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第二部 少年期のはじまり

第百十一話 フィリアの親友とちょっと変わったフィリアのあだ名

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 「リメラ、ちょっといい??」


 扉の外から聞こえた親友の声に、リメラは小さく首を傾げた。
 夜も大分ふけてきて、同じ寮内とはいえ、真面目な彼女が友人を訪問するには少し遅すぎる様な気がしたためだ。


 (さては、何か想定外のことでもあったかな?)


 そんな事を思いながら戸口へ向かう。


 「フィリア。こんな時間に君が訪ねてくるなんて珍しいね。何かあったのか?」


 扉を開けて友人に問えば、彼女は明らかに動揺した様子だった。
 だが、その動揺をすぐに押し隠して、彼女はにっこりといつもの様に感じのいい笑顔を浮かべ、


 「な、何があったと言う訳じゃないんだけど、勉強してたらお腹が空いちゃって。あの、リメラって部屋に夜食を常備してたでしょう?ちょっと分けてもらえないかしら。後でちゃんと買って返すから」


 そんな事を言ってきた。
 リメラは今日のフィリアの行動を思い起こす。
 夕食は確か、残さずにちゃんと食べていた。
 いつもの彼女ならば、夜間の間食は断固としてしないはずだ。
 勉強してたらお腹が空いたという言い訳も、明らかに怪しい。


 (ちょっとかまをかけてみようか)


 リメラはそんな事を思い、


 「そうか。それは大変だな。ちなみに夜食のレパートリーは様々だが、何か食べたいものはあるのか?しっかり食べたいか、軽く食べたいかだけでも教えてもらえれば、準備もしやすいが」


 そう問うてみた。


 「そうね……出来ればしっかりしたものがいいかも」

 「しっかり、だな」


 頷きながら、リメラの眼鏡がキランと光る。ひっかかったな、と言わんばかりに。
 夕食をしっかり食べておいて、更にしっかりした夜食が欲しいというのは、フィリアの食の細さを考えたらあり得ないことだ。
 となると、この夜食は他の誰かのもの、ということになる。


 (なんだ?男でも連れ込んだのか?)


 そんな風に考えて見るも、普段のフィリアの完璧なまでに男を寄せ付けない様子を思い起こすと、それはちょっとないなと普通に推測出来た。
 ならば、部屋に誰かが押し入って、食べ物をよこせと彼女を脅しているのだろうか?
 しかし、その割には、彼女の様子におびえた所がない。
 これも、可能性は低そうだ。


 (ふーむ。残る可能性は、どこかで生き物でも拾ってきた、とか?)


 正直、これが一番可能性が高そうに思えた。
 心優しい友人の性格からすれば、捨てられたり傷ついたりした生き物を見捨てられず保護するといったことなどは、日常的にありそうだ。


 (うん。やはり、これが一番ありえそうだ)


 リメラは頷き、


 「よし、じゃあ用意してくるからちょっと待っていてくれ」


 そう言いおいて部屋に引っ込んだ。
 ベッドの下の非常食ボックスから、ちょっと腹持ちの良さそうな食べ物をいくつか取り出し、実家から送って貰った魔導冷蔵庫の中から牛の乳を取り出した。
 一般的には余り好まれて飲まれるものではないが、ある条件に合致する富裕層の間では人気のある飲み物だった。
 それらを抱えてフィリアの元へと戻る。
 リメラは戸口で自分を待っていたフィリアの胸元をちらりと見つめ、それから手元の牛の乳を見た。


 (フィリアには無用の長物だろうが、彼女の部屋にいるのが保護した動物であれば、きっと喜んで飲むだろうからな……)

 「ほら、これでどうだ?」

 「わ、ありがとう。十分だけど、こんなにいいの?」

 「かまわないさ。君と私の仲だ。さ、行こうか」


 言いながらフィリアの背を押して部屋から共に出ると、持っていたカギできっちり部屋の戸締まりをした。


 「え、えっと。リメラ??」

 「水くさいぞ、フィリア。君が何かを保護したことは分かってるんだ。一人では大変だろうし、私も手伝うよ」

 「ふえっ!?」

 「大丈夫だ。秘密は守る。私の口が固いことは、君も知っているだろう?さあ、急ごう!」


 そう言うと、目を白黒させるフィリアの手を取り、彼女の部屋に向かって歩き出した。


 「え、えぇ~?な、何でバレたのかしら??でも、そうね。二人きりじゃない方が安全かもしれないし。リメラなら信用できるし……うん。これで良かったのかも」


 後ろでぶつぶつとフィリアがなにやら呟いているが、リメラは気にせず歩く。


 (さあっ、どんなもふもふだ?犬か?猫か?はたまた他の何かなのか?まあ、どんな動物にしろ、私が責任を持ってもふり倒してあげるからな!!)


