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第二部 少年期のはじまり

第百二十話 決闘という名のシュラ場②

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 「ま、待たせたな!!」


 そう言って戻ってきたエロスはちょっとヘロヘロしてた。先生方に結構色々言われたらしい。
 が、一応決闘の許可はもぎ取ってきたようだ。
 さて始めようかと、張り切った様子のエロス。
 確か、最初は人気投票だったな、と思いつつ、どんな風にするのかなぁと見守っていると、おもむろに先生達が進み出てきた。
 その内の一人は、フィリアの教室のホームルームでご挨拶した先生だ。
 彼はシュリを見るとにっこり笑い、


 「この決闘の審判をつとめることになったんだ。ちょっと一風変わった決闘の様だし、君達だけで行うには人手が足りないと思ってね。まあ、一つ目と二つ目はお遊びみたいなものだろうが、三番目の勝負に関しては、危なくないように留意しつつ、公正な審判をつとめるつもりだよ」


 シュリの頭をなでりなでりしながら、だから頑張りなさいと、彼は言った。
 シュリは頷き、頑張りますと答える。負けるつもりはありません、と可愛らしく微笑みながら。
 そんな少年をみて教師は苦笑し、それからちょっとまじめな顔になって、


 「自分に自信を持つのは大切だけど、己の力量を見極めるのも大切なことなんだよ?」


 と言った。


 「フィリア君の件については、君が負けても何とか上手く事を収めてあげるから安心しなさい。エルフェロスは、この学園でも上位とは言わないまでもそこそこの実力を持つ生徒だ。私にはとても、五歳の君が彼に勝てるとは思えないんだよ。無理だけは、しないように」


 彼の言葉に、シュリは素直に頷いた。
 彼がシュリの勝利を信じられないのは無理のない事だから。
 シュリの中身を知らない人から見れば、シュリはただのいたいけな五歳児にすぎない。
 もふもふのグリフォンの着ぐるみに身を包んだ様子からも、実は強いなどと言うことは想像すら出来ないに違いない。

 無理はしない、そう素直に応じたシュリの様子に、一応安心したように、フィリアの担任はよく通る声で周囲に決闘の開始を周知した。
 最初の勝負は、お互いの人気を競う。
 この魔術学院は、エロスのホームグラウンドな訳だし、まあ、負けるのも仕方ないかぁ~……と思いつつ、教師の指示に従いグラウンドに立って待つ。
 エロスも少し離れた場所に、気取ったポーズで立っていた。

 この勝負は単純に、生徒達がいいと思う方へ集合するという形が取られた。
 なんと言っても結果が目に見えて分かりやすいのがいいよなぁと思いつつ、ぼーっと待っているとなんだか知らないが、わらわらと人が周囲に集まってきていた。
 周囲を背の高い人達に取り囲まれ、なんだこれ!?と慌ててフィリアに抱き上げてもらえば、少し離れたところにぽつんと立ち尽くすエロスの愕然とした顔が目に入った。


 「よーし、最初の勝負はシュリ君の勝ちだな」


 そんな先生の言葉で、勝敗が告げられる。
 エロスはその場に崩れ落ち、なぜだぁぁっ、と叫んでいた。


 (……うん。よっぽど自信があったんだろうな。でも、この結果は僕も予想外だったからね?)


 だって、ほとんど誰とも話してなかったのに、と本心から首を傾げる。
 [年上キラー]の効力ってただ側にいるだけでも有効なんだな~と冷や汗を流しつつ、周りのお姉さまやお兄さま方の、熱のこもったもの言いたげな視線に、


 (こわっ!!)


 と思わずその身を震わせた。
 そして、みなさんどうもありがとう、と頭を下げてから、エロスの元へと向かう。
 彼はうずくまったまま動かない。
 ただ、時折その体が震えているから、もしかして本気で泣いてるのかもしれない。


 (どうしてかなぁ??妙にキザな所を除けば、それなりにもてそうなんだけどなぁ??)


