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第四部 王都の新たな日々

第348話 蒼い影の正体は?①

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 [月の乙女]が拠点とする屋敷に連れられ、部屋に案内され、そこに落ち着く暇も無くジェスと甘い一時を過ごし。
 ようやく一息つけたので、シュリは油断なく扉の内鍵をかけた。
 そうしないと、ノックもなく乱入してきそうな人物が同じ屋根の下にいたから。
 そうすると、案の定、ドアのノブががちゃっと回された。
 そしてそのまま開かないことを確認するように何度か回され、


 「シュリ~? いないの?? シュリ~??」


 聞こえてきたのはアガサの声。
 シュリは即座に[道端の雑草]という名の強力なハイドスキルを発動。
 じっと動かずにアガサをやり過ごす作戦に出た。


 「いると思ったけど、留守なのかしら? 気配も感じないし。さっきまでここにシュリの気配があったと思うんだけど、おかしいわねぇ。仕方ない。部屋で時間をつぶしてからまた来ることにしようかしら」


 気配すら封じ込めた高度な居留守に見事にだまされ、アガサの気配がドアの前から遠のいていく。
 その気配が十分に遠ざかるのを確認してから、シュリはほっと肩の力を抜いた。
 そして、無限収納アイテムボックスに収納していたタペストリーハウスを取り出し、床に広げると、


 「イルル~、ポチ~、タマ~。ちょっと聞きたいことがあるんだ。僕しかいないから出ておいで~」


 そう声をかけ、みんなが出てくるのを待った。
 すると程なくして、


 「シュリ様! お待たせしたであります!!」


 飼い主……いや、主に呼ばれ、目をきらきらさせたポチが飛び出してきた。
 両手に、イルルとタマの手をしっかりと握って。


 「うにゅう。妾の眠りを妨げるとは、いい度胸なのじゃ……むにゃ」

 「タマの眠りは深い。こんな事で起こせると思ったら大間違い……ぐぅ」


 直前まで寝てたらしい2人はまだ半分夢の中。
 きっと、シュリの呼び出しを受けたポチが慌てて2人を起こして引っ張ってきてくれたのだろう。


 「ポチ、2人を連れてきてくれてありがとう。大変だったでしょ?」


 言いながら手を伸ばせば、ポチは即座に身を低くしてシュリの手が届くベストポジションへ己の頭を配置する。
 そんな彼女の頭をよしよしと撫でてねぎらいながら、持つべき者は忠実で優秀な眷属ペットだなぁと思っていると、視界の片隅に黒い何かがうつった。
 ん? 、と思って見直すと、そこには女の子なオーギュストがひっそりとたたずんでいた。


 「ん? あれ?? オーギュスト??」


 なにか用事? 、と首を傾げてみせれば、オーギュストは真顔で首を横に振った。


 「いや、特に用事はないんだが、他の眷属にお呼びがかかったのに俺だけ呼ばれなかったものでな」

 「うん」

 「なんだか少し寂しくなったようだ」

 「寂しくなっちゃったの?」

 「ああ」


 ちっとも寂しく無さそうな顔で頷くオーギュスト。
 でも、寂しくなっちゃったというなら、きっとそうなのだろう。

 オーギュストの立場に自分を置いて考えてみる。
 4人いる眷属の中で他の3人にはお声がかかり、自分だけ放置されたら確かに寂しい。
 切なさすら感じるほどに。
 オーギュストには関係のない案件だから呼ばなかったが、1人だけ呼ばないというのは確かに配慮が足りなかった。
 飼い主……いや、主として反省したシュリは、


 「そっかぁ。ごめんね、オーギュスト。ちょっとこっちにおいで?」


 そう言って、己の眷属を手招いた。
 女性体になっても十分長い足であっという間に自分の前まで来たオーギュストを見上げると、


 「ありがと。じゃあ、今度はちょっとしゃがんでみて?」


 にっこり微笑みお願いする。


 「しゃがむ……これでいいのか?」
 シュリのお願いをきいたオーギュストは、膝を抱えてちんまりしゃがみこんだ。その様子がなんだか可愛くて思わず笑みがこぼれてしまう。
 こぼれる笑みをそのままに、オーギュストの頭に手を伸ばすと、その艶やかな黒髪に指を入れ、さっきポチにしたように丁寧に頭を撫でた。


