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第四部 王都の新たな日々

第365話 祝勝会の夜

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 祝勝会の夜、[月の乙女]の拠点の前に、一台の馬車が止まった。
 白馬四頭仕立ての豪華な馬車で、中に乗っているのはシュリ達を迎えに来たディリアン。
 きちんと盛装しておしゃれした彼は、道行く女性のほとんどが振り返る男ぶりだった。

 馬車から降りた彼は、やれやれ、と肩をすくめ、[月の乙女]の拠点の中へと向かう。
 女性陣のエスコートもかねて国家元首から迎えに派遣されたのだが、明らかに己に気のない個性豊かすぎる3人の女性の顔を思い浮かべ、仕事とはいえ気が重い、と吐息を漏らした。


 (……3人の中では比較的ジェスがましでしょうか。彼女にはまだ常識が残ってる気がします。まあ、フェンリーも、アガサに比べればましですかね)


 そんなアガサに失礼なことを考えつつ、拠点の入り口で来訪を告げる。
 すると、扉の向こうで「はーい」と可愛らしい声が応え、しばらく待つと入り口の扉が開かれた。
 扉の向こうから現れたのは、上品な薄紫の上下に身を包んだシュリで、その愛らしさにディリアンは思わず目を細め、その姿を愛でた。


 (特に、下の丈が膝上なのが、愛らしさを爆上げしてますね。この衣装を考えた者は、シュリの魅力をよく理解しているようです)


 セバスチャン渾身の半ズボンは、ディリアンの嗜好にもがっつり突き刺さったようだ。


 「いらっしゃい、ディリアン。アガサ達はまだ準備中だから、ちょっと中で待っててもらえるかな??」


 己の膝にディリアンの視線を感じつつ、中へ促す。
 シュリの案内に付き従いつつ、


 「素敵な衣装ですね。オーダーメイドですか??」


 シュリの身につけている衣装についての質問をぶつける。


 「これ? オーダーメイドではあるけど、王立学院の制服なんだ。僕、まだ学生だし、制服でもいいかなぁって思って。ダメそうなら、他の服を見繕うけど、どうかな?」

 「王立学院の制服、ですか?」

 「うん。ダメ、かなぁ?」

 「いえ、大丈夫だと思いますよ。元々服装の縛りはない集まりですし。その制服は、作りもしっかりしていてデザインも上品ですから。しかし……」

 「しかし??」

 「それが制服、ということは、王立学院の男子生徒の下半身は……」

 「下半身?? ああ、これ? この短いズボンは僕の専属の服屋さんのオリジナルだよ。本当の制服のズボンはちゃんと長いんだ」

 「他の人はちゃんと長いんですね? なら一安心です」

 「やっぱり短いとダメかなぁ? 長い方がいいなら……」

 「いえ、シュリはそのままで。その愛らしい膝小僧を隠してしまうのは犯罪です」

 「は、はんざい?」

 「ええ。許されません。しかし、あなたの専属の服屋は良い仕事をしましたね! 良いものを見せていただきました!! あなたの服屋には感謝を込めて個人的に贈り物をしたいですね!!」

 「ゆ、ゆるされない? そ、そっか」


 そんな会話をしている間に、2階へと続く階段のあるホールに到着した。
 そこには真っ黒な衣装に身を包んだ黒髪の美男子が待っていた。
 彼は切れ長の赤い瞳をディリアンに向け、それからシュリへと向ける。
 その瞬間、冷たささえ感じさせる彼の瞳が柔らかく細められ、シュリへの深い愛情を感じさせた。

 ディリアンは初めて見るその青年の美しさに目を見張り、だがその美貌にどこか見覚えがある気がして首を傾げる。
 そしてその疑問を、隣にいるシュリにそっとぶつけた。


 「あちらの青年はどなたでしょう?」

 「ん? ああ! オーギュストだよ」

 「おーぎゅすと??」

 「ほら、僕の悪魔の」


 にっこり笑顔と共に返ってきたシュリの言葉に、ディリアンは目を見張る。
 それから改めて、無表情にこちらを見ている青年を見つめた。
 言われてみれば確かに、あの悪魔の面影がある。
 だが、あの悪魔は女性だったはずだ。こんな立派な体格の青年では無かった。


