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第四部 王都の新たな日々
第373話 キルーシャと奴隷解放①
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帰還の翌日から早速学業を再開する事にしたシュリは、ちょっぴり寝不足ではあったがいつもの時間にちゃんと起き、登校の身支度をきちっと整えた。
とはいえ、残念少年の擬態はバレているので、身支度に以前ほどの時間がかかることは無く、着込んだ制服を若干着崩すくらいで準備が終わるのは楽ちんだった。
後は愛の奴隷の誰か1人を装備すれば準備完了である。
今日は、学校を休ませてくれたお礼と学業復帰の連絡をするために学院長の元へいく予定なので、シュリの秘書的な役割をいつも隙無くこなしてくれるジュディスを伴って行くことにした。
身支度を整え、朝食を食べ、シュリのお供ができる役得にホクホクしているジュディスに抱っこされて馬車へ乗り込み、王立学院へ。
馬車に揺られることしばらく。
何の問題もなく王立学院に着いたシュリは、ジュディスに抱っこされたまま馬車から降り、校門を通り抜けて校舎までの道を行く。
もちろん、ジュディスに抱っこされたままで。
ちょっぴり恥ずかしいが、これもイメージづくりの一環だ、と自分に言い聞かせる。
年上美女をとっかえひっかえしてただれた生活をおくる悪い男……それが今のシュリなのだ。
そんな訳で、ジュディスが仕掛けてきたキスにも、積極的に応えておく。
そんな己に突き刺さる視線の数々に、
(僕のイメージ戦略も順調みたいだね!)
と内心ほくそえむシュリは知らない。
突き刺さる視線の大半が、あんな可愛い子になら遊ばれてみたい、という甘い願望混じりの視線だと言うことを。
シュリのダメ男計画は、もうすでに頓挫しつつあった。
とはいえ、今まで毛嫌いしていた相手にすぐすり寄れる程図太い人間はさほどいないようで、興味はあるけど近づけない、そんな空気の中、遠巻きにされるシュリに近付く人物がいた。
「シュリ! ここ数日姿を見なかったが、体調でも悪くしていたのか?」
そんな風に声をかけてきたのは、今年の新入生の中でダントツといって良いほどに身分も人気も高い少年。
シュリなど比較にならないほど背が高く、細身だが必要な筋肉をしっかりつけたその姿は、もう青年と言っていいかもしれない。
年齢的にはまだ少年といっていい年頃ではあるのだが。
「あ、シルバ。おはよ。ちょっと用事があって休んでたんだ。そんな訳で僕は元気だよ」
声のした方を振り向き、シルバリオンの顔を認めたシュリはにっこり微笑んで彼と目を合わせた。
そんなシュリに凛々しく微笑み返したシルバは、
「用事? シュリはいつも忙しいな。まあ、元気ならいいが。そうだ、シュリ。今日は久しぶりに昼の食事を共にしないか?」
そんなお誘い文句をシュリにトスしてきた。
受け取ったシュリは、うーんと少し考え込む。
シルバの事は好きだし、一緒にご飯を食べるのは楽しい。でも。
「ん~。僕は良いけど、シルバはいいの?? いつも取り巻きの人と食べてるでしょ?」
「奴らの事は気にするな。俺だってたまには気兼ねなく友人と食事がしたい」
シュリの問いかけに、シルバはからっと笑って答えた。
シルバがいいならシュリが断る理由もない。
それじゃあ一緒に食べようか、と頷くと、
「よし! じゃあ、昼に迎えにいく」
そう言い置いて、こちらを遠巻きに見ていた取り巻きの方へと去っていった。
「ご友人と昼食、楽しみですね?」
「うん。楽しみ」
