいた様子もなく、アリアの言葉の中にあった聞き覚えのない言葉にきょとんと首を傾げて己の精霊をを見上げている。
そんな子供らしい、世間知らずな様子が微笑ましくも危うく見えた。
そのシュリの無頓着さが、絶対の強さを持っているが故と言うことを知らないリリシュエーラの目には、シュリを守ってやらなければと言うような、妙な庇護欲のようなものが少しずつ目覚め始めていた。
「白長耳族??」
「ああ、昔のエルフはそう呼ばれてましたのよ?ちなみにダークエルフは黒長耳族」
「……まんまだね?」
「ですわねぇ」
アリアはシュリと、ほのぼのとそんなやりとりをしてから、再びリリシュエーラに厳しい眼差しを向けた。
ぎゅっと身を固くするリリシュエーラを値踏みするように見つめてから、
「で、あなたは上級精霊を探し出してどうするつもりですの?」
「あ……もちろん、私と契約してもらえるように説得をして、それで……」
「ムダ、ですわね」
「え?」
「時間の無駄、と言っているんですわ。私達の半分ほどの力の中級の精霊ですら、あなたにはなびかないでしょうね。あなたが仲良くなれるのは、せいぜい自我を持ち始めた下級精霊までですわ」
「そんな!」
「あなたは考えたことがあるのかしら?どうして、私達にあなたは選ばれなかったのか。あなたが生まれて百年近く。その間、ずっと私達はあの森の泉にいたんですわよ?」
「でも、それは、どうしても泉にたどり着けなくて……」
「その理由は、なぜだと思って?」
「理由?」
「答えは簡単ですわ。私達は、興味の無い相手に煩わされるのが何より嫌いですの。だから、あなたは招かれなかった」
「興味が、ない……」
「ええ。私達は、あなたに興味がありませんの。今あなたと話しているのも、主であるシュリがそう望んでいるからですわ」
「主である、シュリが……」
リリシュエーラは呆然と、その瞳の中にシュリの姿を映した。
そこに映るのは美しいだけの、ただの子供だ。
少なくとも彼女の目にはそう見える。
どうして自分がそれほどシュリに劣るのか、彼女にはまだ、それを感じ取ることが出来なかった。
拒絶された事への悲しさと悔しさが混じり合い、彼女はきっとアリアを睨んだ。
そして問う。
「私とシュリと、なにがどれだけ違うって言うの!?」
叫ぶようなその問いかけは、アリアは表情の一片すら揺らがせる事は出来なかった。
「あなたとシュリの違い?シュリが余りに偉大すぎて言葉で伝えるのは難しいですけれど、そうですわね。あえて言葉を選ぶとすれば……」
「選ぶと、すれば?」
「雲泥の差って言葉、ご存じ?」
「雲泥の……つまり……」
「ええ。シュリが雲で、あなたが……」
「私が泥、ってこと……」
「正解、ですわ。でも、あなたも一般的に見ればそう悪くはないんですわよ?まあまあそこそこなレベルには達してますわ。ただまあ、比べる対象のシュリが凄すぎるってだけで……」
「泥……この、私が、泥……」
さすがにちょっと言い過ぎたかしら、と遅ればせながら少しフォローを入れてみるも、リリシュエーラの耳には届いていない様だった。
たらりと冷や汗を流すアリアをそのままに、リリシュエーラはふらりと立ち上がって、そのまま奥の部屋へふらふらと入っていってしまった。
アリアの言葉が、それほどショックだったらしい。
(これは、ちょっとまずかったですかしら……)
ちらりと主であるシュリを伺えば、シュリは困った様にアリアを見上げている。
更に、シェルファやグランに目を転じても、あきれたような眼差しを返された。
イグニスですら、あーあ、かわいそ~に、とリリシュエーラの煤けた背中を見送っている。
しまった!!と思うものの、もう後の祭りである。
「アリア……正論かもしれないけど、ちょっと言い過ぎだよ?正しいからって、なにもかも相手にぶつけて言い訳じゃないと、僕は思うな」
そんな風にシュリに諭されて、アリアはしょぼんと肩を落とす。
シュリは子供のくせにやけに大人びた表情で、彼女の肩をぽんぽんと叩き、
「まあ、反省してくれたならいいや。僕、ちょっとリリシュエーラを慰めてくるね?」
そう言って、リリシュエーラの後を追うように、走っていってしまった。
ああ、シュリが行ってしまいましたわ、とそのちっちゃな背中を目で追っていると、アリアの肩にぽんと手が置かれた。
「なんつーかよぉ、アリア?ちったぁ自重しようや?」
やれやれといった調子でイグニスに諭され、アリアの苛立ちが一瞬で沸点に達した。
「グランやシェルファならともかく……」
「ん?」
「イグニスだけには、言われたくありませんわぁぁっ!!!」
