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第四部 王都の新たな日々

第354話 悪魔とご対面

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 時は少しさかのぼる。
 オーギュストにつれられ、どこでもドアみたいな黒い裂け目を通り抜けたら、そこはこの国の国家主席のいる部屋だった。


 「何者だ!?」

 「どこから入ってきた!?」


 護衛の人達が色めき立つ中、オーギュストの肩に担がれたディリアンが、


 「大丈夫。この方々は味方ですよ」


 妙に疲れたような声でそう告げた。


 「ディリアンか?」


 すると、大きな机の向こうにいる、ナイスミドルなおじ様がそう声をかけてきて。
 服装とか雰囲気とか立ち位置とかから推測するに、おそらくこの人が国家主席なのだろう。


 「ええ。そうです。運んでいただいたのはありがたいですが、そろそろ、降ろしていただけませんか?」

 「ああ。いま降ろそう」


 ディリアンの言葉に頷き、オーギュストは彼の体を地面にそっと降ろした。
 地面に降り立ったディリアンは、もう1度室内の面々に大丈夫ですから、と声をかけてから、傍らに立つオーギュストをまじまじと見つめた。
 小さな可愛らしい少年を片腕に軽々と抱き、傾国の美女と言っても文句が出ないほどに整った美しい顔をした、人にしか見えない悪魔を。
 そして問いかける。


 「今のは、悪魔なら誰でもできるものなんですか?」

 「いや。簡単に行ったように見えるだろうが、あれはかなり魔力を喰うしそう簡単に覚えられるものでもない。普通の悪魔には使えんさ。使えるのは俺を含め、3人程度、だろうな。どいつもこいつも、人の身で召還できるようなモノではないし、奴らは人の世に興味がない。だから、まあ、安心しておけ」

 「あなたが我らの敵にならない保証は?」

 「おまえ等がシュリを敵に回さなければ問題ないだろう? シュリやシュリが大切に思うものを害さない限り、俺が敵対する理由はない」


 ディリアンの問いに、オーギュストは軽く肩をすくめて答える。
 その答えに納得したかはわからないが、小さく吐息を漏らしたディリアンは、オーギュストの腕の中にいるシュリへ目を移す。
 そしてそのまま、小さくて愛らしい子供にしか見えないモノを、なんともいえないまなざしで見つめた。


 「……せいぜいドリスティアと喧嘩にならないように心がけましょう。シュリの大切なものはきっと、そこに集まっているんでしょうから。シュリはどんな人間が好ましいと思いますか?」

 「え、え~と、それは女性のタイプ的な??」

 「違います。男女問わず人間としての好悪について、です。シュリはどんな人間が好きで、どんな人間が嫌いですか?」

 「きゅ、急に言われてもなぁ。そ、そぉですねぇ。えっと、他人をちゃんと思いやれる人、とか?」

 「なるほど。では、嫌いな方はどうですか?」

 「嫌いなタイプは、そうですね……。身分でしか人を判断できない人とか、無駄に横柄な人とか? やっぱり、思いやりがない人は好きじゃないです」

 「思いやりが大切と、そういうことですね。分かりました。心がけておきます」

 「え、え~と?」

 「あなたに嫌われるということは、すなわちその悪魔が敵に回る、とそういうことでしょうから」


 きまじめな顔でそう言われ、シュリは困った顔で笑う。


 (僕って、嫌いな人間をかたっぱしからつぶして回る困ったちゃんに見えちゃってるのかなぁ)


 そんなことないのになぁ、と内心ため息をもらしつつ。
 とはいえ、ディリアンとは今日会ったばかりだし、仕方ないのかもしれない。
 シュリがそんな危険人物ではないということは、これから徐々に理解していってもらうしかないだろう。


 「込み入った話は一段落ついたか?」


 若干置き去りにされていた国家主席の問いかけに、ディリアンははっとした顔をして姿勢を正した。


 「……失礼しました。ただ、こういうことはきちっと確認しておきませんと、後々困ったことになることが多々ありますので」

 「で、彼らは我々の味方、とそう思っていいのか?」

 「はい。[月の乙女]に輸送してもらった助っ人です」

 「助っ人は確か、お前の昔の学友じゃなかったか? まさか、その子供が?」

 「流石にそれは。この少年は、私の呼んだ助っ人のそのまた助っ人ですよ」

 「初めまして。ドリスティア貴族、ルバーノ男爵の甥のシュリナスカ・ルバーノです。貴国の苦難を取り除く手伝いをするためにきました!」


 国家主席の視線が己に注がれたのを感じ、シュリはにっこりとっておきの笑顔で自己紹介をした。


 「ディリアン?」

 「大丈夫です。直接本人の力を試した訳ではないですが、悪魔を眷属にもてるような人間が無力のはずありませんから」

 「さっきからそちらの美しい女性が悪魔だと言っているが、それも少々信じがたく感じるのだが」


 本当なのか? と目で問う国家主席に、ディリアンはきっぱりと頷く。


 「なにもない空間から我々が突然出てきたのを、国家主席もごらんになったでしょう。あれは彼女の能力です。詳しく話を聞いたわけではないので推測でしかありませんが、彼女はかなり格の高い悪魔ではないか、と」