 そう思いつつ、エロスの側にしゃがみ込む。
 [年上キラー]のスキルは本当に好きな相手がいる場合は効果がない……はず。
 と言うことは、本気でエロスに惚れている人物は、少なくともこの場には居なかったのだろう。
 中には誰かに本気で恋をしていたり、特定のお相手がきちんといる人もいたのだろうが、そういう人はたまたまエロスではなくシュリに好意的だったと、そういうことなんだと思う。
 まあ、遠くの方で、ちょっと可哀想じゃない?とエロスに同情的な声も挙がっているから、エロスの将来も絶望的という訳では無さそうだが。


 (うん。頑張れ、エロス。まだ希望はある……んじゃないかな??)


 心の中でエールを送りつつ、シュリはエロスの後ろ頭にポン、と手を乗せる。


 「えっと、元気だして??」

 「あ、哀れみなどいらーんっ!!」


 すると、びょーんとエロスが跳ね起きたので、シュリはびっくりして目を丸くした。
 なんというか、鼻水と涙で酷いことになっているが、まあ、一応元気そうだ。
 良かった良かったと思いつつ、シュリは懐に入っていた布を取り出して、エロスにそっと手渡し、


 「元気だね?よかった」


 にっこりと微笑んだ。
 その瞬間、ぽっとエロスの頬が赤く染まる。


 (ん?)


 それをみたシュリは微妙に首を傾げ、


 (なんか、妙なスイッチ押しちゃった??)


 と後悔するが、後の祭り。
 だが、エロスも自分のそんな反応に気が付いたようだ。
 彼は慌ててシュリの手から布をひったくり、自分の顔をごしごしと拭くと、その布をぺいっと投げ捨てて、


 「だ、だ、誰がお前なんかにキュンとするかぁぁぁ!!」


 とお叫びになった。


 (うん。しないで。絶対。しても受付はお断りする方向性だから)


 シュリはなま暖かい笑顔でそんな彼を見つめ、リアルBLは断固お断りの看板を心にかけ直すのだった。

 さて、そんなこんなでエロスも持ち直し、いよいよ二つ目の勝負、追いかけっこだ。
 正直、お遊びの様な内容だが、一戦目で予想外(?)の敗北を期してしまったエロスの表情は真剣だ。
 なにが何でも勝ちにいくつもりだろう。


 「よーし。正々堂々とな?じゃあいくぞ。はじめ!!」


 先生の合図と共に、エロスが走り出す。
 恥も外聞もなく全速力だ。
 恐らくスキルや魔法も駆使している事だろう。


 (まあ、そっちがそのつもりならこっちも遠慮はしないけどね)


 エロスがあえて手加減してくるなら、一応それに乗って上げるつもりではいた。
 五歳の幼児らしく、『まってぇ~、お兄ちゃーん』『はっはっはっ。つかまえてごらーん』と言ったようなゆるーい小芝居でも演出しようと思っていたが、その必要は無さそうだぅた。
 でもまあ、実際問題、エロスと違って魔法を駆使してのスピード向上は望めないから、スキルだけの勝負になる。
 シュリのスキルの精度はかなりのものだから、それだけでもそこそこいい勝負にはなるだろうが、それでもやっぱり不利なことは不利だった。

 だが、シュリは大分遠くを走っているエロスを見ながら準備運動をし、スキルを発動。
 落ち着いた様子で走り始めた。
 それにはもちろん理由がある。

 理由その一。[レーダー]を駆使して、エロスに至る最適ルートを算出しながら走る。
 そうすれば、最短距離で彼に迫ることが出来る。

 理由その二。こっちはシュリ自身、よく分からない原理の不思議な力の働きかけによるものだ。
 シュリは小さい頃から三番目の従姉妹あねのアリスと追いかけっこをとにかく良くしていた。
 まあ、追いかけっことは名ばかりで、実際の所は追い回されていたと言う方が正しいが。
 そんな中、気づいた事があった。
 お互いスキルで強化して走りあっている訳なのだが、アリスに追いつかれそうになって、もっと速くと心で念じると、それに答えるように空気抵抗が少なく感じられたり、追い風を感じたりして、結果速く走れる事が多かった。
 それが何でなのか、今に至るまで分かっていない。
 しかしきっと、今日の状況でもその不思議な力が助けてくれるはず。シュリはそう確信していた。


 (お願い。もっと速く)