 「またまた。あなたの悪魔は女性体だったじゃないですか」

 「あれは僕の眷属としての姿だよ。元々オーギュストは男の人の姿をしてたから、今は女の人にも男の人にもなれるんだ」

 「男性にも、女性にもなれる、ですか?」

 「うん。そう。ね、オーギュスト」

 「ああ。だが、混乱する気持ちは、まあ、分かる」


 魅力的なバリトンが耳を打つ。


 「事実、俺自身もまだ慣れない。ついさっきまで女性体で過ごしていたから、こちらの姿の違和感はものすごいな。こっちの姿との付き合いの方が長いはずなんだが」


 首を傾げる姿は見事なまでにいい男で、同じ男のディリアンから見ても魅力的に見えた。
 今日の集いに集まる女性陣が色めき立つ様子が、目に浮かぶようだった。
 だが、エスコートすべき女性が3人いるのだから、男性も3人いる方が望ましいのは確かだ。

 そんなことを思いつつ、ディリアンは最後の1人の男性に目を向けた。
 その視線を感じて、ん? と首を傾げて見上げてくる愛らしい少年に、ディリアンは素朴な疑問をぶつける。


 「シュリ、エスコートやダンスの経験はあるんですか?」


 と。
 当然といえば当然な質問に、


 「母様やおばあ様のエスコートならしたことがあるよ。公式の場所じゃなくて内輪のパーティーで、だけど。ダンスは、一応初等学校で習ってるし。試験は通ってるから、まあ、何とか踊れるんじゃないかな」


 シュリは正直に答える。
 といっても、エスコートについてもダンスについても、シュリはあまり心配していなかった。

 エスコートするのはアガサ達3人のうちの誰かだし、ダンスだってどうせその3人くらいとしか踊らないだろうし。
 パーティーに来るほかの女性達は、オーギュストが引き受けてくれるに違いない。

 一般的な女性は、シュリのような少年より、大人な男の魅力満載のオーギュストのような男性の方が好きなはず。
 そんな想定の元、今夜の集いでの女性関係の問題はオーギュストに丸投げするつもりだった。

 まあ、そんな心配をしなくても、独身の男性はシュリとオーギュストだけという訳でもない。
 ディリアンも未婚の魅力的な男性だし、国家元首が懇意にしている傭兵団の幹部も参加すると聞いている。

 [月の乙女]以外の傭兵団を構成するのはほぼ男性だというし、幹部ともなれば、強くてそこそこ社交性のある、魅力的な男性に違いない。
 そんな男性陣に女性達の相手は任せ、シュリはひっそり静かに過ごす。そのつもりだった。
 己にひっそり過ごす為の能力が決定的に欠けている事実からそっと目をそらして。
 そんな風に男3人、とりとめなく話をしている間に女性陣の準備が出来たようだ。


 「お待たせ、シュリ」


 階段の上から聞こえた声に顔を上げれば、紫を基調にしたドレスを身につけたアガサが階段を下りてくるところだった。
 その後ろに続くのはジェスとフェンリーで、ジェスは青を、フェンリーは黄色を基調にしたドレスを見事に着こなしていた。

 意外だったのは、こういうことが苦手そうなイメージのジェスが思いの外落ち着いていて、フェンリーが着慣れないドレスに非常に居心地悪そうな表情をしていたこと。


 (ジェスって結構ドレスを着慣れてるのかな?)