 「ふぅむ。どうみてもただの美しい人にしか見えないが、お前が言うのならそうなんだろうな。で? 先触れもなく突然ここへやってきた理由は?」


 問われたディリアンはまたまたはっとする。
 衝撃的な出来事に、当初の目的を忘れていたことを思い出して。


 「……ここへ来た目的をうっかり失念していました」

 「うっかり……」

 「色々と衝撃的なことが続いたものですから」

 「……そうか。それで、なにが起こった?」

 「くだんの悪魔が動きました。じきにここへやってきます」


 信頼する魔術師団長の言葉に、国家主席はわずかに目を細める。


 「なぜ、それがわかった? こんなに簡単に悪魔が見つかるなら、なぜ今まで対処できなかった?」

 「私の功ではありません。シュリに聞いて下さい」


 若干責めるような口調で問われ、むっとしたディリアンは眉間にしわを寄せて、国家主席からの質問をそのままシュリへ丸投げした。
 今まで見つからなかったモノを見つけられたのはシュリの功績だから、彼が来る前に見つからなかったからと言って責められては困る、とばかりに。


 「本当に君が悪魔を見つけたのか?」

 「はい。索敵に便利なスキルを持ってまして」


 問われたシュリはにっこり笑って答える。
 その目は今も[レーダー]の画面を追っており、例の悪魔がそろそろ到着しそうだぞ、などと思いながら。


 「索敵に便利なスキル……そんな問題なのか? これは」


 人に擬態した悪魔が通常の索敵方法に引っかかってこないのは検証済みだ。
 周囲の敵を索敵する無属性魔法[サーチ]も試したし、索敵系のスキルを持つ者を密かに探し出してそちらも試した。
 だが、そのどちらも人に擬態した悪魔を見つけだすことはできず、今に至る。

 それなのに、だ。

 目の前の少年は、役立たずだと思っていた索敵のスキルで悪魔を見つけたのだという。
 まあ、彼の言葉を正確に再現するならば、索敵に便利なスキル、なので通常の索敵スキルとは少し違うものなのかもしれないが。

 国家主席……アウグーストはしばし考え込んだ後、目の前の少年に彼の持つそのスキルについて尋ねようとした。
 だが、それは実現しないまま、事態は急変する。


 「きたよ。ちゃんと守るけど、一応各自気をつけて」


 小声の警告とほぼ同時に、部屋のドアが叩かれた。
 続いて聞こえてきたのは、アウグーストも良く知る青年の声。


 「失礼します。書記官見習いのリットです。国家主席に書類をお持ちしました」


 声の主、書記官見習いのリットは新人ながらも優秀な若者で、以前書類を届けに来たときに言葉を交わしたこともあった。
 彼の父親はアウグーストに敵対する陣営の者だったが、その息子であるリットはアウグーストの考え方に賛同し、父親とは道を別にしていた。
 そんなリットという青年をアウグーストは買っていたのだが、よりにもよってその彼が悪魔の魔の手に落ちた、とそういうことなのだろうか。

 室内に満ちる緊張感の中、アウグーストはディリアンに目で問いかける。
 その、声に出さない問いかけを正確に察知して、ディリアンは素早く頷いた。
 そして周囲の護衛達に指示を出す。


 「普段通りの対応を。こちらにバレていると気づいたら、悪魔が自棄になり、暴れる可能性が高まります。狭い室内で暴れられ、国家主席の大切な体に傷が付いたら困ります」


 ディリアンの言葉に護衛達が頷き即座に行動を開始する。
 傭兵団からの護衛は国家主席の両脇につき、魔術師団からの護衛はリットに擬態した悪魔を招き入れる為に入り口の方へ移動した。


 「えっと、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 誰からも返答がないことをいぶかしんでいるようなリットの……リットに擬態した悪魔の声。
 その声は、事実を知っていてもなおリット当人の声にしか思えず、敵ながらもその擬態の精度の高さに舌を巻く。
 だが、そのまま放置するわけにもいかないので、部屋の中のメンバーとアイコンタクトをした後、


 「リットか。お前の持ってくる書類の山の処理が憂鬱で、思わず返事が遅れた。すまんな。入ってくれ」


 アウグーストは扉の向こうにいる敵に入室許可を与えた。
 机の向こうへまわり、いつものように座ったまま入室してきた青年を迎えたアウグーストは、魔術師団の護衛2人のチェックを受ける彼をじっと見つめる。