小声でジュディスとそんな会話を交わしつつ、シュリもまた己の教室へと向かう。といっても、せっせと足を動かしているのはジュディスなのだが。
到着した教室では定番になった太股のいすにお尻を落ち着けてきりりと前を向き、お昼までの授業を頑張ろうと気合いを入れるのだった。
◆◇◆
お昼は、身分の高い生徒や来賓の為の特別室で、ということもなく、天気も良かったので庭の芝生でのびのびと食べることになった。
食堂で食べることが多いシュリは、今日も特に弁当を持参していなかったのだが、お昼にあわせて豪華なお弁当が届き、目の前に広げられている。
ジュディスからの連絡を受けてシャイナが腕をふるってくれたらしいお弁当はとっても美味しそうだ。
一緒に食べる相手の情報もジュディスから得ていたのか、その肉率の高さにシルバの目も釘付けだった。
2人で並んで食事を楽しみつつぽつぽつと言葉を交わし、食後のお茶とスイーツタイムになる頃には、今回のシュリの旅についての話に。
といっても、細かいところまで話すのはダメだろうと、大分ぼかしていたが。
「悪魔退治に奴隷救出か。すごいことをしてきたんだなぁ、シュリは。この先俺が何かで困ったら、シュリに救援を頼むことにしよう。助けてくれるか?」
「シルバに頼まれればもちろん助けるけどさ。アンドレアだってシルバだって僕なんかに頼る必要なんてないでしょ? 2人とも強いもん」
「母上はともかく、俺はまだまだだ。この学校の勉強が少し落ち着いたら、冒険者養成学校の実技授業でも受けに行こうかと思ってるくらいなんだからな。ほら、今年から外部の学校の授業も受講できるようになっただろう?」
シュリがきっかけで始まった外部受講のシステムだが、シュリ以外の生徒も結構利用しているようでなによりだ。
1年生はまだこの学校の授業で手一杯の生徒が多いが、上級生は積極的に他の学校の授業を受けに行っているようだった。
「僕ももう少しいろいろ落ち着いたら、冒険者養成学校とか高等魔術学園の授業を受けに行く約束をしてるんだ」
「そうか。なら、タイミングが合うようなら一緒に行こう。その方が楽しそうだ」
「そうだね。シルバと一緒ならきっと楽しいね」
にこにこ笑ってシュリが答え、シルバがにっと笑う。
その様子を、なぜかジュディスがうっとりと見ていた。
麗しい男同士の友情ですね、なんてつぶやきながら。
ゆっくり食事を楽しんで、色々話しているうちに時間はあっという間に過ぎ。
それぞれの教室に戻ろうと立ち上がったとき、ふとシルバが呟いた。
「そういえば、お前に忠誠を誓ったとかいう奴隷は、今頃どうしているんだろうな?」
そんな風に。
「キルーシャの事? そうだねぇ。助っ人も2人つけてるし、ちゃんとお財布も持たせたし、困ったことにはなってないと思うんだけど……」
(大変なことになったら、グランあたりから念話が飛んでくるだろうし、多分大丈夫だとは思うんだけどなぁ)
そう思いはするものの、どうしているんだろう、と問われると、何となく心配になってくる。
立ち上がって、お尻をぽんぽんと両手ではたきながら、
「そうだねぇ。どうしてるかなぁ、キルーシャは」
シュリは小さくつぶやきながら、青い空を見上げた。
◆◇◆
どこまでも抜けるような青空の下、誰かに呼ばれたような気がしてキルーシャは顔を上げた。
いくつかの奴隷商を渡り歩き、かつて同じ部族だった者達や特に扱いの悪い奴隷を救う為に買い取り、今は最後の奴隷商の元へ向かっているところだった。
「どうした? キルーシャ」
不意に顔を上げ、辺りを見回したキルーシャにグランが問いかける。
「いや、なんでもないよ、グラン殿。先を急ごう」