「うおっ!なっ!や、やめ……脳が、味噌がこぼれるぅぅ!!」
イグニスの襟首をがつっと掴み、がっくんがっくん揺さぶりながら、アリアは叫んだ。
そんな二人を、シェルファとグランが、半ば諦め混じりの眼差しでじとーっと見つめるのだった。
座り順は、シュリを挟んで左右に精霊が二人ずつ。
右が土と水、左が炎と風。
見事シュリの隣をゲットした精霊はほくほくと嬉しそうで、残念ながら離れてしまった方は可哀想なくらいしょんぼりしている。
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どうせ30分後には隣に座れるんだし、そんなにしょんぼりすること無いのになぁと思いつつ、ちょうど正面に座っているリリシュエーラを見れば、彼女は可哀想になるくらいガチガチに緊張していた。
シュリがちょっぴり苦笑して、さて、どうやってリリシュエーラと自分の精霊達の交流をはかろうかと考えていると、左隣に座ったイグニスが、目の前に放置されたお茶に気がついた。
「お、こんなところに茶があるじゃん」
目を輝かせてそう言うが早いか、シュリが止めるまもなくぐいっと飲み干してしまった。
そしてすぐ、顔をしかめて口元を押さえた。
「うわ、まっずぅ。なんだぁ?これ。オレに喧嘩でも売ってんのかぁ??」
そして、今度もシュリが止める間もなく、そんな声を上げた。
シュリは、まずったなぁと額を押さえるが後の祭り。
その声に反応したリリシュエーラが顔を上げる。
「え?で、でも、さっき、シュリはおいしいって……」
「なんだよ、この茶、てめーが入れたのかぁ???って、これをシュリに飲ませたのかよ!?」
「え、ええ。でも、シュリは美味しいって言ってくれたわ」
「んなの、てめーに気を使ったに決まってるだろ!?シュリは優しいかんな。おい、シュリ。大丈夫か??腹、壊してないか??」
「え、えっと、うん。へ、平気……」
色々と台無しだけどね、と思いつつ、シュリは乾いた笑いを浮かべる。
だが、イグニスは悪くない。彼女は良くも悪くも正直なだけなのだから。
そんなイグニスを見ながら、アリアがやれやれとため息をつく。
「まったく、相変わらずイグニスは脳筋なんですから。あなた、今、シュリの優しい気遣いを台無しにしましたのですわよ?」
「は?なんでそうなるんだよ??」
盛大にハテナマークをとばすイグニスを無視して再びため息をもらし、アリアは彼女の手からお茶の容器を取り上げると、
「ま、イグニスですから仕方ないですわね……」
そう言いながら、茶碗を魔法で洗浄し、その指先から新たなお茶をそそぎ込む。
そしてその器をシュリの方へと差し出した。
「さ、新しいお茶ですわ。口直しにどうぞ、ですの」
「う、うん。ありがと、アリア」
シュリは差し出されたその器を受け取って、その中をのぞき込み、すんと匂いを嗅いでから、恐る恐る器に口を付けた。
さっきのお茶の印象が余りに色濃くて、同じ器から新たなお茶を飲むのは勇気がいったが、飲んでみれば爽やかな飲み口の凄くおいしいお茶だった。
シュリは至福の表情でほうっと息をつき、それから自分の表情を観察するようにじーっと見つめているリリシュエーラに気がついてはっとした。
「……さっきとまるで表情が違うのね。やっぱり、まずかったの?」
「いや、その、ね?リリお姉さんの入れてくれたお茶はお茶で味わいがあったというか、個性的だったというか、なんというか……」
「いいのよ、シュリ。やっぱりまずかったんでしょ?」
「う……その……うん」
「やっぱり味見してから出すべきだったわ。ごめんね、シュリ」
「う、ううん。こっちこそ。ごめんね?」
「どうしてシュリが謝るのよ?悪いのは、まずいお茶を飲ませた私なのに」
「いや、うん。やっぱり、僕もごめん」
二人は、お互いに謝りあって、何となく揃って顔をうつむかせる。
暗ぁい雰囲気が漂って、それに苛立ったように、
「っだあぁぁっ!!んだよ!?このうっとおしい空気は!?」
イグニスが爆発した。
「この空気作ったのあんたじゃん!?ってつっこんでいい場面だと思うよ?ごめんねぇ、二人とも。イグちゃん、ただのバカだから許してあげて??」
叫んだイグニスの後頭部に容赦ない一撃をたたき込みながら、シェルファが申し訳なさそうにシュリとリリシュエーラに話しかける。
イグニスは容赦なくつっこまれた後頭部を両手で押さえてプルプルしながら、
「つっこんでいい場面だと思うよって言いながら、がっつりつっこんでんじゃねぇかよ!?」
涙目で叫んだ。
「うんうん。シェルファがぜーんぶ悪いね~、ごめんね~、痛かったね~」