 そんな風に思いながらジェスの顔を見ると、シュリの視線に気がついたジェスは恥ずかしそうに頬を染め、


 「シュリ、どうかな? こういうのは久しぶりで、どうにも落ち着かないが、変じゃないか?」


 そう問いかけた。
 問われたシュリは、ジェスの姿をまじまじと見つめる。
 青を基調としたそのドレスは、若干胸や背中の辺りを出し過ぎていることを除けば、清楚で凛とした色香を感じさせ、ジェスの雰囲気には良く合っていた。
 だからシュリは素直に答えた。


 「とってもよく似合ってる。きれいだよ?」


 と。
 その言葉に、今度は嬉しそうに頬を染めたジェスは、普段の凛々しさがなりを潜め、とても可愛くて綺麗だった。
 そんなジェスにぼーっと見とれているフェンリーを、若干微笑ましく見つめていたら、見とれすぎたフェンリーが見事に階段を踏み外した。

 歴戦の戦士でもあるフェンリーは、普段なら難なく体勢を整え直せたのだろうが、なれないドレスと高いヒールの靴がそれを阻む。
 フェンリーの焦ったような表情に、これはまずい、と思ったシュリは即座に飛び出して彼女を抱き止め抱き上げた。


 「大丈夫? フェンリー」


 急に目の前に現れた、問いかけるシュリの顔を、フェンリーはぽーっと見つめその頬を染める。
 さっきまで、ジェスのドレス姿と普段は中々見られない恥じらう様子に最大限トキメいていた胸は、唇が触れ合ってしまいそうな距離にあるシュリの顔にも節操なくトキメいていて。

 そんな自分に呆れた思いを抱きつつも、目の前にある唇を美味しく頂いてしまいたい欲望が渦巻くのを感じて思わず苦笑を漏らす。
 本当に節操がない、そう思いつつも、ジェスよりもガードが低いシュリの唇をこのまま頂いてしまおう、と更に顔を近づけようとした。

 が、物事がそうそう上手く運ぶことはなく、2人の唇が触れ合う前にフェンリーの体はシュリの腕の中から奪い去られ、そのまま軽々と放り投げられた。
 だが、その体が地面に叩きつけられることはなく、がっしりした体に危なげなく抱き止められた。

 見上げると、さっきまでシュリの顔があった場所には、端正で美しく、だが男らしさも兼ね備えたオーギュストの顔があった。
 それこそ唇が触れ合わんばかりの距離に。
 だが、シュリに抱き上げられていた時と違い、かけらもトキメかない。


 (……まあ、普通はこうよね)


 基本、私、女子が好きだし、と冷めた気持ちで思いつつ、フェンリーは己の中のシュリへの気持ちを再確認する。
 女の子じゃなくて男の子だけど、シュリは自分の中で特別な男の子なんだ、と。


 「受け止めてくれてありがとう。もう降ろしてくれていいわよ?」

 「気にするな。じゃあ、降ろすぞ?」


 まだ見慣れない、男性体のオーギュストに礼を言い、ようやくフェンリーの足は床を踏みしめた。
 そして、自分を放り投げてまでシュリを確保している人物を半眼で見つめた。


 「アガサ?」

 「なぁに、シュリ」

 「人を簡単に放り投げちゃダメだよ? フェンリーの身体能力なら大丈夫だったかもしれないし、今回はオーギュストがいたから良かったけど」

 「やぁねぇ、シュリ。私だって一応相手を見て投げてるわよ。それより、ほら。何か言うことなぁい?」


 シュリの苦言をさらっと流して、アガサは甘ったるい声を出す。
 シュリとしても、アガサが言いたいことは何となく理解していた。理解はしていたが。


 「えっと、アガサ?」

 「なぁにぃ? シュリ」

 「抱っこされたままだとよく見えないよ?」


 アガサの腕にしっかり確保された状態では、アガサの顔くらいしか見えない。
 別に、彼女のドレス姿はさっきも見てはいるから、褒めようと思えば褒められるのだが、こう言うのは適当にすると後々面倒になることが多いのだ。
 だから、彼女のドレスを着た姿をしっかり見ながら褒めた方がいい、シュリはそう確信していた。

