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第一部 幼年期

第四十二話 男子半日会わざれば……

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 よく、男子3日会わざれば刮目してみよ、と言うものだが、高々半日離れていただけだというのに、シュリの成長には目を見張るものがあった。
 昨日、別れたときはまだ赤ちゃん赤ちゃんしていた気がする。
 だが、今日ミフィーとシュリを訪ねてきて、カレンは驚愕した。そう、驚愕したのだ。
 シュリのあまりの成長ぶりに。

 昨日までは、意味のなさない声しか上げていなかったのに、今日はもう片言ながらも言葉を話し、簡単な受け答えまでしてくれる。
 赤ん坊とは、こんなに急激に成長するものなのだろうか?
 子供を産んだことも育てたこともないカレンにはよく分からない。だが、何となくシュリは特別なような気がするのだ。

 こちらを見上げる瞳には高い知性が宿っているように感じるし、心なしか顔立ちもきりっと凛々しくなった……気がする。
 さっき抱っこした時も幸せでどうにかなりそうだったが、ミフィーの腕に返した後も、動悸が激しく、収まる気配がまるでない。
 今も、ミフィーやジュディスと食事をとりながら、ちょっと気を抜くとぼーっとシュリの顔を見ている自分がいる。

 なんなのだろう、この状態は。
 まるで初めて恋をした小娘の様ではないか。
 た、確かに、それ程恋愛経験は無いが、皆無と言うわけではない。数人ではあるが男性経験もあるし、恋愛もそれなりに経験済みだ。
 それなのに。

 しかも、相手はまだ赤ん坊といっていい年頃だというのに。
 どうしようもなく恋しいのだ。愛しくて、離れ難い。もっと触れたいし、触れてほしいとも思う。

 相手にはまだそんな欲求は無いだろうに、20歳を越えて立派な大人の体を持つ自分は、どこまでも浅ましい。
 純粋な恋慕だけならこれほど悩まない。だが、思いが募れば募るほど、体は素直に欲求を訴えてくる。
 相手が大人の男なら、どれほど良かっただろうと思う。欲望をぶつけても、同じように欲望を返してくれる相手であれば。

 カレンは他の二人に気づかれないように小さく吐息を漏らす。
 これが一時の感情の迷いであればいいのにと思いながら。
 というか、そうでなければ困るのだ。相手はまだ赤ん坊なのに、自分はそろそろ婚姻を考えはじめなければいけない年頃だ。

 下級貴族の父は、最近カレンの縁談相手を探し始めているらしいとも、母から聞いている。
 それなのに、こんな赤ん坊に惚れている場合ではない。
 場合ではないのに、どうしようもなく惹かれる。恋い焦がれる想いで、胸が苦しいくらいに。

 美しい銀糸の髪に、菫色の瞳、将来はとてつもない美少年になることだろうと思う。
 だが、シュリが年頃になるころ、自分は女としてシュリの視界に入ることは出来るのだろうか。
 シュリであれば、同じ年頃の美少女を選び放題だろう。
 そこに、自分が割り込む隙はあるのか。
 きっとそれは難しい。何故ならその頃の自分は、女としての盛りをとうに過ぎた年齢になっているだろうから。

 なら、諦められるのか?ーカレンは自問する。その答えも否だ。
 自分でも驚くほど強く育ってしまったこの想いを、塗りつぶし無視する事は出来そうになかった。
 たとえ婚期を逃し、1人で生きていくことになっても、シュリの側に居たかった。

 その為にはどうすればいい?
 カレンは考える。
 自分は平凡な女だ。出来ることなど限られている。
 ならば、出来ることを伸ばしていくしかない。
 幸い、剣の腕は悪くないし、戦闘に関する勘の様なものも悪くないと、良く誉められる。伸ばすとしたら、これだろう。

 シュリの、可愛らしくも凛々しい横顔をじっとみる。
 己を鍛え、強くなり、シュリの剣となれるように努力しようーそんな思いと共に。

 カレンの強い視線に気づいたのか、シュリがこちらを見て無邪気に笑う。
 たとえ、女として求めてもらえなくても構わない。
 自分は、シュリがいつでも笑ってられるように、彼のすべてを守れるだけの力を身につけるのだ。

 シュリは気づかない。
 カレンの強い想いに。
 今この瞬間、未来の自分の絶対なる守護者が生まれた事に。

 色々考えている内に、気がつけば食事も食べ終えていた。
 カレンは苦笑し、その後はミフィー達と雑談しながらしばしお茶を楽しんでから、頃合いを見て暇乞いをした。
 ミフィーはシュリを抱き上げてわざわざ外まで送ってくれた。

 別れ際、カレンはじっとシュリを見つめた。
 これからは忙しくて中々会えなくなる。
 自分を鍛え、高めるために、時間はいくらでも必要になるだろうから。まあ、我慢できなくて時々は会いに行ってしまうだろうけど。
 手を伸ばし、柔らかな頬や髪を撫で、カレンは微笑む。


 「じゃあ、また。次に会うまで、私のことを忘れないで下さいね?」


 カレンの言葉をきちんと理解したように、シュリがにっこり笑ってうなずく。


 「シュリ君、私の名前、もう一回呼んでもらえませんか?」


 ささやくようにお願いすると、


 「かれん」


 可愛らしい声でそう呼んでくれた。
 カレンは嬉しそうに頬を染め、それからゆっくりシュリとミフィーから離れる。


 「ありがとうございます、シュリ君。じゃあ、行きます。ミフィーさん、何か困ったらいつでも私を頼って下さいね。私は、あなたとシュリ君の味方ですから」

 「カレン、ありがとう。心強いわ。また、会いに来てね。私も、シュリも待ってるわ」

 「はい、必ず」


 ミフィーと目を合わせ微笑み合い、それからもう一度シュリを見つめてから、カレンはその身をひるがえす。
 そしてそのままゆっくりと遠ざかっていった。
 シュリはなんとなく神妙な面もちで、その背中をじっと見送ったのだった。

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