 「……なんだ? これは」

 「頭なでなで、だよ。イルルもポチもタマも好きなんだけど、オーギュストは嫌い?」


 問われたオーギュストはしばらく考え込み、


 「いや。悪くは、ない。むしろ、好きだ」


 そう答えた。
 その答えにシュリは笑みを深め、


 「そう? じゃあ、もう少し撫でてあげるね」


 そのまましばらく、頭なでなで初体験のオーギュストが存分に堪能できるように全力で撫でた。
 もうそろそろいいだろう、と終わりを告げると、オーギュストはちょっと名残惜しそうにシュリを見つめた。


 「もう、終わりか」

 「お利口にしてたら、また撫でてあげるよ」

 「お利口に、か。わかった。お利口にしていよう」


 生真面目に頷くオーギュストは、なんだか可愛かった。


 「ん。いい子だね、オーギュスト」


 シュリは微笑み、素直な眷属の頬を優しく撫でる。
 うっとりと目を細め、もっとというように頬をすり寄せてくるオーギュストは、なんだか色彩と相まって気品のある黒猫のようにも見えた。
 そんな新米眷属ペットの様子に胸をほっこりさせつつ、


 (やっぱり、眷属ペットとの触れあいは心がなごむなぁ)


 癒しって大事だよねぇ、なんて思いつつ、うんうんと頷く。
 だが、このままオーギュストと戯れ続ける訳にもいかないので、


 「これから、イルル達に話があるんだ。なんだか、王都の屋敷にイルル達に関係のありそうな人が尋ねてきたみたいでさ。もし、オーギュストが一緒に聞きたいなら、イルル達に聞いてみるけど、どうする?」


 事情を説明して、選択をオーギュストにゆだねた。


 「いや、俺はいい。部屋で大人しくしていることにしよう」

 「大丈夫? 寂しくない?」

 「大丈夫だ。シュリに頭なでなでをしてもらったからな」


 そう言って、女性体ながらも男前に笑い、オーギュストはタペストリーハウスの自室へ帰っていった。
 それを見送り、改めて残りの3人の方を振り向く。
 最初に飛び込んできたのは、ポチの申し訳なさそうな顔だ。
 だが、さっきまでその両脇にいたはずの顔が2つ、見あたらない。


 「あれ? イルルとタマは??」


 首を傾げて尋ねると、ポチは更に体を小さくして、その視線をシュリのベッドへ向けた。
 彼女の視線を追いかけて己のベッドに目を向けたシュリは、そこが明らかに不自然に膨らんでいるのを見て取り、思わず苦笑した。

 膨らみは2つ。
 片方はイルルで、もう片方はタマで間違いないだろう。

 眠いのを無理矢理起こすのは可哀想だが、今を逃すと次にいつ話を聞けるか分からない。
 そう判断し、シュリは2つの塊に立ち向かうことを決めた。

 すたすたとベッドに近づき、まずは2つの塊を覆っている毛布を引っ剥がす。
 するとその下から、ぬくぬくすよすよと心地よく眠る姿が2つ、現れた。
 イルルは獣っ娘形態で寝ていたが、タマは獣形で丸くなって眠っている。
 子ぎつね形態のタマは、9本のふかふかのしっぽをもふぁっと広げ、ぷーぷー言いながら熟睡していた。

 その姿は余りに愛らしくて、もふもふな生き物が大好きなシュリにぶっすり突き刺さる。
 思わずふらふらと、そのもっふぉりした9本のしっぽの海にダイブしそうになったシュリを引き留めたのはポチだった。


 「シュリ様! それに飛び込んだら負けでありますよ!! お話はっ! お話はどうするでありますか!? 大事なお話があったからポチ達を呼んだのでありますよね!?」

 「お話……あっ、そうだった」


 ポチの必死の叫びに我に返る。
 危うくもふもふの誘惑に負けるところだった、と反省しつつ、シュリは気合いも新たに寝ている2人に向き直った。
 だが、眠る2人が余りに心地よさそうで、早くも心がくじけそうになる。

 困った顔でポチを見上げると、仕方ないでありますねぇ、と彼女は苦笑し、まずタマの方へ向かった。
 くーくー眠るタマの口をむぎゅっと掴んだ。
 そうして、口が開けないようにしておいてから、もう片方の手で鼻もふさいでしまう。
 それでもタマはしばらく起きなかった。

