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第二部 少年期のはじまり

EX-1 高遠瑞希の華麗なる日常~出会いは突然に~

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 その出会いは突然だった。
 なにがなにやら分からないうちに追い詰められ、逃げているうちにつまずいて、派手に転んだ瑞希をぽかんと見下ろしていたのが彼女だった。

 金髪に近い茶色の髪にちょっぴり色素の薄い瞳。
 瑞希とはまるで違う大ボリュームの胸を挟んで見上げたその顔は、普段であれば知り合いになることが無いような、そういう世界の人だと感じた。
 仰向けに寝ころんだ自分が彼女の進路を塞いでいることに気が付いて、瑞希は慌てる。


 「あ、あの。驚かせてごめんなさい」


 大の字に寝ころんだままの情けない格好で、瑞希は取りあえず謝罪の言葉を口にする。
 その瞬間、唖然とした表情をしていた彼女の瞳が、ほんの少し、優しく細められた。

 それを見たとき思った。
 この人のこと、嫌いじゃないな、と。

 それが二人の初めての時。
 高遠瑞希と後に彼女の親友となる桜との、出会いの瞬間だった。





 瑞希と桜、二人が出会った瞬間から、時は遡る。

 その日は朝から、入社二年目になる会社の花見に参加していた。
 最初、瑞希は直属の上司である男性社員の隣で、周囲の男性社員に酒をついで回っていたのだが、なぜだかいつの間にか周囲を先輩の女性社員たちに囲まれていた。
 女性達からはアレを食べろコレを飲めとちやほやされ、男性社員からは嫉妬混じりの視線が突き刺さる。

 なんでだろう?と持ち前の鈍さでそう思いつつも、祖母から教えられたもったいない精神で、食べ物の器も酒の器も、気持ちいいくらいに空にしていく。
 彼女を酔いつぶそうとしていた周囲の女性陣はあてが外れたような顔をしたものの、そうくるならばと、今度は自分達のほうが猛然と酒を飲み始めた。
 もちろん、いやーん、ちょっと酔っちゃった、と凛々しい美貌の後輩にしなだれかかる為である。
 そんな彼女達の思惑などつゆ知らず、


 (うわぁ、先輩達の飲みっぷり、すごいなぁ。お酒に強いんだなぁ)


 などと、瑞希は暢気に思い、微笑みつつ己の酒を干すのだった。
 だが、酒を飲めば、当然の生理現象としてトイレに行きたくなる。
 先輩達がお酒に夢中(?)になっていたので、ひっそりとトイレに立った瑞希は、後ろから付いてくる小さな足音に振り向いた。

 そこにいたのは、今年入った新人の女の子。
 男性社員の間では、可愛い、彼女にしたい、と評判の美人さんだった。


 「せんぱぁい。私もご一緒してもいいですかぁ?」

 「なんだ。坂木さんもトイレ?うん、一緒に行こうか」


 そう言いながら、駆け寄ってくる彼女を待つ。
 だが、瑞希のところへもう少しと言うところで、彼女がふらりとよろけた。


 「危ないよ、坂木さん」


 転びそうになる彼女を危なげなく抱き留め、瑞希は後輩の顔をのぞき込む。


 「えっと、大丈夫?お酒、飲み過ぎちゃった??」

 「すみませぇん、せんぱい。ちょっと、のみすぎかも……。少し静かなところで休めば楽になると思うんですけど……」


 心配する瑞希を、なぜか熱っぽく潤んだ瞳で見上げながら、彼女は言った。
 瑞希はそれを不審に思う事無く、もたれ掛かってくる後輩をしっかり抱き留めたまま、周囲を見回す。
 だが、今は花見のベストシーズン。
 当然の事ながら、周りは人、人、人で埋め尽くされている。


 (少し中心を離れれば、静かな場所もあるかなぁ)


 瑞希は、事前に頭に入れておいた公園の見取り図を思い浮かべながら、行くべき場所を検討する。
 そして、


 「じゃあ、ちょっと歩くけど、静かな場所で少し休もうか?」

 「せんぱいも、一緒にきてくれるんですかぁ?」

 「もちろん。こんな状態の坂木さんを一人にできるわけないでしょ?じゃあ、行こうか。私が支えるから、ちゃんと掴まってね?」


 後輩を支えたまま、ゆっくりと歩き出す。
 だが、後輩の体が妙に絡まってきて何とも歩きにくい。
 しかし、お人好しな瑞希は彼女を疑うこともせずに、


 (お酒の飲み過ぎで辛いんだな、坂木さん……)


