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第二部 少年期のはじまり

第百四十四話 エルフの里のお騒がせ娘①

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 精霊との契約を経て魔法の威力の検証まで終えた後、我が家に泊まって行きなさいというエルジャの勧めに従って、ヴィオラとシュリはエルフの隠れ里へとやってきていた。
 隠れ里の住人は、排他的な性格の者が多いから面倒な挨拶は抜きにしてさっさと家に帰りましょうというエルジャの言葉に従って、こっそり彼の庵に直行したのだが、のんびりまったりくつろいでいたら、里の住人が大挙して押し掛けてきた。
 激しいノックの音に、エルジャが心底嫌そうな顔で対応に出れば、なぜだかもの凄く興奮したような里の住人達の顔があった。


 「……なんですか、一体。今、元妻と孫が遊びに来てまして。私はとっても忙しいので遠慮して頂けないですか?あ、そうそう。グリフォンの件は対処しましたので、心配はいりませんよ。では」


 そう言って、さっさと扉を閉めようとしたのだが、扉の隙間にがっと里長の足が差し込まれて結構な勢いで挟まった。


 「……足が邪魔で締められません。早く抜いて頂けます?」


 むぐっと呻いて涙目の里長に、エルジャは淡々とそう告げる。
 それでも足が抜かれないと見るや、今度は自分の足で里長の足を押し出そうとした。
 しかし、里長も黙ってされるがままではいない。
 涙目のまま足を踏ん張らせ、


 「我らを追い返そうとしてもそうはいかんのじゃぞ、エルジャバーノ。証拠はあがっとるんじゃ!!」

 「はい?証拠、ですか??一体なんの証拠があがったと言うんです?」


 扉にしがみついたままぐぐっと身を寄せて、足どころか体全体をねじ込んでこようとする里長の体を、容赦なくぐいぐいと押し返しながら、エルジャは首を傾げる。
 果たして自分は、証拠を握られて困るような事があっただろうか、と。
 だが、続く里長の言葉で、その疑問は氷解した。


 「お前のうちに、上級精霊がおるじゃろう。しかも、四人もじゃ!プラス、ちょっと微妙な精霊の気配も一つあると、里の優秀な精霊使い達がばっちり感知しておる!!言い逃れはできんぞ!?」


 それを聞いたエルジャは、ああ、そのことか、と合点がいったようにぽんと手を叩く。
 正直、なんだか色々な事がありすぎて、四人の上級精霊がシュリにくっついて己の家の中に居ることなど、まるで意識していなかった。
 それに、四人とも今はシュリの中で大人しく休んでいる。それほど強い気配は放っていないはずなのによく分かったものですと感心しつつ里長に目を移せば、彼の姿が目の前から忽然と消えていた。


 「おや?」


 どこに行ったんでしょうと見回して、最後に己の足下に目を落とせば、そこには見事に顔面から地面にすっころんだ里長の姿が。
 どうやら、里長の進入を拒んでいたエルジャの手が不意に離れたせいで、勢い余って転んでしまったらしい。


 「おやおや、大丈夫ですか?気を付けて下さいよ?もう結構なお年なんですから……」


 言いながら、もうじき齢千年を迎える里長を助け起こして上げれば、


 「だ、誰のせいだとおもっとるんじゃい!!」


 と涙目で睨まれた。
 まあ、睨まれたところで、おでこと鼻を真っ赤にした状態では、ただ面白いだけなのだが。
 エルジャは片眉を上げて、ぷんすか怒っている里長を無表情に見つめる。
 そんなエルジャの眼差しを受けて、少しだけひるんだ様子を見せる里長だったが、その後ろから、今度は別の人物が前に進み出てきた。


 「おじい様、そう簡単にひるむくらいならエルジャバーノに相対するのはおやめなさいな。私が、彼と話をします」

 「お、おお。リリシュエーラ。祖父が不甲斐ないばかりにすまんのう」


 リリシュエーラと呼ばれた蜂蜜色の髪を豊かに伸ばした女性のエルフは、金色の長い睫に縁取られた紫の瞳でエルジャを睨んだ。
 そして、


 「強大な力をもつ精霊を独り占めするのはずるいんじゃないかしら。隠してないでさっさと出してしまったほうが身の為よ!!」


 恥ずかしげもなくそんな主張を打ち出してきた。
 エルジャはやれやれと言うように肩をすくめ、


 「精霊とは、本来自由なもの。今我が家にいる精霊も、彼女達の自由意志で滞在しています。あなた方にとやかく言われる筋合いはないと思いますが?」


 ぴしゃりとそんな風に返した。
 だが、対するリリシュエーラも、引く気は無いようだ。
 エルジャに負けず劣らずの美貌の顔で更に彼を睨み上げ、


 「そんなの分かってるわよ!でも、ずるいじゃない!!この里には、上級精霊と契約を結びたいと思う者はたくさんいるのよ?それなのに、機会も与えずにあなたが独り占めするのはどうかと思うのよね。せめてその精霊に会わせてくれたっていいでしょ?」


 一息に、そう言いきった。
 顔を赤くして、荒い息をつく彼女を、エルジャは冷ややかに見つめる。
 彼女の主張は子供の理論だった。
 いくら里の中で一番若い個体だとしても、さすがに幼すぎる発言だ。
 だが、問題なのは彼女だけではない。
 彼女の言葉の尻馬に乗ってこの場にやってきた、他の面々も同罪である。


 (全く。いい大人が揃いも揃って、子供の暴走すら抑えきれないとは、情けない限りです)