グランの言葉にそう返し、キルーシャは乗っている馬の腹を蹴った。
自分と同様、この辺りの民が着るような服を着たグランは、その正体を知らなければ飛び抜けて美しい、ただの女性にしか見えない。
だがその実体は、キルーシャの為に主が貸し与えてくれた大地の精霊だった。
だが、精霊というその本性を感じさせないくらい気さくに接してくれるグランとは、数日の旅の間にずいぶん親しくなった。
もう1人、シェルファという風の精霊もいるのだが、彼女は今、買い上げた奴隷達を次の奴隷商がいる街へと輸送してくれている。
彼らを街の郊外にある空き家で待たせ、その間に残りの奴隷を救い出す。
恐らくは今までと同様、奴隷達を購入する形での救出になるだろう。
ただ、今回の奴隷商は質が悪いとの噂も仕入れていたから、実際相対してみるまではどう転ぶか分からない、というのが現状だったが。
(まずはいつも通り、身支度を整えて奴隷商へ足を運んでみよう。ついてきて貰うのはグラン殿だけでいい。シェルファ殿には、拠点の守りを頼むのがいいだろう。今までのように金で解決できるならそれにこしたことはないが、どうだろうな。噂に聞く限り、かなりあくどい商売をしている商人のようだから)
頭の中で、街についてからの段取りを考えながら小さな吐息を漏らす。
金で解決できたら、と思いはしたものの、その金も今まで奴隷を買い求めてきた金もキルーシャのものではない。
キルーシャを救い、こうして自由を与えてくれた主のものだ。
キルーシャと同様に奴隷に落とされたかつての同胞を救うこの旅も、正直あの幼い主には何の得にもならない。
助けた者は奴隷の身分から解放する事になっているし、彼はキルーシャにも帰ってくる事を強要しなかった。
今まで見たことが無いような莫大な資金をぽんと与え、使いきれなくても返さなくていいと微笑んだ少年の顔を思い出す。
もし、キルーシャが悪い人間で、それを自分の為だけに持ち逃げしたとしたらどうするつもりだったんだろう。
(たぶん、どうもしないんだろうな。あの方は)
そんな風に思いながら、その口元をかすかに微笑ませる。
ほぼ初対面といっていい関係なのに、彼から寄せられた信頼を、キルーシャは確かに感じていた。
だがもし、キルーシャが裏切ったとしても、彼はきっと相手を責めたりはしないだろう。
与えたお金がキルーシャの為になったならそれでいい、そう言って微笑む姿が目に浮かぶようだった。
「……シュリ様は、私が戻らないと、そう思っているのだろうか」
馬に揺られながら、誰にともなく呟く。
「さあ、どうだろうな。シュリはちょっと変わっているから、その考えを正確に推し量るのは難しい。だが、もしかしたらそう思っているかもしれないな。キルーシャに自由に生きてもらいたい。そう思うからこそ、これだけの自由をお前に与えたんだろう」
キルーシャの呟きに、グランが答える。
「そう、か。そうだろうな。私もそんな気がしている。だが……」
その答えに、キルーシャは再び小さく笑い、それから顔を上げて手綱を握る手にぎゅっと力を込めた。
「私は戻るぞ。かつての仲間をすべて救い出し、彼らに自由を取り戻したら。私の心はもうすでに、どうしようもなくあの方のものなのだ」
胸に灯るほのかな熱を感じながら、キルーシャは誓いをたてるように言葉を紡ぐ。
彼女の胸を暖める熱さは、生きていた頃の弟を想う気持ちに少し似ていた。
でも、全く同じという訳ではなく、あの幼く美しい主を想うだけで心臓の鼓動が早くなる。
かつて、優しくしてくれた年上の戦士に淡い恋心を抱いた時と同じように。