 と真摯に後輩の心配をするのだった。





 しばらく歩き、ようやく人気のない辺りに到達した。
 瑞希はほっと息を付き、公園内の通路を避けた木の影に後輩を誘導する。
 そして、スーツの上着を脱ぐと、それを地面に敷いてそこに後輩を座らせた。
 それに感動したように、ますます潤んだ瞳で見上げてくる後輩ににっこりと笑いかけ、


 「飲み過ぎには水分補給が必要だよね。水を買ってくるから、ちょっとだけ待ってて」


 そう言い置いて、瑞希はほんの少しその場を離れた。
 そして、すぐ近くにあった自動販売機で水を買って戻ると、なぜだか後輩までもがスーツの上着を脱いでいた。
 さらに、なぜかシャツのボタンを三つほど外している。


 (春とはいえ、まだちょっと肌寒いのに、お酒のせいで熱くなっちゃったのかな?)


 そんなことを思いつつ、彼女の側に戻った。
 そして、


 「坂木さん、水を買ってきたよ?はい、どうぞ?」


 さわやかに微笑み、水を手渡してあげた。


 「ありがとうございます。いただきますね?」


 彼女は微笑み、豪快にペットボトルを傾ける。


 (ああ~!そんなに急に傾けたらこぼれちゃう。あっ、やっぱりこぼれた。坂木さん、よっぽど喉が乾いてたんだな。水、買ってきてあげてよかった)


 瑞希が心配したとおり、彼女の唇の端から水がこぼれ落ち、喉を伝って胸元まで流れていく。
 何気なくその水の流れを目で追った瑞希は、意図せず彼女の胸の谷間を見てしまった。
 だが、それも仕方がないことだろう。
 ボタンを三つも外しているせいで、のぞき込まなくても彼女の胸の上三分の一くらいは空気にさらされてしまっているのだから。


 (……大きいおっぱいだなぁ)


 ちょっぴりうらやましく思いながら彼女の恵まれた胸部を見つめる。
 瑞希の胸は、彼女と正反対で、限りなく平野に近いせいもあり、常日頃、胸の大きな女性へのあこがれは強かった。