 クールな顔をしてふわもこな生き物に目のないリメラは、まだ見ぬもふもふに思いを馳せ、にまりと笑うのだった。






 一人でお留守番をしていたら、部屋の入り口のドアノブがガチャリと回ったので、てっきりフィリアが帰ってきたのだと思ったシュリは、


 「姉様、おかえりなさい!!」


 と愛嬌たっぷりにお迎えに出た。
 だが、扉を開けて入ってきたのはフィリアでは無かった。正確には、フィリアだけではなかったというのが正しくはあるが。

 扉を開けて意気揚々と入ってきたのは、フィリアと同じ年頃の女の子。
 水色の特徴的な色の髪は、前世でいうところのショートボブの様な髪型。
 切れ長の瞳も水色で、眼鏡をかけたその様子は、まさにクールビューティーと言う響きが良く似合う感じだった。

 シュリはびっくりして目をまんまるにして固まり、相手の方もまた、驚いたような顔をしてシュリを見て固まっていた。
 だが、それも一瞬のこと。
 シュリよりも早く再始動した水色髪の女子はその場にしゃがみ込んでシュリをまじまじと見つめ、


 「グリフォン?……の格好をした幼児??」


 そんな呟きをもらした後、そおっと手を伸ばしてきて、まだ固まったままのシュリをぎう~っと抱きしめてきた。


 「おお~!もふもふのふあふあだぁ~。想定外だったが、これはこれで悪くない。……うん、ちっとも悪くない。いや、むしろ、いい!!!」


 彼女は実に嬉しそうにそう叫び、シュリは思考が追いつかずに固まったまま、思う存分もふられまくった。
 それはもう、もっふもっふ、もっふもっふと、なんの遠慮も容赦もなく。
 もふっている水色髪の女子は、この上もなく幸せそうだった。


 「ちょ、ちょっとリメラ!!シュリが驚いてるから一旦落ちついてぇぇ~」


 水色髪の女子は、リメラという名前らしい。
 彼女の後ろにいたフィリアが、慌てて暴走する友人にそう声をかける。
 手が空いていれば、間に入って引き離すことも出来たのだが、残念なことに今の彼女は両手とも荷物にふさがっていた。
 だが、それでも友人の声に少し冷静さを取り戻したのだろう。
 リメラと呼ばれた水色髪の女子は、もふる手を一旦止め、


 「ふむ。君はシュリというのか。あまりのすばらしいもふっ子に、ついつい理性が飛んでしまったよ。私はリメラ。フィリアの友人だよ」


 にっこり微笑んで自己紹介した。


 「初めまして。僕、シュリナスカ・ルバーノです」


 何とか再起動を果たしたシュリも、わきの下を支えられた状態でぶらんとしたまま、律儀にちょこんと頭を下げた。
 それがなにかのツボに入ったらしい。


 「礼儀正しくお辞儀をするもふっ子!?これはいかん!いかんな!!可愛らしすぎる!!!」


 そう吠えた後、再び激しくもふり始めた。
 好き勝手にもふられながら、やばいなぁ、このままじゃエンドレスだなぁと思っていると、後ろで見ていたフィリアも流石にこのままじゃまずいと思ったのか、


 「もお!リメラってば!!騒がしいからとりあえず部屋に入って!!それにあんまりしつこいとシュリに嫌われるよ?」


 そんな風に友人に声をかけ、その背中を後ろからぐいぐい押して部屋の中へと押し込んだ。
 そして、テーブルの上に抱えていた荷物を置くと、しつこい友人の腕からシュリの体をさっと取り上げて、大切そうに抱きしめた。


 「もう、シュリだから大丈夫だったけど、普通の子供なら大泣きしてる所だよ!?」


 さりげなくシュリをほめて持ち上げながら、ぷんぷんと友人をしかるフィリアの様子を、シュリは目をまあるくして眺めた。
 フィリアはいつも、シュリの前ではお姉さんお姉さんしてるから、こんな風に年相応に友人とじゃれ合う様子はなんだか新鮮だった。


 「すまん。実は、私はもふもふに目がなくてな。それなのにそんなにすばらしいもふもふがいきなり目の前に現れたものだから、ついつい理性を手放してしまった。シュリも、すまなかった。驚かせてしまったな」


 反省しているのかしていないのか微妙な感じではあるが、一応の謝罪の言葉をリメラが告げる。


 「許して、くれるかい?」


 そんな問いかけに、シュリはコクリと頷く。
 まあ、もともと別に怒っていないのだから、許すも許さないもないものだとは思うのだが。


 「そうか。ありがとう。しかし、これがフィリアご自慢の弟君か。本当は従兄弟だったか?なるほど。まあ、確かに、自慢するだけの事はあるな」

 「ちょ、ちょっと、リメラ!?」

 「自慢??」

 「ああ。フィリアのブラコンは有名だぞ?どんないい男に愛を告白されても、シュリの方が可愛いだの、シュリの方がかっこいいだの、シュリの方が優しいだのと、まるでなびく様子がないんだから。それでついたあだ名が鉄壁のブラコン、だ」