「そうか。キルーシャがそう決めたのなら、シュリは喜んで迎えてくれると思うぞ。シュリの側に強き者が集まるのは、私としても歓迎したいところだしな」
そう言ってグランが笑う。
その笑顔に笑みを返し、キルーシャは片方の手で己の胸元をぎゅっとつかんだ。
そこにある己の決意を確かめるように。
「私程度の力がどれほどあの方のお役に立つかは分からない。だが、シュリ様を守る力の一助になれるよう、努力する。己の、命にかけても」
「キルーシャ」
「なんだろうか、グラン殿」
「少し肩の力を抜け」
「肩の、力を?」
「シュリを守る盾はお前1人じゃない。シュリの為にお前が命を投げ出しても、シュリは喜ばないぞ? シュリが必要としているのは生きているお前なんだからな。シュリが、シュリを守ろうとする我らや他の者によく言う言葉が何か、わかるか?」
「いや……」
「命を大事に、だ」
「命を、大事に」
「そうだぞ。生きてさえいれば何度でもシュリの役に立てるのだ。その命を盾にシュリを守って死ぬより、生きてシュリの側で役に立ち続ける方がずっといい。そうは、思わないか? キルーシャ」
「たし、かに」
グランの言葉に、キルーシャは素直に頷いた。
誰かに仕えるということは、己の命を糧にその命を使い切る覚悟を持つ事だと思っていた。
だが、シュリに仕えるということは違う覚悟が必要、ということなのだろう。
命を使いつぶすことは許されない。
命の最後の一片までも無駄にせず、シュリの為に生き抜き役に立つこと。
命を大事に、という言葉にはそんな思いが込められているに違いない。
「大切な言葉を教えてくれてありがとう、グラン殿。これからは、シュリ様のために命を捨てる覚悟をするのではなく、生き抜く覚悟を持つ事にする。長く、シュリ様のお役に立ち続けるために」
決意を新たにそう宣言するキルーシャを頼もしそうに見つめ、グランがうんうんと頷く。
そんな2人をもし見ていたらきっとちょっと慌てて口を挟んだだろう。
命を大事に、という言葉にそこまで深い意味はない。
ただ、死んで欲しくないと思うからそう言うだけで、死なないで役に立ちつづけろ、とかそう言うことは別に思ってないからね!?
……と。
しかし、この場にシュリはおらず、2人の誤解を解いてくれる者もなく。
キルーシャは新たな決意に胸を熱くする。
そして、次の地で目標を達成すればシュリの元に戻れる、と少しでも早く目的地に着くために、馬の足を早めた。
そんなキルーシャの胸は、幼い主への弟に抱くような親愛と、仕えるに値する素晴らしい方だと思う故の敬愛、そしてそこに混じる恋情……それらが複雑に混ざり合い、赤々と燃えていたのだった。
とはいえ、残念少年の擬態はバレているので、身支度に以前ほどの時間がかかることは無く、着込んだ制服を若干着崩すくらいで準備が終わるのは楽ちんだった。
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身支度を整え、朝食を食べ、シュリのお供ができる役得にホクホクしているジュディスに抱っこされて馬車へ乗り込み、王立学院へ。
馬車に揺られることしばらく。
何の問題もなく王立学院に着いたシュリは、ジュディスに抱っこされたまま馬車から降り、校門を通り抜けて校舎までの道を行く。
もちろん、ジュディスに抱っこされたままで。
ちょっぴり恥ずかしいが、これもイメージづくりの一環だ、と自分に言い聞かせる。
年上美女をとっかえひっかえしてただれた生活をおくる悪い男……それが今のシュリなのだ。
そんな訳で、ジュディスが仕掛けてきたキスにも、積極的に応えておく。
そんな己に突き刺さる視線の数々に、
(僕のイメージ戦略も順調みたいだね!)