 だが、いくら見てもその姿は人間にしか見えず、不自然な様子は見受けられない。
 手順通りリットをの魔力をチェックする2人の魔術師達も、いつもより丁寧に確認したにも関わらず全く異常を見つけられなかったことに困惑の表情を浮かべ、ディリアンの傍らで気配を殺している少年に疑いのまなざしを向けた。

 彼らにとっての自分はまだ、ただの胡散臭い子供にすぎないから、そのまなざしも仕方がないと甘んじて受けるが、シュリの体の中の精霊達はちょっぴり不満のよう。
 今にも飛び出してきそうな彼女達をなだめつつ、シュリは気配を殺したまま油断なくリットという青年を目で追いかけた。
 見ているだけならただの真面目そうな青年だ。護衛さん達がこちらを疑うのは仕方ないと思う。

 だが、その存在を[レーダー]上で見てみれば一目瞭然。
 そこにはこう表示されている。


 リット・ダルモン(ブロディグマ)
 状態異常[悪魔の器]


 と。
 最初は状態異常なので治せるかと思ったのだが、どうもそれは難しいらしい。
 オーギュスト曰く、器にされた人間の魂は、器にされた時点で喰われていることがほとんど。
 魂を失った人の体は劣化が早くなるので、本来であれば魂を封じ込めて体を乗っ取り、出て行くときに魂を美味しくいただくのがセオリーなのだが、そんなこらえ性のある悪魔は少ない、とオーギュストは言う。
 ブロディグマの好物が人間の魂であることを考えれば、リットの魂の無事は絶望的だろうとも。


 (まだ食べられてないといいんだけどなぁ、リットの魂……)


 出来る事なら助けてあげたい、そう思いながら見ていると、視線を感じたのかリットの目がこちらを向いた。
 しまった、と思いつつ、反射的ににこっと笑ってみせる。

 彼が入ってくる前に、オーギュストはいったん[タペストリーハウス]の中に入ってもらってるから、リットの中の悪魔を警戒させることはないだろうけど。
 そんな風に思いながらリットと目を合わせる。

 目を合わせてみて気づいた。
 その瞳の奥に、隠しきれない嗜虐しぎゃくの色があること。
 彼の中には確かに悪魔が隠れ潜んでいる。
 上手に隠れるものだな、と感心しながら見ていると、その顔が醜悪なまでに歪んだ。
 そして、周囲の者が反応する間もなく彼の手が伸びてきて、シュリはあっけないほど簡単に悪魔の腕の中に捕らわれたのだった。

◆◇◆

 「リットか。お前の持ってくる書類の山の処理が憂鬱で、思わず返事が遅れた。すまんな。入ってくれ」


 招かれて室内へ入った瞬間、かぐわしい極上の魂の匂いを感じた。


 (どこだ? どこにいやがる?)


 見た目と中身が違うことに気づきさえしない間抜けな魔術師共のチェックを受けながら、不自然じゃない程度に室内を見回す。
 国家主席とその護衛4人は想定内。
 想定外なのは、この国の魔術師団長をしているディリアンという男だが、宿主リットの知識から得た情報の通りであれば、悪魔である己の敵ではない。
 魔力が高い分、魂もうまかろうと、悪魔……ブロディグマは心の中でほくそ笑んだ。

 しかし、ディリアンの魂もうまそうだが、入ってきた瞬間に感じた魂の匂いはもっともっとうまそうなものだった。
 気のせいだったか、と思いつつ、再度室内を見回そうと思ったそのとき、こちらを見ている誰かの視線を感じた。
 反射的に視線の先に顔を向けたブロディグマは、己の目に飛び込んできたものを見て思わず目を見開く。

 極上の魂が、そこにあった。
 今まで生きてきた中で1度もお目にかかったことがない、内側から光り輝くような魂が。


 (これはこれは……。大したごちそうだぜ)


 思わず舌なめずりをしそうになり、あわててその行為を押しとどめる。
 あふれ出そうになる欲望に目を細めつつ、彼は思わず嘲笑わらっていた。
 己の本性丸出しの笑顔で。


 (この部屋の奴らは俺の敵じゃねぇ。もう隠れるのはヤメだ。まずはこの極上の魂を逃がさねぇように捕まえて、後のことはそれから考えりゃいい)


 手を伸ばし、極上の魂を持つ子供を己の腕に捕らえる。
 近づいてみれば、さらにその魂の匂いはかぐわしく。
 ブロディグマはその香りを胸一杯に吸い込んで、恍惚とした表情を浮かべた。


 (魂は最後のお楽しみにとっておくとして。これだけ極上の魂の器なら、器の味も最高だよな、きっと。肉も血も、残さず俺が食い尽くしてやるからな。でも、まずは、そうだな。脳味噌からいただくかぁ)


 ニヤリと笑い、小さな耳から脳を吸い出してやろうと、ブロディグマは舌を伸ばした。
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