 「あの、良かったら、触ってみます?」


 そんな瑞希の様子を見て、なにを思ったのか、後輩の手が伸びてきて、瑞希の手を己の胸へと導く。


 「えっ??いや、そんなつもりじゃ!」


 慌てて手を引こうとするが、彼女の手の力は思っていたよりも強かった。
 抵抗仕切れないうちに、手の平に柔らかな感触と指を跳ね返す弾力が伝わってくる。


 「うわぁ……」


 思わず、そんな声が漏れた。
 自分の体を洗っているときに触る己の胸とは、まるで段違いの、夢のような感触だった。


 「すごいなぁ。いいなぁ」


 ついついうっとりとした声が漏れる。
 そんな瑞希を濡れた瞳で見上げながら、


 「大きい胸、好きですか?」


 後輩のつやつやしてぷるんとした唇から、そんな質問が飛ぶ。


 「あ~。うん。好き、かも」


 手の平から伝わるおっぱいの情報に、頭がパンク状態だった瑞希は、つい正直にそう答えていた。


 「そうなんですね。嬉しい」

 「え?嬉しい??なんで???」

 「えっと、何でもないですよ、せんぱい。それより、わたし、さっきから胸が苦しくて……」

 「胸が!?大変じゃない!!どうする?水、もっと買ってこようか??」

 「水はまだあるから大丈夫です。それより……」

 「それより?」


 首を傾げる瑞希の手を、後輩は今度は己のシャツの中に導いた。
 シャツの下の素肌が、瑞希の手に触れる。


 「ホック、外してもらえませんか?」

 「ほ、ほっく??」


 ほっくってなんだっけ?と混乱中の瑞希に、後輩は愛おしそうな笑みを向けて説明を追加する。


 「はい。ブラのホック、外してもらえたら、胸も楽になると思うんですけど」

 「ああ、ホック!ホックね!!なるほど。確かに窮屈そうだもんねぇ」


 疑問が氷解した瑞希は、言いながらまじまじと後輩の胸を見た。
 それに気づいた後輩は、少し恥ずかしそうに頬を染め、


 「先輩、それってセクハラですよ?」


 冗談混じりのそんな言葉。


 「あっ、ああ。そうだね。ごめん、坂木さん」


 瑞希は慌てて謝る。


 「うそ。冗談です。それに、せんぱいになら、セクハラされたって構わないんです。もっと、すごいことだって……」


 可愛らしく舌を出し、それから顔を赤くして見上げてくる後輩の表情が妙に色っぽく感じられ、若干どきどきしつつ、


 「じょ、冗談ね、冗談。なぁんだ、了解。あんまり脅かさないでよ?結構気が弱いんだから。あ、えっと、ホック外すんだよね??」


 自分で外せば?と提案することすら思いつかずに、彼女の背中に手を伸ばす。
 そして、ホックを探すように指先を動かせば、


 「あんっ」


 となぜか後輩の唇から漏れる甘い声。
 どぎまぎして彼女の顔を見れば、彼女は甘えるように瑞希の顔を見つめ返して、


 「すみません。あの、わたし、背中、弱いんです」

 「あ、そ、そうなんだ。ごめんね?あんまり触らないように気をつけるね??」

 「んんっ……大丈夫です。せんぱいになら、いくら触られても平気、ですから」

 「そ、そう?なるべく早く外すね??」


 あわあわしながら、なんとかブラのホックを外すというミッションを完遂した時には、思わずほーっと安堵の吐息が漏れた。
 そんな瑞希の顔を見上げて後輩が妖艶に微笑む。
 そして、大仕事を終えた瑞希の手を、再び掴みあげた。


 「ありがとうございます。これはほんのお礼です」


 そう言って、瑞希の手が導かれた先は、瑞希の手により窮屈なブラジャーから解放された場所だった。
 しかも、さっきと違い、今度は直接。
 柔らかな胸の感触も、滑らかで手の平に吸付く様な肌の感じもすごく気持ちは良かったが、さすがにコレはまずかろうと、瑞希は慌てる。


 「えっと、ちょっと、坂木さん??」

 「せんぱい、大きなおっぱい、好きなんですよね?」

 「き、嫌いじゃないよ?でも、さすがにこれは」

 「じゃあ、遠慮しないで、好きにしていいんですよ。ほら、ここも触って?」


 言いながら彼女は瑞希の手をさらに強く胸に押しつける。
 手の平の中心辺りに、ほかとちょっと違う感触を感じて瑞希は思わず顔が熱くなるのを感じた。


 「私の乳首、固くなってるでしょう?瑞希さんが、触ってくれたからですよ?」


 いやいや、どちらかと言えば無理矢理触らせられてますけど、と思いつつ、瑞希は何とか手を引き抜いた。


 「さ、坂木さん!い、一回落ち着こう?ね??お酒、飲み過ぎたせいで、変なこと言ってるよ??」

 「違います!お酒のせいなんかじゃありません!!」


 瑞希の言葉に反論するように叫び、後輩は体をぶつけるようにして抱きついてきた。
 そして、そのまま押し倒されるように地面に転がった瑞希の唇を無理矢理奪う。


 「好きです。初めて会ったときから、瑞希さんの事が好きになっちゃったんです」

 キスの合間にそう告げられ、瑞希は目をむく。
 少し前、女性社員で仲良くランチに出かけたとき、彼女が言っていた言葉を覚えていたからだ。


 『彼氏ですかぁ?いますよ~。超ラブラブです♪』


 恋人はいるのかとの質問を受けて、彼女は確かにそう言った。
 それはもう幸せそうな、はにかんだ笑顔で。


 「か、彼氏!!」

 「はい?」


 防御しきれずに胸やらなにやら、色々とまさぐられながら、瑞希は必死に声を上げる。


 「彼氏、いるんでしょ?しかも、超ラブラブなのが!!」


 よし、これでもう大丈夫、と力を抜きかけた瑞希の耳に、信じられない言葉が突き刺さる。


 「あぁ、あんなのブラフですよ、ブラフ。わたしが瑞希さんに近付くのを邪魔されないように、安パイだって他の先輩方に思わせる為の作戦です。大丈夫、彼氏なんていませんから。安心しました?」


 やきもちなんて、可愛いですね、とうっとり微笑む彼女の顔を見て、ああ、これはダメだと悟る。
 言葉で彼女の行動を止めるのは無理だ、と。
 しかし、このまま受け身でいてはヤられる!!
 そう確信した瑞希は、一か八か攻勢に出ることにした。
 まずは彼女の体をぎゅっと抱きしめ、ごろんと転がって体勢を入れ替える。