 だが、しばらくして我慢の限界がきたのか、ばたばた暴れだし、ポチの手から逃れるようにして飛び起きた。
 そしてそのまま寝乱れた獣耳の美少女に姿を変えたタマは、じとっとポチの顔を見上げる。


 「……ぽち?」


 責めるように名を呼ばれても、ポチは動じずににっこり笑った。


 「シュリ様のお話があるでありますよ。まったく、タマは寝起きが悪くて困るであります」

 「むぅ。ポチは口うるさい」

 「口うるさくて結構であります。こら、また寝ようとしない! しゃんとするでありますよ、しゃんと!!」


 言いながら、隙あらばまた寝ようとするタマを、ベッドから引きずりおろして立たせた。
 へにゃへにゃと座り込もうとするタマのお尻を叱るようにぴしゃんと叩くポチを、


 「タマを起こしてくれてありがとう、ポチ」


 シュリはにっこり笑ってねぎらい、


 「タマ、眠いのにごめんね? 話が終わったら僕のベッドで寝ていいから、もうちょっと頑張って」


 申し訳なさそうにそう言って、タマの頭をよしよしと撫でた。


 「……シュリ様がそう言うなら、タマはもう少しだけ頑張ってみる」


 奮起(?)したタマのほっぺたを、いい子だね、とするりと撫で、それから再びベッドの方へと向き直る。


 「ポチ、イルルはどうやって起こす? タマみたいにする??」

 「タマにしたようなことをイルル様にすると、非常にご機嫌が悪くなるでありますよ。なので、他の方法で……」

 「あの起こし方でタマが心地よく目覚めたように言われるのは心外。タマだって激おこ」

 「1番無難なのはイルル様の好物でつる方法でありますが」

 「イルルの好物……シャイナが持たせてくれたお菓子でいいかなぁ?」

 「だから、タマも激おこ……」

 「お菓子! それならばっちりでありますよ」

 「そっか。じゃあ、イルルは僕がつり上げてくるから、ポチはタマとお話でもしてて? ただ待ってるだけだと、また寝ちゃうかもしれないし」

 「了解であります」

 「激おこ……」

 「はいはい。タマの話はポチがちゃあんと聞いてあげるでありますよ~」


 怒ってるアピールをするタマをポチに任せて、シュリはイルルの近くに行くためにベッドの上へとはい上る。
 そして無限収納アイテムボックスから取り出したシャイナお手製のすっごくおいしいお菓子を取り出すと、


 「イルル~? お菓子だよ? 早く起きないと僕が食べちゃうよ~?」


 そう言いながら、眠るイルルの顔の前で振った。


 「うにゅ? お菓子りゃと??」

 「そうだよ~。お菓子だよ? すっごくおいしいシャイナの手作りお菓子だよ~」

 「うにゅう。お菓子……食べたい。食べたいのじゃ~」

 「ちゃんと起きたらこのお菓子はイルルのものだよ。だから、ほら、目を開けて!」

 「お菓子、が食べたいのは事実……。じゃが、今の妾はとにかく眠いのじゃ。ねむねむなのじゃ」

 「眠いのは可哀想だけど、イルルに話があるんだよ。今を逃すとこの後、いつ時間が取れるか分からないし。なるべく早く話を終わらせるからさ。ちょっとだけだよ、ちょっとだけ」

 「ちょっと、だけ、か。仕方ないのう。ちょっとだけ、じゃぞ? 起きてやるから報酬は前払いじゃ。ほれ、お菓子を妾の口へ、の?」


 半分寝ながらのやりとりの後、イルルが起きることを承諾。
 前払いを要求してあーんと口を開けた。
 これで起きてくれるなら、とイルルの口へお菓子をつっこもうとした時、


