上 下
137 / 545
第二部 少年期のはじまり

第百三十四話 エルフの隠れ里

しおりを挟む
 その集落は、深い森の奥にひっそりと存在していた。
 旅人などはほとんど訪れない。
 そこはエルフ族と彼らの愛する精霊の住まう場所。
 他の種族とのかかわり合いを嫌う少数の偏屈なエルフ達が、静かに暮らす小さな里だった。

 そんな集落の片隅に、一人の男が住んでいた。
 名前はエルジャバーノ。
 この隠れ里出身のエルフ族であり、若い頃は里を飛び出して冒険者家業をしていた。
 しかし、そんな生活に疲れ、故郷に戻り、隠遁してから十数年。
 すっかり引きこもり生活に慣れ、快適な一人暮らしをエンジョイしていた彼の元へ、数年ぶりに娘からの手紙が届いた。


 「ミフィーからの手紙も久しいですね……」


 一人暮らしの生活の中、以前から乏しかった表情が更に少なくなってきたエルジャだが、愛しい一人娘からの手紙にほんのりと口元を緩める。


 「えーと、なになに?」


 いそいそと手紙の封を切り、愛娘の書いた文字に目を走らせる彼の表情が、徐々にもとの無表情へと戻っていく。
 そして、すべて読み終わった後、とても疲れたように己の目頭をもんだ。


 「いい年して娘に面倒をかけるとは、ヴィオラは相変わらずのようですね」


 ため息とともにそんな言葉をもらす。
  ミフィーからの手紙の内容は、こうだった。
 久々に会いにきた母親が勝手に息子を連れ出してしまったので、もしそちらに来るようなら連絡をもらいたい、と。
 別れた妻と最後に会ったのは随分昔の事だ。時折、連絡を取り合ってはいるものの、顔を合わせることはほとんど無い。
 そんな元妻の顔を思い浮かべつつ、彼は首を傾げる。


 「しかし、孫、ですか。ミフィーの子供ですからきっとものすごく可愛いんでしょうが……ヴィオラはここに来ますかねぇ」


 ぽそりと呟いて、青い宝石をはめ込んだような涼しげな目元を優しく細めたその時、誰かがエルジャの家の扉をせわしなくドンドンと叩いた。
 騒がしいですねぇ、と顔をしかめつつ外に出てみれば、ご近所の老人衆(といっても、みんなエルフなのでまだ若々しく見目麗しい訳なのだが)が、エルジャの家の玄関に勢ぞろいしていた。
 エルジャは無表情のままに驚いて、


 「おやおや、みなさんお揃いでどうしましたか?」


 片眉を上げてそう問えば、彼らは声を揃えて言う。
 迷いの森にグリフォンが舞い降りたのを見張りの里人が見つけた。面倒な事になる前に、何とかして欲しい、と。
 それが本当の話であれば、対処出来るのはこの里にエルジャしかいないだろう。
 里にいるエルフのほとんどは、生まれてからずっと里に引きこもっているような頭でっかちの世間知らずばかり。
 精霊の力を借りることは出来るから、弱い魔物やら獣相手なら戦うことも出来るが、グリフォンともなると勝手が違う。

 グリフォンは、頭も良くその強さはそこいらの魔物と比べるとけた違いだ。
 里の者では手も足も出ないに違いない。
 その点エルジャは冒険者として数々の修羅場をくぐってきているから、高位の魔獣であってもそれなりに対処出来る自信はある。
 まあ、少々ブランクはあるが。
 それでも相手がグリフォンくらいであれば、まだ遅れをとることはない……と思いたい。

 そんな事を考えつつ、エルジャは頼ってきた里の人々にこっくりと頷いて見せた。
 面倒ごとを彼が引き受けてくれると分かった里の者達は、ほっとしたように表情を緩め、一人、また一人とそれぞれの家へと戻っていった。
 エルジャはそれを見送ってから、準備を整えにいったん家の中へ戻る。


 「やれやれ。面倒な事ですが、小さな里の中では助け合いも必要ですからね。まあ、さっさと行って、ちゃっちゃと片づけてきましょう」


 言いながら、冒険者時代に使っていた装備を引っ張り出して身につけ、家を出る。


 (そう言えば、ヴィオラの使役する眷属が、確かグリフォンだったような……?でも、いくら彼女でも、こんなにタイミング良く来ませんよねぇ。それに、以前に迷いの森を通らずに里へ来れる秘密のルートも一応教えてますし……)


 まさかねぇと思いつつ、エルジャは家を出て森へ向かう。
 向かう先で、そのまさかの事態と遭遇するなどとは、思いもせずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

成長チートと全能神

ハーフ
ファンタジー
居眠り運転の車から20人の命を救った主人公,神代弘樹は実は全能神と魂が一緒だった。人々の命を救った彼は全能神の弟の全智神に成長チートをもらって伯爵の3男として転生する。成長チートと努力と知識と加護で最速で進化し無双する。 戦い、商業、政治、全てで彼は無双する!! ____________________________ 質問、誤字脱字など感想で教えてくださると嬉しいです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...