イグニスの文句を受けたシェルファは、ぜんぜん心がこもっていない声で返して微笑む。
その目はちっとも笑ってなかった。
「……わ、わかりゃーいんだよ。わかりゃー」
それ以上の文句をぶつけるのは危険だと言うことが、おバカなイグニスにも察知出来たのだろう。
イグニスは不満そうに唇を尖らせつつも引き下がり、大人しくなった。
シュリの左に座るお子ちゃまチームが静かになったのを機に、その場を仕切り直そうと、責任感の強いグランがコホンと咳払いを響かせる。
「あ~、なんだ。その、リリシュエーラとやら。何か私達に聞きたいことがあるらしいが?」
「あの、いいんですか?」
「いいもなにも、どうせそのつもりでシュリを招いたんでしょう?まあ、なにを聞きたいかなんて、だいたい予想はつきますけれども。エルジャバーノの尻拭いをするのは腹立たしいですけれども、あれでも一応シュリのおじい様だから仕方ないですわね。私達で答えられることなら答えてあげますわ。さ、質問をどうぞ?」
「シュリ、あなたの精霊に質問しても?」
「いいよ。アリア達もいいっていってるしね」
「ありがとう。じゃあ……」
精霊達の主であるシュリからも許可をもらって、リリシュエーラは質問したいことを軽く頭の中で整理してから、その内容を精霊達にぶつけた。
「ここからあまり遠くない場所に、あなた達のような上級精霊のいる場所はありますか?」
リリシュエーラの質問に、アリアはしばし考え込む。
それからちらりとグランに目配せをして、それから改めて答えを返した。
「知りませんわ。私だけじゃなく、多分他の三人も」
「そ、うですか」
「でも、知らないだけで、探せないことも無いですわね。私達レベルの精霊になると、その存在感はかなりのものですから」
予想通りと言えば予想通りの答えを受け、いったんは肩を落としたリリシュエーラがぱっと顔を上げる。
「へえ~?そうなんだ??」
「そうですわよ。だからシュリも気をつけてくださいな。私達の気配を察知した良からぬ輩が近づいてくる事もあるでしょうから。まあ、そこの白長耳族の様に、精霊術師としてそこそこの才能さえあれば、私達の事は感じられるでしょうし」
アリアの冷たく青い眼差しが己に向けられたのを感じて、リリシュエーラはビクリとその身を固くした。
彼女もアリアが言うように、シュリの中の強大な気配を察知して近づいた者の一人だったからだ。
そして、あわよくばその力を手に入れたいとも思った。
主持ちの精霊であることが分かってからは、無理に奪ってやろうとまでは思わなかったが、それでもシュリを利用しようと思ったのは事実だから、何とも後ろめたい思いで目を泳がせた。
だが、シュリはそんなリリシュエーラの様子に全く気づいた様子もなく、アリアの言葉の中にあった聞き覚えのない言葉にきょとんと首を傾げて己の精霊をを見上げている。
そんな子供らしい、世間知らずな様子が微笑ましくも危うく見えた。
そのシュリの無頓着さが、絶対の強さを持っているが故と言うことを知らないリリシュエーラの目には、シュリを守ってやらなければと言うような、妙な庇護欲のようなものが少しずつ目覚め始めていた。
「白長耳族??」
「ああ、昔のエルフはそう呼ばれてましたのよ?ちなみにダークエルフは黒長耳族」
「……まんまだね?」
「ですわねぇ」
アリアはシュリと、ほのぼのとそんなやりとりをしてから、再びリリシュエーラに厳しい眼差しを向けた。
ぎゅっと身を固くするリリシュエーラを値踏みするように見つめてから、
「で、あなたは上級精霊を探し出してどうするつもりですの?」
「あ……もちろん、私と契約してもらえるように説得をして、それで……」
「ムダ、ですわね」
「え?」
「時間の無駄、と言っているんですわ。私達の半分ほどの力の中級の精霊ですら、あなたにはなびかないでしょうね。あなたが仲良くなれるのは、せいぜい自我を持ち始めた下級精霊までですわ」
「そんな!」
「あなたは考えたことがあるのかしら?どうして、私達にあなたは選ばれなかったのか。あなたが生まれて百年近く。その間、ずっと私達はあの森の泉にいたんですわよ?」
「でも、それは、どうしても泉にたどり着けなくて……」
「その理由は、なぜだと思って?」
「理由?」
「答えは簡単ですわ。私達は、興味の無い相手に煩わされるのが何より嫌いですの。だから、あなたは招かれなかった」
「興味が、ない……」
「ええ。私達は、あなたに興味がありませんの。今あなたと話しているのも、主であるシュリがそう望んでいるからですわ」