 「シュリ様! だまされちゃダメであります!!」


 そんなポチの声が響いた。


 「イルル様は食い逃げする気満々でありますよ! イルル様も、お菓子は起きてからであります。ずるはダメでありますよ!!」

 「ええい。うるさいわ、ポチ。妾の、寝たまま無限お菓子作戦が台無しなのじゃ」


 ポチの指摘に、寝ていたイルルが飛び起きて反論した。
 それを見たポチがによりと笑う。


 「起きた、でありますね。イルル様。シュリ様、もうイルル様にお菓子を上げてもいいでありますよ」

 「分かった。はい、イルル。お菓子だよ」


 起きたイルルの手を引いてベッドからおろし、それから改めてお菓子をその口に突っ込んであげた。
 反射的にもむもむと口を動かすイルルの頭をそっと撫で、


 「おいしい? イルル?」


 そう尋ね、柔らかく微笑む。


 「うみゅ、んみゃい」

 「そっか。なら、お話が終わったらまたあげる。ポチと、タマにもね?」


 にっこり笑ってご褒美を約束し、シュリは例の王都の屋敷に来た、蒼い髪の女性についての話をはじめようとした。
 だが、その前に、ほっぺたを赤くしてちょっともじもじした様子のポチがシュリの服の袖を引いた。


 「シュリ様」

 「ん? どうしたの? ポチ」

 「ポチは、その、お菓子よりも、そのぅ……」


 もじもじしながら、ちらっちらっとシュリの唇を盗み見る様子に、ぴんときたシュリは、


 「ポチのご褒美はお菓子じゃなくてキスにする?」


 ずばりそう尋ねる。
 その問いに、ポチは更に顔を赤くしてこくこくと頷いた。
 この間の初チューで、すっかりシュリとのキスにはまってしまったのだろう。
 恥ずかしそうに、だが潤んだ瞳でシュリを見つめてくるポチは何とも言えずに可愛かった。
 そんなポチと目を合わせ、にこりと微笑み。
 更にポチの顔を赤くさせた後、


 「じゃあ、ポチのご褒美はキスだね。で、ポチ以外はお菓子で……」


 いいよね? と続けようとしたシュリを、


 「ご褒美がちゅう、じゃと!? じゃあ、なにか!? ポチはすでにシュリとの初キッスを済ませたと、そういうことなのか!?」


 イルルの驚愕の叫びがさえぎった。


 「あ、うん。ちょっと前にね?」


 別に悪いことをした意識もないシュリは、さらっと肯定する。
 その傍らで、どう誤魔化そうか、とあわあわしていたポチの様子にも気づかずに。
 シュリの言葉を聞いて、ポチはがっくり肩を落とし、イルルはむき~っといきり立った。


 「ポチばっかずるいのじゃ~!! 妾も、妾もシュリのちゅーを所望する!!」

 「えっと、いいけど。でも、キスをご褒美にするならお菓子はなし、だよ?」


 いいの? と問うと、イルルはむぐぅっとうめき、苦悩するように眉間にしわを寄せた。


 「むぐぐぐぐっ。お菓子、は食べたい。じゃが、ちゅーもポチばっかじゃずるいのじゃ」

 「ん~。そうだなぁ。イルルは僕達を連れてここまで飛んできてくれたし、帰りも飛んでもらうし、両方でもいいかぁ」

 「ほんとか!?」

 「うん。特別だよ?」

 「ありがとなのじゃ、シュリ!!」


 わーい、やったのじゃ~、とぴょんぴょんして子供のように喜ぶイルルを微笑ましく見つめてから、シュリは眠たげな目をした眷属へ視線を戻した。


 「タマは? お菓子でいい??」

 「むぅ……タマだけ体験していないのもなんだか悔しい。タマもお菓子じゃない方にする」

 「いいの?」

 「タマはイルル様ほどお菓子に執着がないから問題ない。お昼寝と引き替えだと、ちょっと悩むけど」


 シュリの問いかけに、タマはさほど悩まずキスのご褒美を選んだ。


 「そっか。分かった」


 シュリは頷き、それから改めて己の眷属達の顔を見回した。
 ポチは甘く潤んだ瞳で頬を赤くし、イルルはわかりやすくはしゃぎ、タマは平常運転。
 そんな彼女達の様子に思わず笑みをこぼし、


 「ご褒美は話が終わってからだよ。居眠りしたら、なしだからね?」


 注意事項を伝えつつ、3人の様子をうかがう。
 シュリの言葉に、3人は居住まいを正し、


 「うむ。わかっておる。して、シュリの話とはなんなのじゃ?」


 代表してイルルが話の先を促す。


 「うん。僕達が旅立った後、王都の屋敷を訪ねてきた人のことなんだけど……」


 そんなイルルに頷きを返し、シュリはゆっくりと話し始めた。

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