と内心ほくそえむシュリは知らない。
突き刺さる視線の大半が、あんな可愛い子になら遊ばれてみたい、という甘い願望混じりの視線だと言うことを。
シュリのダメ男計画は、もうすでに頓挫しつつあった。
とはいえ、今まで毛嫌いしていた相手にすぐすり寄れる程図太い人間はさほどいないようで、興味はあるけど近づけない、そんな空気の中、遠巻きにされるシュリに近付く人物がいた。
「シュリ! ここ数日姿を見なかったが、体調でも悪くしていたのか?」
そんな風に声をかけてきたのは、今年の新入生の中でダントツといって良いほどに身分も人気も高い少年。
シュリなど比較にならないほど背が高く、細身だが必要な筋肉をしっかりつけたその姿は、もう青年と言っていいかもしれない。
年齢的にはまだ少年といっていい年頃ではあるのだが。
「あ、シルバ。おはよ。ちょっと用事があって休んでたんだ。そんな訳で僕は元気だよ」
声のした方を振り向き、シルバリオンの顔を認めたシュリはにっこり微笑んで彼と目を合わせた。
そんなシュリに凛々しく微笑み返したシルバは、
「用事? シュリはいつも忙しいな。まあ、元気ならいいが。そうだ、シュリ。今日は久しぶりに昼の食事を共にしないか?」
そんなお誘い文句をシュリにトスしてきた。
受け取ったシュリは、うーんと少し考え込む。
シルバの事は好きだし、一緒にご飯を食べるのは楽しい。でも。
「ん~。僕は良いけど、シルバはいいの?? いつも取り巻きの人と食べてるでしょ?」
「奴らの事は気にするな。俺だってたまには気兼ねなく友人と食事がしたい」
シュリの問いかけに、シルバはからっと笑って答えた。
シルバがいいならシュリが断る理由もない。
それじゃあ一緒に食べようか、と頷くと、
「よし! じゃあ、昼に迎えにいく」
そう言い置いて、こちらを遠巻きに見ていた取り巻きの方へと去っていった。
「ご友人と昼食、楽しみですね?」
「うん。楽しみ」
小声でジュディスとそんな会話を交わしつつ、シュリもまた己の教室へと向かう。といっても、せっせと足を動かしているのはジュディスなのだが。
到着した教室では定番になった太股のいすにお尻を落ち着けてきりりと前を向き、お昼までの授業を頑張ろうと気合いを入れるのだった。
◆◇◆
お昼は、身分の高い生徒や来賓の為の特別室で、ということもなく、天気も良かったので庭の芝生でのびのびと食べることになった。
食堂で食べることが多いシュリは、今日も特に弁当を持参していなかったのだが、お昼にあわせて豪華なお弁当が届き、目の前に広げられている。
ジュディスからの連絡を受けてシャイナが腕をふるってくれたらしいお弁当はとっても美味しそうだ。
一緒に食べる相手の情報もジュディスから得ていたのか、その肉率の高さにシルバの目も釘付けだった。
2人で並んで食事を楽しみつつぽつぽつと言葉を交わし、食後のお茶とスイーツタイムになる頃には、今回のシュリの旅についての話に。
といっても、細かいところまで話すのはダメだろうと、大分ぼかしていたが。
「悪魔退治に奴隷救出か。すごいことをしてきたんだなぁ、シュリは。この先俺が何かで困ったら、シュリに救援を頼むことにしよう。助けてくれるか?」
「シルバに頼まれればもちろん助けるけどさ。アンドレアだってシルバだって僕なんかに頼る必要なんてないでしょ? 2人とも強いもん」
「母上はともかく、俺はまだまだだ。この学校の勉強が少し落ち着いたら、冒険者養成学校の実技授業でも受けに行こうかと思ってるくらいなんだからな。ほら、今年から外部の学校の授業も受講できるようになっただろう?」
シュリがきっかけで始まった外部受講のシステムだが、シュリ以外の生徒も結構利用しているようでなによりだ。
1年生はまだこの学校の授業で手一杯の生徒が多いが、上級生は積極的に他の学校の授業を受けに行っているようだった。
「僕ももう少しいろいろ落ち着いたら、冒険者養成学校とか高等魔術学園の授業を受けに行く約束をしてるんだ」