 心で念じれば、驚くほどに体が軽くなる。
 その不思議な力の影響は、年を重ねるごとに強くなってきている、そんな気がした。

 エロスとの距離は、一呼吸ごとに詰まっていく。
 小さな子供が懸命に走る様子に、周囲のみんなが声援を送ってくれる。
 エロスも、後ろにシュリが迫っていることを感じているのだろう。時折振り向いてこちらを伺う様子が見られた。
 だが、それは悪手だった。
 エロスが振り向くたびに走るフォームが崩れ、一瞬スピードを落とす。
 シュリは、その隙を逃さずに少しずつ彼との距離を縮めていった。

 残り数メートルと言うところで身体強化も発動。そのまま強く地面を蹴った。
 その地面がぼこりと陥没し、シュリの小さな体が軽々と宙に舞う。
 そして、あっという間に前を行くエロスとの距離を詰め、その背中に飛び乗りしっかりつかまる。
 振り落とされないように彼の首に手を回して、


 「捕まえた~。僕の勝ちっ!」


 その耳元で己の勝利を宣言した。
 その瞬間、なにに動揺したのか彼の足下が乱れ、エロスは見事なまでに顔から地面にスライディングする。


 (うわぁ……痛そうだな。エロスって顔は悪くないのに、ほんと、残念なイケメンだよね)


 両手で顔を押さえてうずくまったままのエロスの背中でそんなことを思い、彼の後頭部をぺしぺしと叩いた。


 「大丈夫??転ぶときは、ちゃんと手を突かないとダメだよ??」


 そんな声をかけながら。


 「うっさいうっさい!!誰のせいで僕が転んだと思ってるんだ!?」

 「んにゅ??」


 再び跳ね起きたエロスの背中から上手に飛び降り、すりむいて残念な感じになってしまった顔の彼に睨まれる。
 が、心当たりのないシュリは、首を傾げて彼の顔を見上げた。とても可愛らしく。
 そんなシュリをみたエロスはむぐっと言葉に詰まり、シュリから顔を隠すように片手で覆うと、


 「もういいっ!!次だ、次!!」

 「次って、もう僕の勝ちじゃないの??」

 「なにを言ってる!こういうのはな、最後の勝負の得点が高いと言うのがお約束なのだ。だから、まだ勝負は付いてない!!」


 そう言い切った。


 (なに?その、クイズ番組のお約束みたいな理屈??)


 そして、ええ~??っと不満そうなシュリの手を掴んで、離れた場所で見守っている教師達の元へずんずん歩いていってしまった。
 結局、エロスのクイズ番組的な理屈は通ってしまい、最後の魔法勝負までする事になってしまった。


 (……まあ、最初に二連勝出来るとは思ってなかったから、どっちみち魔法勝負で決着をつけるつもりではいたけどさ)


 なんか納得いかないと思いつつ、グラウンドの中央でエロスと向かい合う。


 「いいか~?命を奪うような危険な規模の魔法を使った時点で失格だからな?あと、相手が行動不能になった時点で試合終了だ。一応、治癒魔法を使える先生も待機してるし、学生にも治癒が得意な者はいるから、安心して戦っていいぞ~」


 そんなゆるーい先生のお言葉の後、勝負の開始が告げられた。
 離れた場所で、エロスが魔法の詠唱を始める。
 棒立ちのまま、きまじめに呪文を唱えるエロスを見ながら思う。そんなじーっとしたままで、危険だとは思わないのだろうか、と。
 そして、そう思った瞬間にはもう行動を開始していた。
 使うスキルはもちろん[高速移動]。
 エロスの詠唱が終わる前に彼の後ろに移動して、そのままゼロタイムで魔法を発動した。
 発動した魔法は火。
 シュリの実力では、ライターの火をちょっと大きくしたくらいの火を生み出すだけでいっぱいいっぱいだが、それでも直接ぶつけるなら用は足りる。
 シュリの狙い、それは呪文を完成させないことだから。