 エルジャは不機嫌さを隠しもせずに、その場にいる面々を半眼で睨む。
 自分たちの行いが正しくないことだと理解しながらここにいる者は、エルジャの眼差しから逃げるように目を反らし、リリシュエーラだけが己の主張に間違いがあるなどと思いもせずにまっすぐにエルジャを見つめていた。


 「さっきも言ったように、精霊は自由な存在です。彼女達がもし、貴方方に会いたいと思ったならば、私がいくら止めても会いに行きますよ。彼女達は、私達が自由にしていい存在ではありません。精霊を自由にできるのは契約した主のみ。そんな簡単なこと、貴方が知らない訳は無いですよね?」

 「でもっ、でもっ!!きっと会いさえすれば、その精霊も私のことを気に入ってくれるわ。この里に、私以上の精霊の遣い手はいないもの。エルジャバーノは私に精霊をとられたくなくて隠してるのよ!!」

 「全く、どこの駄々っ子ですか、貴方は。会ったところで、うちにいる精霊と契約を交わす事は不可能ですよ」

 「どうしてよ!?やってみなきゃ分からないじゃない!!」

 「分かるんですよ、それが」

 「だから何でなの!?」

 「理由は簡単です。うちにいる精霊が、もうすでに契約を交わした精霊だからです」

 「で、でも。精霊の気配は五つあって……」

 「残念ながら、全て契約済みですよ。まあ、うち一つは契約予定、という事になるでしょうが」

 「う、嘘は良くないわよ、エルジャバーノ。一つは契約予定としても、四人の精霊がもう主持ちなんて。私が感知した情報が正確なら、どの精霊もかなりの力をもつ上位精霊だわ。そんな精霊が主と認める存在が四人もあなたの家に居るというわけ?」

 「人をうそつき呼ばわりとは、全く失礼な子ですね。嘘じゃありませんよ。彼女達がみな、主を持っていることは本当です。ただ、訂正するとすれば……」

 「するとすれば……?」

 「彼女達を従える主の人数でしょうか。主は四人いる訳じゃありません」

 「えっと、一人一精霊じゃないの?」

 「ええ。彼女達の主はただ一人。可愛い可愛い私の孫息子です」


 エルジャがきっぱりと言い切ったとたん、時が止まった。
 みんな、ぽかんとした妙に間抜けな顔で、優しげに頬を緩めたエルジャを見ている。


 「孫、息子??エルジャバーノの???」

 「ええ。とっても、とーっても可愛いんです。見せてあげないですけど」

 「エ、エルジャバーノは結構年増だから、孫も結構な年なのよね???」

 「バカを言っちゃいけませんよ、リリシュエーナ。私のシュリは、まだぴちぴちの五歳です。それはもう、可愛い盛りなんですよ~?」

 「ご、五歳??」

 「ええ」

 「五歳で精霊契約?しかも、複数の精霊と??」

 「ええ。うちの孫、天才でしょう?」

 「あんたはジジ馬鹿だわ、エルジャバーノ。うちのおじい様といい勝負ね……」


 いつも無表情なエルジャがにこにこしながら孫自慢をするのを、リリシュエーナは物珍しそうに眺めてからきっぱりとそう断じた。
 それを受けたエルジャが、はっと我に返ったように真顔になり、心底嫌そうに返す。


 「……やめて下さい。里長なんかと比べられたら迷惑です」

 「エルジャバーノ……わしゃ、里長じゃよ?この里で一番偉いんじゃよ??」

 「それが、なにか?」

 「もっと尊敬してくれても、いいんじゃよ?」

 「寝言は寝ながら言って下さい。尊敬に値しない者を尊敬できるほど、私は器用じゃありませんので」

 「リリシュエーラぁぁ。エルジャバーノがいぢめるんじゃよぅ」

 「はいはい、よしよし。エルジャバーノ。大人げないんじゃないかしら?こんないたいけな年寄りをいじめて」


 エルジャの言葉に打ちのめされ、めそめそと泣きついてくる祖父を慰めながら、リリシュエーラはエルジャを睨んだ。


 「大人げない、ですかねぇ?私だって、尊敬できる相手はきちんと尊重しますよ??」

 「リリシュエーラぁ。今の!!今のもグサっときたわい。グサ~っと!!」

 「まあまあ、おじい様。そんなに泣かないで下さいな。リリシュエーラはおじい様を尊敬してますからね?……ほら、おじい様、泣いちゃったじゃないですか。この責任、どうやってとるおつもり?」

 「責任、と言われましても」

 「おじい様を泣かせた罰として、あなたの孫との対面を要求するわ。複数の精霊と契約したって言う、五歳のちびっ子と!」

 「シュリと?」

 「それがあなたの孫の名前だったら、そうね」

 「ええ~~~?」

 「なによっ、その嫌そうな顔は!良いじゃない。そのシュリって子も、美人なお姉さんと会えたらうれしいに決まってるわよ」

 「自分で自分の事を美人って言い切る女性は、ちょっと……」

 「誰があなたの好みを聞いたのよっっ!!いいから、さっさとシュリを出しなさい!!!」

 「……仕方ないですねぇ。じゃあ、ちょっとだけですよ?呼んできますから、待ってて下さい」


 深々とため息をついて、エルジャはドアの向こうに引っ込んだ。
 この面倒事を納めるには、主導者のリリシュエーラに現実を見せるしか無さそうだった。


 (昔はそれなりに素直な子供だったのに、いつのまにあんな面倒くさい性格になっちゃったんでしょうねぇ……)


 しみじみとそんな事を思いながら、エルジャはリビングへと続く扉に手をかけた。
 さて、シュリとヴィオラになんと言いましょうか、と頭の中で状況と言葉を整理しながら。

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