「そうか。なら、タイミングが合うようなら一緒に行こう。その方が楽しそうだ」
「そうだね。シルバと一緒ならきっと楽しいね」
にこにこ笑ってシュリが答え、シルバがにっと笑う。
その様子を、なぜかジュディスがうっとりと見ていた。
麗しい男同士の友情ですね、なんてつぶやきながら。
ゆっくり食事を楽しんで、色々話しているうちに時間はあっという間に過ぎ。
それぞれの教室に戻ろうと立ち上がったとき、ふとシルバが呟いた。
「そういえば、お前に忠誠を誓ったとかいう奴隷は、今頃どうしているんだろうな?」
そんな風に。
「キルーシャの事? そうだねぇ。助っ人も2人つけてるし、ちゃんとお財布も持たせたし、困ったことにはなってないと思うんだけど……」
(大変なことになったら、グランあたりから念話が飛んでくるだろうし、多分大丈夫だとは思うんだけどなぁ)
そう思いはするものの、どうしているんだろう、と問われると、何となく心配になってくる。
立ち上がって、お尻をぽんぽんと両手ではたきながら、
「そうだねぇ。どうしてるかなぁ、キルーシャは」
シュリは小さくつぶやきながら、青い空を見上げた。
◆◇◆
どこまでも抜けるような青空の下、誰かに呼ばれたような気がしてキルーシャは顔を上げた。
いくつかの奴隷商を渡り歩き、かつて同じ部族だった者達や特に扱いの悪い奴隷を救う為に買い取り、今は最後の奴隷商の元へ向かっているところだった。
「どうした? キルーシャ」
不意に顔を上げ、辺りを見回したキルーシャにグランが問いかける。
「いや、なんでもないよ、グラン殿。先を急ごう」
グランの言葉にそう返し、キルーシャは乗っている馬の腹を蹴った。
自分と同様、この辺りの民が着るような服を着たグランは、その正体を知らなければ飛び抜けて美しい、ただの女性にしか見えない。
だがその実体は、キルーシャの為に主が貸し与えてくれた大地の精霊だった。
だが、精霊というその本性を感じさせないくらい気さくに接してくれるグランとは、数日の旅の間にずいぶん親しくなった。
もう1人、シェルファという風の精霊もいるのだが、彼女は今、買い上げた奴隷達を次の奴隷商がいる街へと輸送してくれている。
彼らを街の郊外にある空き家で待たせ、その間に残りの奴隷を救い出す。
恐らくは今までと同様、奴隷達を購入する形での救出になるだろう。
ただ、今回の奴隷商は質が悪いとの噂も仕入れていたから、実際相対してみるまではどう転ぶか分からない、というのが現状だったが。
(まずはいつも通り、身支度を整えて奴隷商へ足を運んでみよう。ついてきて貰うのはグラン殿だけでいい。シェルファ殿には、拠点の守りを頼むのがいいだろう。今までのように金で解決できるならそれにこしたことはないが、どうだろうな。噂に聞く限り、かなりあくどい商売をしている商人のようだから)
頭の中で、街についてからの段取りを考えながら小さな吐息を漏らす。
金で解決できたら、と思いはしたものの、その金も今まで奴隷を買い求めてきた金もキルーシャのものではない。
キルーシャを救い、こうして自由を与えてくれた主のものだ。
キルーシャと同様に奴隷に落とされたかつての同胞を救うこの旅も、正直あの幼い主には何の得にもならない。
助けた者は奴隷の身分から解放する事になっているし、彼はキルーシャにも帰ってくる事を強要しなかった。
今まで見たことが無いような莫大な資金をぽんと与え、使いきれなくても返さなくていいと微笑んだ少年の顔を思い出す。
もし、キルーシャが悪い人間で、それを自分の為だけに持ち逃げしたとしたらどうするつもりだったんだろう。
(たぶん、どうもしないんだろうな。あの方は)
そんな風に思いながら、その口元をかすかに微笑ませる。
ほぼ初対面といっていい関係なのに、彼から寄せられた信頼を、キルーシャは確かに感じていた。
だがもし、キルーシャが裏切ったとしても、彼はきっと相手を責めたりはしないだろう。
与えたお金がキルーシャの為になったならそれでいい、そう言って微笑む姿が目に浮かぶようだった。