 「み、瑞希さん。やっとその気になってくれたんですね」


 感動したような彼女の声には特に答えを返さずに、瑞希は黙って彼女の頬を撫でた。
 そして、


 「目、つぶって?」


 甘く甘く、そうささやく。
 従順な犬のように、はいっと答えた後輩が目を閉じるのを見るやいなや、瑞希は彼女をその場に残して、脱兎の如く逃げ去った。

 彼女がその事に気付くのは数十秒後。
 瑞希さぁん、まだですかぁ?じらさないで下さいよぅ、とあまーい声を上げながら目を開けた彼女はそこにだれもいない事実に呆然とする。
 追いかけようにも、もう近くに瑞希の姿はなく、彼女は自分の作戦の失敗を悟り、がっくりと肩を落とした。






 走って走って、息が続かなくなった頃、足下にあった石に思い切りけつまづいて転んだ。
 そのままごろごろと転がり、仰向けになったところで止まる。
 だが疲れ切った体は、酒の影響もあり、起きあがる事すら出来そうもない。


 (仕方ないなぁ。しばらくこのまま息を整えよう)


 そんなことを思いつつ目を開けると、真上からびっくりしたようにこちらを見つめる女性と目があった。
 しばらく無言のまま、見つめ合う。

 年の頃は同じくらいだろうか。
 きれいな女性だった。
 長い髪は金に近い明るい茶色で、目の色も少し茶色っぽく見える。
 ちょっと猫っぽいアーモンド型の瞳は気が強そうで、自分の友達にはあまりいないタイプだなぁと思う。

 そして、この人もまた、おっぱいが大きい。
 世の中はおっぱいが大きい人だらけなのか、と自分の恵まれない胸を哀れみつつ、いつまでも動こうとしない女性の様子を怪訝に思う。
 そして、はっとした。もしかしたら、自分がここに寝ころんでいるせいで通れないのでは、と。

 それは余りに申し訳ないと、慌てて起きようとするのだが、中々思うように体が動かない。
 それに、そろそろトイレも限界だった。
 激しく動くと、大変な事になってしまいそうだ。
 だから、取りあえず、まずは謝っておくことにした。


 「あ、あの。驚かせてごめんなさい」


 素直な謝罪の言葉を唇に乗せると、こちらを見下ろす彼女の瞳が、ふっと優しく細められた。
 そして、その唇がわずかに弧を描く。


 (あ、笑うと優しい印象になるんだ……)


 そんなことを思いながら、ぼーっと見上げる。
 もしかしたら、少し見とれていたのかもしれない。
 それくらい、綺麗な人だったから。


 (嫌いじゃないなぁ、この人)


 言葉も交わしていないのに、なぜかそう思った。


 「ねぇ?」


 彼女が不思議そうに瑞希を見下ろしながら声をかけてくる。
 それを聞きながら、声もいいな、そう思う。

 女性としては低めの声。
 少しかすれて、ちょっと色っぽい。
 瑞希にとって女性は恋愛対象にはならないが、こんな人はきっと男性にモテるんだろうなぁと思う。
 そんなことをぼんやり考えていたら、再び声をかけられた。


 「ねぇ、ちょっと聞いてるの?大丈夫?頭でも打った??」


 心配そうに問いかけられ、優しい人なんだなぁと思う。
 そう思った瞬間、思わず微笑みを浮かべていた。
 なぜか周囲の女性を高確率で虜にしてしまうという魔性の微笑みを。
 その微笑みを受け、女性はほんの少しだけ頬を赤らめた。
 だが、


 「へらへらしてるけど、本当に平気??やっぱり頭を打ってるんでしょ?病院、連れて行こうか??」


 返ってきたのはそんな平常運転な問いかけ。
 この人はいつも自分の周りにいる女の人とちょっと違うと、何となく嬉しく思いながら、その質問に関して瑞希は首を横に振り、


 「大丈夫。頭は打ってません。ご心配をおかけして重ね重ね申し訳ないです」


 丁寧にそう答えた。
 だが、そんな瑞希を女性が半眼で疑わしそうに見つめてくる。


 「そう言いながら起きあがろうとしないじゃない」

 「これは、お酒を飲んだ上に走りすぎて、体が言うことをきかないだけなんですよ?」


 だから平気ですと答える瑞希をあきれたように見つめる茶色の瞳。


 「なにをどうしたら、そんなことになるわけ?」

 「えーっと、色々事情がありまして。本気で逃げないと食べられちゃいそうだったので、がんばって逃げてきた次第です」

 「あ~……なるほど」


 彼女は頷いて、瑞希の顔をまじまじと見つめた。


 「だからそんなに派手なことになってるのね」

 「はい?」

 「あなたの顔。口紅だらけよ??」


 その言葉に、ああ、そう言えば、至る所にキスをされまくったなぁと思い出した。
 それは確かに口紅だらけにもなるだろうと思いつつ、上着のポケットを探ろうとして、上着を着ていないことに気付く。
 そう言えば、上着は例の後輩と共に置き去りにしてしまった。
 当然のことながら、いつも持ち歩いているハンカチもポケットティッシュもあの上着のポケットの中。
 しまったなぁと思いつつ、困った顔をしていると、傍らにしゃがみ込んだ女性が、瑞希の顔にハンカチを押し当てた。


