上 下
392 / 545
第四部 王都の新たな日々

第344話 旅路の間の中と外④

しおりを挟む
 ダメだよ、と耳元で制止の言葉を聞いた瞬間、胸に浮かんだのは安堵の思い。
 もちろん、がっかりしたような気持ちも無いではないが、ほっとした気持ちの方が圧倒的に上だった。

 ジェスにあんなことやこんなことが出来なかったのは残念だが、お風呂場でふざけてのおっぱいタッチは今までも見逃して貰えたし、これからも見逃してもらえるだろう。
 欲望のまま、取り返しのつかないところまでいかなかったおかげで。

 キスは、まあ、ちょっとしたいたずらとして許して貰うしかない。
 シュリとキスしてたのが羨ましくて、と正直な気持ち80%くらいを混ぜ込んで主張すれば、ジェスは不満そうに唇を尖らせつつも、最後には許してくれるはずだ。
 ジェスに近くなりすぎていた身体を安堵の吐息と共に起こし、


 「シュリ、ありがとう。止めてくれて助かった、わ?」


 振り向きながらシュリに礼の言葉を告げる。
 その語尾が疑問系になったのは、目に入ってきた映像の処理が追いつかなかったからだ。

 フェンリーが振り向いた先にいたのはシュリで間違いない。
 間違いは無かったが。
 手触りの良さそうなサラサラの銀色の髪の間から、何故か猫っぽい耳が生えていた。

 目をぱちくりし、言葉もなく、ただその暴力的なまでの可愛らしさを見つめる。
 当のシュリは、どうして自分がそんなにじっと見られるのか、いまいち理由が分かってないらしく、ほんのり首を傾げた。
 その仕草がまた可愛さを倍増し、フェンリーは鼻の奥がツンとし、液体が流れ落ちてくるのを感じた。


 「フェンリー、鼻血……」

 「え? あっ! うそっ!?」


 シュリの指摘に、慌てて手で鼻を押さえる。
 鼻血を出すなんていつ以来だろう。
 子供の頃をのぞけば、ジェスに怒られてぐーで殴られたはずみに出た時以来だろうか。


 (鼻血が出たらどうするんだったかしら)


 上を向いたらとりあえず、流れを止めることができるだろうか、と上を向こうとした。
 たしか、ジェスにも「上でも向いてろ」と言われ、じゃあ膝枕をしてくれと冗談で返したら、更に怒られたものだ、と懐かしく思い出しながら。


 「フェンリー。鼻血は上を向かない方がいいよ。ちょっとそこのイスに座って?」


 言われるままに、室内にあったイスに腰を下ろすと、シュリがフェンリーの太股をまたぐように、向かい合わせに座ってきた。
 シュリの顔が余りに近くて、思わず後ろに身を引いてしまう。
 そんなフェンリーをとがめるように、その頬をシュリの両手が挟み込み、


 「だめだよ。じっとしてて!」


 そう言って、唇を尖らせた。
 その表情がまた可愛くて、どうにかして距離をとりたい気持ちにさせられるのだが、シュリの手がそれを許してくれず。
 フェンリーは仕方なくあきらめてシュリのしたいようにさせることにした。


 「鼻の付け根をさ、こう、つまむんだよ。しばらくこうしてれば止まるから。こう見えて、僕、鼻血の止め方は上手なんだ」


 周囲に鼻血を出しがちな人が多いからさ、そう言いながらシュリが笑う。
 その笑顔がなんだかきらきらして見えるのは気のせいだろうか。
 気のせいなんだろう、たぶん。


 (そう言えば、ジェスに惚れたての頃も、ジェスの笑った顔がやけにきらきらして見えたっけ)


 ふと、昔の事を思い出しつつ考える。
 それと同じ現象が起きたという事は、自分はシュリに惚れたのだろうか、と。
 だがすぐに、まさか、と首を振る。

 ジェスに惚れてからは彼女一筋だが、男とも女とも恋愛の経験はある。
 でも、小さな子供によからぬ気持ちを抱くことだけは無かった。

 だから、自分にその気は無いはずなのだ。
 そう自分に言い聞かせつつ、シュリの猫耳をちらちらと盗み見る。
 シュリの頭から生える猫耳についての説明を求めたいのだが、鼻をつままれているとどうにも話しにくかった。