 「も、もぉ~、やめてよ~」

 「て、鉄壁のブラコン……」


 シュリは小さく呟き、それから自分を抱っこしてくれているフィリアの顔を見上げた。


 「姉様はすごくモテるんですね~」


 にこっと微笑み、素直な感想をもらせば、とたんにフィリアがわたわたし始める。


 「ち、違うのよぅ、シュリ!!わ、私は別にモテたくてモテてる訳じゃなくて、片っ端からお断りしてるのに、何でだか次々に告白されるだけなの。ちゃんと、迷惑だって伝えてるのよ?私には、そ、その、ちゃんと好きな人がいますって……」


 好きな人、の下りで頬を赤く染めて、ちらっちらっとシュリの様子をうかがうように見てくるフィリアは何とも言えず可愛かった。
 でもいいのかなぁ、とシュリは申し訳なさそうにフィリアを見つめる。
 フィリアは優しくて美人で頭が良くて努力家で、そのスペックは限りなく高いと言うのに、縛り付けていて良いものだろうか、と。
 まあ、[年上キラー]のスキルの影響から解放する術は今のところまるで分からないから、何をどうしようもないというのが現状ではあるのだが。


 「えっと、姉様?もし、すごーく素敵な人がいたなら、僕のことは気にしなくていいんですよ?将来のことは、なんと言っても、伯父様が勝手に決めた事なんですから。姉様の好きにしていいんです」


 でも、それでも万が一の可能性を考えて、シュリはそんな素直な気持ちを伝える。
 フィリアほどの人が、十歳以上も年下の五歳児に縛られているなんて申し訳ない、そう思う気持ちはずっとどこかにあったものだから。
 しかし、それを聞いたフィリアは激しく衝撃を受けたような顔をした。


 「シュ、シュリ……シュリは、私のことが嫌い??もしかして重たい???う、うっとおしかったり、する???」


 泣きそうな顔でそう問われ、シュリは慌てて首を振った。


 「ちっ、ちがっ!!違うよ、姉様。僕は姉様の事が大好きだけど、姉様は素敵な人だから、僕みたいな子供じゃなくて、もっと大人の素敵な男の人の方が似合うだろうなって思って。姉様のこと、重いとか、うっとおしいとか、思った事なんてないよ?」

 「ほ、ほんとにぃぃ??」


 急いで言い募ったが、フィリアはすでに半泣きだ。
 まずったなぁと思いつつ、両手でそっとフィリアの頬を撫でる。


 「ほんとだよ。本当に僕は、フィリア姉様が大好きだよ。僕の言うこと、信じられない?」

 「うぅ~~。し、信じるぅ」


 ぐすっぐすっと鼻を鳴らしながら、フィリアが真っ赤な目でシュリを見つめる。
 何とか涙は止まった様なのでほっとしつつ、


 「ごめんね?変なこと言って。でも、僕にはフィリア姉様はもったいないと思ったんだよ。きっともっと素敵な相手がいるって。ほら、僕ってまだまだ子供だし、姉様にちっとも釣り合わないもん」


 苦笑混じりに言ったとたん、フィリアの目がくわっと見開かれた。


 「そんなことない!!」

 「ふえっ??」

 「そんなことないわ、シュリ。シュリより素敵な人なんてこの世にいないもの。シュリに釣り合わないのは私の方よ。でも、シュリが好きだから、頑張るから。だから、お願いだから他の人を選ばせようとしないで……」

 「……うん。ごめん。もうしないよ」


 シュリは素直に謝り、フィリアの頬にそっと唇を落とす。
 するとみるみるうちにフィリアの顔がゆで上がったように真っ赤になって、涙の名残の潤んだ瞳でフィリアはシュリの顔をもじもじと見つめた。


 「キ、キス?」

 「うん。仲直りのキスだよ」

 「あの、その、シュリ?出来たら、その、く、く、く……」


 勇気を出して唇にもとおねだりをしようとしたフィリアなのだが、


 「仲のいいことは結構だが、私のことも忘れないでほしいね」


 そんなリメラの言葉にはっと我に返った。
 シュリも、あ、そう言えばいたんだっけとリメラを見やり、二人揃ってちょっとバツが悪そうな表情を浮かべる。
 そんな二人を見ながら、


 「これまさに、鉄壁のブラコンって感じだ。こりゃ、どんな貴公子が口説きに来ても、フィリアを陥落させるのは無理な相談ってやつだね」


 ふむふむと興味深そうに頷きながら、ひょいっと肩をすくめてリメラは呟いた。
 その言葉を聞いて、肩の力の抜けたシュリとフィリアは思わず顔を見合わせて、互いにクスリと小さな笑みをこぼす。
 その様子を目の当たりにしたリメラは、やれやれと、あきれ交じりの吐息をもらした。
 
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