「……シュリ様は、私が戻らないと、そう思っているのだろうか」
馬に揺られながら、誰にともなく呟く。
「さあ、どうだろうな。シュリはちょっと変わっているから、その考えを正確に推し量るのは難しい。だが、もしかしたらそう思っているかもしれないな。キルーシャに自由に生きてもらいたい。そう思うからこそ、これだけの自由をお前に与えたんだろう」
キルーシャの呟きに、グランが答える。
「そう、か。そうだろうな。私もそんな気がしている。だが……」
その答えに、キルーシャは再び小さく笑い、それから顔を上げて手綱を握る手にぎゅっと力を込めた。
「私は戻るぞ。かつての仲間をすべて救い出し、彼らに自由を取り戻したら。私の心はもうすでに、どうしようもなくあの方のものなのだ」
胸に灯るほのかな熱を感じながら、キルーシャは誓いをたてるように言葉を紡ぐ。
彼女の胸を暖める熱さは、生きていた頃の弟を想う気持ちに少し似ていた。
でも、全く同じという訳ではなく、あの幼く美しい主を想うだけで心臓の鼓動が早くなる。
かつて、優しくしてくれた年上の戦士に淡い恋心を抱いた時と同じように。
「そうか。キルーシャがそう決めたのなら、シュリは喜んで迎えてくれると思うぞ。シュリの側に強き者が集まるのは、私としても歓迎したいところだしな」
そう言ってグランが笑う。
その笑顔に笑みを返し、キルーシャは片方の手で己の胸元をぎゅっとつかんだ。
そこにある己の決意を確かめるように。
「私程度の力がどれほどあの方のお役に立つかは分からない。だが、シュリ様を守る力の一助になれるよう、努力する。己の、命にかけても」
「キルーシャ」
「なんだろうか、グラン殿」
「少し肩の力を抜け」
「肩の、力を?」
「シュリを守る盾はお前1人じゃない。シュリの為にお前が命を投げ出しても、シュリは喜ばないぞ? シュリが必要としているのは生きているお前なんだからな。シュリが、シュリを守ろうとする我らや他の者によく言う言葉が何か、わかるか?」
「いや……」
「命を大事に、だ」
「命を、大事に」
「そうだぞ。生きてさえいれば何度でもシュリの役に立てるのだ。その命を盾にシュリを守って死ぬより、生きてシュリの側で役に立ち続ける方がずっといい。そうは、思わないか? キルーシャ」
「たし、かに」
グランの言葉に、キルーシャは素直に頷いた。
誰かに仕えるということは、己の命を糧にその命を使い切る覚悟を持つ事だと思っていた。
だが、シュリに仕えるということは違う覚悟が必要、ということなのだろう。
命を使いつぶすことは許されない。
命の最後の一片までも無駄にせず、シュリの為に生き抜き役に立つこと。
命を大事に、という言葉にはそんな思いが込められているに違いない。
「大切な言葉を教えてくれてありがとう、グラン殿。これからは、シュリ様のために命を捨てる覚悟をするのではなく、生き抜く覚悟を持つ事にする。長く、シュリ様のお役に立ち続けるために」
決意を新たにそう宣言するキルーシャを頼もしそうに見つめ、グランがうんうんと頷く。
そんな2人をもし見ていたらきっとちょっと慌てて口を挟んだだろう。
命を大事に、という言葉にそこまで深い意味はない。
ただ、死んで欲しくないと思うからそう言うだけで、死なないで役に立ちつづけろ、とかそう言うことは別に思ってないからね!?
……と。
しかし、この場にシュリはおらず、2人の誤解を解いてくれる者もなく。
キルーシャは新たな決意に胸を熱くする。
そして、次の地で目標を達成すればシュリの元に戻れる、と少しでも早く目的地に着くために、馬の足を早めた。
そんなキルーシャの胸は、幼い主への弟に抱くような親愛と、仕えるに値する素晴らしい方だと思う故の敬愛、そしてそこに混じる恋情……それらが複雑に混ざり合い、赤々と燃えていたのだった。
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