 作り物かと思っていたが、どうやらそうじゃないらしく、ずっと見ていると動いているのが分かる。
 シュリの顔を見ているとなんだか動悸がおかしいので、フェンリーはそうしてずっと、シュリの頭からにょっこり出ている猫耳の辺りに視線をさまよわせ、ただ時間が過ぎるのを待った。
 そうこうしているうちに、


 「ん~。そろそろいいかなぁ?」


 そう言いながらシュリがフェンリーの鼻から手を離し、どこからともなく濡れた布を取り出して、せっせとフェンリーの顔を拭き始めた。
 綺麗になったフェンリーの顔をまじまじと眺め、


 「ん、大丈夫そうだね」


 と大きく頷いてにっこり笑い、シュリはフェンリーの膝から床へ。
 それを名残惜しく見送ったフェンリーは目撃してしまった。
 シュリの猫耳に釘付けで気づいていなかったものに。

 シュリのお尻からにょろりんと生えたしっぽももちろん可愛らしかったが、しっぽのせいでズボンがずり下がり上半分が見えてしまっているシュリのお尻が目にまぶしかった。
 そのせいで、またもや鼻の奥がツンとして……


 「じゃあ、そろそろジェスを起こして話をしよ……って、またぁ?」


 言葉の途中で何気なくフェンリーを見上げたシュリは、呆れたような声を上げる。
 でも、すぐに仕方がないなぁ、と肩をすくめ、再びフェンリーの太股にお尻を乗せた。
 そして、


 「まあ、出ちゃったものはしょうがないよね。大丈夫だよ、すぐ止まるから。止まったら、今度こそ、ジェスを起こしてお茶でもしながら話をしようね」


 言いながら、フェンリーの鼻の付け根を、そっと指先でつまむのだった。

◆◇◆

 「ふぅ~。シュリが声をかけてくれんかったら、あのまま奴らの再調教を始めて、目的地に着けないところじゃったのじゃ。あぶなかったのじゃ~」


 再び進路を南にとり、高速で移動しながらイルルはこっそり独り言をこぼす。
 ロスした時間を取り戻すため、上空を超高速で移動しているので、おそらく当初の予定からそれほど遅れることなく、目的地に到着できるはずだ。
 頭の中の地図を確認しながら、イルルは1人頷く。

 空の上には障害物もないし、目的地の方向へただまっすぐ進むだけだから、後はただ全力で飛べばいい。
 注意すべきは目的地を通り過ぎてしまうことだけ。

 そんなぼんやり飛べる状況の中、暇になったイルルはふと、昼間感じたイヤな予感について考えていた。
 あれはなんじゃったんじゃろうな~、と。

 あの時は急いだ方がいい気がしたのでとにかく緊急回避をしたが、もう少し気配を探っておくべきだったかもしれない。
 周囲にイヤな気配はないか、己の探れる範囲でサーチしてみる。
 が、近くには特になく、強いて言うなら王都方面にイヤな感じがうっすら感じられた。


 (王都方面とはやっかいじゃな~。妾もシュリも、しばらく帰れぬぞ?
 まあ、腐っても国王の膝元じゃし、守護は万全じゃろうし、結構化け物じみた人材も揃っておるし、まあ、大丈夫じゃろ。大丈夫じゃなかったら、ジュディス辺りが連絡してくるはずじゃ)


 考えながら、なんとはなしに王都方面のイヤな感じを探る。
 すると、そのイヤな感じの中に、ほんのり懐かしさのようなものを感じたイルルは、不思議そうな顔で首を傾げた。


 「む? なんじゃろの? この妙な懐かしさは。王都の方におるのは、もしや妾の知り合いか?」


 懐かしさの招待を予想しつつ、イルルはちょっとにんまりしてしまう。


 (知り合い、というと、里の者達かのう? ようやっと妾の偉大さに気付いて探しに来たのかもしれんの~)


 帰るつもりは毛頭無いが、それでも自分の事を探しに来てくれたのだとすれば、うれしくない事はない。
 まあ、土下座して懇願されても、今更シュリの側を離れるつもりは全くなかったが。


 (すまんの~、お主等。妾はもはや、シュリだけのものなのじゃ)


 王都方面にいるのは己の里の民と決めつけて、イルルは心の中で宣言する。
 王都にいるのが、自分の想像とは全く違った恐ろしい人物……いや、龍であるなどとは夢にも思わないで。
しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...