 「ファイア」


 その言葉と同時に炎が発現する。エロスのお尻に密着するように。
 もちろん、ズボンは焦げて、いい具合に彼のお尻も焦がされる。


 「あつっ!!ひ、卑怯な!!」

 「勝負に卑怯もなにもないでしょ?」


 めらめら燃える自分のお尻に、彼は短い詠唱で発動出来る[ウォーター]で対処する。
 ふぅん、水も使えるんだなぁと思いつつ、火が消えてほっとしているエロスの足下に[アース]を使い、バランスを崩させて転倒を狙った。


 (本当なら落とし穴を作りたいところだけど、僕の魔法でそれをやると、何時間かかるか分からないしなぁ)


 そんなことを思いつつ、バランスを崩して見事に倒れ、後頭部をぶつけて頭を抱えているエロスを見ながら、はふぅとため息をつく。
 そして問いかけた。


 「降参、する?」


 と。
 だが、エロスは懲りずに立ち上がると、シュリから距離を取った。
 まだ、やるつもりらしい。
 そして、微妙に学習したのか、今度は移動しながら呪文の詠唱を始めた。
 だが、移動しながらだから詠唱の速度も遅い。


 (なんだか、ダメダメだなぁ。これで真ん中くらいの実力なのかぁ)


 そう評しつつ、シュリは、


 「ウォーターボール」


 と唱え、できあがった水の球がのろのろと動き始めたのを、むんずとつかみ、子供ながらに隙のない投球フォームでそれを投げた。
 目標はもちろんエロスだ。
 水の球は、シュリの狙い通りに飛び、そして見事に詠唱を続けるエロスの口の中に飛び込んで、その喉の奥を直撃した。
 エロスは小さいとは言え、水で出来た球を口の中に受け止めて、激しくせき込んだ。
 魔法を唱えるどころではない。
 鼻と口から水を垂れ流すエロスを前に、


 「どう?降参??」


 小首を傾げ、シュリは再び問う。


 「だっ、誰が……げほっごほっ……降参など……うぇっほ、ごっほ、がはっ」


 激しくせき込みつつも、降参しないと言い張るエロスに、シュリはやれやれと肩をすくめた。


 「仕方ないなぁ。続けるって言ったのはエロスだからね?恨みっこなしだよ??」


 そう断ってから、シュリは右手にファイア、左手にウォーターを生み出す。
 そして、それを持続的に発動させて、うずくまってせき込んでいるエロスの上に両手をかざした。
 位置は右手が下で、左手がやや上。
 その位置どりだと、左手から生み出される水が、右手の生み出している炎をくぐってエロスの上に到達する事になる。
 当然の事ながら、炎をくぐり抜けた水は、熱湯とまでは言えなくともとても熱い。
 絶賛せき込み中の所へ熱い液体を容赦なくかけられたエロスは、地面をのたうち回った。
 しかし、それをどうにかしようにも、魔法を唱えられる状況ではなく、転がって逃げてもシュリは素早く追ってくる。

 濡れた体で地面を転がるから、エロスはどんどん泥まみれになっていく。
 だが、シュリも容赦はしなかった。
 魔法の威力ではどうしたって勝ち目はない。
 勝つにはこういう方法しかないというのが、シュリの中の結論だった。

 そうして、しばらく不毛な追いかけっこをし。
 エロスがとうとうぐったりと動かなくなった。その体からはホカホカの湯気が立ち上っている。
 もういいんじゃないの?とシュリが審判役の先生に目線で問うと、彼もそろそろ止めに入ろうとしていたのだろう。
 大きく頷いて、シュリの勝利を宣言した。

 シュリはやっと終わったと息をつき、ちらりとエロスを見ると、せめて顔くらいは、と手のひらから水を出してエロスの顔を流してやった。
 冷たい水に、エロスの意識が少し戻ったのだろう。
 彼は朦朧とした顔をしつつも、


 「ま、まだ、降参は、しない、ぞ」


 やっと咳も止まり、比較的明瞭な言葉で言い募る。
 しかし、


 「もう終わりだよ。審判が判定を下したんだ。僕の、勝ちだよ」


 そんなエロスに、シュリは淡々と告げて、彼に背を向ける。
 そして遠くで待つ、フィリアの元へと向かう為、ゆっくりと歩き出した。
 その後ろ姿を、諦めない瞳が追いかけていることに、気づかないまま。
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