「主である、シュリが……」
リリシュエーラは呆然と、その瞳の中にシュリの姿を映した。
そこに映るのは美しいだけの、ただの子供だ。
少なくとも彼女の目にはそう見える。
どうして自分がそれほどシュリに劣るのか、彼女にはまだ、それを感じ取ることが出来なかった。
拒絶された事への悲しさと悔しさが混じり合い、彼女はきっとアリアを睨んだ。
そして問う。
「私とシュリと、なにがどれだけ違うって言うの!?」
叫ぶようなその問いかけは、アリアは表情の一片すら揺らがせる事は出来なかった。
「あなたとシュリの違い?シュリが余りに偉大すぎて言葉で伝えるのは難しいですけれど、そうですわね。あえて言葉を選ぶとすれば……」
「選ぶと、すれば?」
「雲泥の差って言葉、ご存じ?」
「雲泥の……つまり……」
「ええ。シュリが雲で、あなたが……」
「私が泥、ってこと……」
「正解、ですわ。でも、あなたも一般的に見ればそう悪くはないんですわよ?まあまあそこそこなレベルには達してますわ。ただまあ、比べる対象のシュリが凄すぎるってだけで……」
「泥……この、私が、泥……」
さすがにちょっと言い過ぎたかしら、と遅ればせながら少しフォローを入れてみるも、リリシュエーラの耳には届いていない様だった。
たらりと冷や汗を流すアリアをそのままに、リリシュエーラはふらりと立ち上がって、そのまま奥の部屋へふらふらと入っていってしまった。
アリアの言葉が、それほどショックだったらしい。
(これは、ちょっとまずかったですかしら……)
ちらりと主であるシュリを伺えば、シュリは困った様にアリアを見上げている。
更に、シェルファやグランに目を転じても、あきれたような眼差しを返された。
イグニスですら、あーあ、かわいそ~に、とリリシュエーラの煤けた背中を見送っている。
しまった!!と思うものの、もう後の祭りである。
「アリア……正論かもしれないけど、ちょっと言い過ぎだよ?正しいからって、なにもかも相手にぶつけて言い訳じゃないと、僕は思うな」
そんな風にシュリに諭されて、アリアはしょぼんと肩を落とす。
シュリは子供のくせにやけに大人びた表情で、彼女の肩をぽんぽんと叩き、
「まあ、反省してくれたならいいや。僕、ちょっとリリシュエーラを慰めてくるね?」
そう言って、リリシュエーラの後を追うように、走っていってしまった。
ああ、シュリが行ってしまいましたわ、とそのちっちゃな背中を目で追っていると、アリアの肩にぽんと手が置かれた。
「なんつーかよぉ、アリア?ちったぁ自重しようや?」
やれやれといった調子でイグニスに諭され、アリアの苛立ちが一瞬で沸点に達した。
「グランやシェルファならともかく……」
「ん?」
「イグニスだけには、言われたくありませんわぁぁっ!!!」
「うおっ!なっ!や、やめ……脳が、味噌がこぼれるぅぅ!!」
イグニスの襟首をがつっと掴み、がっくんがっくん揺さぶりながら、アリアは叫んだ。
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デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
俺、貞操逆転世界へイケメン転生
やまいし
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俺はモテなかった…。
勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。
――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。
――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。
これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。
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この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
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2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
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