 「あの??」

 「黙って。ハンカチ、ないんでしょ?この顔のままじゃ困るだろうし、拭いてあげるから。じっとしてて」


 言いながら、丁寧に丁寧に瑞希の顔を拭いてくれる。
 優しい人なんだなぁと再び思い、ふっと視線を転じると、そこにはしゃがみ込んだ彼女の、タイトスカートからすらりと伸びる足が見え、その奥には……。
 瑞希は慌てて目をそらし、ほんのり頬を赤くする。
 そして、彼女の顔をそっと見上げた。


 「……なに?」

 「あの、見えてますよ?」

 「なにが?」

 「えっと、パンツが」

 「見えてるんじゃなくて、見たんでしょうが。このスケベ」

 「ち、違います!見たんじゃなくて、見えちゃったんです!!わざとじゃなくて、たまたま……」

 「あ~、はいはい。わかったから口閉じて。唇、拭くから。いいわよ、別にパンツくらい。サービスするから好きなだけ見なさい……っと、よし、終わった。きれいになったわよ」


 そう言って、彼女が笑う。きれいな笑顔で。
 そして立ち上がると、瑞希の前側に回って手をさしのべてきた。
 きょとんとしてその手を見てると、


 「ちょっと。見てないで掴まりなさいよ。疲れてて起きられないんでしょ?引っ張ってあげるから」


 あきれたように瑞希を見つめて、そう言った。
 そういうことかと瑞希は頷き、お言葉に甘えて彼女の手にしっかりと掴まった。
 すると、意外に強い力でぐいと引き起こされ、瑞希はどうにかこうにか立ち上がる事が出来たのだった。


 「あ、ありがとうございます。あの、おな……」

 「うわぁ、服もけっこう汚れてるわよ?」


 お名前は?と聞こうとした瑞希の言葉を最後まで聞かずに、彼女は瑞希の服をはたいて汚れを落としはじめる。
 そして、汚れを落とした後は、外れていたシャツのボタンをきっちりと留めてもくれた。
 そして、満足そうに瑞希を見上げると、


 「うん、きれいになったわね。ちゃんと男前よ?」


 そんな言葉。


 「えっと、こう見えて、一応女なんですけど」


 瑞希は困ったように返す。
 そんな瑞希を見て、彼女は楽しそうに笑った。


 「冗談よ、冗談。あなたが女性だって事くらいさすがにわかるわよ。ちっちゃいけど、ちゃんとおっぱいも付いてるみたいだし?」 

 「あ、そうですか。なら良かった」


 きまじめに返す瑞希がツボだったようで、彼女はひとしきり楽しそうな笑い声をあげた。
 そして、


 「あ~おもしろかった。あなた、変な人って言われるでしょ?」

 「え?特には。あ、女性からは、あなたを見てると変な気分になるってよく言われますけど」


 それって同じ様な意味ですかね?そう答えたら、彼女は再び、息も絶え絶えになるほど笑った。
 良く笑う人だな、と思った。こういう人と友達になれたら楽しいだろうなぁと。

 だが、特に友達フラグが立つこともなく、互いの連絡先を交換するようなこともなく。
 もう戻らないとという女性を、瑞希は再度お礼を言って見送った。

 見送ってからはっとする。
 そう言えば、名前を聞き忘れちゃったな、と。
 だが、今更気付いても後の祭りである。


 (まあ、縁がなかったって事だろうなぁ)


 そんなことを思いながら、まずはトイレへ向かう。とにかく、膀胱が破裂寸前だった。
 内股気味に、だが出来る限り早足でトイレへ向かう瑞希は知らない。
 件の女性との縁は、まだ続いているという事。

 それほど、遠くない未来、瑞希は再びその女性と再会することになる。
 そして末永く続く、友達関係を築く事になるのだが、それはもう少し先の話。

 今はとにかくトイレに急がねばと足を早め、やっと到着したトイレに出来た長蛇の列に、本当に、心の底から泣きそうになる瑞希なのだった。
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