 抱っこされたままだとよく見えない、その言葉に納得したのだろう。アガサはすぐにシュリをその腕から解放してくれた。
 いつもなら色々理由を付けて中々離してくれないのだが、きっとそれだけシュリにドレス姿を褒めてほしいのだろう。

 解放されたシュリは彼女の求める通りにじーっとアガサの姿を見つめる。
 紫を基調にしたドレスはアガサの妖艶な雰囲気に良く合っている。
 ただ布地が少ない。
 ジェスとフェンリーのドレスも胸や背中が良く見えるデザインだが、アガサが着ているドレスはもっと攻めたデザインだった。

 下半身のデザインはまあ普通。
 若いお嬢さんに人気の膨らんだボリュームのあるデザインではなく、体のラインに沿うような大人シックなデザインで、程良く上品な色気を感じさせる。

 だが上半身は、幅広の薄くて柔らかい素材のリボンが最低限の場所に巻き付いているような仕上がりで、腰の辺りでリボンが結ばれているのは可愛いが、それをほどいたらどうなってしまうのか、想像するのも恐ろしい。


 (こ、これ、大丈夫かなぁ?)


 ちょっと心配になって隣のディリアンを見上げる。
 きっちりドレスアップして色男っぷりを発揮している彼は、死んだような目で遠くを見つめていた。


 「ふ、ふ……なにを動揺しているのですか、ディリアン。アガサのやらかしそうなことなど、予想できていたことでしょう。大丈夫です。だって今日のパーティーの服装は自由なんですから。即座に捕まることはないはずです。ないと、思いたい……」


 アガサのドレスはディリアン的にも想定外の奇抜さだったようだ。
 とはいえ、昔からの付き合いがあるだけあり、茫然自失とまではいってないようだが。

 そんなディリアンを気の毒そうに見つめ、それから再びアガサに目を戻す。
 彼女はシュリの褒め言葉を待っている。
 ここでダメだしをするのはきっと良くない。本当はダメ出ししたいところだけど。
 そんな判断の元、シュリは頭をひねり、褒め言葉を絞り出す。


 「大胆なデザインで、色合いもアガサにあってて素敵だよ。ただ……」


 褒めながらシュリは、無限収納アイテムボックスに入れてあった淡い紫のショールを取り出す。
 それは、シュリが暇なときに王都で買いあさっていた、アズベルグに帰るときのおみやげ達のうちの1つだった。

 ハルシャおばあ様にあげようと思って購入したものだが、おばあ様へのお土産はまだまだたくさん用意してあるので、1つくらい別の用途に使ってもいいだろう。
 シュリは取り出したそのショールをアガサにそっと差し出しつつ、


 「僕以外の人がアガサの肌を見るのはイヤだな。だから、僕だけの為に隠しておいて?」


 アガサがショールを身につけたくなるような言葉を探して並べる。
 その言葉はちゃんとアガサに刺さったらしく、彼女はぽっと頬を染めてショールを受け取ると、


 「んもぅ、シュリってば。そんなに私を独り占めしたいの? いけない子ね。でも、まあ、私だってシュリ以外を誘惑したい訳じゃないし、シュリからのプレゼント、ありがたく頂くわ」


 嬉しそうな言葉と共にいそいそと身につけた。


 「どう? 似合うかしら??」


 アガサはその場でくるりと回って見せ、シュリは今度こそ心から頷いた。


 「うん。上品で素敵だよ。ショールも、すごくよく似合ってる」


 シュリのショールは、過剰に出し過ぎだった肌を程良く隠し、若干のセクシーさを残しつつ、上品な感じに仕上がっている。
 その仕上がりにディリアンも満足したらしく、飛んできた感謝の視線にシュリは苦笑しつつ頷き。


 「では、そろそろ向かいましょうか」


 ディリアンのそんな言葉を合図に、一同揃って馬車へ乗り込んだのだった。

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